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2023年6月9日金曜日

2023.06.04 栃木県交響楽団 第113回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 開演は午後2時。チケットは1,200円(前売り。当日券は1,500円)。前売券を買っておいた。
 曲目は次のとおり。指揮は栃響では久しぶりの末廣誠さん。
 ラヴェル 古風なメヌエット
 マーラー リュッケルトの詩による5つの歌曲
 ブルックナー 交響曲第4番 変ホ短調「ロマンティック」

● 「リッケルトの詩による5つの歌曲」のソリスト(メゾソプラノ)は山下裕賀さん。ぼくからすると,異能の持ち主と言うほかはない。
 抜きん出た異能は香気を放つ。こういう言い方しかしかできない。

● 2016年のコンセール・マロニエで優勝したときも聴いているし,21年2月に開催された「林真理子の劇場で愉しむ “オペラ” なるもの」に出演したのも聴いている。
 他にも数回,聴く機会があった。演奏家というのは性格が陽性であることが,一番目に求められる資質なのではないかと思っているのだが,彼女の陽性は筋金入りのように見える。もちろん,思い屈することも度々あるのだろうけれども,基本色は陽性。そうでなければやっていけないのだろうとも思う。

● 栃響がブルックナーを取りあげるのは初めてらしい。指揮者末廣さんが,「113回もの定演を重ねているオケは少ないけれども他にもある。が,その間,ブルックナーをやったことがないというのは唯一無二の存在」といった意味のことを話していた。
 たしかに。言われてみれば。

● 今回,その唯一性を捨てたわけだが,初めてだからこそなのか,鮮烈なブルックナーが出現することになった。特に第4楽章の初め,マグマ大使がゴアゴンゴンの征伐に向かったときのような(わかる人はあまりいないと思うが),高揚と緊張がマックスになる場面があるのだが,そこではプロの演奏を聴いているような錯覚に陥った。
 やるなぁ,中高年,と思ったのだけども,いやいや,これはどういう機序によるものか。指揮者の末廣さんの功績に帰するのだろうか。

宇都宮市文化会館
● ブルックナーの4番は,CDはカラヤンで聴いている。同一曲のCDを何枚も持って聴き比べるってことはあまりしない。その1枚だけを聴いている。そもそもが長いからねぇ,その1枚もしょっちゅう聴いているというわけではない。
 それでも,ブルックナーのこの曲は起伏が多く,綾も細かいので,風景が小気味よく変化する,といった程度のことは感じていた。が,こういう演奏を生で聴けると,それ以外に質量の重さ・大きさといったものもズシンと伝わってくる。ブルックナーはただ者ではないことがわかる。

● アンコールはなし。当然かと思う。

2021年2月28日日曜日

2021.02.11 林真理子の劇場で愉しむ “オペラ” なるもの

栃木県総合文化センター メインホール

● 昨年の5月17日に開催されるはずだったもの。大規模改修工事が終わったあとのお披露目公演のひとつになっていた。
 が,新型コロナのため今日に延期。正直,よく今日やったなと思う。先月13日に栃木県にも緊急事態宣言が出され,3日前の8日に解除されたのだが,その間にこの公演も中止されることもあると思っていた。

● 水面下でいろいろとやり取りがあったのかもしれないが,一番割を喰ったのはホールのスタッフだろう。チケットの払戻しや再販売,座席指定のやり直し,チケット購入者への連絡といった,通常ならやる必要のない,しかも事後処理的な業務をせざるを得なかったのはお気の毒としかいいようがない。
 その代わりと言ってはなんだが,通常業務はずっと閑散期が続いていたろう。それはそれでやるせないものだろうけれど。

● この種のコンサートに家人と一緒に出かけたことは一度もない。小学生の頃からピアノを習っていたというし,高校生のときにはクラリネットを吹いていたそうなのだけれども,管弦楽にも室内楽にもまるで興味を示さない。
 その方がありがたいのだけどね。夫婦で趣味が同じというのは,決していいことではない。それぞれが好きなことをやっていて,互いに邪魔をしないというのが最も好ましい。
 今回もチケットは1年前に1枚だけ買っていた。

