足利市民会館大ホール
● 栃木県で最も風格のある落ち着いた街をあげろと言われれば,ぼくならまず足利を推す。街としての風格と落ち着きにおいて,宇都宮など足利にはるかに及ばない。
足利には世界に冠たる足利学校があった。真言密教の名刹にして足利氏の氏寺でもある鑁阿寺がある。妙なる調べの織姫神社がある。気持ちを伸びやかにさせる渡良瀬川がある。
なにがある,かにがあるという以前に,地形がたおやかなのだ。古都の風情と言おうか。足利織物の長き伝統も,足利の空気を独特たらしめている要因かもしれない。
街がコンパクトで歩いていて楽しい。森高千里は良いところを見つけたものだ。
● もうひとつ,足利が莞爾として誇ってよいことがある。食文化が洗練されているのだ。おしなべていうと,県南の栃木~佐野~足利ラインは,美味しい食べものをだすお店が多いような気がしている(栃木県ではね)。両毛文化圏の特色のひとつというべきだろう。
佐野はラーメンが有名だ。実際,佐野ラーメンは旨いとぼくも思っている。どこで食べても大きくはずれることはない。何といっても,あの麺ね。素晴らしい。
それとの対比でいえば,足利は蕎麦が旨い。が,蕎麦に限らない。たいていのものが旨い。これまた,どのお店に入っても大きくはずれることはない。
これは不思議である。食文化の底が高いといってしまえばそれで終わるのだが,なぜ底が高いのか,ぼくには皆目わからないのである。
● 行くたびにこの街に魅了される。けれども,かすかな違和感も覚える。ここは栃木県なのか。
まず言葉が違う。U字工事が使っているような栃木弁は足利にはない。プライドの高さを感じる。よそ者を受け入れないような感じ。
栃木のほとんどは農民が生活を営んでいたところなのに対して,足利だけは職人と商人の街だったのか。農民の末裔であるぼくは,商人の末裔である足利市民に対して,大いなるコンプレックスを持ってしまっているのかもしれない。
● しかぁし,いい大人(っていうか老人)がいつまでもそういうことではいかんじゃないか。ぼくだって,そうは思っているのである。
そのための一番いい方法は,足利に住んでしまうことだ。足利って上に書いたとおりの街だし,東京に出るにも便利だ。宇都宮からだと東京まで新幹線で1時間。足利だったら東武特急で同じく1時間。しかし,運賃は新幹線の半分以下ですむ。便利なところなのだ。
しかし,それは叶わぬこと。
● 次善の策は,とにかくしばしば訪れること。足利のいろんなところにヒッカカリを作ることだ。足利って東京よりも遠いところなんだけどね。もちろん心理的にはってことだけど。
でも,まぁ,そんなことばかり言ってたんでは一歩も進まない。その心理的な遠さを何とかしないとね。
そこで,今回の足利市民交響楽団の定演というわけなんでした。ぼくとしては,これを自分の足利観を壊すための第一歩にしたいかな,と。
● 早くに到着して,足利の街のそちこちを歩きまわるつもりだった。のだが。残念ながら雨だった。ぼく,嫌いなもののベスト5に入るほど傘が嫌いなんです。少々の雨なら濡れた方がいい。傘を持つくらいだったらね。
というわけで,散策は次回に回すことにして,寄り道しないで会場の足利市民会館に向かった。293号をまっすぐに行けばいい。相当な方向音痴を自認しているけれど,ま,迷う余地はない。
● 開演は午後2時。チケットは1,200円。着いたときには長蛇の列ができていた。当日券の売場を探すのにちょっと手間取ってしまったが,無事に入場(っていうか,これは手間取る方が悪い)。
曲目はマーラーの2番。アマチュアオーケストラが取りあげることはまずないものだろう。けれども,足響は創立60周年記念の定演にとんでもない大物を持ってきた。上にいろいろ書いたけれども,マーラーの2番をやるのでなければ,わざわざ足利まで出張ることはなかったろう。
● 合唱団も必要だし,普段はあまり使う機会のない楽器も取り揃えなければならない。もちろん,ソリストも招聘しなきゃいけない。要するにお金がかかる。それゆえ,トヨタの援助を引っぱりだした。この定演は,第1399回目のトヨタ・コミュニティ・コンサートでもある。
