2013年12月31日火曜日

2013.12.31 ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2013

東京文化会館 大ホール

● この壮大な,っていうか破天荒な,イベントに3年連続3回目の参加。
 過去2回はヤフオクでチケットを入手していたんだけど(正規料金の5~8割増しになった),今回は発売後まもない夏場に会場のカウンターで購入した。なので,正規料金で入場。
 C席で5,000円。この時点で20,000円を投じてS席にしていれば,これ以上はない特等席を確保できたかもしれない。が,惜しんでしまった。で,これまた3年連続のC席。

● この演奏会のD席,C席チケットのヤフオク出品状況を見ていると,最初からヤフオクに出すつもりでまとめ買いするプチ・ダフ屋がいるっぽい。プチ・ダフ屋から買ってでも行きたいと思わせる演奏会だってこと。
 これを消滅させるには,演奏水準を落とすか,チケットを値上げするかだ。どちらも嬉しくない。

● ぼくは栃木県のアマオケを中心に聴いているけれども,ベートーヴェンが演奏される回数がダントツで多い。次いで,チャイコフスキーとブラームス。この3人がトップスリーになっている。栃木に限らないでしょうね。
 CDで聴くのもやっぱりベートーヴェンが多い。「ひとり全交響曲連続演奏会」を催行することも,何度もある。といっても,歩きながら(あるいは電車に乗っているときに)イヤホンで聴いてるだけですけどね。

● ちなみに,同じ曲についていくつものCDを聴き比べるってのを,ぼくはやらない。絶対やらないと決めているわけではないけれども,結果的にあまりやったことがない。たまたま手にしたCDをずっと聴いていく。基本,そのような営業方針(?)で臨んでいる。
 で,「ひとり全交響曲連続演奏会」を催行するときに用いているCDは次のとおりだ。
 1~3番:スクロヴァチェフスキ,ザールブリュッケン放送交響楽団
 4番,9番:カラヤン,ベルリン・フィル
 5番,7番:クライバー,ウィーン・フィル
 6番:ネヴィル・マリナー,アカデミー室内管弦楽団
 8番:小澤征爾,サイトウ・キネン

● では,ベートーヴェンの何がそんなにいいのか。ベートーヴェンの代名詞にもなっている「苦悩を通して歓喜にいたる」のコピー効果? 起伏がクッキリしていて,ストーリーを仮託しやすい? ひょっとするとベートーヴェンっていう名前じたい?
 後付けの理屈はいろいろ付けられそうなんだけども,これだよヤマちゃん,っていうのはどうも掴まえられない。

● 上野公園は普段の休日よりずっと閑散。動物園も休園だ。帰省する人たちは帰省し,海外に遊びに行く人たちは遊びにいっているだろうから,これが大晦日らしさだといえばいえる。
 が,会場内に年の瀬の雰囲気はない。館内のショップは通常どおり営業しているし,レストランでは夕食の予約受付で大忙しだ。今日は大晦日で,明日は元日? どこの国の話? ってなもんだ。

● ともあれ。開演は午後1時。指揮は今回も小林研一郎さん。管弦楽も「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」で,コンマスはN響の篠崎史紀さん。奏者の入替えはあるにしても,構成は昨年,一昨年とまったく同じ。
 ベートーヴェンの交響曲を1番から9番まで順番に演奏していくという,何の衒いもない内容だ。衒いがないんだから,ごまかしも効かない。球種は直球のみ。日本を代表するプレイヤーの集団である「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」が演奏する意味もこのへんにあるんでしょ。

● 出入り自由になっている。全部を聴かなくてもいい。何せ長丁場だ。聴きたい曲だけつまみ喰いするのもOKだ。が,お客さんの多くは全部を聴いていく。ぼくもその中のひとり。
 これだけの演奏を一部でも聴きのがしてはもったいない。チケット代ももったいない。栃木から来ているんだし。

● まず,1番と2番を続けて。せっかく来たんだから一音も聴きのがすまいと思ったりもしちゃうんだけど,それってあんまり感心しない聴き方ですよね。ゆったり味わえばいい。音はむこうから飛びこんでくる。
 2番がシンシンと味わい深かった。そうなんですよね,2番ってこういう曲なんですよね,っていう。

● 30分の休憩のあと,3番。第2楽章冒頭のオーボエが奏でる旋律の甘美さはたとえようがない。
 全交響曲を演奏するんだから,体力も要るだろう。それもあってか,奏者は圧倒的に男性が多い。女性はヴァイオリン,ヴィオラ,オーボエ,フルート,ファゴットに一人ずつ。弦はずっと同じ奏者が演奏するけれども,管は交代制。
 まぁさ,こんな酔狂なことは男に任せとけばいいよね。

● 3番のあとに,主催者代表の三枝成彰さんのトークが入った。演奏会には演奏以外のものはない方がいいと,とりあえずは思ってるんだけど,これだけ長いとサービスしたくなるんだろう。それを求める声も多いだろうし。
 ホワイエにベートーヴェンの自筆の楽譜が展示してあるから,その説明も要るし,東日本大震災で被災した子どもたちへの支援活動も行っているから,そのPRも。

● 三枝さんのお話は次の3点に要約できる。
 ひとつは,自筆の楽譜は読めないところがあって,それを演奏できるように写した写譜屋さんは偉いということ。
 2番目は,小さな動機を積み重ねて曲を「構築」していくベートーヴェンの手法。5番にしろ6番にしろ,短い一つか二つの旋律を繰り返す。それでくどさを感じさせないのはすごいこと,というような話。
 3番目は,オフビート。弱泊にアクセントがある。これがベートーヴェンの躍動感の理由だ。
 2番目と3番目は前にも聞いている(ような気がする)。けれども,オフビートの話なんかは,ああそうなのかと思って,それで終わる類のものだね。なぜって,ではオフビートで作曲すれば,誰でもベートーヴェンのような曲を作れるのかといえば,そんなことはあり得ないだろうからね。

● 4番のあと,60分の休憩をいれて,5番,6番と続けて演奏。
 5番は素晴らしい演奏だった(と思う)。ただ,昨年の圧倒的な緊迫感に満ちた演奏の記憶が残っている。それと比較してしまうんですね。
 今年は何が違ったのか説明しろといわれても,うまくいえない。ひょっとすると,記憶じたいが変容を受けているかもしれない。自分で勝手に美化しちゃってるみたいな。
 あるいは,こちら側の構えが,昨年ほどのテンションを欠いていたからかもしれない。

● むしろ6番が記憶に残る演奏だった。特に,第4楽章と第5楽章。これほどスケールが大きい「田園」は聴いたことがないよ,って感じ。
 弦の厚みがすごいから,スケールの大きさに奥行きが加わる。

● ここで90分の大休憩。
 なんでこんなに休憩するんだとスタッフに喰ってかかっている馬鹿がいた。オレには終電があるんだぞ,どうしてくれるんだ,的なね。還暦はすぎているんじゃないかと思われる爺さん。
 どうしても出てしまうのかねぇ,どうやったらここまで馬鹿になれるんだと考えさせる手合い。
 こちらはそうした馬鹿とは関わらないことができるけれども,スタッフは仕事がら,相手をしなくちゃいけない。ここまでの馬鹿の相手をさせられる分は,たぶん,彼女の給料には含まれていないと思うんだけどね。

● その大休憩のあと,7番と8番を続けて演奏。
 7番も素晴らしい演奏だった(と思う)。ただ,昨年のスリリング極まる演奏の記憶が残っている。それと比較してしまうんですね。
 ここでも,むしろ8番がぼく的には印象的で,この曲を聴いていると,夏目漱石の「則天去私」という言葉を連想してしまう。変な聴き方をしてるんだと思うんですけどね。

● オーケストラがここまでの水準だと,指揮者の作用領域はそんなに広くはないと思われる。奏者がそれぞれ,自分の中に指揮者も育てているだろう。
 したがって,基本,オケ任せでいいんでしょうね。指揮者がオケを称揚する場面が頻繁にあった。オケも指揮者を立てている。両者の関係は良好(なんだと思う)。

● 「第九」の準備が整うまでの時間,今度は三枝さんが各パートの主席にインタビュー。どうしても弾けない音符があるとか,フレーズが長いのでブレスコントロールに気を遣う(管楽器の場合)とかの話があった。

● で,最後は「第九」。ソリストは,森麻季(ソプラノ),山下牧子(アルト),錦織健(テノール),青戸知(バリトン)の諸氏。合唱は武蔵野合唱団。ソプラノとアルトは変わっていたけれども,あとは昨年と同じ。
 結局,今回はこの「第九」が際だっていましたかね。その功績の約半分は合唱団にある。この合唱団がここまで巧かったことに気づかなかった。昨年,一昨年は何を聴いていたんだか。

● ただ,この時間帯になると,目がかすんできましてね。去年まではそんなことはなかったんだけどね。
 それと,ソリストが左側にいたので,ぼくの席からだと,視界から切れちゃうんですね。これが何とも残念で。
 さらにいうと,前列のお客さんが身を乗りだすようにすると,彼の頭でステージの半分が隠れちゃう。森麻季さんを見たいのはわかるんだけど。
 それに応じてこちらも身をかがめたりするんだけど,そうすると後列のお客さんの視界をぼくが遮ることになるんだと思うんですよ。
 このあたりがね。いい席を取ればいいだけの話なんですけどね。

● 演奏会が終了したのは,2014年に入ってから。大晦日はJRが終夜運転を行うから(大休憩のときにスタッフにあたっていた爺さんは,このことを知らなかったのかも),泊まる必要はない。そのまま帰れる。過去2回はそうした。
 ただね,終夜運転は宇都宮までのことでしてね,宇都宮から先は通常運転になる。なので,宇都宮で3時間ほど時間をつぶさなくちゃいけない。2時半から5時半までの3時間。めっちゃ寒いわけですよ。

● 宇都宮って駅前は真っ暗だからね。その時間帯に営業しているお店なんかぜんぜんないですから。二荒山神社まで歩くしかないわけね。ここまで来るとさすがに人影がある。初詣に来た人たちを相手に仕事を始めている露店もあるしね。
 この時間に初詣に来てるのは,ほぼ若いニーチャンとネーチャンたち。束の間,彼らが場を支配している。それぞれ家庭の事情を抱えながら,がんばって生きているんだと思いますよ。それを見てるのも面白いっちゃ面白いんだけど,なにせ寒いからね。
 近くの飲み屋に入り込んで,熱燗をやりながら,黒磯行きの始発を待つことになるわけです。
 
● でもね,寄る年なみってやつでね,これがけっこうきつい。今年は泊まることにして,上野にホテルを予約しておいた。
 といっても,5,000円でお釣りがくるカプセルホテル(朝食付きのプラン)。どうも,このあたりが落としどころっていうか,財布と相談するとこうなるしかないっていうか。

● 不満はないんですよ。寝れりゃいいんだから。おっきなお風呂にも入れるし,とびきり旨いというわけではないにしても,普段は食べることのない朝食をゆっくり喰えるんだし。
 何より,始発を待ちながら宇都宮で飲んでるよりは安くつくうえに,体はずっと楽なんだから。
 でもなぁ,この年になってカプセルホテルかぁ,オレの人生,こんなもんだったのかぁ,という気分も,若干だけれども,ないこともない。

2013年12月28日土曜日

2013.12.28 宇都宮大学管弦楽団第76回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● オーケストラを初めて生で聴いたのは,2009年の5月だった。その頃は,栃木県限定で聴いていこうと思っていた。まさかこんなに聴くことになるとは考えもしなかった。
 そうなった理由は,このブログを始めてしまったことにある。わずかながら読んでくださる人がいるのが嬉しくて,ブログを書く(更新する)ために聴きに行くという,なんだか笑えない事態が出現してしまった。

● が,もちろん,それだけのはずもなくて,結局のところ,快楽原則にしたがった結果だ。生演奏を聴くことの快感に身を任せた結果,膨れるだけ膨れてしまった。
 ひょっとして,いや,ひょっとしなくても,職業人としては落第だろう。家庭人としては合格かというと,それも怪しい。要するに,個の快楽を優先しているわけだから。
 でも,自分でそれを許しているわけで,そこがどうもな。
 そういったことも含めて,他方で捨てているものがあるはずだけれども,その自覚は薄い。

● もともと,ゴルフもスキーもパチンコもやらないし,物欲もあまりない(と自分では思っている)。車なんて走ればいいし(だいたい,実用以外で運転することはない),洋服もユニクロかシマムラで充分。一着をすり切れるまで着続ける。食べもののことでヨメにうるさく言ったこともないはずだ。
 人付き合いも最小限。休日を友人と過ごした記憶はない。っていうか,友人がいない。
 唯一,オーケストラの生演奏にだけは出かけているよ,と。
 
● で,今回は宇都宮大学管弦楽団。開演は午後2時。チケットは800円。
 指揮は末廣誠さん。曲目は次のとおり。
 シューベルト 歌劇「フィエラブラス」序曲
 グノー 歌劇「ファウスト」よりバレエ音楽
 ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

● シューベルトがオペラをいくつか作曲したことは知っている。が,CDもDVDも見たことがない。当然,持っていないし,聴いたこともない。「フィエラブラス」序曲も初めて聴く。
 この曲にしても,グノーの「ファウスト」にしても,あまり(というか,めったに)演奏されない曲を持ってきた。ほかにもあるんだろうね。一般受けはしないかもしれないけれども,演奏してみたい曲っていうのが。

● メインはおなじみの「新世界より」。率直に感想を申しあげれば,荒削りな印象があった。もっと細かく研磨をかける余地が,各パートともあったように思う。
 しかし,だからダメかというと,ことはそう単純ではない。荒削りには荒削りの良さが,厳然としてあるから。
 第4楽章のフィナーレに向けての怒濤の勢いは,荒削りなればこそ。立派にひとつの表現たり得ている。ここに細かな磨きを加えてしまうと,それによって失われるものが必ずある。

● ただし,これは目の前で演奏している様を目にしているからでもある。録音で聴いたら,また違った印象を持つことになるだろう。
 曲との相性もある。アンコールはチャイコフスキーの“花のワルツ”だった。この曲と今回の演奏はミスマッチというか,ちょっとそぐわないように思えた。

● 運営スタッフの対応はほぼ完璧。宇都宮大学に限らないんだけど,今どきの学生はうまいよねぇ。ほんとにソツがない。サービス業に転身しても,明日から仕事になるんじゃないか。

2013年12月25日水曜日

2013.12.23 橋本陽子エコール ドゥ バレエ 第16回クリスマスチャリティー公演2013-くるみ割り人形

栃木県総合文化センター メインホール

● 昨年に続いてお邪魔した。じじむさい男が一人でバレエを観る。そんな爺を周りがどう見ているか。まったく気になりませんね,そういうことは。っていうか,べつに誰も見ちゃいませんよね。
 ちなみに申しあげれば,ぼくは女性の下着売場にも平気で行けちゃう方でね。彼女(いないけど)に頼まれれば,買ってきますよ,彼女の下着。サイズ,教えてよ。

● ただですね。この時期の休日はコンサートの盛りでもあって,そちこちで開催されてますんでね。どれにするか絞れないまま,今日になった。
 で,チケットは当日券を購入。AとBの2種なんだけど,2階のB席を。2,500円。プログラムは別売で500円。

● 今回は「くるみ割り人形」全幕。結論から申しあげれば,ここまで本格的な設えの「くるみ割り人形」を観れるとは思っていなかった。行ってみるもんです。
 舞台の造作から照明,衣装に至るまで,要するにチャチくない。お金がかかってる。何より,肝心なダンスが充分以上に鑑賞に耐える水準だったしね。
 ほんとに問題は,こちらの鑑賞能力だけだ。

● 第1幕の終盤,「雪の精」たちが登場するときに,弦楽器のトレモロを思わせるような,小刻みなステップで進んでたんだけど,これって簡単にできるものなんですか。それともけっこう難しかったりする?
 難しいんでしょうね。

