2021年5月11日火曜日

2021.05.08 オーケストラ・ノット 法人化記念演奏会

ティアラこうとう 大ホール

● 灯火管制(?)をかい潜って,東武電車で緊急事態宣言下の東京に向かっている。
 わが町からもワクチン接種の通知が届いているが,まだ収束は先の話。当分はコロナと共存していかなければならない。

● 緊急事態宣言が出ているのに通常運転を続けるホール。それをいいことに予定どおりに開催を強行するオーケストラ。
 ・・・・・・素晴らしい。これまでの約1年間で得られた知見に照らして,これこそが理に適うひと筋の道。というわけで,ティアラこうとう。オーケストラ・ノットの演奏会。

● 開演は午後2時。チケットは1,500円。事前予約制。【teket】で事前に電子チケットを購入しておく。
 この楽団では入場時にチケットのQRコードを読み取らない。ということは,チケット購入者のうち誰が来て誰が来なかったかはわからない。入場者数を確定できない。
 しかし,それで困ることがあるのかというと,おそらく何もない。連絡の必要があれば購入者全員に連絡してしまえばいい。チケット販売時にメールアドレスは取得しているのだから,連絡手段は確保されている。
 手を抜けるところは抜けばいい。というより,抜いた方がいい。見識だと思う。

● プログラムは次のとおり。指揮は藝大院に在学中の山上紘生さん。
 ヴィエニャフスキー ヴァイオリン協奏曲第2番
 シベリウス ヴァイオリン協奏曲
 シベリウス 交響曲第7番

● ヴィエニャフスキーのヴァイオリン協奏曲はCDを含めても初めて聴く。狭く浅くの聴き手であるなぁ。今日,ともかくも聴いたわけなので,さて,あとは音源を整えよう。ネットにもあるはずだけれども,まぁCDでしょうね。
 ヴァイオリン独創は去川聖奈さん。昭和音大の学部生。昨年10月のアンサンブル・ノット演奏会でグリーグのヴァイオリンソナタ第3番を演奏している。ぼくの耳だとプロ奏者と区別がつかない。
 去川さんのアンコールはハイドン(クライスラー編)の「オーストリア国歌」。オーストリ国家をおまえは知っていたのかと言われるか。知っているはずがない。なぜわかるのかと言えば,司会者が曲名をアナウンスしてくれたからだ。

● シベリウスの協奏曲は当然ながら何度か聴く機会を得ている。今回は吉本萌慧さん(藝大院)のヴァイオリン。ねぇ,もうプロの演奏と何も変わるところはないですよねぇ。
 吉本さんのアンコールは,バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番」より「ラルゴ」。

● オケの演奏はシベリウスの7番。現役の音大生あるいは音大を卒業した社会人がかなりの部分を占めているのだろう。凡百のアマオケとは違う。私たち,好きだからやってます,というそれだけではない。
 この楽団の演奏を初めて聴いたのは昨年2月だが,今日が4回目となる。うち,1回はオケではなく少人数のアンサンブルだったのだけども,活動の頻度が並ではない。この時期に開催するのも,ブルドーザーのような推進力を備えた人がいないと無理としたものだろう。
 組織は多数決で動くことはない。誰かの熱がエンジンとなって動くものだ。

● 曲目解説に「この曲の神髄は,有機的に融合した交響曲の各要素を,凝縮された音の中で表現しきったことにあります」という一文があるんだけれど,“有機的に融合” と “凝縮された音の中” の意味が了解できない。どういうことなのか。
 ま,そういう細かいことはどうでもよろしいか。オケのアンコールは,シベリウス「悲しきワルツ」。

2021.05.05 宇都宮北高等学校吹奏楽部 第35回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 昨年の定演は中止になった。チケット代金の払戻しとか,いろいろと面倒な後処理が発生したろう。
 今年だってどうなるか,当日を迎えるまで見通せない状況だったろう。1月半ばから2月初旬までは,栃木県も緊急事態宣言下に置かれていたのだ。
 それかあらぬか,今回は入場無料になった。その分,(学校側では負担しないだろうから)保護者あるいは主催者であるOBOG会の負担が増えたろう。