● が,家人は『ルンルンを買っておうちにかえろう』からの林真理子ファンであるらしい。小説は読んでないけどエッセイはすべて読んでいる,という。たしかに,トイレにも林真理子のエッセイ集が3冊ほど置かれている。ずいぶん長い間,同じものが置かれているようではあるんだけど。
 ので,今日のコンサートの話をすると,珍しく(初めてなんだけどね)私も行きたいと言う。当日券もあるらしかったので,ではそうしようかとなったんだけども,結局,彼女は休日のこの日も仕事に出て行った。休みなどあってないような日々がこのところ続いている。ブラックな職業なのだ。

● 開演は午後2時。S席のチケットを持っている。4列ほど後ろの席に指定替えされていたのは,少々残念だったけど。
 プログラムは次のとおり。パンフレットからそのまま書き写してみる。
 第1部 トーク・ステージ
 林真理子さんが語る-本とオペラのある人生

 第2部 コンサート・ステージ
 ビゼー:《カルメン》より「ハバネラ」(メゾ・ソプラノ)
 ジョルダーノ:《アンドレア・シェニエ》より「祖国の敵」(バリトン)
 プッチーニ:《ラ・ボエーム》より「冷たき手を」(テノール) 「私の名はミミ」(ソプラノ) 「愛らしい乙女よ」(ソプラノ&テノール)
 ヴェルディ:《リゴレット》より「美しい恋の乙女よ」(四重唱)

 第3部 クロストーク・ステージ
 オペラに生きる人たちとの対話

 第4部 プレゼント・ステージ 作家に贈るプレゼント曲
 ロッシーニ:《セビリアの理髪師》より「それじゃ私なのね?」(メゾ・ソプラノ&バリトン)
 カタラーニ:《ラ・ワリー》より「さよなら故郷の家よ」(ソプラノ)
 プッチーニ:《トゥーランドット》より「誰も寝てはならぬ」(テノール)

● 出演者は林真理子さんの他に,進行役の浦久俊彦さん。ソプラノが小林沙羅さん,メゾ・ソプラノが山下裕賀さん,テノールが西村悟さん,バリトンがヴィタリ・ユシュマノフさん。でもって,伴奏ピアノが河野紘子さん。
 登場人物は絢爛と言っていいだろう。小林さんと西村さんはもはや日本の声楽界を代表するビッグネームになっているし,山下さんとユシュマノフさんは2016年の「コンセール・マロニエ21」(声楽部門)の1位と2位なのだが(このコンクールも客席で聴いている。どちらが1位になってもおかしくないくらいの僅差であったろう),若手の実力者として認知されている。

● せっかくこのメンツが揃ったのだから,各地で公演するのかというと,そうではない。それをするには,それぞれが忙しすぎるだろう。
 が,同じようなものが,2018年5月(横浜),2019年11月(高崎)にも開催されていて,今年3月には名古屋でも開催されるらしい。毎年,どこかでやっているっぽい。
 いずれの場合も,林-小林-河野-浦久 ラインは不動。そこにその都度,ソプラノ以外のオペラ歌手が加わって,ユニットを作っている。

● そういうことはともかく,これだけのメンバーが揃っているんだから,おそらく東京からわざわざ宇都宮まで聴きに来た人が,けっこうな数いたのではないか。
 今回に限っては,客席にいたのは地元民ばかりではなかったはずだ。それだけの吸引力があるでしょ。

● 第1部は林さんのトーク。話の引出し役が浦久さん。
 原稿は万年筆で書いているらしい。恋愛小説の人は手書きで,ミステリーやノンフィクションの人はパソコンで書いている,という。たしかに,たとえば森博嗣さんに手書きのイメージはない。
 分野によって,テンポやリズムが手書きに馴染むものとパソコンに合うものとがあるのだろう,ということ。なるほどと説得されそうになったのだけれども,そうなんだろうかねぇ。