● 圧巻は第2幕の「花のワルツ」だとすることに,あまり異論はないだろう。クララがたまらず躍りだしてしまうのも当然だね。
 コール・ドの美しさは息をのむほどで,このあと主役二人(金平糖の精&王子)の超絶技巧やウルトラCが続くんだけど,こういうのってそれだけが突出しててもつまらない。バックが一定の水準に達していないと,主役級の超絶技巧が活きない。バックが支えきれてると,見映えがまるで違ってくるものでしょ。
 オーケストラが協奏曲を演奏するようなもので,ソリストはもちろん重要な役回りなんだけれども,最終的にはバックの管弦楽が演奏の良し悪しを決める。

● かなり地味めの練習が,こうした華やかなステージを作るわけだ。演劇だろうと,オペラだろうと,ステージとバックヤードの落差は甚だしいに決まっている。
 だけど,客席にいると,バックヤードに思いが届きにくいところがあるかも。バレエはステージのファンタジー性が強烈なだけに。

● クララが夢から醒めて終わるんじゃなくて,王子と次なる旅に出かけるところで終わる。これが今回のストーリー上の特徴。
 「金平糖の精」っていうのは,訳語としてすっかり定着してるんでしょうね。Sugar Plum Fairyの訳語としてなら,たんに「砂糖菓子の妖精」とでもした方がいいような気がするんですけどね。

2013年12月24日火曜日

2013.12.22 東京大学フォイヤーヴェルク管弦楽団第30回定期演奏会

すみだトリフォニーホール 大ホール

● 昨年6月以来のフォイヤーヴェルク。開演は午後7時。入場無料(カンパ制)。
 この楽団の水準はすでに周知のところだろう。だから,事前にチケット(整理券)を申しこんでおくというシステムになっている。楽団側にとってはかなりの手間になるとしても,そうしないとお客さんが押し寄せて,捌きがつかなくなるかもしれない。
 有料チケット制にするのも手だと思うけれども,そこは楽団の考え方なり哲学があってのことなのだろうと推測する。
 ともあれ,満席の盛況。

● 大学オケにしては,大人の楽団という趣がある。終演後にコンマスが挨拶したんだけど,普通の大学オケより平均年齢が高いと言っていた。
 それにしても落ち着いた雰囲気を感じさせる。当然,院生もいるし,トレーナーも加わっていたりするんだけど,それはけっこう普通のことだからね。
 この楽団も東大の冠がありながら,約半分は東大以外の学生だ。音大の学生や卒業生がけっこうな数,賛助に入っていた。
 
● 指揮は原田幸一郎さん。曲目は次のとおり。
 ウェーバー 歌劇「オベロン」序曲
 ブルッフ クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲
 ブラームス 交響曲第4番 ホ短調

● 「オベロン」序曲の冒頭のホルンソロで,この楽団の力量はわかる。なんだよ,この巧さは,って。楽器に向き合ってきた時間が長いんでしょうね。才能なんでしょうね。
 弦のピッツィカートひとつとっても,よそとは違うような気がして。
 たとえば,テニスの上手な人のゲームを見ていると,ラケットが手の一部に見えたりすることがあるんだけど,どうもそういう感じね。楽器はすでに体の一部。

● しかし,なんだね。ここまで音楽に没頭してて,卒業とか就職とかは大丈夫なのか。大きなお世話だと思うんだけど。
 っていうか,あれかなぁ,キチッと集中してやってますから,ご心配には及びませんよ,って言われちゃうのかなぁ。

● 女性奏者のカラフルなドレスも健在。これはもう,この楽団の演奏会を特徴づける要素のひとつになっているだろう。これが見たくて来てるお客さんも絶対いると思うぞ。
 ちゃんと花になっているんだから,たいしたものだ。

● ブルッフの「クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲」は初めて聴く。CDはあるようだけど,ぼくは持っていない。
 クラリネットは亀井良信さんで,ヴィオラは須田祥子さん。お二人ともこの楽団のトレーナーを務めている。こういう人たちをトレーナーに呼べるってことじたい,楽団の水準の高さをうかがわせる。
 「独奏の技巧的な側面よりは中音域の音色の魅力や旋律の美しさが前面に出されている」ということなんだけど,とはいっても,技巧を堪能させるところもある。こういうところも入れておくのが,作曲家のサービスってもんでしょうか。ソリストに対しても,聴衆に対しても。

● 協奏曲を演奏する場合,その格を決めるのはソリストではなくて管弦楽の方だ。管弦楽が締まっていないとどうにもならない。
 その点でいえば,この楽団ならまったく無問題。そうであってこそ,ソリストの技量もはえるというものだ。

● ブラームスの4番は,圧巻と申しあげるほかはない。気持ちの良い起伏感。スムーズきわまる場面転換。
 どう表現していくかというおおもとのところで奏者間に乱れがない。個々具体の局面で何をどうするかについては,指揮者がこうしろと指示することがあるだろう。おおもとについてもあるのかもしれないけれども,あったにしても抽象的な表現にならざるを得ない。
 それをステージという現場において,乱れなく具現化してみせるってのは,とんでもない力量だと思う。共通了解になっている部分が多いのだとしても。

● というより,その共通了解事項が普通(の楽団)より多いのだろう。いちいち話さなくても通じるようになっているんでしょう。それってかなりすごくないですか。
 ま,ひょっとして,まったく的外れのことを言っているのかもしれないんだけどね。

● ヨハン・シュトラウスの「ハンガリー万歳」で軽快に締め。しっとりした充実感に満たされて,はるか彼方のわが陋屋をめざして,錦糸町駅に向かったというわけでした。

2013年12月23日月曜日

2013.12.22 東京大学フィルハーモニー管弦楽団第32回定期演奏会

所沢市民文化センター ミューズ アークホール

● 「青春18きっぷ」が使える時期がきた。イコール東京に出るのが増える時期でもある。
 ただし,冬の「青春18きっぷ」は有効期間が1ヶ月しかないのが難。1ヶ月で5回使わなきゃいけないからね。

● まずは,所沢で東京大学フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会。
 大宮で川越線(埼京線)に乗り換えて,川越で下車。西武線の本川越まで歩くわけだけど,今回は二度目なので迷うことはない。
 「クレアモール川越新富町商店街」はあれですね,年中お祭りの趣がありますな。これだけ人通りの多い商店街って,そうそうないんじゃないですか。日中は車両進入禁止だから,安心して歩けるのもいい。飲食店が軒を連ねているんだけど,敷居が高そうな店はない。商店街だからつんとすました店はないわけで,すこぶる健全な感じがする。

● 会場にはだいぶ早めに着いた。ので,会場内のレストランで開場時刻を待つことにした。
 カウンター席の隣に,年配の女性が一人でやってきて座った。ぼくよりちょっと若めかなぁ。一人でカウンターにいる女性の風情って,年齢を問わず,彼女が美人であるかどうかにかかわらず,なかなかいいものだよね。大げさにいえば,ちょっとした眼福になる。
 群れない女って,それだけで得点が高い。格好いいなぁと思う。日本じゃあんまり見かけないけど,香港やシンガポールにはけっこういるよね。

● 百パーセント群れないでいたら,女商売は張っていけないと思うし,それ以前に,群れることができないってのは,女としては(男であっても)欠陥商品だろう。
 でもね,群れる必要がないときまで群れてないと不安というんでは,同じようにスペックに問題あり,ってことになるよねぇ(そうでもないのか)。

● 開演は午後2時半。入場無料(カンパ制)。指揮は濱本広洋さんで,曲目は次のとおり。
 ブラームス 悲劇的序曲
 ドヴォルザーク アメリカ組曲
 チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」

● 先月24日の駒場祭でも同じ曲(全部ではないが)を演奏している。んだけど,これは聴くことができなかった。行くつもりでいたんだけどね。
 ぼくのような者でも休日を完全に自由にできるわけではない。仕方がないですね。
 であるからして,今回はきっちり聴いていこう,と。

● 開演前に弦楽五重奏のサービス。トトロから始まってポニョに終わるジブリ・メドレー。各パートのエースが担当するようだ。
 東大の冠をつけてはいるけれども,非東大の団員の方が多いようだ。各大学から選りすぐりが集まっているのかもしれない。藝大から参加している人もいる。
 ゆえに(とつないでしまっていいのかどうか),大学オケとしてはまず文句のつけようのない水準をキープしている。これ以上にやれというのは,少々酷なように思える。

● チャイコフスキーは6番より5番の方が好きだという人が,圧倒的に多いのではないだろうか。
 「悲愴」交響曲を生で聴くのはこれが4回目なんだけど,難解な曲だと思っていた。何だかよくわからない曲だなぁ,と。盛り下がって終わるから,という理由だけではないと思う。

● でも,今回の演奏でちょっとわかったぞ,っていうか。チャイコフスキーの最後を飾るに相応しい大作だというとおこがましいんだけど,これは残るでしょっていいますかね(もっとおこがましいか)。
 「悲愴」に対する苦手意識を薄めてくれる演奏だった。木管が安定していたおかげかなぁと思うんだけど,よくはわからない。

● いろんな演奏スタイルがあって面白かった。スタイルまでユニフォームを着てたんじゃつまらないから。熱く演奏する弦奏者がふたりいたね。
 それからですね。女性奏者のルックスの水準が高い。容姿が入団条件に入っているはずもないだろうから,たぶんこれが世間の水準なんだと思うけど,そうだとすると日本の若い女性たちってきれいになってるんだねぇ。育ちの良さも感じさせる。
 ぼくの同級生のあの彼女やこの彼女(の若い頃)を思いだしてみるんだけど,とてもとても。昔と違うねぇ。これ,女だけってことはないよね。男もたぶん同じなんだろう。

● アンコールはシベリウスの「悲しきワルツ」。カンパ箱に若干の紙幣を入れて,会場を後にした。
 今回の収穫は,上に書いたように「悲愴」の良さを少しわからせてもらえたこと。
 駅に向かう道すがら,「悲愴」についての感想を言い合っている人たちが多かった。満足感が高かったに違いない。

2013年12月15日日曜日

2013.12.15 第6回栃木県楽友協会「第九」演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 季節の変わり目とか,年中行事とか,そういうものにあまり敏感な方ではない。大晦日であれ,元日であれ,自分が生きなければならない(生きることのできる)2万日か3万日の中の1日だ。それだけのことだ。
 とはいえ,年末のイルミネーションや年度が切り替わる4月の桜など,それぞれの時期の風物や風景は,その時期の象徴になる。それを愛でるのはけっこうなことだし,自分でも嫌いではない。

● ただね。たとえば,クリスマスイブに吉野家とかマックとかにひとりで行く人がいると思うんだけどさ。そんな自分を外れ者だと思っちゃいけないよね。
 バカは群れたがるもんだと思ってればいいんじゃないのかなぁ。バカなんて放っておけばいいんでさ。昔からつける薬はないと決まってるんで。
 で,世の中の大半はバカ,と思ってればいいんだよ。大衆は必ず間違える,常に間違える,ってさ。おまえの方がよっぽどバカだ,と言われても馬耳東風でね。

● ちなみに申しあげれば,ぼくはそういうの,まったく平気。っていうか,ぼく,友だちっていないから,たいていひとりで食べに行くことになる。
 食事はみんなで食べる方が美味しいよね,っていうのも何とかのひとつ覚えだと思ってる。みんなでお喋りしながら食べるとおいしくなる? ホントかね。かえって不味くなることの方が多くない? イヤなヤツが混じってたりしてさ。

● 吉野家の牛丼もマックのハンバーガーも,それなりに旨いでしょ。クリスマスだろうが大晦日だろうが,ひとりで喰っても旨いものは旨い。何人で喰おうと不味いものは不味い。
 ひとりでレストランとかに行くのは気後れするけどね。回転寿司を含めたファストフードになっちゃうんだけど,食べものなんてそれで充分だしさ。

● 栃木でも「第九」は年末の風物詩。「第九」が年末の季語?になった経緯はどうあれ,何度でも聴きたい曲には違いないから,いそいそと出かけていく。

● 大げさにいうと,「第九」を聴くことができるかできないかで,人生のクオリアが違ってくると思っている。遅ればせながらというか,人生の後半もいいところだったけれども,「第九」を聴く機会を得られたのは幸運だった。
 さらにいうと,ベートーヴェンが存在してくれたことが,どれほどの恩恵を人類(の一部だけど)に与えてくれているか。何というのか,筆舌に尽くしがたいほどだ。

● 開演は午後2時。チケットは1,500円。
 昨年は指揮者もソリストも外部から招聘。今回は元に戻って,内部調達。
 管弦楽は,今回は栃木県楽友協会管弦楽団という看板になっていた。実質はこれまでどおりの栃木県交響楽団といっていいんだけれども,県内の他楽団から参加した人もいたようだった。指揮は栃響の荻町修さん。

● 前回の栃響の「第九」には少なからず驚かされたんだけど(もちろん,いい意味で),あれは偶然にもいくつかの要因が重なった結果だろう。
 今回もまた前回と同じ演奏を聴かせてもらえるとは,正直なところ,思っていない。

● 今回の露払いは,フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」の序曲。この歌劇を通して聴いたことはもちろんないけれども,序曲はCDを持っている。YouTubeで聴いてしまうことが多いんですけどね。
 続いて,「第九」。スタートにやや乱れがあったかもしれない。が,すぐに場が整って,あとはそのまま終曲まで。
 「第九」は第1楽章が最も好きだ。緩徐楽章(第3楽章)がいいという人も多いと思うんだけど,ぼくとしては第1楽章に惹かれる。

● ただ,指揮者とオケの間がわずかにギクシャクしていたように思われたんですけどね。指揮者が熱くなっているのに,オケはわりと冷めてるような。
 指揮者がどうしたかったのか,ぼくには最後までわからなかった。テンポからして,これでいいのかと迷いながら振っていたように感じられた。
 結果はオーライっていうか,決して悪い演奏ではなかったわけだけど。

● ソリストは篠崎加奈子(ソプラノ),荻野桃子(メゾ・ソプラノ),岩瀬進(テノール),村山哲也(バリトン)の諸氏。合唱団は栃木県楽友協会合唱団。
 CDで聴くたびに,第4楽章(の少なくとも後半)はなくてもいいんじゃないかと思う。けれども,生で聴くと,第4楽章がないと話にならないと思う。ここは,CDと生の落差が最も甚だしいところですね。

2013年12月14日土曜日

2013.12.14 大野雄二&Lupintic Five-ルパンティックジャズナイト

さくら市氏家公民館

● 中高年にとって「ルパン三世」は最もなじみのあるアニメではなかろうか。ぼくも映画になったものやテレビスペシャルは,『ルパンVS複製人間』以来,ほぼすべてを観ている。
 もはや伝説になっている(なっていないか)『カリオストロの城』や『ロシアより愛をこめて』も当然観ている。DVDを借りて何度も観たものもある。

● その音楽を創作しているのが大野雄二さん。彼が率いるLupintic Fiveのライブがあった。
 開演は午後6時。チケットは2,000円。約100分間のライヴ。

● メンバーは大野さんのほか,井上陽介さん(ベース),江藤良人さん(ドラムス),松島啓之さん(トランペット),鈴木央紹さん(サックス),和泉聡志さん(ギター)の5人。
 錚々たるメンバーなのだと思う。

● 演奏された曲目も「ルパン三世」絡みがメイン。そうじゃなかったのは角川映画の「犬神家の一族」と「人間の証明」のテーマ曲だけ。
 どの曲もアニメの中で頭から尻尾まで放送されたことはないと思うんだけど,当然,一部は聴いたことがあるものばかり。CDも何枚かあるので,中にはすべてを聴いているものもあったと思う。