● 聴く側としては無料なのはありがたいのだが,こうした状況はやはり好ましいものではない。
 コロナが収束した後もリモートワークは定着するだろうから,都心のオフィス需要は減り,したがって地価も下落し,人の流れも変わる。個人的にはそれらは望ましい方向への変化だと思っているけれども,今回のこのような部分は速やかに元に戻したいものだ。
 今年中にはワクチンも行き渡って,コロナとの共存はずっと続くとしても,コロナに狂騒するのは今年で終わるのだと思いたい。

● 開演は14時。1日の宇都宮中央女子高校の演奏会と同様に,自由席だけれども,使える座席は半分に抑えてある。
 3部構成で,第1部は大人ステージ(?)。
 J.ミラー Next generation Fanhare
 佐藤信人 龍潭譚
 プッチーニ 歌劇「ジャンニ・スキッキ」より “私の優しいお父さん”
 サン=サーンス 歌劇「サムソンとデリラ」より “バッカナール”

● 「龍潭譚」はやっぱり泉鏡花の原作を読んでおいた方がいいんですかねぇ。プログラム冊子の曲目解説は読んでいなければ書けないもののように思える。ぼくは読んだことがない。
 で,後日,青空文庫で読んでみたんだけども,結論は読んでいてもいなくても,同じように聴けるだろうということ。おそらく,この曲目解説を書いた生徒さんも読んでいないと推測してみる。

● プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」が舞台にかかることはあまりないと思うのだが,“私の優しいお父さん” を聴く機会はけっこうあった。それを吹奏楽でやるとこうなるのか。
 “バッカナール” は迫力充分。第1部で最も印象に残ったのはこの曲。

● 第2部は「えんとつ町のプペル」を朗読劇に翻案して,そこに生演奏のBGMを付けたもの。台本の朗読は演劇部の女子生徒2名が担当。
 この年代の若者にしか出せない類のエネルギーがある。最近(といっても,かなり以前からだが)の高校生は,大ホールという舞台でこれだけの観衆を前にしても,動じるということがない。緊張のあまりアガルという言葉が以前はよく使われたものだが,今の高校生にはそのアガルがないのかもしれないと思うほどだ。思うさま,エネルギーを発散してくれる。
 ここでもそのとおりの展開。ただ,惜しむらくは声が割れてしまって,語っている内容が聞き取れないことがあった。少ぉし,マイクが近すぎたか。

● プペルの映画はぼくは見ていない。が,絵本はネットに公開されているので,どんな話なのかは知っている。
 ゴミ人間のプペルと煙突掃除屋のルビッチの2人物語だ。テーマは,“1人になっても信じぬく”。
 真っ黒な煙が空を覆っているが,そこを抜ければ無数の星がまたたいている。プペルがルビッチを誘ってその星を見に行く。鉄製の船に風船をたくさん括りつけて船を浮きあがらせるという方法で。ここが大事なところだ。
 そこで感動するかシラケるかは,人によるだろう。

● 第3部は「空と海の旅」と題してのマーチング。マーチングを北高がやるのは初めて(たぶん)。今まではミュージカル的なもの(つまり,台詞や歌はなかったので)を用意するのが常だった。
 どちらがいいかという議論には意味がない。聴き手の好みによる。それ以外の結論はない。
 この学校の定演をずっと聴いていた人に限れば,ミュージカルを楽しみにしていたのに,と言う人の方が多いだろう。人は昔に引きずられるものだからだ。古き時代は良き時代になりがちだ。

● 現有勢力を目一杯使ってステージを作っている。第2部,第3部には工夫の跡がいくつもあり,企画を疎かにしては勝負にならないことを教えてくれる。
 さはさりながら,奏者の数が足りない。かなりの数のOB・OGの賛助出演を仰いでいる。
 が,1年生は19名入部したようだ。例年より多い。この1年生部員がすでにかなりの技量の持ち主であるようだから,この先が楽しみではある。