● 宇都宮美人なんぞという言葉も飛びだした。地元にそういう言葉はないんだよね。だってね,初めて聞いたからね,宇都宮美人って。いや,リップサービスをありがとうございます,ってことなんだけどさ。
 餃子の話もねぇ,無理にしてくれなくていいんだけどねぇ。浦久さんに至っては,小京都と言われていて・・・・・・と言いだしちゃって。栃木市と混同してるよねぇ。
 そんなものだと思っているので,そこは別にいいんだけれども,要は開催地をそんなに持ち上げようとしてくれなくてもいいよ。

● 第3部は林さんと浦久さんが,4人の歌手から話を引きだす趣向。
 ユシュマノフさんが初めて日本に降り立ったときに,ここは自分がいるべき場所だと直感したという話をしていたのが印象的。日本を好きになってくれてありがとうということではなくて,そういうことってあるよね,と。
 逆もあるでしょうね。ここにいてはダメだと直感すること。着いたばかりで,誰とも話していないし,何も食べていないんだけど,そう感じることがあるでしょ。
 とはいえ,ロシアから地球を半周して日本に来て,ここは自分がいるべきところだと感じたってのは,ロマンに満ちているなぁと思って,少し以上に感動した。

● アンコールはヴェルディの《椿姫》から「乾杯の歌」。曲自体が綺羅びやかなところにきて,この4人で歌うわけだから,客席は竜宮城と化すわけだよね。
 さらに,ヨハン・シュトラウス2世の《こうもり》から「シャンパンの歌」。歓喜の絶頂で終演。

● 小林沙羅さんのソプラノをたっぷり聴けて幸せだった。この世のものとは思えないっていうか。
 何だか凄いんでした。“何だか凄い” を別の言葉に換えてみようとジタバタしてみたんだけど,きちんとした言葉が見つからない。
 天は二物を与えずというのは,逆の意味で本当にそうだなと思う。天は二物なんてケチなことは言わない。三物でも四物でも与えるんだよね,特定の人に。
 小林さんはまさにそうで,音楽の才と声を持って生まれ,なみはずれたルックスを与えられ,経済的にも恵まれた環境を用意され,強運まで授けられ,何より努力できる才能を天から分与された。これだけでいくつになる?

● しかし,多く与えられたから幸せで,与えられなかったから不幸かというと,それはまた別の問題になる。与えられたがゆえの苦悩というのが,当然あるだろう。
 ほとんどの人は一物も与えられていないはずだが,だから自分は不幸だ,神様は不公平だ,と考えるのは短絡が過ぎるというものだ。与えられなかったことが,そのまま神の恩寵であるやもしれぬ。ラッキーだったのかもしれぬ。

2019年8月16日金曜日

2019.08.12 オーケストラ・ダヴァーイ 第13回演奏会

東京芸術劇場 コンサートホール

● オーケストラ・ダヴァーイの定演。今回初めて聴く。
 この楽団のプロフィールはサイトを見ればいいわけだけども,要は「2007年にロシアをこよなく愛する者たちが集まって結成したアマチュアオーケストラです」ということ。キッパリしている。そういうだ。紛れは何もない。
 この演奏会でも在日ロシア連邦大使館とロシア連邦交流庁が後援している。ちなみに,後援というのは実質的な援助をすることではなくて,名義貸しのようなものだな。しかし,ともかく,在日ロシア連邦大使館が後援しているのだ。

● 開演は午後2時。チケットは2,000円。当日券を買って入場した。
 曲目はプロコフィエフの交響曲第5番とカンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」。指揮は森口真司さん。森口さんの指揮にはすでに何度か(いや,そんなに多くはないか)接していると思う。京大文学部を経て藝大に転じた人。

● プロコフィエフの変わっているところは,パリに住んでいたのに,わざわざソヴィエトに帰国していることだ。海外生活作は20年に及んでいるので,やはり水が合わないという理由で帰国したとは思えないのだが,でもそういうことなんだろうか。故郷忘れがたく候という単純な話なんだろうかなぁ。
 ヒトラーのドイツ第3帝国がソ連に攻め入る現実を見て祖国愛に目覚めた,っていう単純な話ではないような気がするんだが,まぁ,こういうものは本人にしかわからないものだ。