● そのうえで,奏者のテクニックが炸裂するわけだから,客席もわいた。
 どうしてもラッパが目立つので,松島さんと鈴木さんを見ている時間が一番長かったけれども,ドラムスもギターも大野さんのピアノも,唖然とするしかない腕前。

● なんだけれども,どうもぼくには「馬の耳に念仏」だった感が濃い。こういうものに感応する感性がないか,もしくはかなり薄いようだ。
 我を忘れるってのができない。頭を空っぽにしてノリまくる的なところに行くのを抑制してしまう。理性的でしょ,っていうんではなくて,つまらない性格だと思う。
 ただ,つまらなくてもこれが自分の性格だとすれば,いまさら治ることもあるまいから,この種のライヴに行くのは,奏者にも迷惑かもなぁ。自重した方がいいようだ。

2013年12月10日火曜日

2013.12.08 第4回音楽大学オーケストラ・フェスティバル-東京音楽大学・国立音楽大学

東京芸術劇場 コンサートホール

● 4回にわたって開催される「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」の最終回。先週行われた3回目(東邦音楽大学・東京藝術大学)には行けなかったけれども,あとは行くことができた。上出来。
 お金のことばかり言って申しわけないけど,これで750円(通し券の場合)っていうのは破格。大学の行事という位置づけで,各大学からお金が出てるんだろう。学生の交流を図るというのが趣旨だとしても,充分に社会還元になってますなぁ。

● 東京に住んでれば,その還元を目一杯に味わえるわけだ。羨ましいですな。
 こちとらは,往復で4千円の電車賃がかかる。それでも聴きに行く価値はあると思っている(だから,実際,聴きに行っている)。

● 東京音大はまずベートーヴェンの8番。指揮は卒業生でもある川瀬賢太郎さん。
 ベートーヴェンの交響曲ならどれであっても,何度聴いてもいい。普段は小澤征爾指揮・サイトウキネンのCDをもっぱら聴いている。イゴール・マルケヴィチ指揮・ラムルー管弦楽団とアバド指揮・ウィーンフィルのCDも手元にあるんだけど,聴きくらべてどうのこうのという水準には達していない。それ以前に,聴きくらべができるほどのオーディオ環境を整えていない。
 だったらあとの2枚は要らないじゃないかって? さよう,しかり。でも,何となくあるんですよ。

● 今の演奏水準って半世紀前とはまるで違うんでしょうね。どんどん上手くなっているんだろうな。今聴いている学生の演奏だって,昔のプロオケの上を行っているんだろう。
 8番の流れるような旋律を聴きながら,そんなことを思ってみた。

● 次はハチャトゥリアンのバレエ「ガイーヌ」から「剣の舞」「バラの娘たちの踊り」「子守歌」「レズギンカ」の4曲。
 3曲目のオーボエのソロが印象的。さすが音大で木管が上手。弦は言うまでもないんだけど,管が巧いと全体がピッと締まる感じ。

● 国立音大はバルトークの「管弦楽のための協奏曲」を持ってきた。指揮は山下一史さん。
 バルトークが好きです,っていう人,当然いると思うんだけど,通っぽいよね。こちらが刷りこまれている予定調和をスパッスパッと切り崩してくれる。
 モーツァルトに慣れたウィーンの市民がベートーヴェンの音楽に接したときもそう思ったかもしれないし,古典派に慣れたベルリン市民がベルリオーズの幻想交響曲を初めて聴いたときにも,同じ印象を持ったかもしれない。

● 先月11日に桐朋学園が演奏したストラヴィンスキーの「春の祭典」なんか典型的にそうだと思うんだけど,この曲も下手な演奏では,簡単に雑音に転化する。ベートーヴェンの5番だったら,下手でもそれなりに聴くことはできるんだけど,この曲でそれはあり得ない。
 というわけだから,今回の演奏で聴けたのはありがたかった。穴がないオーケストラというのは,それだけで充分にすごいものだ。ぼくが感じたのはやはり木管陣の安定感なんだけど,ヴィオラが何気に良かったと思う。目立たないパートなんだけど,そういうところが冴えていると全体の格調が大きくあがる。

● あとは来年3月に選抜チームの演奏会がある。終演後にそのチケットを購入。要するに,来年3月までは生きてなきゃいけない。

2013年12月7日土曜日

2013.12.07 オペラ鑑賞入門講座

栃木県総合文化センター 特別会議室

● 宮本哲朗さんによるレクチャー。午後2時から2時間。入場無料。

● 受講前はこんなことを考えていた。
 オペラに限らず,何ものかを鑑賞する場合に,こういうふうにしなさいというガイドラインをまず求めてしまうヤツはダメなヤツ。
 そういう人って,おそらく,効率信仰があるんだと思う。無駄を省きたい。効果的に鑑賞したい,っていう。効率だけで人生を埋めて,どこが楽しいのか。

● 鑑賞の仕方に正しいものと間違ったものがあると考えているのかもしれない。だから,その道の権威に正しいものを教えてらもらいたい,と。
 これも何だかなぁ。間違ってたっていいじゃないかと思ってしまう。間違いだって遠回りだってかまわないから,まず自分に尋ねてみたらいいと思う。

● てなことを言いながら,そういうところが自分にもあることを認めざるを得ない。でなければ,わざわざこうした「入門講座」なんてものを聞きに行ったりしませんよね。大丈夫なのか,オレ。

● 講師の先生も,オペラの鑑賞の仕方に方程式なんかないと言いたいと思う。どんな見方をしたっていいんですよ,人それぞれですよ,ここではそのためのヒントをいくつかお話ししましょう。
 というような話になるんだろうな,と思ってたんですけど。

● が,そうではありませんでした。鑑賞のしかたをガイドするというのではなく,まずはオペラが総合芸術(音楽的,文学的,演劇的,美術的,舞踏的,の5つの総合)であることの説明。声の種類によって役柄が決まること。パルランド形式についてのざっくりとした解説。
 あとは,オペラに興味を持つ契機について御自身の体験を語った。ラジオから流れてきた序曲が興味を持つキッカケだったというようなこと。

● 実際にいくつかのアリアや重唱を聴かせた。ソプラノ,メゾ・ソプラノ,バリトン,バス,テノールの代表的なアリアとか,合唱が入っている華やかな場面とか。
 実際に聴かせてみて,それ自体をオペラに興味を持つキッカケにしてもらいたいということのようだった。

● 高いところから,こういうふうに聴きなさい,こういうふうに観なさい,と教えを垂れるという話ではなかったわけですね。
 オペラファンを増やしたいという思いが伝わってきましたね。オペラは総合芸術だから,興味を持つ「とっかかり」も様々あるはずだ。どんなところから興味を持ってもいい。そして,実際に聴いてみてほしい。そういうことでした。

● 言葉の意味などわからなくても,声で観客のハートをつかむのがオペラの醍醐味だと,宮本さんは語った。彼は演じる側の一員でもあるから,その手応えを感じると,相当以上に嬉しいものなんでしょうね。
 実際,鑑賞の手引なんぞというものはあるはずもなくて,オペラは結局,歌を聴くもの。つまりはそういうことかと思われる。総合芸術とはいっても,音楽成分が圧倒的に多いわけだから。

● 受講者の中に若い人は少なかった。若い人の総体がどんどん小さくなっているのだから,音楽でも演劇でもカルチャーセンターでも,お客さんの平均年齢は高くなる一方だと思う。それが道理だ。仕方がない。
 それだけに,若い人の争奪戦がシビアになっていくわけだろう。

2013年12月2日月曜日

2013.12.01 楽器たちの饗宴 Vol.2 一流アーティストによるリレーレクチャーコンサート

栃木県総合文化センター メインホール

● この日は川崎で,音楽大学オーケストラ・フェスティバルの3回目の演奏会があった。行けば高揚した気分になれることはわかっている。チケットも購入済みだ。
 けれど,こちらを選択。曽根麻矢子さん(チェンバロ),古川展生さん(チェロ),中嶋彰子さん(ソプラノ)が宇都宮に来るんですよ。何というか,とても豪華版。
 中嶋さんのソプラノを生で聴ける機会なんて,滅多にあるものじゃない。YouTubeにアップされている「乾杯の歌」(NHKが放送したもの)に登場する彼女を見て,一発で魅せられてしまっててね。これは聴きにいくでしょ,行かなきゃダメでしょ,的な。

● このレクチャーコンサート,1回目は2年前だったか。しかも無料だった。何と太っ腹なと思ったけど,今回は有料になった(といっても1,000円)。これで良いと思う。
 ともかく,これで上記3人の演奏が聴けるんですよ,と。持ち時間は,それぞれ1時間。進行役は今回も朝岡聡さん。退屈することは絶対にない。
 開演は午後1時半。2階席は使わず,1階席のみを使用。それでも両翼席を中心にけっこう空席あり。

● まずは曽根麻矢子さん。お嬢さんって雰囲気を湛えている。おきゃんな人っぽい。かといって,ちょっとそこのお嬢さん,と呼びかけていいわけじゃない。
 「生で聴ける機会なんて,滅多にあるものじゃない」ってところでは,彼女のチェンバロもそうだね。栃木に住んでるんだからね,こっちは。
 いきおい,CDでってことになるんだけど,これまで14枚のCDをリリースしているそうだ。その中でぼくの手元にあるのは,バッハの「イタリア協奏曲,フランス風序曲」「イギリス組曲」「トッカータ」「フランス組曲」と,スカルラッティのファンダンゴやソナタを収めた「ラティーナ」の5枚。

● ただ,熱心に聴いてるかというと,そうでもなくてね。そうでもなくてっていうか,ぜんぜんそうじゃないわけで。だいたい,「ゴルトベルク変奏曲」は持ってないんだからね。
 ゴルトベルクはもっぱら横山幸雄さんのピアノで聴いてるんだけど,チェンバロも聴かないとゴルトベルクを聴いたことにはならないかもね。
 ただ,こうして本人の生演奏を聴く機会があると,そのあたりを修正できるきっかけになるわけでね。修正できないことも多々あるんだけどさ。

● チェンバロの音色,なんて表現すればいいんでしょうかねぇ。朝岡さんは雅びといっておられたけれど。一番近い楽器を探すとすると,ハープになるんでしょうか。いや,だいぶ違うな。むしろ邦楽器の箏か。ひっきょう,チェンバロはチェンバロですよね。
 でね,チェンバロをずっと聴いていると眠くなってくる。音楽を聴きながら居眠りするってのは相当な贅沢だし,何といっても気持ちいいし,有効な音楽の使い方だと思ってるんですけどね。生演奏のときにそれをやっちゃ失礼なんだろうけど,CDを聴きながらだったらぜんぜんOKですよね。

● ステージには2台のチェンバロがあった。小さい方がジャーマンで,大きいのがフレンチ。ドイツの曲だからジャーマンでという厳密な縛りはないそうだ。
 そりゃそうだ。厳密って不自由だもんね。意外性を殺してしまうだろうし。なんか,発展性がないって感じがするよね。

● 曽根さん,楽屋にピアノが置いてあっても触ることはないそうだ。まったく別の楽器だからというわけなんだけど,イチローが他人のバットは持たないと語っていたのを思いだした。感覚が狂うから,と。
 数年前,NHKの「プロフェッショナル」で,イチローがそういうことを言ってたんですけどね。

● 次は,古川展生さん。ピアノ伴奏は坂野伊都子さん。
 ヴァイオリンもそうだけれども,チェロも18世紀から形がまったく変わっていない。言うなら,最初から完成形。大きなコンサートホールなどなかった時代の形態が変わらず今に至っているのは,不思議というか途方もないというか。古川さんと朝岡さんがそんな話をしていて,こちらはなるほどな,と。魂柱の話も面白かったね。
 弓も1千万円くらいのものがあるらしい。古川さんが使っているのもその種のもの。とすると,チェロの本体は億か。さすがに自前ってわけにはいかないから,貸与を受けることになる。

● オーケストラだったらとっかかりがいくつもある。金管はちょっとしょぼいけどクラリネットは巧いなぁとか,まぁいろいろと。指揮者を見てたっていい。演奏するのも交響曲がメインだから,曲じたいが壮大だ。
 けれども,単楽器のソロとなると,そういうわけにいかない。語れる素材が少なくなる。ハッタリが効かない。聴き手の鑑賞能力が露わにされる。上級者向けだ。
 ぼくにはちょっと厳しいかも。と,ずっと思っているから,聴き方に進歩がないんでしょうね。

● ベートーヴェンの「“マカベウスのユダ”の主題による12の変奏曲」が面白かった。面白かったというと上から目線的な言い方になってしまうんだけど,ベートーヴェンってこういう曲も作ってたんですねぇ,って感じで面白かった。
 しめに持ってきたのは,ピアソラの「リベルタンゴ」。古川さんのチェロはもちろんのこととして,坂野さんのピアノも聴きごたえがあった。

● 「リベルタンゴ」ってクラシックジャズの風情もあるし,日本の演歌に通じるメンタリティーもあるように感じててね。リズミカルなんだけど,人生って辛いよなぁ,やんなっちゃうよ,っていう感が濃厚にあるじゃないですか。
 そんなことないですか。ま,ぼくはそういうふうに聴いちゃってるんですけどね。

● 中嶋彰子さん。存在じたいに華やかさがあって,威風あたりを払うの趣。
 こういうのって持って生まれたものだとは思わないんだけど,かといって,こういうふうにすれば持てますよ,っていう方程式はない。たいていの人は持てないままで一生を終わる。
 なんで持てないかというと,たぶん,持つ必要に迫られないからだ。必要がないものを持っていたってしょうがない。では,必要に迫られれば持てるのかというと,持てる人もいれば持てない人もいる。このあたりが問題といえば問題。

● お姫さま気質とか王子さま気質というのがあるかもしれない。彼女のたたずまいは,そういうことを連想させるんですよ。
 たとえば,ぼくには王子さまは務まらないと思うんです。みてくれとかの問題は度外視してですよ。3日ももたずに放りだしたくなるに違いない。
 お姫さまや王子さまって,生活の細かいことよりも,押しだしが良くないといけないし,ストレスに強くなきゃいけないでしょう。ほとんど社交に生きているんだろうから,四六時中誰かと一緒にいることになる。
 細かいことに拘泥してたんじゃ,身がもたない。こんなことを言ったら嫌われるかも,なんてことを気にしていては,お姫さまは務まらないような気がする。いろいろ考えるのはいいとして,芯は楽天家でないとね。
 で,中嶋さんは苦労してそれを身につけたのかもしれないね。根拠はないんだけど,そんなふうに思ってみました。

● 中嶋さんが日本語を歌うことの難しさを語った。子音に必ず母音がくっついていることや,「ん」は10通りの発音の仕方があって,なかなか大変なんですよ,と。
 実際,オペラだと日本語公演であっても字幕がほしくなる。日常文脈から切り離して音声だけを浮かびあがらせようとするわけだから,そこには日常語にはない配慮が必要になるんでしょうね。演劇なんかも同じでしょうね。

● 楽器を介さないから直接性が強烈っていうか,これは努力してどうにかなるものじゃないなと,すぐにわからせてくれる。楽器の演奏だって同じなんだけど,器機の操作だからわずかに幻想を持てる余地があるわけね。
 ウサイン・ボルトが100メートルを9秒58で駆け抜けるのをテレビで見たときと同じ。自分にもあれができると思うやつは,まさかいないだろう。こちらは感嘆しつつ,それを楽しめばいい。理屈はしごく単純だ。

● ピアノ伴奏は松本和将さん。その松本さんがリストの「リゴレット・パラフレーズ」を演奏。ぜんぜん弾けない人間には,いわゆるひとつの奇跡を見るような思いですな。
 アクロバティックな指の動き。そこから立ちあがってくる音の粒立ちとふくよかさ。ひたすら堪能。