● 今回は開演前に学校長の挨拶があった。過去にはなかったのだが。OBOG会が主催とはいえ学校の行事なのだから学校長が挨拶するのは当然だ,などというのは,昭和チックな古い定跡だと思うがな。そうした古いものが残りがちなのが教育界だと言われれば,そうなのですかと言うより仕方がないが。
 言いたいことがあるのなら,プログラム冊子に載せておけばいい。と思ったら,ちゃんと載ってるんだよねぇ。なら同じことを喋っても意味がない。開演前に情報量ゼロの数分間を作るべきではない。
 演奏会は演奏会としての質感を高めるべきで,それを削いでしまうのが,こうした余計なものを付加することだ。
 って,今回は無料で聴かせてもらっているので,あまりこうした文句を言っちゃいけないんだけどね。

● 創部時の顧問でもあった岩原篤男さんがコーチにあたるようになったらしい。部活は教師が見るのではなくて外部に委ねるのが公式的な流れでもあるようだ。それに沿った動きなのだろう。
 岩原さんは石橋高校でも指導にあたっているのではなかったか。真岡市でも何かやっていたのでは? 指導力のある人は少ないから,どうしてもそうなる。
 彼の薫陶を受けた生徒たちがコンクールでぶつかることもあるんだろうな。これはもう,仕方がないことでしょうねぇ。

● 今の教師は忙しすぎるのだ。余裕があるのは大学の教師くらいのものだ(彼らは彼らで,論文のノルマや学生の就職のアシストがあって,と言うに決まっているが,小中高の教師に比べれば,忙しさのレベルが数段低い)。
 仄聞するに,雑務的なもので忙しいようなのだな。必要のある忙しさならまだしも,やらなくても本当は誰も困らないという業務で忙しい。最も消耗するのがこのパターンだ。

● “働き方改革” を受けての部活の外部化なのだが,本当は “働かせ方改革” をしなくちゃいけないんだよね。
 教師の側に改革できる余地はあまり(というより,ほとんど)ない。与えられたものを処理しようとすれば,夜を日に継いで手当のつかない残業をしなくちゃいけない。小手先の技術でそれを解消するのは不可能だ。
 それで部活まで見なくちゃいけないのでは,明らかに過重負担だ。そのしわ寄せはおそらく教師の家庭に行っている。夫婦ともに教師ならば,彼らの子供たちがそのしわ寄せを一身に引き受けているはずだ。
 仕事の与え方に問題はないのか。そこに手を付けずに,教育の理念だの使命感だのという精神論を押しつけるしか能のなかった経営側をどうにかしないと。

● 学校の部活というのがこれからどうなっていくのかといえば,1校で完結することが難しくなる。数校で1つの運営体にならざるを得ない。
 少子化はこれで終わりじゃない。これからさらに目に見えて減っていくのだ。部活を支えるには最低限の生徒数が必要になるが,いかに学校の合併統合を繰り返そうと,その数を維持するのは無理だ。
 そうなると移動時間が発生する。部活に充てられる時間は減る。コストは増える。

● 結果,そもそも部活は必要なのかという議論が出てくる(議論自体はもう出ていると思うが)。部活でメシを喰っている業者その他がいるはずだが,彼らにとっては死活問題になる。迫真の議論が展開されるだろうが,趨勢には敵わない。
 放課後にたとえばサッカーをやりたい人は,地元か近隣のチームに入ることになるだろう。最終的には部活は学校から完全に切り離されて,全き意味で外部化すると思う。

2021年5月10日月曜日

2021.05.03 現代の箏曲 名倉明子作品を集めて ギャラリー×ホール コラボディ2021コンサート

宇都宮美術館 講義室

● 絵を見に来たのではなくて,吉澤延隆さんの箏を聴きに来た。
 宇都宮市には宇都宮エスペール賞というのがある。どういうものかというと,「本市にゆかりのある芸術家のうち,芸術の創造活動が特に顕著で今後の活躍が期待できる方1名に対し贈るもの」なのだが,そのエスペール賞受賞者のコンサートを宇都宮市が企画した。定例的なものではなく,単発企画であるらしい。
 今回は作曲家の名倉明子さん(2005年にエスペール賞受賞)と吉澤さん(2011年にエスペール賞受賞)が登場。

