2012年10月29日月曜日

2012.10.28 足利市民交響楽団創立60周年記念定期演奏会

足利市民会館大ホール

● 栃木県で最も風格のある落ち着いた街をあげろと言われれば,ぼくならまず足利を推す。街としての風格と落ち着きにおいて,宇都宮など足利にはるかに及ばない。
 足利には世界に冠たる足利学校があった。真言密教の名刹にして足利氏の氏寺でもある鑁阿寺がある。妙なる調べの織姫神社がある。気持ちを伸びやかにさせる渡良瀬川がある。
 なにがある,かにがあるという以前に,地形がたおやかなのだ。古都の風情と言おうか。足利織物の長き伝統も,足利の空気を独特たらしめている要因かもしれない。
 街がコンパクトで歩いていて楽しい。森高千里は良いところを見つけたものだ。

● もうひとつ,足利が莞爾として誇ってよいことがある。食文化が洗練されているのだ。おしなべていうと,県南の栃木~佐野~足利ラインは,美味しい食べものをだすお店が多いような気がしている(栃木県ではね)。両毛文化圏の特色のひとつというべきだろう。
 佐野はラーメンが有名だ。実際,佐野ラーメンは旨いとぼくも思っている。どこで食べても大きくはずれることはない。何といっても,あの麺ね。素晴らしい。
 それとの対比でいえば,足利は蕎麦が旨い。が,蕎麦に限らない。たいていのものが旨い。これまた,どのお店に入っても大きくはずれることはない。
 これは不思議である。食文化の底が高いといってしまえばそれで終わるのだが,なぜ底が高いのか,ぼくには皆目わからないのである。

● 行くたびにこの街に魅了される。けれども,かすかな違和感も覚える。ここは栃木県なのか。
 まず言葉が違う。U字工事が使っているような栃木弁は足利にはない。プライドの高さを感じる。よそ者を受け入れないような感じ。
 栃木のほとんどは農民が生活を営んでいたところなのに対して,足利だけは職人と商人の街だったのか。農民の末裔であるぼくは,商人の末裔である足利市民に対して,大いなるコンプレックスを持ってしまっているのかもしれない。

● しかぁし,いい大人(っていうか老人)がいつまでもそういうことではいかんじゃないか。ぼくだって,そうは思っているのである。
 そのための一番いい方法は,足利に住んでしまうことだ。足利って上に書いたとおりの街だし,東京に出るにも便利だ。宇都宮からだと東京まで新幹線で1時間。足利だったら東武特急で同じく1時間。しかし,運賃は新幹線の半分以下ですむ。便利なところなのだ。
 しかし,それは叶わぬこと。

● 次善の策は,とにかくしばしば訪れること。足利のいろんなところにヒッカカリを作ることだ。足利って東京よりも遠いところなんだけどね。もちろん心理的にはってことだけど。
 でも,まぁ,そんなことばかり言ってたんでは一歩も進まない。その心理的な遠さを何とかしないとね。
 そこで,今回の足利市民交響楽団の定演というわけなんでした。ぼくとしては,これを自分の足利観を壊すための第一歩にしたいかな,と。

● 早くに到着して,足利の街のそちこちを歩きまわるつもりだった。のだが。残念ながら雨だった。ぼく,嫌いなもののベスト5に入るほど傘が嫌いなんです。少々の雨なら濡れた方がいい。傘を持つくらいだったらね。
 というわけで,散策は次回に回すことにして,寄り道しないで会場の足利市民会館に向かった。293号をまっすぐに行けばいい。相当な方向音痴を自認しているけれど,ま,迷う余地はない。

● 開演は午後2時。チケットは1,200円。着いたときには長蛇の列ができていた。当日券の売場を探すのにちょっと手間取ってしまったが,無事に入場(っていうか,これは手間取る方が悪い)。
 曲目はマーラーの2番。アマチュアオーケストラが取りあげることはまずないものだろう。けれども,足響は創立60周年記念の定演にとんでもない大物を持ってきた。上にいろいろ書いたけれども,マーラーの2番をやるのでなければ,わざわざ足利まで出張ることはなかったろう。