● まず,交響曲5番。作曲の動機はショスタコーヴィチの7番と重ねてしまっていいものなんだろうか。このあたりもよくわからない。
 演奏に関してはわかったことがひとつある。東京にはとんでもないレベルのアマオケがいくつもあることは知っているのだが,また1つリストに加わった,ということだ。管が咆哮するようなロシア音楽の迫力はもうズンズンと伝わってくる。
 ロシア音楽だけを取り上げている楽団は,ここ以外にもある。ぼくが知っているのはアウローラと,ショスタコーヴィチに特化しているダスビダーニャ。
 どちらも大変な力量を保持するオーケストラだけれども,ダヴァーイもすごいぞ,と。

● カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」。管弦楽のほかに合唱団とメゾソプラノが入る。合唱団は「東京トリニティコール」と「オーケストラと歌うロシア合唱団」。
 メゾソプラノが山下裕賀さん。コンセール・マロニエで優勝したときの演奏も聴いているので,おっかけるのは無理だけれども,彼女の名前をチラシとかで見かけたときには,一応,手帳に控えておくというかさ。今回は,彼女の出番はそんなに長くはなかったわけだけど。

● この曲を聴くのはまったく初めて。CDでも効いたことはない。持ってはいるんだけど,聴いたことはない。
 主催者は「アレクサンドル・ネフスキーは物語の各場面の情景を想像しながら聴くとおもしろい」と言うんだけど,そこまでの準備ができていなかった。聴き手としてまるでヘボ。ヘボで悪いとは思っていないところが,いよいよヘボ。

● 東京のホールで行った回数が多いのを3つあげると,この東京芸術劇場とすみだトリフォニー,杉並公会堂。サントリーホールや紀尾井ホールは少なめ。
 でね,東京といえども,こうしたホールが使われるのは土日祝日に集中すると思うんだけどさ,使われる密度の濃さっていうのは,田舎とは違う感じね。
 逆にいうとさ,演奏する側にとっても聴くだけの人にとっても,田舎って恵まれた環境かもなぁ。ま,今回の演奏とは何の関係もないんだけどさ。

2018年1月31日水曜日

2018.01.28 フレッシュアーティスト ガラ・コンサート

栃木県総合文化センター サブホール

● このコンサートは,毎年この時期に「とちぎ未来づくり財団」が主催しているもの。「栃木県ジュニアピアノコンクール」と「コンセール・マロニエ21」の優勝者の披露演奏会。
 以前は毎年開催していたが,コンセール・マロニエ21が1回2部門実施から1部門に減らしたのにあわせて,2年に1回の開催に変えたようだ。

● というわけで,今回は昨年度と今年度のコンセール・マロニエ21の優勝者を迎えて実施。開演は午後2時。
 入場無料。事前に「とちぎ未来づくり財団」に申しこんで,整理券をもらっておく方式。

● 昨年度は声楽部門だった。第1位だった山下裕賀さん(メゾ・ソプラノ)が,声楽家は誰でもそうだけれども,にこやかな笑顔をふりまきながら登場。伴奏ピアノは鴇田恵利花さん。
 演しものは次のとおり。
 瀧廉太郎 花
 山田耕筰 あわて床屋
 中田喜直 霧と話した
 平井康三郎 うぬぼれ鏡
 チャイコフスキー 歌劇「オルレアンの女」より“さらば森よ”

● コミカルな「あわて床屋」の後に,実らなかった過ぎた恋をしっとりと思いだす乙女を演じて,再びピョンピョンと跳ねるような「うぬぼれ鏡」。
 この選曲はどんな理由によるものか。第一には客席サービスなのだろうけれども,自分で楽しむというか試してみるというか,そうした気味合いもあったのだろうと推測する。
 圧倒的な声量,どこまであるんだと思わせる音域,表情や仕草による表現力。異能の持ち主としか思えない。

● 今年度はピアノ部門。そこで圧倒的な存在感を見せた田母神夕南さんの,今回の曲目は次のとおり。
 ショパン エチュード
 ショパン 子犬のワルツ
 ショパン=リスト 「6つのポーランドの歌」より“5.私のいとしい人”
 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番(第1楽章のみ)