● 主催者(つまり,宇都宮市)は聴きたい人は事前にメールで申込むようにと言っているので,仰せのとおりにして聴きに行ったのだが,そんな人は数人しかいないようだった。美術館に来て,そこで知って聴いてみることにしたという人が多いようだ。
 それはそうだろう。市が出した情報はほとんど拡散していなかったろうから。

● 宇都宮美術館では「森のコンサート」と題するミニコンサートも開催していて,こちらは往復ハガキで申込むようになっている。けれども,こちらも同じかな。
 当日来ても入れそうな気がするね。正規の手続きを踏んでいないからダメだなんて,間違っても言われないだろうしな。

● 開演は13時。50分のミニコンサート(無料)。名倉明子さんが作曲した箏曲を吉澤さんが演奏する。次の3曲。
 答えのない花 ~十七絃箏のために
 一叢芒(ひとむらすすき)
 さくらはじめてひらく

● 「答えのない花」は2014年3月に開催された「吉澤延隆 箏リサイタル-つなぐ」で初演されているので,たぶん,これが2回目の演奏になるのだと思う。「さくらはじめてひらく」は今回が初演。
 箏曲にも当然ながら現代曲がある。現代曲は聴き手を選ぶ。ぼくは選ばれなかったかもしれない。というのが,今回のとりあえずの結論。

● 演奏の合間に吉澤さんと名倉さんのトークが入る。吉澤さんが問い,名倉さんが答える。曲を作るときの動機だとか過程については,本人も答えられないことが多いだろうなと思う。自分で意識している部分よりも無意識で対応しているところが大きいのではないか。
 そのことは本人もわかっている。であっても,無意識を探る作業はなかなか以上に難しいだろう。

● 公演中,なかなか面白いこともあった。爺さま(80歳近いか,あるいは80歳を超えていたか)が途中で席を立ってドアまで歩いていった。そういう年齢なので,白い眼を向ける人はいない。
 ところがドアが開かない。吉澤さんがスタッフに開けてくださいと頼んでいた。
 もし外から施錠していたのだとすると(違うと思うが),軟禁になってしまうかもしれないね。

2021.05.02 【無観客ライブ配信】新国立劇場バレエ団『コッペリア』

● コロナ(緊急事態宣言)で公演中止となったのを無観客で舞台上演し,ストリーミング配信(無料)。リアルタイム配信のみで,見逃し配信はなし。
 キャストを替えて4回上演する。今日はその1回目。米沢唯のスワニルダ。管弦楽は東京フィル。指揮は冨田実里。

● 12.5インチ画面のノートパソコンに外付けスピーカーをつないだだけの貧弱な装置で視聴しているのだが,コロナが収束すれば,新国立劇場(の情報センター)が公演記録映像上映会で取りあげてくれるだろう。大きい画面で観客の1人になって観ることができるだろう。

● コロナでこうしたネット配信が増えているが,その多くはスルーしている。生公演に比べれば,CDやDVDに近いからだが,第一にはこの装置の貧弱さゆえかな。
 ミニシアターを家の中に作りたいとはまったく思わないけれども(そんなお金もない),大きい画面とまともなスピーカーを備えたデスクトップパソコンに買い替えようとは思っている。
 仕事を辞めるとノートパソコンの利点は消えるわけだし。リモートワークが普通になれば,辞めなくてもノートパソコンのメリットは消えるでしょ。

● ネット配信は特等席でもあるわけだが,パソコンの画面に1人で拍手することのなんと間抜けなことよ。ステージと客席が一緒になって2時間限定のコミュニティを作るという快感も生演奏だからこそだ。
 無観客上演になったからこそ,こうしてストリーミング配信を愉しめているわけだけれども,やはり生に勝るものはない。仮に催行されていればS席が13,200円,D席(数席しかないんだろうけど)が3,300円だった。もっと高いのかと思っていた。

● 「コッペリア」って,展開がコミカルでマイムもわかりやすいから,初心者でもついていきやすい。そのコミカルさを鮮やかなダンスで表現していくのを愉しめばいいものだ。
 スワニルダの純情と機転,コッペリウスが特に終盤で醸しだす老いの哀しみのようなものは,コミカルさを味わうための隠し味だ。この劇に深遠な(?)テーマを求めるのはコミカルさを愉しむよりもむしろ安直な方向だ。