オーケストラは大編隊。特にパーカッションは壮観。おそらく,自前の団員だけでこれらをまかなえるアマオケなど存在しないだろう(いや,数の内にはあるのかもしれないが)。当然,エキストラの協力も仰がなければならない。
指揮者は田部井剛さん。ソリストは岩下晶子さん(ソプラノ)と高橋ちはるさん(メゾソプラノ)。充分すぎる陣容だ。合唱団は足利市民合唱団を核とした集まったメンバー。
● 前方の席はそれなりに空いていたものの,大ホールが9割近くは埋まっていた。団員の家族や親戚が多いのかもしれないけど,人口十数万人の街にあるアマチュアオーケストラがこれだけの観客を動員できるのは立派なもの。しかも,この日は「足利そば祭り」もあったからね。
観客の平均年齢がだいぶ高い。大学オケを別にすれば,これはだいたいどこでもそう。これから難しくなっていくかもね。若い人たちに来てもらうのは難しいだろうしね。今の高齢者にいつまでも達者でいてもらうしかないのかねぇ。
という悲観に浸りたくはなるんだけれど,これだけ集まっていると,よく集めたなと思う。
● かつては足利が両毛地域の中核だったのではあるまいか。今ははっきり太田に移っている。最も活気があるのは太田。例として適切かどうかわからないけど(と言いながら書いてしまうわけだが),高校の偏差値の高さでも太田がトップだ。太田高校・太田女子高校が圏域きっての名門。
ところがだ。音楽に関しては,足利はかなり活発に動いている。群響のほかに,毎年N響の演奏会があるし,オペラなんかも海外の本格的なのを引っぱってきてる。回数では宇都宮に及ばないとしても,質が高いっていう印象だね。
市民会館においてあるチラシを見ていたら,市民会館専属の「足利オペラ・リリカ」なるオペラ制作・実演団体を立ちあげているのがわかった。ほんとかねと思うわけだが,来年の11月には「蝶々夫人」を演奏するところまで決まっているようだ。すごいものだ。あんまり無理はするなよ,とも言いたくなるんだけどさ。
そもそも,この足響が,現存する栃木県内の市民オケの中では最古参だからね。
● 指揮者が入場してからコンマスが退席するというハプニングがあった。何事があったのかと思ったら,照明の具合がおかしいので,コンマスが修正を依頼に行ったらしい。足利市民会館,だいぶ年代物の建物だから,ひょっとするとあちこちに不具合があるのかもしれない。
ともあれ,仕切り直して,演奏開始。1楽章が終わったあとにソリストと合唱団がステージに登場。マーラーは1楽章のあとは5分間空けて第2楽章を始めるように指示しているらしいから,ここで合唱団が登場するのが普通なのだろう。
2楽章では民謡チックで素朴な旋律が登場する。このあたりをいいと感じるかオヤッと思うか。こんなところで,マーラーが好きか嫌いかが決まったりするのかも。散らかってるっていう印象を持つ人もいるかもしれない。
● で,足響の演奏はどうだったか。いや,相当なものだと思いました。マーラーの付託によく応えていたというか。
木管・金管は忙しかったろうね。インターバルトレーニングをやっているようなものだよねぇ。何度も全力疾走を強いられる。けれども,きちんと走ってきちんと曲を作ってましたもんね。マーラーの2番で曲を作れる,それだけですごいでしょ。特にホルンは難しかったと思うんですけどね。
これだけの編成になってしまうと,チームワークを保つことが難しくなりませんか。そこをよくまとめたもんだと思いましたね。コンマスが苦労したんじゃないかなぁ。
相当に練習もしたろうしね。終わったあとの達成感,大きかったでしょうね。
● というわけでね,わざわざ足利まで出向いた甲斐がありました。充分以上に満足しました。1,200円でこれだけの演奏を聴かせてもらえるんですからね(ただし,電車賃が2,500円かかる。セコくてすまんが)。
足利をはじめ,両毛地域に疎いということは,近くに旅するに値するところがあるってことでもあってね,楽しみが残っていると考えることもできる。うん,そう考えると,ちょっと楽しくなってきた。
0 件のコメント:
コメントを投稿