● というわけで,終演は午後5時。これで1,000円だからね。
 これ,しばらくシリーズものとして続けるんだろうか。そうだとすると嬉しいね。

2013年11月24日日曜日

2013.11.23 第4回音楽大学オーケストラ・フェスティバル-武蔵野音楽大学・昭和音楽大学

東京芸術劇場 コンサートホール

● 栃木の鬼怒川温泉は東京の奥座敷と言われたりするんだけど,こういうのって相対的なものでさ。ぼく的には東京が栃木の奥座敷だと思ってるわけね。東京を後背地として持っているのが栃木の強みだな,と。
 奥に座敷があるんだから,必要に応じて使えばいいんだよね。奥にあるものを全部,自分のリビングに持ってこようとしちゃいけない。散らかるだけだから。こちらから奥に出向くのが効率的。
 東京っていう奥座敷は,じつにどうも使いでがあってね。便利なものだ。

● ともあれ。音楽大学オーケストラ・フェスティバルの2回目。今回は武蔵野音楽大学と昭和音楽大学。開演は午後3時。

● まずは武蔵野音楽大学。演奏するのはショスタコーヴィチの交響曲第10番。
 生で聴くのは初めて。っていうか,恥ずかしながら,CDでも聴いたことがなかった。ショスタコーヴィチの15曲の交響曲の中でも,かなり評価が高いものであることは承知しているけれども,ほんとにぼくが聴いてるのは真砂のひと握りにすぎない。
 でも,初めて聴いたのが,今回の生演奏だったことは,むしろラッキーだったかも。

● さすがは音大で粒が揃っている。この粒が揃ってることの心地よさを味わえた。
 フルート,ピッコロ,オーボエ,クラリネット,ファゴットの木管陣とホルン。何気に出番が多いんだけど,すぐに安心して聴いていられることがわかった。ホルンに不安がないことが大きい。

● 指揮は北原幸男さん。指揮者って体力も要るし,運動神経,特に反射神経,が優れていなくちゃいけない。音楽や楽曲の勉強だけしてたって,ダメなんでしょうね。カラヤンもクライバーもスピード狂だったってのを思いだした。それくらいじゃないと務まらないのかも。
 というようなことを,彼の指揮を見ていて感じました。北原さんもたぶん,身体の鍛錬を怠っていないんでしょうね。

● 演奏が終わると20分の休憩。この間に,交代の準備をする。終わった武蔵野音大は撤退。楽譜や打楽器を片づける。当然,学生がやる。
 女子学生が上体を反らしてコントラバスを運んでいく。そんな様子がなんだかいじらしくてねぇ。

● 昭和音楽大学はチャイコフスキー。交響曲第4番。
 第2楽章冒頭のソロをはじめ,オーボエが重要な役割を担う。その2楽章のソロにしても,単純に息継ぎをどうしてるんだろうと思った。循環呼吸? ではないと思えたけど。
 で,このオーボエが際だっていた。重責を担うに充分。
 ファゴットの茶髪の女子も存在感を放っていた。彼女,一緒に酒を呑んだらとても楽しい子じゃないかと思えたんだけど,外見で判断するなと叱られるかなぁ。

● 指揮はマッシミリアーノ・マテシッチ氏。若く見えた。実際の年齢は40代の半ば。
 これなら文句なしに女性にもてるだろうと思わせる風貌ってありますよね。たとえば,ベッカムとかさ。マテシッチ氏はそうした風貌の持ち主。

● 清新で熱いチャイコフスキー。熱いだけでいいなら,たいていのアマチュアオーケストラはやってのけると思う。そこに確かな技術の裏打ち。
 これ,プロのオーケストラにやってみろといっても,たぶんできないんじゃないか。若い彼らにしかできない演奏だ
 2階席で,至福ってこういうことかもなぁ,と思いながら聴いていた。750円の至福。

2013年11月18日月曜日

2013.11.17 宇都宮短期大学管弦楽団&栃木県地域オーケストラ合同演奏会

宇都宮短期大学 須賀友正記念ホール

● 宇都宮短期大学管弦楽団って,その存在を知らなかった。年に1回か2回の定期演奏会を開催しているわけではない。常時活動しているわけではないようだ。
 今回は文化庁の助成を受けてのコンサート。併せて,「創立50周年プレイベント」であり,学園祭である彩音祭の行事でもある(らしい)。

● 開演は午後1時。もちろん,チラシにもチケット(1,500円)にもそう書かれていたんだけど,どういうわけか2時開演と思いこんでいて。
 早めに着く習慣なので1時を回ったあたりに会場に入ったんだけど,当然,演奏が始まっていて,ひと区切りつくまで待つことになった。この種のチョンボ,これが2回目。

● プログラムの特徴はピアノ協奏曲が2つあったこと。モーツァルトの23番とグリーグ。上記の次第で,ぼくが着席したのはモーツァルトの第1楽章が終わったあとになった。
 ソリストは,附属高校音楽科の生徒さんが楽章ごとに交替して務めた。吉原麻美さん,川口真由さん,長野美帆子さん。
 川口さんは栃木県ジュニアピアノコンクールで大勝を取った人。2年前だったか,総合文化センターで開催されたガラ・コンサートで彼女の演奏を聴いた。まったくこの時期の2年というのは,刮目して待たなければならない期間であって,すっかり素敵なレディになってたんでした。
 ピアノの腕前も進歩してるんだろうけど,これはぼくの把握力を超える。望めば芸大も楽勝だろうけど(芸大って,英語だの算数だのの成績も良くないと入れないんだったっけ),さてどうされるのか。

● 23番って,モーツァルトのピアノ協奏曲のなかでも特に知られているもののひとつ。なんだけど,ぼくはあんがい聴いてない。交響曲の40番とか「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」に比べると,ぜんぜん聴いてない。生で演奏される機会もさほど多くないようだし。
 加えて,遅刻の咎があって,ステージになかなか集中できなかった。遅刻すると大損こくことになるね。

● 落ち着けたのは,次のグリーグから。こちらは短大の学生が交替で。高橋奈々美さん,清水周さん,小堺香菜子さん。
 この曲はCDで何度も聴いている。ライヴでも4回。印象的なのはやっぱり出だし。これで忘れられなくなりますね。
 CDで聴くのはもっぱら横山幸雄さんの演奏。必死こいてないサラッとした感じがいいですな。もちろん,実際にサラッと演奏したのかどうかはわかりませんが。

● 休憩後は,チャイコフスキーの5番。鉄板のひとつですよね。右側手前がヴィオラという,わりと珍しい配置(これを通常配置っていうんですか)。
 この楽団,現役の生徒・学生に教員,OB・OG。それとエキストラで構成されている(栃木県地域オーケストラとの合同だから,エキストラという位置づけではないんだと思うけど)。
 主力はOB・OG。どこかのホールでお見かけした顔も。栃響にもここのOB・OGがけっこういるっぽい。当然っちゃ当然。

● 寄せ集めの難しさはあったんだと思うけど,結果としてオケとしての一体感は確保されていた感じ。個々の技量はさすがで,聴かせどころはきちんと聴かせてくれた。
 ぼく的にはファゴットに注目。OGでした。音程が安定してて音のかすれがないのは当然として,輝度が高いっていうか。きめが細かいという印象。

● 第2楽章冒頭のホルンのソロ。現役生がいたようなんだけど,どうして彼女にやらせなかったのかねぇ。またとない勉強の機会なんだから,きっちり勉強させればいいのに。
 このコンサートをコンサートとして成功させることを優先したんでしょうけどね。無責任な部外者としては,なんだかもったいないなと思った。

● 最後に「彩音祭讃歌」というのを歌った。指揮者を務めた星野和夫さんが作曲。当然,お付き合いしたけれども,若干の抵抗があったのも事実。なんで来場者にも強制するんだよ,っていう。
 ま,小さい話で申しわけないんだけど。

2013年11月15日金曜日

2013.11.14 タマーシュ・ヴァルガ チェロリサイタル-宇都宮音楽芸術財団第1回演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● ウィーン・フィルが来日中。サントリーホールでの公演は,S席が35,000円。D席で13,000円。ぼくには無縁の天上界のできごとだ。
 昔に比べればだいぶ安くなってはいるんだと思うんだけどね。世の中にお金持ちはいるもので,サントリーホールはおそらく連日満席だろう。
 やっかみ混じりにいえば,普段はまったく音楽なんて聴かないよっていう人たちが,何割かは紛れこんでいるだろうと推測する。普段は聴かないけど,ウィーン・フィルだったら聴く。それがいけないことかと問われれば,ぜんぜんまったく悪くないと答える。
 むしろ,その物見高さ,野次馬根性の旺盛さは,称賛されてしかるべきだ。人間,それを失ったらおしまいだからね。

● というわけで,ウィーン・フィルの演奏は聴きにいけないけれども,ウィーン・フィルの首席チェロ奏者が宇都宮に来るというので,聴いてみることにした。
 といっても,じつのところ,ちょっと迷った。理由は二つある。
 演奏は文句のつけようがないに決まっている。問題は,どうしたってこちらの鑑賞水準ってことになる。演奏の良さが自分にわかるのかっていう不安ですね。
 リサイタルの類は客を選ぶ。オーケストラの規模になれば,とっかかりはいくらでもあるけれども,演奏規模が小さいほど,そのとっかかりが少なくなる。単楽器の演奏(ピアノの伴奏はあるけど)となると,間口が狭くなる分,深く味わえないと退屈なだけになる。ま,通じゃないとなかなか,ね。
 で,自分が通じゃないってことは,自分でよくわかっているわけでしてね。

● 理由の二番目は会場が1,600人収容の大ホールだったこと。これでもし後ろの方の席だったら,少し以上に辛すぎるでしょ。リサイタルはできれば近くで聴きたいからさ。
 でも,自由席。早めに行って並べばいいか。
 というわけで,行ってきましたよ,と。

● 主催者は宇都宮音楽芸術財団。最近できた法人。
 活動の趣旨は,音楽大学を卒業しても演奏で身を立てられる人はわずかしかいないという厳しい状況の中で,それでも技術を磨くべく精進している人たちがいるから,そうした人たちを助けよう,ということ。具体的にはきちんとした経済的見返りの保証がある演奏の場を提供しよう,と。
 その原資は,聴く側に負担を求める。会員になってもらって,会費を負担してもらう。それだけでは足りないだろうから,企業にも協賛してもらう。今回は足利銀行が共催している。

● その初回の演奏会。今回は財団のお披露目のためでしょうかね。
 開演は午後7時半。非会員はチケットを購入。3,000円。

● 使用されたのは1階席のみだった。非会員にあてられたのは左右のサイド席。あとは会員席になっていて,その会員席がそれなりに埋まっていたのは,正直,意外。
 新幹線で来たと話しているグループもいた。自分でもチェロを弾く人たちが勉強のために聴きに来てたんでしょう。東京の音大の学生もいたようだ。

● プログラムは次のとおり。
 シューマン アダージョとアレグロ
 グリーグ チェロソナタ
 ポッパー ハンガリー狂詩曲
 リゲティ 無伴奏チェロソナタ
 ブラームス ソナタ ホ短調
 アンコール:ラフマニノフ ヴォカリーズ

● 休憩時間にお客さんのひとりが,深いねぇと言っているのが聞こえた。深い,かぁ。
 今まで何人かの日本人チェリストの演奏を聴いたことがあるけれど,それらと比べて違うのか違わないのか,違うとすればどこがどんなふうに違うのか。
 違うような気もする。だけど,違わないかもしれない。わからない。
 音色に透明感があって,音に伸びやふくよかさを感じたってことは言えるんだけど,それって何も言っていないに等しい。

● で,そんなことに気を取られていると,一番肝腎な,演奏で遊ぶっていう観客の特権を置きざりにする結果になる。

● いやいや,素晴らしい演奏でしたよ。アンコール曲なんか,溶けてしまいそうな感覚を味わった。
 話になんない。いったい,どんだけの表情を持ってんだよ,っていいますかね。千変万化。微妙なビブラートの効果。微差が大差。
 どうしたらここまでになれるのか。ちょっと想像がつかない。技術を極めるとこうなるのか,それともプラスαが要るのか。プラスα込みで技術なのか。
 こういうのって,ほとんど言葉の遊びでしょうね。そういうものは才能だよってことにしておくのが,一番穏当なんでしょ。

● 曲のアラを探さない人なのかもしれない。練習の仕方ひとつにしても,細かい工夫を重ねているに違いない。ブルドーザーよろしく力業で勝負するようなことはしないよね,たぶん。
 クールで頭がいい。そんな印象の人でした。

● ピアノ伴奏は浅野真弓さん。ブラームスのソナタなんか,ひょっとして主役はピアノかと思いたくなる。浅野さん,気持ち遠慮があったかもしれないけど,それを含めて芸なんでしょうねぇ。
 それと,譜めくりの女の子。以前も見たことがあるような。姿がよくて,彼女も演奏に花を添えていた。

2013年11月12日火曜日

2013.11.11 第4回音楽大学オーケストラ・フェスティバル-洗足学園音楽大学&桐朋学園大学

ミューザ川崎 シンフォニーホール

● 首都圏にある音大の夢の競演とでもいいますか。今日,11月11日を皮切りに,11月23日,12月1日,12月8日と,4日間で8つの音大オーケストラがそれぞれの腕前を披露する。
 3月には8大学の混成チームの演奏もある。

● 会場は東京芸術劇場とミューザ川崎。わが家からはけっして近いとは言い難いんだけど,チケットが発売された夏場に通し券を買っていた。
 1回あたり1,000円のところ,通し券だと750円になる。予想される演奏水準に照らせば,何とも格安。なんだけど,電車賃こみだと5,000円。宇都宮でだったら,プロのオーケストラの演奏が聴けますな。
 うーん,ちょっと微妙。ではあるんだけど,やっぱ,これ,聴きたくなるわけで。

● リニューアル後のミューザ川崎は初めて。いいホールですよね。日本を代表するホールのひとつなんでしょうね。地の利も文句ない。スタッフのホスピタリティも素晴らしい。
 全席指定になっている。ぼくの席は2階。ファーストヴァイオリンのメンバーを正面から見る位置だった。このアングルでオーケストラを見るのも,もちろん初めて。
 開演は午後6時半。

● まず,洗足学園音楽大学。ブルックナーの7番。指揮は秋山和慶さん。端正かつ流麗というんでしょうね。熟練した職人の匠の技。
 4日に宇都宮シンフォニーオーケストラの演奏で4番を聴いたばかりだけど,7番もまた弦のトレモロで始まる。
 何ものかの誕生を予感させる。それは大きな(というか,根源的な)何かだと思えるんだけど,結局それは誕生したのかしなかったのか。そこがわからない。

● けれども,ブルックナーがとてつもない作曲家で,この交響曲がとんでもない質量を備えた大曲であることはよくわかった。今はそれだけで充分だ。
 それすら,CDを何度聴いても,わからなかったんだから。音大生の真摯な演奏を聴いて,そのところだけは理解できた。わざわざ来た甲斐があったというものだ。

● 音大も女子が圧倒的に多い。楽器を始める時点で,ほとんどが女子なんだから,これはもう当然のことなんだけど,こうしてながめてみると,どこかで落ち着きが悪い。演奏がという意味ではなくね。
 男が多けりゃいいってことではぜんぜんないんですけどね。どうも落ち着きが悪い。どういう按配のものでしょうね,これは。

● 次は,桐朋。芸大と並ぶ(あるいは芸大をしのぐ)実力派。ステージにスタンバイしたところで,若きプロ集団といった趣を感じさせた。
 演奏したのは,ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」と「春の祭典」。指揮は高関健さん。秋山さんといい高関さんといい,こういう指揮者が登場して,チケットが750円なんだからねぇ。

● いかな桐朋でも「春の祭典」は強敵だったに違いない。予定調和は通用しないし,ストップ&ゴーが過激だし,ちょっとでも手を抜けば印象が散らかってしまう。よくもまぁこんな曲を作った作曲家がいたものだと思うもんね。
 そこをいささかの破綻もなく,ここまで仕上げてくるというのは,本当にすごいと思う。脱帽。ほんと,脱帽。
 奏者のひとりひとりが費やしてきた時間の長さと密度に,思いを致させる。何万時間を費やしてきたんだろう,ってね。