● スッタフ,キャストを新国立劇場のサイトから転記しておく。

【振付】ローラン・プティ
【音楽】レオ・ドリーブ
【芸術アドヴァイザー/ステージング】ルイジ・ボニーノ
【美術・衣裳】エツィオ・フリジェーリオ
【照明】ジャン=ミッシェル・デジレ

【スワニルダ】米沢 唯
【フランツ】井澤 駿
【コッペリウス】中島駿野

【指揮】冨田実里
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団


(2021.05.04 追記)

 今日も You Tubeで新国立劇場バレエ団「コッペリア」。振付も舞台装置も2日のと同じ。管弦楽も東京フィル。
 キャストだけが違う。木村優里のスワニルダ,福岡雄大のフランツ,山本隆之のコッペリウス。生で見ると絢爛さがまるで違うだろうな。

2021.05.01 宇都宮中央女子高等学校吹奏楽部 第19回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 初めての拝聴。なぜ今まで聴く機会がなかったのか。開演は午後2時。入場無料。こういう時節なので,入場時に検温,手指消毒,氏名と連絡先の記載が義務づけられる。
 自由席だけれども,座れる席は半分。1席おきに,使用不可と書かれたタスキ(?)が席の背もたれにかけられている。

● 内容は3部構成。第1部は何だろ,真面目ステージとでも呼んでおこうか。
 P.スパーク ザ・バンドワゴン
 宮川彬良 僕らのインベンション
 宮下秀樹 吹奏楽のための「エール・マーチ」
 B.アッペルモント ブリュッセル・レクイエム

● 「僕らのインベンション」と「吹奏楽のためのエール・マーチ」は吹奏楽コンクールの課題曲。この課題曲というのが部外者にはよくわからないところがあるんだけれども,長年続いている。必要だから,あるいは何らかのメリットがあるから,続いているんでしょうねぇ。
 輝度が高い演奏だと感じた。輝度が高いと華が生まれやすくなる。しかも,女子校だとわかって聴いているので,聴く側にも華を感じようとする心的機序が働く。

● 第1部の司会進行は福嶋真理子さん。プロのアナウンサーだし,自身も宇都宮北高校で吹奏楽部に属していたのではなかったか。宇都宮短期大学の音楽科を卒業している。要するに,音楽に関する薀蓄もハンパない。
 ゆえに任せて安心。状況を見て機転を効かせ,万事良きに計らってくれるんだろうな。

● 第2部はドリル(ステージマーチング)。演しものは Cats。
 ドリルの構成や動きも部員たちが考えたらしい。それも含めて,実力派の演奏ということ。安心して聴いていられる。
 女子の猫マネといえば,広瀬すずのチャルメラのCMが頭に浮かぶ。女子と猫マネは相性がいいよね。猫マネには媚態を作るという部分が入り込むからですかねぇ。

● 第3部は弾けましょうステージ。
 A.ニューマン 20世紀FOXのファンファーレ
 J.ウィリアムズ 「スター・ウォーズ」組曲
 L.ハーライン 星に願いを
 星出尚志編 ジャパニーズ・グラフィティⅫ
 和泉宏隆(真島俊夫編) 宝島
 A.ハモンド 他 青春の輝き

● 吹奏楽ってどんな曲でも演奏しちゃうんだよねぇ。それを言うなら管弦楽だって何でも来いだし,ピアノだって1台でたいていのことはやってのけるんだけども,吹奏楽ほどその曲を籠絡できる形態はないかもしれないなぁ。
 スター・ウォーズもディズニーもカーペンターズもまとめて面倒看ちゃえて,なおかつそのいずれにおいても吹奏楽としての輪郭をクッキリと保っているってねぇ。
 吹奏楽の「青春の輝き」とカーペンターズが歌う「I Need To Be In Love」は,まるで毛色が違う。まるで違うんだけれども,でも同じっていう,絶対矛盾的自己同一(?)みたいなさ。