● この選曲も客席サービスを意識したものかもしれない。栃木県ジュニアピアノコンクールの入賞者も一緒に演奏することは当然聞かされていたろうから,特にそれを意識したかなと思うんだけど,まるで当たっていないかも。
 この人の持ち味は何か。ぼくにはわからない。わからないなりに感じたのは,力感というか力強さだ。グイグイと押してくる。
 できうれば,「ハンマークラヴィーア」と称されるベートーヴェンのソナタをぜんぶ聴いてみたかったけれども,諸般の事情でそうもいかない。

● ひょっとすると,田母神さん,グレン・グールドの心境を味わっていたかも。つまり,聴衆がいなければもっといい演奏になったのに,と。ちょっと聴衆が残念だったかも。
 これはね,栃木県ジュニアピアノコンクールの入賞者と一緒にするのがいけない。彼ら彼女らの父兄や親戚が来るわけだから,どうしてもね。自分のお目当ての演奏が終わると,ゾロゾロと途中で帰っていくし。

2017年9月26日火曜日

2017.09.23 栃木県交響楽団特別演奏会

栃木県総合文化センター メインホール

● 16時から栃木県交響楽団の特別演奏会。前年度のコンセール・マロニエの優勝者をソリストに迎えて,毎年,行っているもの。今回のソリストは,メゾ・ソプラノの山下裕賀さん。
 チケットは1,000円。当日券を購入。

● 栃響の演奏を聴くのは久しぶりの感じ。今年の2月に第102回定演を聴いている。それ以来。
 第103回を聴いていないんだな。それゆえの久しぶり感。

● 曲目は次のとおり。指揮は荻町修さん。
 ビゼー 歌劇「カルメン」より “前奏曲” “ハバネラ” “セギディーリャ” “間奏曲” “シャンソン・ボエーム” “アラゴネーズ”
 ドニゼッティ 歌劇「ラ・ファヴォリータ」より“ああ,私のフェルナンド”
 ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調

● さて,山下裕賀さん。昨年のコンセール・マロニエ本選も聴いている。彼女の優勝は,おそらく審査員の全員一致によるものだったろう。
 異能の持ち主だなぁ。楚々とした華やかさがあり,雄々しくもあり。すでにして大物感もある。
 自分が逆立ちしてもできっこないことを,軽々とやってのける人を見るのは,気持ちがいい。けれども,この分野でも,毎年,新しい才能が登場する。大変な世界なんでしょうねぇ。

● 山下さんのアンコールは,武満徹「小さな空」。この曲はもともと無伴奏なんですかね。生で聴くのは初めて。

● 栃響のポテンシャルにも注目。2012年の「第九」を聴いて,栃響への認識を改めたつもりなんだけど,まだ足りなかったかもしれない。
 ドヴォルザークの8番になって,いよいよそれを感じることになった。栃響の核は木管陣にあるのかも(いずれのパートもエースは女子)。
 この曲は木管が前面に出ることが多い曲のひとつだと思うんだけども,そういう曲で栃響は本領を発揮する。

● いや,この言い方だと木管以外はダメっていうふうに聞こえてしまう。そうではない。
 たいていのオーケストラは,木管が隘路になることが多いのではないかと思っている。ここがよく通れば,音の流れはスムーズで,詰まったり溢れたりしない。
 栃響はここで詰まることがないから,今日のような曲だと,木管,すごいじゃないか,って印象になるんだな。

● アンコールの「アルルの女」第2組曲“メヌエット”もぬかりはなかった。ほとんどフルートの独壇場。そのフルートがこれだけすごいんだからね。

● 今日のような演奏を聴けると,栃響が地元にあることの恩恵は大きいなぁと実感する。栃響が月に1回の演奏会を開いてくれれば,東京に出かける必要もなくなるだろうな。
 まさかそんなアマチュアオーケストラがあるわけもないから,年に何度かの東京行きが続くことになる。できれば栃木に沈潜したいんだが。