● 妙なことも頭に浮かんだ。それぞれが才能あふれた俊才なわけだけれども,他の学生と比較して,自分はこの程度だなと見きわめがついてしまうことがあるだろう。
 高度な水準に到達しているからこそ,自分の才能の限界が見えてしまう,っていうか。あいつにはかなわないとか,プロに行くのは厳しいなとか。
 子供の頃からそれ一本に賭けてきた若者が,自分の上限を見ざるを得ない気持ちって,どんなものなんだろうなぁ,っていうね,そんなことを思ったんですけどね。
 それとも,そんなに深刻になってもいないのか。まぁ別にいいよ,音楽だけが人生じゃないし,って割り切っているんだろうか。

2013年11月10日日曜日

2013.11.10 第67回栃木県芸術祭 バレエ合同公演

栃木県総合文化センター メインホール

● 開演は午後2時。入場無料。昨年に続いて,お邪魔するのは今回が二度目。

● 踊る側にとってバレエとは何なのか? ぼくにはわからない。けれども,観る側にとってバレエとは何かと問われれば,上質なファンタジーだと答える。今のところは,だけど。
 男性のダンサーもいるので何なんだけど,バレエって優雅に表現された女性美を愛でるものだというのが,目下の結論。

● 優雅な女性美っていったって,生身の女性は優雅じゃないわけですよ。少なくともぼくは,リアルの世界で優雅な女性に出合ったことなんて,ただの一度もないからね。優雅なんかやってたんじゃ,女商売張ってけないだろうしさ。
 だから,バレエってファンタジーだよね。長くレッスンを続けて,初めて表現できるものですよね。自然界には存在しないものを表現するわけだから。

● まずは,「MK.School of Ballet」の生徒さん。
 まったく個人的な好みなんだけど,観ていて一番面白いのは,小学校高学年から中学生にかけての女の子が踊るダンス。少女から大人への移行期にある乙女たちの踊り。ちょっと背伸びしている感じがとてもいい。化粧映えもするしね。
 「くるみ割り人形」第3幕の世界各地の踊りの場面は,そういう意味で大いに満喫。かわいいもんですな。

● 2番目の「安達千恵バレエ研究所」はシンデレラ。
 プロコフィエフ作曲のこの楽曲のCDは持っているんだけど,聴いたことはない。バレエ音楽って音楽だけ聴いても,なんだかねぇ。チャイコフスキーだって,組曲の方は数えきれないほど聴いてるけど,本体?はまだ聴いたことがない。
 ともあれ。ぼく的には,ポワントで立って安定を保っていられるってだけで,なんだか信じられないわけですよ。支点は極小で重心があがるんだから,指先でちょっとつつかれたらぐらつくはずだよねぇ。力学的にそうなるよねぇ。
 この不自然さは何事か。ただ,それがきれいなことは確かで,美を身体的に表現するには,過酷な負荷をかけなければならないんですね。

● 3番目は「ヒロコ ダンス スタジオ」の生徒さん。
 バレエの華は群舞だと思っている。「コッペリア」のマズルカは軽快なダンス。「パキータ」は見応えがあった。一切の反論を許さない説得力。
 踊り手はとんでもない緊張と集中を要求されながら,一方でその緊張と集中を客席に見せてはいけない。軽々とにこやかにやっているように見えなければならない。緊張と集中を生で出してしまっては,優雅さから遠ざかるからね。
 そのためのレッスンは相当に泥臭いものにならざるを得ないでしょうね。

● 次は,「タカハシ ワカコ バレエ スタヂオ」の生徒さん。
 「海賊」の「花の庭」は絵的には最もきれいだったと思う。衣装の色とかにも気を配るんだろうな。

● 5番目は「橋本陽子エコール ドゥ バレエ」の生徒さん。
 クラシックヴァリエーションに登場したダンサーたちは,バレエをやるために生まれてきたような体型の持ち主たち。手足が長い。
 そして上手い。ぼくにもわかるくらい上手い。

● 最後は「クラシカルバレエアカデミーS.O.U」の皆さん。ここまではクラシックが多かったけれども,ここはコンテンポラリーを持ってきた。
 「Progress」はラインの変化の妙とキレのある動きを堪能すればいいものでしょうか。迫力充分。踊ってる子たち,ダンスが好きなんだろうなぁ。
 「ジャルダン・ドゥ・フルール」は,一転して,明るく軽やかな舞。
 「Concert symphonique」は,衝突事故が起きないのが不思議なほどに,ラインが大きく素早く変化する。バレエダンスのほとんどすべてが盛り込まれている。運動量がハンパない。これもインパクトが大きかった。

● 最後に全国バレエコンクール入賞者によるエキシビションがあって,3人が踊った。最後は男性ダンサーだった。
 何だかねぇ,ほんとに今の女の子たちのパワーはすごいものだと感じいった。

2013年11月9日土曜日

2013.11.08 パリ・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団特別演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 気をつけなければいけないことがある。コンサートに出かけるのが過多になっていることだ。生のオーケストラを聴くのが日常に組み込まれている。
 もちろん,自分でそうしているんだけど,悪い意味で狎れが出てしまいがちだ。そこを自分でわかっていれば,まぁいいけれども,そのうちその注意すら消えてしまうかもしれない。そうなったらおしまいだ。
 プロは小さい頃から時間のほとんどを費やして今があるんだろうし,アマチュアは年に1回か2回の演奏会のために練習を重ねてくる。そのステージを狎れで聴いてたんでは,演奏者に対して無礼千万という以前に,自分が哀れすぎる。

● 今回はパリ・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の来日公演。Wikipediaによれば,「フランス国家憲兵隊の共和国親衛隊(Garde républicaine)に所属している軍楽隊」で,「演奏隊員のほとんどはパリ音楽院の卒業者であり,民間との兼職が認められている。現在,22名が民間オーケストラのメンバーを兼務,49名が私立音楽学校教授を兼務している」とある。
 開演は午後7時。チケットはSとAの2種。このホールでは,1階左翼席を自分の定位置にしている。今回もその席を取った。A席だった。3,000円。

● ぼくらは,白人っていうか欧米人に対して卑屈になってしまいがちだ。若い人はそうでもないのかもしれないけど,ぼくの年代だと多くの人がそうだと思う。
 欧米じたいが長く続けてきた人種差別に洗脳されているのかもしれないし,太平洋戦争に負けたことが効いているのかもしれない。
 欧米を憧れの対象にしてしまう。これがなかなか抜けなくて。困ったもんだ。
 クラシック音楽は向こうが本場だから,なおのこと。

● まずは,シャブリエの狂詩曲「スペイン」でご挨拶。
 指揮はフランソワ・ブーランジェ氏。几帳面な人。ていねいにタクトを入れていく。でも,そこはかとなく優雅さをただよわせる。なかなかいい感じ。っていうか,かなりすごくないですか,この指揮者。
 演奏についていうと,メロディーを奏でるのがとてもうまいと思った。楽器に歌わせるのに長けているっていうか。四角い演奏をしていないんですよ。

● 次は,ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノの三舩優子さんが登場。彼女のピアノを聴くのは,これが2回目。
 彼女には欧米コンプレックスなんてのはないでしょうね。場数も踏んできてるし,実力も折紙つきだし。
 演奏後の客席に対するショーマンシップの表現もほぼ完璧。やりすぎず,品を落とさず。この部分も含めて,楽団との齟齬がない。楽員のリズムに干渉しない。
 でさ,指揮者のエスコートがまた堂に入っていてね。さすがはフランス野郎だな。

● 15分間の休憩後,ガーシュウィン「ラプソディー・イン・ブルー」。再び,三舩さんが登場。この曲は彼女のためのもの。黙って聴きなさいね,あんたたち,ってなものでしょうね。
 このあたりから,この楽団のすごさがぼくにもわかりだしてきた。メロディーを奏でるのがうまいだけじゃないや,ハーモニーも完璧じゃん,みたいな。

● ボロディンの歌劇「イーゴリ公」より“ダッタン人の踊り”と,最後はベルリオーズの「幻想交響曲」から第4楽章と第5楽章。シャブリエで始まってベルリオーズで終わる。オープニングとエンディングはフランス。
 ここではもう,ひたすら謹聴。ぼく的にはオーボエのオッサンとフルートのメガネが印象に残ったけど,どの奏者がどうのこうのではなくて,まったく破綻のないアンサンブルだし,その,何というのか,艶があった。色気っていうか。
 これがフランスかっていうのは雑駁すぎる話で,フランスじゃなくてもこういう演奏はあると思う。要するに,圧倒的な実力のある楽団ですね,っていうこと。

● アンコールは「アルルの女」の前奏曲。レベルの高さをわかりやすく見せつけてくれた。さらに,「カルメン」の前奏曲でとどめを刺した感じ。
 これじゃ盛りあがらないわけがない。んだけど,ビゼーのこのふたつを並べられると,おい,オレをなめてんのか,っていう気分がきざしてくるところもあってさ。われながら,ちっちゃい男だな,オレ。
 でも,もうひとつあった。ヨハン・シュトラウス「ラデツキー行進曲」。ここまでやられると溶けちゃいますな。サービスのだめ押しって効くね。
 いや,大満足で帰途につくことができました。

● 中高生が団体で来ていた。小学生の集団もいた。当然,それぞれの学校で吹奏楽部に属している生徒たちだろう。
 客席のメインは彼ら彼女らだった。その結果どうなるかというと,客席全体の鑑賞マナーが格段に向上する。不思議だけど,そうなる。
 いや,不思議だけどと言ったのは言葉の流れであって,べつに不思議でも何でもないやね。熱心さが違う。熱心な分だけ,スタミナの持続が問題になることはあるかもしれないけれども。

● 彼ら彼女らは,遠足に来たかのようにはしゃいでいる風があって,それが他のお客さんにも感染するという効果もあったかもしれない。
 休憩時間には,舞台の下に集まって,懸命に舞台をながめている一群もいた。どんな楽器を使ってるのか,気になったんでしょうかねぇ。
 こんなことを大人がやったら,通行の邪魔だよ,ボケッ,そんなとこに突っ立ってんじゃねーよ,ってなるんだけど,彼女たちだとまぁほほえましいこと。
 奏者の入退場の際にも彼らに手をふる。これも大人はできない。中学生は躊躇なくやる。奏者の方もにこやかに応対。こういう光景っていいもんだよね。

2013年11月4日月曜日

2013.11.04 宇都宮シンフォニーオーケストラ秋季演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 宇都宮シンフォニーオーケストラ,今回の秋季演奏会にはブルックナーを持ってきた。ブルックナーを取りあげただけで偉い,とまで持ちあげるつもりはないけれど,それなりの勝算がなければ,舞台にはかけないものだろう。
 ともかく,メインはブルックナーの交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」。露払いはブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」。
 開演は午後2時。チケットは1,000円。当日券を購入。

● ブルックナーって,生では聴いたことがないと思ってたんだけど,2年前の4月に,当時の古河フィルの演奏で7番を聴いていた。忘れていたくらいだから,まともな聴き方ができてなかったのだろう。
 8月の末に2日間で交響曲のすべてを一気聴きしてみたんだけど,ぼくの耳ではすべて同じ曲に聴こえた。ブルックナーは5番から音楽的に深みが出てくる,っていう話も聞くことがあるんだけども,ぼくにはぜんぜんわからず。
 その後,何度か聴き直してみたんだけど,やっぱり印象は変わらないまま,今日になった。

● 弦のトレモロがやはり印象的でしたね。ブルックナーの「原始霧」と呼ばれたりするんですってね。
 森林の暗い霧の中を連想させるというわけだけど,このトレモロから連想するのは,森林の霧とは限らないでしょうね。
 生命の誕生を思う人もいるかもしれない。初めて生命が誕生する前のかすかなゆらぎ。母親の胎内にいたときの,何の悩みもない安らぎを想像する人もいるかも。ゆりかごに揺られてたゆたっているような。

● ただ,「原始」というのはすこぶる言い得て妙。このトレモロに限らず,曲のそちこちに,始原的なものを感じさせる仕掛けが施されているような印象あり。
 宇宙の始まり。地球の誕生。水ができて酸素ができて。かすかな芽吹きの気配。目を醒ましそうな赤ん坊。そういう始原的なもの。

● でね,そういう感じって,睡眠中枢をけっこう深い部分で刺激するっていいますかね,要するによく眠れそうなんですよ。
 大音量で盛りあがっていくところがあるわけだけど,そんなものではとても目が醒めないほどに深い眠りに誘ってくれるっていうかさ。

● 冒頭のホルンのソロ。これがその後の演奏の質を決めますか。いや,そんなことはぜんぜんないんだと思うんですけどね。ただ,客席に届く印象はこのホルンが決めてしまうかもね。
 お客さんってだいたい気短かだからさ,今日はこれくらいの水準だなってサッサと決めつけて,安心したがるところがあるような気がするんでね。
 ホルン吹きにとっちゃ,けっこう以上の重圧だね,ここ。

● フルートの1番,オーボエの1番,クラリネットの1番も,それぞれかかってくる圧をはねのけないといけない。
 っていうか,ヴァイオリンもヴィオラも,ひと晩寝たら右腕が筋肉痛になってないかっていうくらいのものだなぁ。労働量の多い曲ですねぇ。体は鍛えとかなくちゃいけないんですねぇ。

● アンコールは「Stand Alone」。森麻季さんの役はクラリネットが務めた。
 何はともあれ,ブルックナーを生で聴けたわけで,これを機にブルックナーに対するぼくの耳が,もうちょっと良くなってくれるといいんだけど。

2013年11月3日日曜日

2013.11.03 東京フィルハーモニー交響楽団演奏会 vol.4

宇都宮市文化会館 大ホール

● 宇都宮で年1回開催されている東京フィルハーモニー交響楽団演奏会の,今年は4回目。前回に続いて,今回もオール・チャイコフスキー。スラブ行進曲,ピアノ協奏曲第1番,交響曲第5番。
 開演は午後3時半。指揮も前回と同じ大井剛史さん。チケットはS,A,B,Cで,ぼくはB席。2,000円。

● このホールでは2階の右翼席に座ることが多い。そこがお気に入り。今回はその席を取った。そしたらそこはB席だったということ。
 ということは,ぼくはずっとBに分類される席を好んできたのだねぇ。そんなことはどうでもいいんだけど,ともかくお気に入りの席が2,000円。それで東京フィルの演奏を聴けるって,何だか得した感じ。
 早めに買えば以後もこの席を取れると思うんで,当然,そうさせていただこうと思ってる。

● まず,スラブ行進曲。スラブというかロシア讃歌ってことになるんでしょうね。
 ところでさ,太平洋戦争の末期から戦後にかけて,当時のソ連が日本人に対して行った仕打ちはちょっと度が過ぎてるよね。捕虜のシベリア抑留が代表的だけれども,それ以外にもあるぞ。『もういちど読む山川日本近代史』で著者の鳥海靖さんがさりげなく書きこんでいるんだけど,それを読んだら,モスクワに原爆を落としてやりたくなったぞ。
 まぁね,日本軍だって朝鮮半島や中国大陸では,人が人に対してやっちゃいけないことをいろいろとやってるんだから,それが戦争というものだよと言われれば,ああそうですかと言って,引きさがるしかないんですけどね。
 さらに,そんなこととチャイコフスキーの音楽との間に,何の関係があるのかといえば,まったく何も関係はないわけですけどね。

● ピアノ協奏曲のソリストは仲道郁代さん。日本を代表するビッグネームで,知名度も抜群。彼女のピアノを聴きにきたというお客さんも多かったんじゃないかと思う。終演後の拍手も凄かった。アイドル状態。
 彼女のピアノは過去に二度聴いたことがあるんだけど,オーケストラとの共演は初めて聴く。
 あふれるほどの才能をまとった人の,熟練の技というべきなんでしょうね。メリハリがきいて躍動感もあるしね。