● 宇都宮中央女子高校は来年度から男女共学になる。で,ぼく的に気になっていたのは制服まで変わっちゃうんだろうかってこと。
 宇中女の制服って,セーラー服以外の制服としては,全国屈指の傑作でしょ(全国の女子高生の制服を知ってるわけじゃないんだけど)。あの制服を着たいから宇中女に行きたいと思っている女子中学生,絶対いるよね。
 残って欲しいよなぁとか思っていたわけですよ。でも,変わるらしい。これってアレですか,来年度の新1年生だけじゃなくて,2年生も3年制も新しい制服に移行するってことですか。

● とすると,宇中女制服のリカちゃん人形が出るな。今は亡き烏山女子高校や氏家高校のセーラー服のリカちゃん人形は出てるもんね。高さが22センチあって,夏服と冬服の着せ替えができる。
 ただし,けっこう高くて6,800円。つまり,買えないんだけど。っていうか,ぼくが買ったら変態だけど。

● 宇都宮市文化会館では昨年4月から明保野公園に面した出入口は閉鎖している。来るんじゃないよという意思表明?
 今日のように大ホールで公演があるときも閉めたままだから,終演後に正面出入口で人が滞留しがちだ。かえって拙いんじゃないか。主催者に感染対策をさせておきながら,ホール側がこれでは,その効果を減殺してしまうのでは?
 それとも,あえてここを閉めておく必要性が別にあるんだろうかね。

2021年4月30日金曜日

2021.04.29 東京藝術大學同声会栃木県支部演奏会 第4回『上野の森の響き』コンサート

栃木県総合文化センター サブホール

● この演奏会,昨年はコロナで中止になった。チケットを買っていた人に対して,事務局が確認の電話を入れたようだ(ぼくのところにも電話があったから)。払い戻しますか,それとも来年に繰り越しますか,と。当然,来年に繰り越すことにした。2月の末に今年のチケットが郵送されてきた。
 まったく余計な手間を発生させてしまって,申しわけなかった。昨年のチケット購入時点では,ここまで甚大な影響があるとはとても予想できなかった。

● 開演は13時30分。入場料は,1年前に払っているわけだが,2,500円。プログラムは次のとおり。
 山木検校 松風
  近藤有里子 長岡園美咲 山下紗綾(山田流箏曲)

 シューマン 愛の歌 ズライカの歌
 平井康三郎 うぬぼれ鏡
 ヘンデル オペラ「リナルド」より “私を泣かせてください”
  中山眞理子(ソプラノ) 細田秀一(ピアノ)

 ベートーヴェン 交響曲第7番 第1楽章(ピアノ連弾)
  新井啓泰 新井祐子(ピアノ)

 サン=サーンス オーボエとピアノのためのソナタ
  小林知永(オーボエ) 西村京一郎(ピアノ)

 ベルク 七つの初期の歌
  小高史子(ソプラノ) 大山秀子(ピアノ)

 ベートーヴェン ピアノソナタ第29番より 第1,第2楽章
  田中あかね(ピアノ)

● 会場はほぼ満席の状態。1席おきにはしていない。自由席で席数分のチケットを販売したようだ。これだけ入るとは正直,意外。
 最初の「松風」が目当てでやって来た人たちだろうかとも思ってみた。曲目情報を事前にネットで知る方法があるにはある。けれども,それをやってそうな人たちではなさげなんだが。
 「松風」が終わったあとに席を立った人が数人はいたけれど,大半は最後までいた。大入りの理由はよくわからない。

● 普通の大学,法学部とか文学部とか,最近だと国際ナントカ学部とか総合ナントカ学部とか,を卒業した人は,大学で学んだことなどすぐに錆びつかせる。使わないからだ。
 大学の専攻などにこだわっているようでは戦線から脱落するだろうから,錆びざるを得ないし,錆びてもいいわけだが,とにかくすぐに錆びつく。外語大学で英語を専攻したという人も,その英語を錆びつかせているかもしれない。そんなものだろう。
 大学の4年間はそれだけで完結していてかまわない。その前後とは切れていていい。卒業後の数十年とつながっているようではむしろ問題だ。卒後の数十年が若い頃のたかだか4年間に拘束されている,ということでもあるからだ。

