東京芸術劇場 コンサートホール
● この音大オケフェスも10回目を迎えたのか。ぼくは何回から聴いてたんだっけ。
首都圏の9つの音大が参加するこのイベントも,今回は藝大が参加していない。従来は2大学ずつ4回に分けてやっていたのだが(したがって,4回のうち1回は3大学になる),今回は3回にまとめられている。
そろそろ曲がり角にさしかかっているのかなとも思うわけだが,今回だけ何らかの事情でそうなったのかもしれない。そのあたりはわからない。
● チケットはだいぶ早めに買ったのだが,その時点であまりいい席は残っていなかった。これは毎回そうで,今までは通し券で買っていたので,通し券だからそうなのかと思っていたのだけどね。そういうことではなくて,いい席は最初からないのだと考えるべきだった。
大学の関係者や招待者に当てられているのだろう。一般席はすなわち残り席のはずだ。
● だから不満かというと,そんなことはない。何せ千円なのだ。ほとんどタダみないなものだ。席について文句をいう理由はない。コストパフォーマンスは無限大だと言いたいくらいのものだ。
ただし,今回は3階席。ステージはだいぶ遠い。ときどき,オペラグラスがあればなと思うことがあった。ニコンを持っている。持っているんだから,こういうときに使わないとね。
でも,オペラグラスと集中は相性が悪い。オペラグラスを使ってしまうと,聴くことがおろそかになる。それが嫌で,オペラグラスは自宅の抽斗に放りこんだままになっている。
● 開演は午後3時。この日は昭和音大,東邦音大,桐朋学園大。
まず,昭和音大。ムソルグスキー(ラヴェル編)「展覧会の絵」。指揮は渡邊一正さん。
力がこもっている。力そのものを捉えれば,もっと持っている楽団はあまたあるに決まっている。プロオケはすべてそうだろう。
けれども,持っている力を縦線とし,こめる大きさを横線とすれば,力では劣ってもその力を最大限にこめると縦横の面積ではプロを上回ることがある。
この音大オケフェスでは,その逆転現象に出会えるからワクワクするのだ。ときめくと言ってもいい。
● 東邦音大はリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」。指揮は現田茂夫さん。
上記に加えて,若さのみが持つ勢いのようなもの。それを味わえることも音大オケフェスの魅力のひとつだ。それは自分のようにいたずらに年だけを取ってしまった者には,特に貴重なものに映るのかもしれないけれども。
到達地点ではなくそこに至るまでの上昇カーブの勾配,上昇するスピード。そういうものが勢いとなって,客席に届く。その勢いに圧倒され,ため息をつく快感というものがたしかにあるのだ。
● コンサートマスターのソロの存在感がやはり大きい。劇中のシェエラザードは何歳なのだろう。利発で果断に富み,人の機微を捉える感受性に恵まれたこの娘,おそらく10代の半ば,今でいえば高校生くらいの年齢だろう。
そのシェエラザードを奏でるのであるから,ここはやはりコンミスであって欲しいし,可能ならば贅肉の付いた(付き始めた)30過ぎのオバチャンではなく,娘を残す年齢の女性に弾いてもらいたいものだ。その方が想像力を無駄にかきたてなくてすむ。
という意味からも,この音大オケフェスは大変にありがたいのだ。
● 桐朋は次の2曲。指揮は尾高忠明さん。
ディーリアス 歌劇「村のロメオとジュリエット」より 間奏曲「天国への道」
エルガー エニグマ変奏曲
力のこもった熱演。熱演というだけでは足りない。彼ら彼女らの中でプロとして立っていく人はたぶんひと握りに過ぎないのだろうけども,では今あるプロオケのすべてがこの水準で演奏できるかというと,さてさて。
● 桐朋も奏者の圧倒的多数が女子。のだけれども,戦闘集団の感がある。戦う女たちっていうか。何と戦っているのかといえば,昨日までの自分だろうか。というと,綺麗事にすぎるか。
切磋琢磨しながらここまで来たし,これからもそうであり続けるのだろうなと思わせる。生半な男は弾き飛ばされてしまうかもしれないね。
● というわけで,いずれも力の濃縮度が際立っている印象なんですよね。これを聴かなかったら何を聴くんだって気がするんですよ。
チケットは一応,千円取るんだけど,実質は無料に近い。よろしく,聴くべし。これはね,聴くべきですよ。
● ただね,冒頭に申しあげたように,ひょっとするとこのイベントも終わりを迎えつつあるのかなとも思えるのでね。ちょっと心配。
ただ,そうなればなったでさ,各大学ごとの演奏会もあるわけでね。選んで聴きに行けばいいだけだと言えば言える。が,可能であれば継続して欲しいなぁ。
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