● 交響曲5番。前回は4番で次回は6番「悲愴」。後期交響曲を順番にということですな。
 演奏はもうお任せしましたよってことですねぇ。楽しませていただきますよ,よろしくね,っていう。

● 三枝成彰さんが『クラシック再入門 名曲の履歴書』でお書きになっているように,チャイコフスキーって「人間の感情に訴えかけるキャッチーなメロディで,グイグイと快感のツボを押し,ここぞという時には,全楽器で同じメロディを奏すユニゾン(斉奏)で大胆に盛り上げる」。三枝さんはこれを「あざとさ」と言われる。
 わかっていても,「聴いているうちにぐいぐい引き込まれ,ついつい気持ちよくなってしまうのだ。まるでお涙頂戴の芝居を観て,不覚にも涙を流してしまうかのように」。ほんと,そのとおり。さすがにプロは上手いこと書くなぁ。

● 1stヴァイオリンの2番奏者に注目。彼女の弾き方になぜだか惹かれた。彼女の音だけを抽出しようと試みたんだけど,さすがにプロのオーケストラはそれを許してくれなかった。
 パート全体でひとつの音なんですな。ぼくの耳では分割不可能だった。

● アンコールは「弦楽セレナーデ」から第2楽章「ワルツ」。
 次回(来年の今日)も大井さんの指揮でオール・チャイコフスキーになるらしい。ソリストには宮田大さんが来るらしいから,曲目のひとつは「ロココの主題による変奏曲」になるのだろう。

● ぼくの前に小さな子ども二人を含む家族連れが座った。子どもたち,最後までおとなしく聴いていた。偉いなぁ。ほんとに偉いと思うな,こういうの。
 両親とお出かけできるだけで嬉しいんだろうかね。大人の世界に紛れ込んだのが新鮮だったのか。どっちにしてもたいしたものだと思った。

2013年10月29日火曜日

2013.10.28 佐渡裕指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団 SPCIAL CONCERT 2013

栃木県総合文化センター メインホール

● 国内においても客を呼べる指揮者って何人かいるんだと思うんだけど,佐渡さんはその一人。というか,その代表格。
 客を呼べるってことは,チケットがすぐに完売するということでもあって,ここ数年でも,シエナ・ウィンドオーケストラを率いて,何度か宇都宮に来ているんだけど,チケットを買えたためしがない。気がついたら完売御礼が出ていた,っていう。
 で,今回こそはと思って,早めに入手。したら。当日券もあったようだ。ふぅーん。

● 月曜日の午後6時半ですからね。この曜日,この時間帯にホールに自分を運んでいける人って,限られますよね。年金生活者か,有閑マダムか,窓際族か,学生か。ぼくは3番目の人。
 ま,好きな人は何とか時間の都合をつけますよね。年金生活者でも有閑マダムでも窓際族でも学生でもなさそうな人が多かったし。県内で行われるアマチュアオーケストラの演奏会に比べると,年寄り比率が低かったような印象がある。
 けっこう,ハレの場的な雰囲気もあった。すべて佐渡効果といっていいのだろう。

● ともあれ。開演は午後6時半。チケットはS席で5,000円。ゲネプロも公開されたので,これもぜひ見学したいと思ってたんだけど,4時からとあってはさすがにちょっと無理だった。
 当日券があったとはいえ,場内はほぼ満席。

● まず,佐渡さんが登場してごあいさつ。この楽団ができた経緯や,楽団の特徴,今回の演奏の聴きどころなど。政治家や役人のあいさつを聞くのは苦痛だけれども,こうした人はきちんと自分の言葉で話すし,言葉と心情の乖離が少ないから,素直に入っていける。共感的に聞くことができるといいますかね。
 ところで,佐渡さん,思っていたより細い人だった(実際,ひと頃より痩せられたと思えるんだけど)。思っていたよりというのは,テレビで見た印象よりというほどの意味。テレビって太って映ると聞いたことがある。本当だね。とすると,女優さんやモデルさんって,ほんとにガリガリなんだろうな。過酷な職業だな。

● 彼ほどになれば,どうしたって毀誉褒貶相半ばすることになる。指揮のパフォーマンスしかり,指揮を離れた場所での発言もしかり。
 彼のテンションの高さとか勢いが「毀」や「貶」の対象になることが多いと思うんだけども,自分をテンション高く持っていくことができれば,人生のたいていの問題は乗り越えられる。これができないから右往左往しているわけで。
 プロ野球で下位のチームが連勝すると,勢いだけだと言われるけれども,その勢いをつけることがどれほどの難事か。
 テンションと勢い。このふたつは,東大に合格できる程度の頭脳や冷静沈着,果断といった精神態度よりも大事だし,得るのが難しいものだと思っている。

● 曲目は次のとおり。
 ワーグナー 歌劇「タンホイザー」序曲
 ピアソラ バンドネオン協奏曲
 ブラームス 交響曲第4番 ホ短調

● 35歳定年制で在籍期間は3年間。メンバーの半分は外国人。これほど多国籍な国内オーケストラは他にないだろうし,安逸を貪っている団員もいないことになる。しかも若い。
 となれば,生まれてくる演奏もピンと張られた弦のような緊張感を醸すことになる。鮮度が高い。

● 特に,ブラームスの4番は圧巻だった。少なくともぼくにとっては。
 ブラームスって,ぼくには難解だった。それが,第1楽章の途中,あ,わかったぞ,って思えた。
 一点突破,全面展開。ブラームスの曲すべてを自分なりに楽しめる地点まで一気に上昇できたっていう手応えがある。ブラームスとの距離がぐっと詰まった感じがする。彼の輪郭がなんか見えてきた感じ。この年になってこういう体験ができるとは。
 ま,徐々にぼくの水位が上がってきてて,このコンサートでポコッと頭が水面に出たってことかもしれないんだけど。

● その日のうちに,ピアノ協奏曲1番を聴いてみた。聴ける。2番を聴いた。聴ける,聴ける。やったぞ,オレ。ブラームスのCDを聴く時間が格段に増える予感。
 これってかなり嬉しい。兵庫芸術文化センター管弦楽団はぼくにとっての恩人だ。

● それにしても。ブラームスが難解,って。どんだけアホなんだ。やっと人並みの水準に一歩近づいたってことですよね。それもかなりの時間をかけて。
 うーん。鈍いというか,感度が悪いというか。

● ピアソラのバンドネオン協奏曲。初めて聴いた。曲もさることながら,御喜美江さんのアコーディオンが驚愕ものだった。
 正確にいうと,アコーディオンについて知るところが極めて乏しかったのが修正されたってことかもしれない。だってね,アコーディオンって小学生の頃に触っただけですよ。ブーッと音が延びる楽器っていうイメージしかなかったんですよ。
 とんでもない。御喜さんのアコーディオンは切れが身上。小気味よく切れていく。何だこれ,って感じですよ。

● 演奏中の厳しい表情と,演奏が終わったあとの穏やかな表情との落差も印象的。楽器や音楽を離れたところにいる彼女も,かなりチャーミングな人なのだろうなと思わせた。
 アンコールはアスティエ「ミス・カーティング」。客席もかなり以上に好意的で,盛大な拍手。

● 兵庫芸術文化センター管弦楽団は,ここで3年間みっちり研鑽を積んで次の扉を開けっていう性格の,半分は勉強の楽団ですよね。団員は切磋琢磨しているのだと思う。切磋琢磨が足の引っぱり合いになることはないとしても,人間関係で厄介な諍いを産むことはあるかもしれない。半数が外国人となれば,細かいトラブルが発生するのは日常茶飯事だろうとも思う。
 そこをまとめているのが佐渡さんの求心力ってことになるんだろうけど,ひょっとすると,この楽団のいろんなアレやコレ,華々しい成果をひっくるめて,外国人との協働のモデルケースを作りつつあるのかもしれないなと,思ってみたりする。
 しかし,どうたって佐渡さんがいればこそ,なんでしょうね。

● アンコールのヨハン・シュトラウス「ハンガリー万歳」のあとの,割れんばかりの拍手。観客のほとんどは佐渡さんに負けているよね。負けを自覚しているから,演奏会に足を運んでいるわけなんだけど。
 こういう負けって気持ちのいいもんだな。使いでのある5,000円を使えたなっていう満足感がある。うん,価値ある5,000円だった。こうなってみると,ゲネプロを見学しそこねたことが,だんだん悔しくなってきた。

2013年10月27日日曜日

2013.10.26 第18回コンセール・マロニエ21 本選

栃木県総合文化センター メインホール

● 今年度のコンセール・マロニエはピアノと木管。ピアノは「任意の独奏曲」だけれども,木管は課題曲が指定されている。
 で,木管部門の本選に残ったのは,オーボエ2人とフルート4人。なので,課題曲であるモーツァルトのオーボエ協奏曲を2回,同じくモーツァルトのフルート協奏曲の1番か2番を4回,聴くことになる(4人とも1番を選択したので,1番を4回)。

● 本選の課題曲はモーツァルトになることが多いらしく,第14回のときはクラリネット協奏曲を何回か聴くことになった。それがこの曲に親しむきっかけになった。
 さすがはモーツァルトで,続けて何度か聴いても,飽きない。腹にもたれることがない。いかなぼくでも,オーボエ協奏曲もフルート協奏曲も何度かは聴いているけれど,今回,2回とか4回聴くことになるのは,むしろ望むところ。

● ピアノは様々な演奏されることになるらしい。チラシに曲名が載っていた。聴いたことのない曲もある。っていうか,ベートーヴェンの「6つのバガテル」なんて,曲名じたいを初めて聞いた。
 とはいえ,ピアノ曲をこれだけまとめて聴ける機会もそうそうないわけだから,今回は事前にひと通り聴いておくことにした。ただね,CDをスマホに転送して,イヤホンで聴くという聴き方になるのでね。気を入れて聴くという具合にはいかない。
 デジタル携帯プレーヤーが登場して久しい。これのおかげで,聴く時間は格段に増えたんだけれども,部屋でオーディオから流れてくる曲に耳をすますという聴き方とは違ってくる。それでも享受できるメリットの方がずっと大きいと思うけど。

● でも,半ば予想していたことではあるんだけども,そんなことをしても無意味でしたね。スマホで聴くのとステージから届く演奏は,まったくの別物。前もって聴いておきましたよ程度では何の足しにもならないしね。
 現に目の前にある演奏は,ともかく初めて聴くものなのだから。

● ともあれ。開演は午前11時半。休憩を3回はさんで,終演は午後5時半という長丁場。審査員の先生方も楽ではないでしょうね。

● まず,ピアノ部門。トップバッターは高橋ドレミさん。東京音楽大学を昨年卒業。プログラムに載ってる写真と印象が違ったのは,今日はメガネをかけていたから。まだちょっとあどけなさが残るお嬢さん。弾いたのはシューマンの「フモレスケ」。渾身の演奏だった。
 古典派とかロマン派とかいう時代区分にどれほどの意味があるのかは知らないけれども,この曲はいかにもロマン派のものという感じは,ぼくにも理解できる。
 フモレスケとは「喜び,悲しみ,笑い,涙など,様々な感情が交差したような状態を言」うらしい。聴く人それぞれに,自由な想像が可能だろう。
 たださ,それも生で聴くからなんだよねぇ。CDで聴いてもダメなんですよ。オーケストラに比べれば,ソロの場合は生とCDの差は小さいと思うんだけど,ぼくのオーディオ環境の劣悪さゆえでしょうね。ある程度のボリュームで聴きたいでしょ。それができない環境なんだよねぇ。

● 次は和田萌子さん。芸大院を修了しているから,20代の半ばか。それにしては顔立ちに幼さを残しているように見えたんだけど,たぶん髪型のせいだな。
 グラズノフのピアノ・ソナタ第1番を演奏。体は細いんだけども,演奏はパワフル。ぼく的には今回最も印象に残ったのは,この曲だった。演奏のゆえか,曲そのものに惹かれたのか。

● 田中香織さん。桐朋からウィーン国立音楽大学大学院卒業。演奏したのは,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番の第1,2楽章。ショパンの即興曲第3番。シマノフスキ「メトープ」の第1曲と第3曲。
 たぶん,今回の出場者の中で技術点が最も高かったのは彼女ではあるまいか。安定感も申し分なし。問題は「コンセール・マロニエ」との親和性がどうかってことなんだけど。完成されている印象を受けたんで。

● 菊池広輔さん。東京音楽大学大学院2年。この部門で唯一の地元出身者。ラヴェル「夜のガスパール」を演奏。傍目にも難しそうな曲で,これを緊張感を切らさずに演奏しきるのは大変そうだ。
 第1曲「オンディーヌ」はたしかに水のイメージっていうか,ぼくの脳内に浮かんだのは,夜の中禅寺湖ですね。月明かりを反射してキラキラしている中禅寺湖の湖面。夜の中禅寺湖なんか見たことはないんだけどね。

● 青木ゆりさん。桐朋学園大学4年で,今回の出場者の中では最年少になる。ベートーヴェンの「6つのバガテル」とベルクの「ピアノ・ソナタ ロ短調」。たとえば「6つのバガテル」を弾くときには,演奏者はどんな風景を見ているのだろう。
 自信たっぷりに見えた。ボーイッシュな風貌で,もの怖じせず溌剌と。

● 見崎清水さん。芸大院3年。演奏したのはショパンのピアノ・ソナタ第2番。ていねいに慈しむようにして演奏していた感じ。それがショパンを弾くときの常道なんでしょうけどね。
 4年前のこの「コンセール・マロニエ」で第3位。

● 最後は,松岡優明さん。東京音楽大学大学院を修了。ラヴェルの「プレリュード」と「夜のガスパール」。
 彼もまたたしかな技術の持ち主で,音の粒だちがいいというか,表現技法に秀でているというか。文句のつけようがない。

● というわけだった。ぼく的に予想を書きたいところだけれども,昨年それをやってはずしているので,今回は自重しよう。
 こうしたコンクールの審査というのも,絶対ではないだろうね。審査員の能力にあまるということも,ひょっとしたらあるかもしれないし,典型的な官能検査だから審査じたいにゆらぎがあるはずだ。いくつかのチェックポイントはあるのかもしれないけれども,つまりは総合印象で選ぶしかないだろうから,どうしたって個人差もでる。

● 次は木管部門。
 まずはフルートの満丸彬人さん。芸大院の1年。男のフルートもいいもんだなぁ。柔らかさって男にも合うね。まだまだノビシロを蓄えていると思えた。
 ピアノ伴奏は與口理恵さん。このピアノ伴奏の人たちはプロの方々なんですか。巧すぎる。
 モーツァルトのフルート協奏曲,何だかおざなりに作った感じがするねぇ。最晩年のクラリネット協奏曲に出てくる旋律があったりして,クラリネット協奏曲のための踏み石にも思えてくる。
 それでも聴くに耐えちゃうのは,やっぱりモーツァルトってことなんですけどねぇ。

● オーボエの古山真里江さん。芸大を今年卒業。オーボエを吹くために生まれてきたような人なんですかねぇ。
 オーケストラでオーボエを聴くときは,あたりまえのように音を出していると受けとめていたんだけど,これ,けっこうしんどい楽器だったんですねぇ。って,今さらだけど。
 ピアノ伴奏は宇根美沙恵さん。伴奏の妙にも注目。

● 川口晃さん。フルート。芸大院1年。まだ若いのに大人の風貌。器用な人だなぁと思った。どんな超絶技巧でも苦もなくやってみせてくれる感じ。
 ピアノ伴奏は再び與口理恵さん。