● が,音大卒の場合はどうなのだろう。基本は同じだと思うのだけれども,こういう演奏会を聴いてみると,錆びつかせないで維持している(あるいは,さらに進歩させている)のかと思える。
 同声会支部の演奏会で演奏するのは,藝大卒業生の中でも一部なんだろうか。音楽を職業か準職業にしている人たちに限られる? 同声会に加入しているのも卒業生の一部にとどまっているんだろうかね。

● ともあれ。さすがは藝大ということ。最初の「松風」にしたって,これだけのものを単独で聴こうとしたら大変でしょうよ。大変っていうか,そもそもその機会を見つける術がないっていうかさ。それこそ,藝祭(藝大の学園祭)に行くよりしょうがない。
 ベートーヴェンの7番をピアノ連弾で聴くのも然りで,テレビかラジオをつけたらちょうどやっていたっていう偶然に恵まれることはあるかもしれないけれども,事前にどこで誰がやるという情報を取るのは,インターネットがある現代でも難しそうだ。ネットに告知しないのがずいぶんあるんじゃなかろうか。

● 小高さんの「七つの初期の歌」もグワッと来る。グワッと来てガシャッと掴んで,サーッと去っていく。
 特に驚いたのが,最後に登場した田中あかねさん。ベートーヴェンのピアノソナタ第29番。第1&2楽章のみ。全部やったら40分かかるから仕方がないんだけれども,全部聴きたいと切に思った。

● さて,これだけのコンテンツを盛った演奏会のチケットはいくらが適当でしょうか? 1万円くらいかな。
 が,1万円にしたんじゃ聴きに来る人がいなくなる。どんな場合でも妥協は必要だ。といって,2,500円は笑っちゃうほど安いと思った。

● しかし,残念なこともあった。ここからが書きづらいのだ。
 開会時刻がだんだん迫ってくるにつれて期待が高まってくる。どんな演奏を聴けるんだろうか。プログラム冊子には目を通した。こうでもあろうか,ああでもあろうか,と想像(妄想)する。それがマックスに達したときに演奏が始まるわけだ。
 ところが,そこでステージに出てきたのが爺さまで。同声会の会長が挨拶に出てきたわけだ。しかも,その挨拶が長い。気が滅入ってくる。
 一番困るのが,高まっていたテンションがストンと落ちてしまうことで,これを立て直すのは至難だ。不可能に近い。

● 演奏以外のものをステージに登場させてはいけない。演奏がすべてを語るのだから,言葉による補足は要らない。
 まして,年寄(しかも男)を出してはダメだろ。演奏会で絶対にやってはいけないことの筆頭がこれだ。年寄りの出番を作ってはいけない(彼が演奏するなら別)。今は昭和じゃないのだぞ。犬も歩けば爺婆にあたる令和の御代だぞ。
 終演後も同じ爺さま(つまり会長さん)が挨拶に立った。これはかまわない。終演後なら好きなだけやってもらっていい。

● もうひとつは観客で,こちらは婆たちだ。何人かで来ているのだが,休憩時間の15分間を黙って過ごすことができない。喋りっぱなしに喋る。
 このご時世,口はケツの穴より汚い排泄器官だと心得てもらわないと困る。排泄器官だからこそ,マスクで隠しているのだ。15分間,のべつ汚物を撒き散らすとはどういうことか。

● あなた方に感染させないために,若者たちは不自由を我慢しているのだ。若者たちにとっては,コロナなど風邪と同じかそれ以下だ。あなた方がいるから,彼らは不自由を強いられている。
 しかるに,あなた方は何をしている? 大勢で固まって出かけて,ところ構わず,のべつ幕なしに唾を飛ばす。たった15分間,ピタッと口を閉じる程度のことがなぜできない?
 というわけで,後半は汚物まみれの席で聴かなければならなかった。その害たるや,受動喫煙どころではない。ホールにも主催者にもまったく責任のないことであるが。

