2016年12月20日火曜日

2016.12.18 第9回栃木県楽友協会「第九」演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● この「第九」演奏会も今年で9回目。ぼくは2回目から聴き始めて,第4回は聴けなかったんだけど,それ以外は聴いている。ので,今回が7回目になる。
 第5回のときだったか,客席に若干の空きがあるのを見て,「第九」人気に若干の陰りが出てるのかと思った。が,今回は3,4階のバルコニー席を除いてほぼ満席。「第九」人気は続いているのだった。

● 「第九」は合唱団とソリストが必要になるわけだから,装置を整えるだけでも大変。裏方の苦労は相当なものだと推察する。
 しかも,この「第九」は地元調達を基本方針としているから,表と裏がないまぜになっているだろう。表の苦労と裏の苦労の両方を引き受けている人もいるに違いない。

● 管弦楽は栃木県交響楽団。栃木県楽友協会管弦楽団というのが正式名称のようなんだけど,実質的には栃響で,そこにエキストラが何人か加わっているという感じ。
 昨日聴いた真岡市民交響楽団のコンミスもその“エキストラ”で入っていた。あるいは,昨夜の真岡オケの演奏会に賛助で出ていた栃響の団員が何人もいる。本番の連チャン。この時期は忙しいなぁ。

● 開演は午後2時。指揮は荻町修さん。ソリストは松野典子さん(ソプラノ),荻野桃子さん(メゾ・ソプラノ),岩瀬進さん(テノール),荒井雄貴さん(バリトン)。
 「第九」の前座(?)は,ヨハンシュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」序曲。この演奏会では,この曲を持ってくることが多い。手慣れた曲にして管弦楽の負担を減らすためかとも思われる。
 栃響ってアマオケとしては,おそらく活動過多になっている。それでも一定水準以上にこなしてしまうのは,実力派が数多くいることの結果だ。
 そうはいってもこれ以上に負担を増やすのは,傍から見ていてもいかがなものかと思う。増えてもぜんぜんOK,むしろ望むところだ,という人たちもいるっぽいんだけど。

● ぼくは「第九」の肝は第1楽章にあると思っている。その第1楽章はホルン,オーボエ,フルートで決まる。演奏に対する印象というのは,演奏開始後の数分間で決まってしまう。その印象がその後の演奏によって覆ることは,まずないとしたものだ。
 しかし,何事にも例外というのはあるんだな。今回は,第4楽章の例の有名すぎる旋律を奏でる前のところで,ゾクッときた。
 あれは何だったのか。この数秒間に世界が凝縮されている,思想も宗教も何もかもすべてが詰まっている,といった感覚。

● 「第九」は生でCDで何度も聴いているけれど,こういう感覚を味わったのは初めてだ。もうないかもしれない。たぶん,ないだろう。
 どういう理由でそうなったのかはわからないけれど,この数秒間を味わえただけで,今回は良しとする。

● 「第九」はあくまでも管弦楽曲であって,合唱がメインではない。栃木県では栃響の演奏で満足できなければ,もうその後はないわけだ。
 強いていえば,もっと高い料金を払ってプロオケの演奏を聴きなさい,と言うしかない。日フィルの演奏会が毎年,宇都宮で催行されているから。
 なぜこんなことをウダウダと書いているか。数秒間の震えを味わえたものの,全体としてはかすかに“飽き”が自分の中に兆しているのを感じたからだ。

● 演奏する方はどうなんだろうか。この曲を演奏することに飽きる。あり得ないでしょうね。
 でも,聴く側のぼくには“飽き”が兆している。その理由は“聴きすぎ”にあるのかもしれない。それ以前に,弛みのようなものが出ているのだろう。
 しかし,次回は節目の第10回。何かサプライズがあるような気がする。

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