● 岡本裕子さん。フルート。東京音大を一昨年,卒業。ブルーのドレスで,艶やかさが際だっていた。派手ではなく,ね。コンクールではなく,自分のリサイタルのような感じでやってたのも,ぼく的には好印象。
 唯一残念だったのはプログラムに載っている写真で,これは差し替えの要あり。実物の方が美人だから。
 ピアノ伴奏は久下未来さん。

● 山本楓さん。オーボエ。芸大3年。この部門唯一の地元出身者で,栃木にはあるまじき美人。ということになれば,心情的に彼女を応援したくなるのが客席の自然というもので,このときだけは居眠りをしている人はいなかったようだ。
 全出場者の中で,彼女が最も緊張感を漂わせていたかもしれない。終わったときにはホッとした表情を見せた。
 ピアノ伴奏は,じつに羽石道代さん。

● 浅田結希さん。フルート。芸大院修了。ハラハラするところが皆無。抜群の安定感。完成の域に到達しているんじゃなかろうか。「コンセール・マロニエ」の舞台には収まりきらない人かも。
 ピアノ伴奏は小澤佳永さん。

● これもぼく的予想は出ている。んだけど,会場をあとにしたときと,今とでちょっと変わってしまった。
 変わってしまったのは,あれですよ,プログラムに載っているプロフィールをよく見て,年齢やら受賞歴やらを知ると,それに自分の印象が影響されちゃったからですよ。ということはつまり,わかっちゃいないね,ってことなんですよね。

● 来年は弦と声楽。このコンクールのファイナルは,ぼく的にはとても美味しい。聴いたことのない曲を若々しい演奏で聴けて,しかもホールはガラガラだからゆったりできる。
 べつに人に勧めるつもりはないけれど,うーん,美味しいよ。


(追記 2013.10.27)
 今,課題曲を(スマホで)聴いてみると,聴こえ方がだいぶ違う。生で聴いたことの効果ですね。
 っていうか,数日前に聴いたのは,聴いたつもりなだけで,実際は聴いてなかったのかもしれないな。

2013年10月26日土曜日

2013.10.25 上田京&恵谷真紀子とドイツの仲間たち in 宇都宮

栃木県総合文化センター サブホール

● 総合文化センターを所管する「とちぎ未来づくり財団」が無料で催行した「室内楽入門コンサート」。開演は午後2時。

● ピアノが上田京さん,ヴァイオリンがフローリン・パウル氏,ヴィオラが恵谷真紀子さん,チェロがクレメンス・ドル氏。錚々たるメンバーで,「入門」には最適というか贅沢というか。
 曲目は次のとおり。アンコールのヨハン・シュトラウス「春の声」を含めて,休憩なしで75分のコンサートだった。
 シューベルト 弦楽三重奏曲 変ロ長調
 ベートーヴェン 弦楽三重奏曲 セレナーデ(マーチ,アダージョ,メヌエット)
 ハイドン ピアノ三重奏曲 ト長調(第1,3楽章)
 メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲 ニ短調(第1楽章)
 モーツァルト ピアノ四重奏曲 変ホ長調(第1楽章)
 ドヴォルザーク ピアノ四重奏曲 変ホ長調(第1楽章)

● 「入門」のゆえんは,上田さんの解説が付いたこと。慣れているんでしょうね(大学でも教えているらしいし)。テキパキとした説明だった。
 まず,シューベルト。肩の力の抜けた余裕ある演奏。名手の熟練の技といったところ。この音に乗って,砂浜でも野原でも林でも,好きなところをフワフワと飛んでみたい,っていうかね。
 もっというと,この演奏を聴きながら居眠りしたら,これすなわち至福だろうなあ,と思った。でね,ぼくの前の席の爺さんはずっと寝てたんだけど,皮肉でなく,この演奏会を最も効果的に活用したのは,この爺さんじゃないか,と。

● ヨーロッパの男性二人に挟まれた恵谷さん。彼女自身も向こうの人っぽく見えた。タッパもあるし,彫りの深い顔立ちだしね。ほんでもって美人。20代の頃はモデルさながらだったのではないでしょうかねぇ。さぞやと思わせる。誘惑も多かったんじゃないかと思うんだけどな。
 って,まぁ,こういうところに気が行ってしまうところがねぇ,なんだかな。

● ベートーヴェンのこの作品は,彼が27歳のときのものですか(当時の27歳はもう立派な完成した大人の年齢かもしれないけど)。この部分に若気のセンチメンタリズムが窺えるとか,まぁ言おうと思えば言えるんだろうけどね,そうしたことって天才にはあんまり関係ないっていうかさ。

● 上田さんの解説にもあったんだけど,室内楽の室内ってのは,もともとは王侯貴族の邸宅だったわけですね。でさ,当時の王侯貴族ってのは,相当以上に通だったんだろうなぁと思いましたね。音楽の鑑賞水準がかなり高かったに違いない。
 こうした曲を楽しめたんだからね。ぼくなんかは半分勉強って気分があるけど,これを単純に(もしくは純粋に)楽しめるって,だいぶすごいぞ。

● ハイドンはあまり聴くことのない作曲家。メンデルスゾーンも「スコットランド」とヴァイオリン協奏曲だけの人じゃないんだなぁ,ってことね。
 弦楽重奏じたい,あまり聴かないジャンルで,自分が聴く曲の少なさ,偏りを思い知らされる。気がつくと,ベートーヴェンの交響曲とか,すでに馴染んでいる曲を聴いちゃってるね。
 そこに居直っちゃおうとも思うし,それじゃまずいよなぁとも思うし。で,今回のような演奏を聴くと,まずいよなぁっていう方に針が振れる。

● このまずいよなぁって気持ちが持続してくれるといいんだけどね。しばらくストイックになって,この分野だけを聴いてみることにしようかねぇ。
 交響曲だの協奏曲より,こっちの方が元祖っていうか,音楽の始原に近い形のものだろうしね。個々の楽器の音色の味わいもくっきりとわかるし。

2013年10月19日土曜日

2013.10.19 グローリア アンサンブル&クワイアー第21回演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 一昨年はベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」だった。昨年は行きそびれて,今回,2年ぶりにお邪魔した。今回はブラームスの「ドイツ・レクイエム」。
 この「グローリア アンサンブル&クワイアー」が存在しなければ,ライヴで聴く機会を一度も持つことなく終わったかもしれない。そういう意味じゃ,地元にこういう団体があってくれるのは,じつにどうもありがたい。
 開演は午後2時。チケットは2,000円。当日券を購入。

● ロビーは結婚披露宴かと見紛うほどの華やかさに溢れてましたね。楽員の友人や知り合いがお客さんの中には多いのだろう。久しぶりに顔を合わせたのだろうな。ひょっとすると,この演奏会がなければずっと会わないで終わったかもしれない。
 というわけで,ロビーは華やいでいたよ,と。ぼくはといえば,一人で来てるし,楽員にもお客さんの中にも,ぜんぜん知った顔はいない。んで,その華やぎが遠く感じたよ,と。

● でもね,もし知った顔があったとしても,たぶん,気づかないふりをしたかもな。これは,ま,性格ですね。
 家でもない職場でもない,オープンスペースに一人でいるときに,誰かに話しかけられるのはかなりイヤ,っていう。自分からも話しかけることはない,っていう。実際は,イヤを通せないことの方が多いですけどね。
 コンサートに家族や友人(いないけど)と連れだって出かけるのもイヤだ。幸いにして,ウチのヨメはこういう方面に興味を持っていないので,助かっている。来るわけないとわかっているから,時々は誘ってみて,ご機嫌をとることもできる。

● 「ドイツ・レクイエム」に先だって,バッハの「アリア ヘ長調(カンタータ BWV68 第2曲)」など4つを弦楽合奏。指揮は粂川吉見さん。
 これが思わぬ拾いもの。っていうかですね,バッハをちゃんと聴かなきゃダメだよなぁと思わされたことですね。バッハの作品はともかく膨大で,全部聴くなんてだいそれたことは考えないとしても,聴かないまま一生を終えてしまっては,相当以上に後悔することになりそうな曲が,まだまだたくさんありそうだ。

● このあと,合唱団が入って,バッハとベートーヴェンの歌曲をふたつ。指揮は畑康博さん。
 プログラムのプロフィール紹介によれば東大理学部卒ってことだけど,東大とかの理系出身で,高いレベルで音楽活動をしている人って,けっこういるっぽい。最近はああそうなのかという感じで受けとめるようになった。
 傍目の印象だけれども,彼の中では東大なんてどうでもいいものになっているんじゃなかろうか。最初からどうでもよかったのかもしれないな。たまたま,東大に入れる学力があったから入っただけだもんね,っていう。

● 15分の休憩の後に「ドイツレクイエム」。粂川さんは管弦楽に,畑さんは合唱団の最後列に,それぞれ加わった。指揮は片岡真理さん。
 ソリストは澤江衣里さん(ソプラノ)と加耒徹さん(バリトン)。加耒さんは8月25日に「大泉町文化むら」で行われたカルメンにも出てらしたので,実力は知ってるつもり。
 加耒さんは第3曲と第6曲に,澤江さんは第5曲に登場。

● 要するに,メインは合唱団ってことになるんだけど,合唱だけは録音に載りにくいっていうか,CDを聴いても臨場感を掴みにくい(ような気がする)。CDとライヴの差が大きい。それゆえに,生で聴ける機会は貴重だ。
 しかも,これだけみっしりと実のつまった楽曲を,とにもかくにも形にして提供してもらうのだから,それだけでありがたい。
 各パートに際だって巧い人がいた(ように思えた)。その人の声だけ,発信源がわかるような感じがした。

● 問題はこちらの鑑賞水準で,レクイエムにしろミサ曲にしろ,西洋の宗教音楽がピタっとこない。歌詞の和訳がプログラムにも掲載されているんだけれども,それを読んだところで,はたしてどこまで了解できたものか,われながら心もとない。
 じつのところ,わかることを半ば以上は諦めている。仕方ないよね。ヨーロッパ人にとってのキリスト教のありようがわからないんだもん。
 このへんの難しさがあって,CDでもあまり聴くことがない。敬して遠ざけることになる。

● ここを厳密にいうと,それじゃバロックをはじめ,西洋のクラシック音楽全部がわからないことになるじゃないかと言われそうだ。
 だから厳密には考えないことにする。ただ,宗教音楽は難易度が高いというにとどめておく。
 人の声だけが醸せる荘厳さとでもいうべきものは,感じることができた。それで良しとしておかないと。

● 次回はヴェルディの「レクイエム」。これも聴くしかない。そしてまた難易度が高いとウダウダ言う。何をしてんだか,オレ。

2013年10月15日火曜日

2013.10.14 作新学院吹奏楽部第48回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 昨年に続いて,お邪魔した。開演は午後1時半。チケットは800円(当日券は1,000円)。前売券を購入しておいた。
 客席が大入り満員になることは前回知ったので,早めに会場に行って,並ぶことにした。

● この演奏会の醍醐味は,ひっきょう,若い高校生たちの一生懸命さの炸裂といったあたりになる。一途とか一生懸命というのは,それが誰であれ,何に対してであれ,吸引力を持つ。
 若い人たちであればなおさらのことだ。多くの可塑性を残している高校生たちの一生懸命は,しなやかであり,奔放で躍動感があり,次を予感させる説得力がある。これで終わりじゃないぞ,っていう。
 若さそれ自体に魅力があることを認めないわけにはいかない。若い生命力がキラキラしている様を眺めることは,生存期間が限られている生体の一員としては,しかもその終期に近づいている者にとっては,何がなし安心感を覚えるものでもある。

● 前回は開演に先だって学校責任者の挨拶があった。それが,この演奏会が校内行事であるような印象を与えたものだが,今回はそれがなかった。
 ない方がいいものがない,というのは大事なことだ。きちんと片づいた家屋のようなもの。せっかくの演奏会を散らかしちゃいけない。
 今回のようにいきなり演奏が始まってくれると,演奏会はかくあるべしと思いますな。ユニバーサルっていうか,グローバルスタンダートに則っているっていうか。

● プログラムは3部構成。第1部は正統というかフォーマルな吹奏楽の演奏。演奏前に部員が曲の紹介をするスタイルは,前回と同じ。
 まずはリード「アルメニアン・ダンス パート1」。最初から度肝を抜かれた。要するに,巧いんですよね。最前列にいるオーボエとフルートに気がいってしまうわけだけど,クラリネットもサクソフォンもラッパも太鼓も,何事かと言いたくなるほどに巧い。
 同時に,巧いだけじゃない。

● 巧いというのがほめ言葉にならないことがあると思う。で,その「巧いだけじゃない」ってところを意を尽くして説明しなければいけないんだけど,これがね,ぼくの能力では言葉にしずらいっていいますかね,何なんだろ,ここまでになるのは大変だったろうなぁっていう,ここに至る過程に思いを向けさせるっていうか。
 つまりは,うまく言えない。ただ,本質は「巧いだけじゃない」っていう方にある。

● 「もののけ姫セレクション」も,心に沁みてくるっていいますかね。曲もさることながら,演奏の功績だと思う。
 長生淳「紺碧の波濤」では,フルートのソロがこちらの涙腺を刺激してくる。高校生に泣かされたんじゃ洒落にならないから,必死こいてこらえましたけどね。

● 第2部はバラエティ(ポップスステージ)。客席へのサービス。で,昨年もそうだったんだけど,この学校はそのサービスを過剰なほどにやる。演出が細かい。その細かいところまで手を抜かない。
 たとえば,星出尚志「ダンシン・メガヒッツ」にダンサーを登場させる。もちろん難易度の高いダンスはさせない。なんだけど,踊り手が手を抜かないから,ダンスの見映えが崩れない。

● 演奏する側もリラックスして伸び伸びやってる感じ。ノリがいいっていうか。でもね,ノレるのは技術があるからだよね。こういうところでこそ,実力が露わになるわけで。
 森田一浩編曲「サクソフォンとバンドのための青春の輝き」では,サクソフォンのソロがこれまた巧くてねぇ。しかも,見目麗しい。
 それと,女子ドラマーが何気にかっこよかったね。

● 吹奏楽といっても,ハープも登場するし,エレキギターも出てくる。自分のパートだけできればいいってわけではなさそうなんですね。実際,いくつもの楽器を操れるようなんですな。
 第3部はステージドリルってことになるんだろうけど,「ミス・サイゴン」を演奏。主役は太鼓なんだけど,パーカッションの担当奏者だけでやっていたのではないと思う。

● 最後の生徒(部長)の挨拶も立派なものだった。原稿なし。気持ちが見事に載っている。長さもちょうどいい。いわゆる挨拶でここまでのものを耳にする機会はめったにあるものではない。
 下書きを作って,何度も練習したのかねぇ。まったくのアドリブでここまでできたら天才だけど,下書きとはいえ原稿を作ってしまうと,それに縛られてしまいそうだ。イメージトレーニングだけに押さえたのかなぁ。とか,いろいろと想像を逞しくさせる挨拶でしたね。
 気持ちを載せさせるような出来事があったに違いないんだけど(それも挨拶の中で紹介されてた),この数分間の挨拶ができただけで,彼女の高校生活3年間のモトは取れたんじゃないかと思うほど。この挨拶をするために彼女の3年間はあった,みたいな。

● プログラムの冊子も楽しめるもの。ここでの主役は顧問の三橋英之先生。
 副顧問格の若い先生やトレーナーの先生に,「二人とも早く温かい家庭を持ってほしいと願っています」などと,大きなお世話的なことまで書いているんだけど,面倒見のいい先生なんでしょうね。この先生なしには,この吹奏楽部のカラーもないのだろう。

● チケットにもプログラムにも,「超飛躍 己がやらなきゃだれがやる!!」の文字がおどっている。部是というか,スローガンというか。かくあれと先生が考えたのかなぁ。
 世間全体を視野にいれると,自分がやらなくたって必要なことは誰かがやるし,その誰かの方が自分よりずっと巧くやる,ってのがリアルな見方だって気もするんだけど,小集団になるとそんな呑気なことは言ってられなくなるでしょうからねぇ。