2021.04.25 黒岩航紀 ピアノ・リサイタル -ゆめ-

宇都宮市文化会館 小ホール

● 今月は18日から28日まで10泊11日で東京滞在中。今日からコロナの緊急事態宣言が東京に適用される。百貨店まで営業できなくするのだから,公共施設の多くは休業・休館になるだろう。
 今日も都内で開催されるはずの演奏会に行く予定にしていたのだが,無観客試合になった。

● で,どうしているかというと,宇都宮に向かっている。何のために? 右の演奏会を聴くためだ。チケットは買ってあるんだけど,相方から今回の東京滞在の話が出たときに,聴きに行くのは諦めた。
 で,都内の別のやつを押さえたんだけど,コロナでそれが消えて・・・・・・。東京から宇都宮に出て,2時間の演奏を聴いて,また東京に戻るわけだ。
 やってることがチグハグだ。東京に留まって無為に過ごした方が良かったのか。

南宇都宮駅
● 徒し事はさておき。南宇都宮駅に着いた。土の匂いがする。いいなぁ,土の匂い。どうしたって自分は都会の人間にはなれないな,と痛感。田舎人だよ,田舎人ですよ。
 もう,これはしょうがないね。生まれも育ちも田舎だもん。

● 開演は15時。チケットは1,000円(全席指定)。この1,000円は破格に安い。ホールの主催公演になっている。上述のとおり,チケットは買っておいた。
 1席おきではなくて,全席販売。ほぼ,満席。これでコロナのクラスタが発生するかといえば,まずその心配は不要だろう。したがって,これでいいと思うのだけども,主催者はけっこう大胆だなとも思ったね。

● 曲目は次のとおり。
 シューマン アラベスク
 シューマン 子供の情景より「トロイメライ」
 リスト 超絶技巧練習曲集 第7番「英雄」
 ブラームス 2つのラプソディ 第1番
 ブラームス 6つの小品より「間奏曲」
 リスト ハンガリー狂詩曲第2番

 ドビュッシー 2つのアラベスク 第1番
 ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ
 ラヴェル クープランの墓 より「メヌエット」
 レヴィツキ 魅せられたニンフ
 ドビュッシー ピアノのために
 ドビュッシー 夢(夢想)

 アンコール
 ショパン ノクターン 第2番
 ショパン エチュード「黒鍵」
 リスト 愛の夢 第3番

● 合間に演奏者である黒岩さんのトークが付く。基本的には曲や作曲者についての解説なのだが,それが自身の来し方(といっても,まだ30歳前)や音楽観を語ることにもなる。
 あるいは,好みの作曲家とその理由であったり,演奏に向かう際にどう構えを作るかであったり,芸術は永く人生は短いと感じるという話であったりする。
 まだ若い彼の話を年寄りたちが頷きながら拝聴するの図,だ。誠実な人柄が語り口に現れており,たぶん,観客は皆,彼のファンになったろう。ぼくもその例にもれない。

● 同様に,プログラム冊子の曲目解説も黒岩さんが書いているのだが,通り一遍ではなく,グイッと自分に引き寄せて書いているので,楽曲を知るほかに,演奏者を知るのに格好の資料になる。
 というわけなので,演奏された曲の一々についてぼくが何かを言うのは,天に唾するものでしかないだろう。
 18日にも感じたことだけれども,ピアノ曲を聴く環境を整えなければいけない。リスト,ショパン,ドビュッシー,ラヴェルの作品を整理してみるという初歩的なことをまずやってみよう。

● 終演は17時30分。地元出身ピアニストの凱旋を暖かく迎える地元ファン。その声援に全力で報いようとするピアニスト。いい演奏会になった。
 東京の非常事態宣言は,ぼくをここに来させるための神の配剤でありました。すっかりいい気分になった。

● 終演後は東京に帰る。一度,言ってみたかったんだよ。東京に帰る,って。もともと,この言い方は,地方出身の東京在住者が使うものだろうけどね。
 待てよ。今,気がついたんだけど,緊急事態宣言が出ている東京で遊び呆けているやつが,来てはいけなかったのか。感染拡大地域からのご来場はご遠慮ください,ってやつ。