2019年8月27日火曜日

2019.08.24 ムジークフェライン室内楽団 創立10周年記念演奏会

紀尾井ホール

● 御茶ノ水から四ツ谷まで,中央線は神田川に沿って走る。その間の車窓風景はかなりいい。ぼくは好きだ。これが地上を走る鉄道の強みであって,地下鉄では望むべくもない。
 で,四ツ谷駅から上智大学の脇を抜けて紀尾井ホール。ムジークフェライン室内楽団の演奏会があったので。

● この演奏会を知ったのも,8月11日の豊洲シビックセンターでの演奏会でチラシをもらったからだと思う。
 開演は午後2時。入場無料なのだが,チケット制。予約するのが原則だったらしい。あらためてそのチラシをながめてみると,下の方に小さい活字でそのことが書かれていた。
 フラッとやってきたぼくのような者は,引換券を受け取って,13時45分時点で空いていればチケットと交換となる。ほぼ,100%空いているはずだが。

● 曲目は次のとおり。大曲ばかりだ。
 ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲第12番 ヘ長調「アメリカ」
 シューベルト 弦楽四重奏曲第14番 ニ短調「死と乙女」
 ブラームス 弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調

● ところで,ムジークフェライン室内楽団とはそも何者か。プログラム冊子によると,「慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ,早稲田フィルハーモニー管絃楽団の元コンサートマスター,首席奏者を中心に結成」されたらしい。
 終演後に,団員の1人がこのあたりの事情を説明した。片方が慶應,片方が早稲田という兄弟がいたらしい。その兄弟が結団の発祥とのこと。

● ところで,団員数は10人で,そのうち,上田さんと加藤さんが4人ずついる。兄弟のほかに夫婦になった人もいるんでしょうね。
 団員のプロフィールを見ると,何というのかな,錚々たるものなんですよね。医者だったり,大学の先生だったり,エンジニアだったり,中央省庁の技官だったりね。ひと昔前に流行った,勝ち組,負け組という言葉を使えば,勝ち組の人たちだよね。
 私立の音大は医大の次にお金がかかるでしょ。音楽を学ぶにはお金がかかる。この楽団の奏者たちは,望めば音大にも行けたろうけど,頭も良かったので慶應や早稲田に行った。しかし,小さい頃から楽器を始めていたに違いなく,やはり相当にお金をかけてるんじゃないのかなぁ。

● 昔は貴族が演奏家に演奏させて,音楽を楽しんだ。今は貴族が演奏して,平民がそれを聴くという図式になっている。
 実際のところ,1人の演奏家を作るには,相当なお金が必要になりますよ。しかも,それでもプロとして立っていけるのは,ほんのひと摘まみ。それを承知でなおそちらに軸足を置き続けることができるのは,貴族の子弟に限られるよなと,ぼくなんぞは思うわけですよ。

● 最も印象に残ったのは,シューベルト「死と乙女」。これは感動ものだった。
 奏者は4人とも男子。高度なデリカシーは男の領分? 協調だけじゃなくて,協調しつつ攻め合わないと,デリカシーに魂を入れて,形として具現化させることはできないようで,その作業は男向きかもしれない。
 女子だと協調だけになるか,かりに責め合うとなると,基本にあるべき協調がどこかに飛んで行ってしまうのではないか。叱られるな,こういうことを言うと。

● 自分が世界の中心にいたのではデリカシーは扱えない。その点でもデリカシーは男のもの。と思うのも,自分が男だからなのだろうけど。
 女の気遣い,女の優しさっていうのは,どこまで行ってもある種のガサツさを含んでいると,これまた叱られるのを覚悟で,言ってみたい。それは自分が世界の中心にいるからだ。

● 自分は世界の欠片に過ぎないとちゃんとわかっている。しかし,欠片であることに居直らないで,縄張りを主張し,せめぎ合う。ただし,基調にある協調を忘れることはない。
 そういう人たちが4人集まって演奏すると,こうなるんじゃないかという。そんなことを思いましたよ,この「死と乙女」を聴きながら。

● このホールが作る空気の質感はただ者ではない。クラシックホテルと言われるホテルのロビーでもここまでの空気を作っているかどうか。
 その紀尾井ホールの格調に負けない演奏といいますか。このホールにブラボーのかけ声は絶対に合わないとぼくは思っているのだが(サントリーホールはOKだ),それでも出たブラボーに文句をつける気にはならなかった。

● 無料なんだけど,終演後は募金箱を抱えたスタッフが,控えめに立っていた。カンパ制ということ。
 ちょっとわけあって,手元不如意。ヘタすると,来たはいいけど帰れなくなるかも,という。でも,ここを素通りはできない。不如意の中から出せるものは出してきた。「死と乙女」のお礼だよね。

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