● 客席は今回もほぼ満席。開演時には,1階の最前列から数列と3階席に空席があったものの,途中で埋まった。
 これだけの観客を作新学院の関係者だけで埋められるはずはないと思うんだけど,でも大方はその関係者だったようでもある。さすがは作新の動員力というべきだろう。
 3連休の最終日の昼に時間を空けて,会場まで自分を運んで行って,いくばくかの入場料を払って,2時間半ほどジッとして聴くに値する(もしくは,それ以上に価値のある)演奏会だと思った。

2013.10.13 マロニエ交響楽団第2回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● マロニエ交響楽団の2年ぶり,2回目の演奏会。2年前の清新な印象はくっきりと残っている。今回はオールロシア。ショスタコーヴィチ「祝典序曲」,ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」,チャイコフスキー「交響曲第4番」。

● 開演は午後2時。チケットは1,000円。当日券を購入。指揮は北原幸男さん,ソリストは広瀬悦子さん。これを1,000円で聴けるというのは,何ともお得。
 なんだけど,客席の半分は空いていた。この時期は地方でも同じような催事が重なるからね。お客さんが割れてしまう。この日は県総合文化センターでもけっこう惹かれるのがあって,ぼくもどちらにしようか迷ったから。
 これが1日でも違うと状況がまるで変わったりもするんだけど,企画の段階でそんな競合状況はわからないもんなぁ。運もありますね。

● 前回のメンバーがほぼ維持されている感じ。メインは宇都宮大学管弦楽団のOB・OGの俊英たち。
 プログラムに載っている代表者あいさつによると,練習期間は6ヶ月。

● これまたプログラムの曲目解説によれば,「祝典序曲」は数日で作曲したものらしい。この時点でスターリンはすでにこの世にいなかった。とすれば,ショスタコーヴィチは命の心配をする必要はなくなっていたろうから,清々しかったというか,明るい日ざしが射しこんできたような気分だったかなぁ。
 危なげのない演奏でスタート。

● ラフマニノフのピアノ協奏曲っていうと,昨年11月に聴いたキエフ国立交響楽団の演奏を思いだしてしまう。あのときのピアノはウラジーミル・ミシュク。演奏したのは第2番だったんだけど,オケとピアノがかみ合わなかった。ザラッとした感じが残ってしまった。
 で,今回の第3番の方がずっといいと感じた。心地いいんですよね。ステージから客席に伝わるものの質量って,技術だけでは決まらない。

● 広瀬さんのピアノから感じたのは,まずパワー。ほんとに女なのかよ,っていうかさ。パワーできっちり主役を張る。
 これだけのビッグネームをソリストに迎えても,当然ながらというか,管弦楽に臆したところはない。自分たちの仕事をした。木管がそれぞれに奮戦健闘。
 あるいは,ソリストに引っぱられたってところもあるのかねぇ。この曲はソリストにとってもオケにとっても相当な難曲なんだろうけど。

● チャイコフスキーの4番。この曲を生で聴くのはこれが4回目になる。曲はまず聴くのがいいと思っている。予備知識を持たないで,まず聴いてみること。曲目解説を読むのはその後でいい。
 けれども,4回目ともなれば,たんに聴くことを繰り返してるのは逆にねぇ。で,プログラムの曲目解説をじっくり読んで,なるほどこういう曲なのか,と。ストーリーとか背景が頭に入ると,それなりの聴き方ができるのかも。
 が,このあたりはよくわからない。正しい聴き方なんてのがあるとも思えないし。曲に自分が寄り添うんじゃなくて,曲を強引に自分に引き寄せて聴く,っていうのもありそうな気がしている。

● 指揮者の北原さん,紳士ぶりが堂に入っている。女性ソリストの送迎とかね。こういうのって簡単にできそうで,なかなかできないものじゃないですか。どっかでギクシャクが出ちゃうっていいますかね。
 そこを見事なエスコート。もっとも,あの体型とあの顔だからこそ,かもしれないんだけどね。

● 次の演奏会はいつになるんだろうか。急ぐことはない。ゆっくり進めばいいと思う。

2013年10月8日火曜日

2013.10.06 松本俊明 トーク&ピアノミニコンサート

栃木県総合文化センター サブホール

● 開演は午後3時。「とちぎ未来づくり財団」が無料で催行するもの。入場料を取ってメインホールでやっても成立するんだろうけど,今回は整理券方式でサブホール。

● 「あの名曲たちがうまれるまで」という副題が付いている。作曲の秘訣とかを聞けるのかなと思っちゃったりして。
 が,秘訣などというものがあるのかどうか。あったとしても,クリエイターがそれを意識化,定式化できるものかどうか。

● Everything,この夜を止めてよ,Someone's calling,月の庭,永遠,琥珀色の記憶,グラスホッパー物語,幸せをフォーエバー,passion cacche,ベルベットノワール,消えた約束,を演奏。アンコールは,「明日へ」。
 途中,トークコーナーや質問コーナーをはさんで,2時間半のコンサート。ミニじゃなくて,存分に堪能できる本格的なコンサートだった。

● ステージに登場した松本さんの印象は,何ていうか,規則正しい生活をしている人だな,っていうもの。朝まで飲み明かすとか,遊び呆けるとか,そういう放縦さとは無縁な人のような感じ。
 この業界でも無頼派は影を潜めているのかもしれない。

● ていねいに慈しむようにして,ピアノを弾く。クラシックより訴えてくるものがあるとも感じた。
 っていうか,曲からイメージや映像を浮かべやすいんですね。タイトルもその手助けをしてくれる。ポップス的というか(ってか,ポップスなんだろうけど)。

● アーティストが輝くように,それを第一に考えて曲を作っている。自身のアルバム「ピアノイア」について,ピアノに歌わせるつもりで作った,とも語った。
 実際,そうなのだろうなぁと思わせる弾き方なんですねぇ。

● 質問コーナーでは多くを語ってくれた。次のようなこと。
・旅先ではなく,帰ってから思いだしているときに曲想がわく。
・サビだけ,尻尾だけという部分を作って,最後にコラージュ的に組み合わせるというやり方はしない。全部つくる。途中でいきづまったら捨てる。
・他人の曲を聴くと影響されるからと聴かない人もいるけれども,自分はいろんなものを聴くことにしている。それが自分の中で溜まって混ざって,自分のものとして出てくればいい。
・スポーツでも演奏でも,練習しないと腕が鈍る。作曲も同じで,しばらく離れてしまうと感覚がおかしくなる。だから,依頼がなくても作ることもある。
・一番大事なことはやはり努力ではないだろうか。努力といっても,好きなことなら苦労ではない。
 特に,秘訣っぽいものはないですよね。普通っちゃ普通のこと。普通をきっちりできることを非凡というのかもしれないね。

● 驚いたのは,お題いただきますコーナー。客席から出されたお題に即した曲を即興で作るというもの。で,その題が「小学3年 女子」。
 ソッコー弾き始めた彼のピアノの中で,たしかに小学3年生の女の子が飛び跳ねているんだよねぇ。男の子ではなくて,女の子がね。
 彼にとっては造作もないことのように見えたんだけど,ぼくらから見たら驚天動地。彼の中にはいろんな音のパーツがぎっしり詰まっていて,イメージに合ったものがポンポンでてくるんでしょうかねぇ。
 あと,たぶん,曲を作るときの型のようなものがあるんでしょうね。型にはめる感じでパーツを取りだしてくる,っていう。バッハ的というかなぁ。

● 前半と後半で衣装を替え,アンコールはまた別の衣装で登場した。サービス業に身を置いている人なんだなぁと思った。
 サービス精神がハンパない。律儀だし,手を抜かない。むしろ,過剰にやる。

● 女性性を豊富にたたえている。両性具有的な。感情の表出をためらわないし,感激屋でもあるようだ。ひょっとすると,泣き虫かもしれない。アンコールの「明日へ」を弾いているときには,泣いているようにも見えた。被災地への感情移入のゆえだろうか。
 曲を作るうえでの秘訣を求めるとすれば,どうやらこのあたりではあるまいか。

2013年10月7日月曜日

2013.10.05 甲斐摩耶&海野幹雄デュオコンサート

宇都宮市文化会館 小ホール

● 「うつのみや文化創造財団」が主催するムジカストリートシリーズの一環。座席指定で500円。その座席なんだけど,販売対象は前方の4分の1で,残りは招待客。
 その招待客というのが小学生。休みなのになんでこんなところに連れてこられなきゃいけないんだよ,っていうのが彼らの本音かもね。引率の先生方もご苦労なことだ。

● これがつまり,ムジカストリートシリーズなのかもしれないけれど,高校生の修学旅行を連想してしまった。栃木県の高校生は今でも京都に行くことが多いのだろうか(北海道とか沖縄になっているのか)。ぼくのときは京都だった。当然,多くの寺社を巡ったはずだ。が,その記憶はとうの昔に脱落している。というか,最初から記憶に入らなかったのだと思う。
 並みの高校生が寺や神社を見て何か感じたり,はるかな歴史に思いを馳せたりするはずがない。正確には,できるはずがない。ひたすら疲れるだけで終わる。

● 修学旅行で連れていかなくても,そうしたものに興味を持つ人は,持つべきときにきちんと持つようになる。持たない人は一生持たない。それでいいではないか。
 興味や関心を向ける対象は,寺社以外にも無数にあるわけで,どれに興味を向けてどれには向けないか,それは個々の生徒に任せればいいことだ。大人が指し示してやる必要はない。示したところで効果もない。もっといえば,指し示せるだけの見識のある大人は,たぶん,めったにいないはずだ。
 慣習に流されての校内行事であることくらい,高校生ならわかる。あれは生徒にとっても教師にとっても壮大な徒労であったと思う。

● このホールにいる小学生たちもまた同じだろう。生の音楽に触れさせれば何かを感じてもらえると考えるのは,いくらなんでもナイーヴに過ぎるだろう。
 ひょっとすると,音楽は情操を育むなどと考えているのだろうか。一般的な命題として,これが成立するかといえば,明らかに否だ。もしそれが成立するならば,演奏する側にいる人間は例外なく,豊かな情操なるものを持っていることになる。
 しかし,それはぼくの経験則に反する。演奏する人としない人,音楽を聴く人と聴かない人の間に,情操云々について差異があるとは思えない。音楽が情操を培うというのは,なにかのスポーツに打ちこんだ人は健全な精神を獲得するというのと同様に,ほとんど幻想だろう。

● つまるところ,大人が作為したものは,だいたいダメだ。あてと褌は向こうから外れる,としたものだ。
 音楽に興味を持つ子は勝手に持つようになる。環境が大事だといってみたところで,こうした催事を1回や2回やってみても,環境を動かしたことにはならない。

● と書いてきて,いや待てよ,そうでもないのかもしれないぞ,と思えてきた。
 もう半世紀近くも前になるけれど,『二十歳の原点』というベストセラーがあった。自殺した大学生の日記だね。彼女は修学旅行で京都に行って,京都に惹かれ,立命館大学に入学したのだった。そういうこともあるわけだ。
 この催事に連れてこられた子のなかで,一人か二人,音楽なり楽器なりに対してオヤッと思う子がいれば,それは成功と呼ばれるべきなのかもしれない。

● で,お子さまたち,演奏中は静かにしていた。相当な忍耐を強いられたに違いない。よくぞ耐えたものだ。偉いなぁと思った。
 以上は余談。

● 開演は午後2時。奏者は甲斐さんと海野さんのほかに,ピアノの海野春絵さん。事情がどうあれ,この3人の演奏をわずか500円で聴ける。ためらわず,その実を取りに行った。
 まず,チェロの独奏から。バッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「プレリュード」「サラバンド」「ジーグ」。次いでヴァイオリン独奏。同じくバッハの無伴奏パルティータ第3番の「ガヴォット」。
 ねぇ,曲にも奏者にも文句はないけれど,これ,けっこう音楽好きな大人にとっても厳しくないですか。これらを楽しめる人って,相当な上級者だと思うんですけど。

● しかし,工夫はしているわけで,全部を演奏するのではなくて,抜粋であること。演奏時間を短くしている。もうひとつは,曲間に,甲斐さんと海野さんのトークを入れたこと。
 このトークで教えられたこともある。ベートーヴェンが「田園」について,絵画的に表現したのではなく,どんな情景を思い浮かべるかは鑑賞者の想像にお任せすると言っていたこと。自分は感情を表現しただけだ,と。
 ホントか。曲を聴いて頭に情景が浮かぶ唯一の曲がこの「田園」なんですけど。これは絵画的に表現したものではなかったのか。

● 甲斐さん,男性性が適度に入っていて,魅力的。職場にこういう女子社員がいると,グッと雰囲気が良くなるだろうな。気が利いて,さばけていて,頭の回転が速くて。ぼく的にはひとつの理想型。もっとも,そうした女性からぼくは相手にされたことがない。ハナもひっかけてもらえない。修行中の身だ。
 海野さんは,逆に女性性がこれまた適度にあって,そうでなければ音楽はやれないのかもしれない。

● ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第2番から第3楽章。ここでピアノの海野春絵さんが登場。
 ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは,5番以降はわりとCDで聴くんだけど,2番はあまり聴いたことがない。っていうか,初めてかもしれない。

● クララ・シューマンの「3つのロマンス」の第1曲とロベルト・シューマンの同じく「3つのロマンス」の第2曲。チェロとピアノ。
 シューマン夫妻からぼくは高村光太郎・智恵子を連想する。芸術家どうしが結婚すると,どちらかが(たいていは妻の方が)自分の才能を殺して相手を助けることになる。智恵子が精神を病んだのは,実家が破産したとかの事情もあったのかもしれないけれども,自分を殺して光太郎を助けることの手応えのなさにあったのではないかと,何の根拠もなく想像している。
 光太郎は智恵子に対してわがままと横暴が過ぎたのではないか。智恵子の才能を認めるところが少なかったのではないか。要するに,甘ちゃんの子供だったのではないか。たぶん,自尊心だけが肥大した,ちょっと醜悪な。

● その点,クララは幸運だった。と同時に不幸だった。夫の方が追い詰められてしまったからね。もっとも,その点についてクララに責任はない。
 10年間に8人の子どもを産んだ。妊娠していなかった期間がない。その間,自分の仕事をし,夫を助け,夫の死後は夫の作品を整理し,76歳で亡くなった。
 彼女の生いたちも幸せだったとは思いにくい。いや,本人にすればそうでもないのか。

● ヴァイオリンとチェロで,シベリウスの「水滴」とシューベルトの「魔王」。
 「水滴」はシベリウス9歳の作とのこと。ピチカートのみで,ポンポンポンと水滴が地面(じゃないかもしれないけど)を打つ音を表現。間違いなく聴くに耐える。

● このコンサートの前に,お三方は,宇都宮市内の瑞穂野中,宇都宮東高附属中,岡本西小,県立盲学校で実地指導をしているとのことだった。会場のお子さまたちは,その指導を受けた生徒たちだったのかもしれない。
 とすると,先に書いたことは全面的に取り消さないといけないかも。すでに音楽に何らかの関心を持っていた生徒たちだったってことだからね。
 そういう生徒たちならば,この3人の先生に指導を受けることができるのは,(名選手が必ずしも名コーチとは限らないとしても)大いなる幸運だったかもね。

● 休憩後は,ブラームスのピアノ三重奏曲第1番を,今度は全曲演奏。
 男が女に勝っている(勝り得る可能性がある)能力は集中力と瞬発力だけで,あとは万事,女が上。ぼくはそう思っている。女性が集中力を獲得すれば,鬼に金棒。
 で,甲斐さんの集中に脱帽。海野さんが合わせていくというふうだった。これはこれでリーダーの貫禄というもの。
 ずっしりと聴きごたえのある演奏で,聴き終えたあとの満足感も半端なし。