● 合唱団も必要だし,普段はあまり使う機会のない楽器も取り揃えなければならない。もちろん,ソリストも招聘しなきゃいけない。要するにお金がかかる。それゆえ,トヨタの援助を引っぱりだした。この定演は,第1399回目のトヨタ・コミュニティ・コンサートでもある。
 オーケストラは大編隊。特にパーカッションは壮観。おそらく,自前の団員だけでこれらをまかなえるアマオケなど存在しないだろう(いや,数の内にはあるのかもしれないが)。当然,エキストラの協力も仰がなければならない。
 指揮者は田部井剛さん。ソリストは岩下晶子さん(ソプラノ)と高橋ちはるさん(メゾソプラノ)。充分すぎる陣容だ。合唱団は足利市民合唱団を核とした集まったメンバー。

● 前方の席はそれなりに空いていたものの,大ホールが9割近くは埋まっていた。団員の家族や親戚が多いのかもしれないけど,人口十数万人の街にあるアマチュアオーケストラがこれだけの観客を動員できるのは立派なもの。しかも,この日は「足利そば祭り」もあったからね。
 観客の平均年齢がだいぶ高い。大学オケを別にすれば,これはだいたいどこでもそう。これから難しくなっていくかもね。若い人たちに来てもらうのは難しいだろうしね。今の高齢者にいつまでも達者でいてもらうしかないのかねぇ。
 という悲観に浸りたくはなるんだけれど,これだけ集まっていると,よく集めたなと思う。

● かつては足利が両毛地域の中核だったのではあるまいか。今ははっきり太田に移っている。最も活気があるのは太田。例として適切かどうかわからないけど(と言いながら書いてしまうわけだが),高校の偏差値の高さでも太田がトップだ。太田高校・太田女子高校が圏域きっての名門。
 ところがだ。音楽に関しては,足利はかなり活発に動いている。群響のほかに,毎年N響の演奏会があるし,オペラなんかも海外の本格的なのを引っぱってきてる。回数では宇都宮に及ばないとしても,質が高いっていう印象だね。
 市民会館においてあるチラシを見ていたら,市民会館専属の「足利オペラ・リリカ」なるオペラ制作・実演団体を立ちあげているのがわかった。ほんとかねと思うわけだが,来年の11月には「蝶々夫人」を演奏するところまで決まっているようだ。すごいものだ。あんまり無理はするなよ,とも言いたくなるんだけどさ。
 そもそも,この足響が,現存する栃木県内の市民オケの中では最古参だからね。

● 指揮者が入場してからコンマスが退席するというハプニングがあった。何事があったのかと思ったら,照明の具合がおかしいので,コンマスが修正を依頼に行ったらしい。足利市民会館,だいぶ年代物の建物だから,ひょっとするとあちこちに不具合があるのかもしれない。
 ともあれ,仕切り直して,演奏開始。1楽章が終わったあとにソリストと合唱団がステージに登場。マーラーは1楽章のあとは5分間空けて第2楽章を始めるように指示しているらしいから,ここで合唱団が登場するのが普通なのだろう。
 2楽章では民謡チックで素朴な旋律が登場する。このあたりをいいと感じるかオヤッと思うか。こんなところで,マーラーが好きか嫌いかが決まったりするのかも。散らかってるっていう印象を持つ人もいるかもしれない。

● で,足響の演奏はどうだったか。いや,相当なものだと思いました。マーラーの付託によく応えていたというか。
 木管・金管は忙しかったろうね。インターバルトレーニングをやっているようなものだよねぇ。何度も全力疾走を強いられる。けれども,きちんと走ってきちんと曲を作ってましたもんね。マーラーの2番で曲を作れる,それだけですごいでしょ。特にホルンは難しかったと思うんですけどね。
 これだけの編成になってしまうと,チームワークを保つことが難しくなりませんか。そこをよくまとめたもんだと思いましたね。コンマスが苦労したんじゃないかなぁ。
 相当に練習もしたろうしね。終わったあとの達成感,大きかったでしょうね。

● というわけでね,わざわざ足利まで出向いた甲斐がありました。充分以上に満足しました。1,200円でこれだけの演奏を聴かせてもらえるんですからね(ただし,電車賃が2,500円かかる。セコくてすまんが)。
 足利をはじめ,両毛地域に疎いということは,近くに旅するに値するところがあるってことでもあってね,楽しみが残っていると考えることもできる。うん,そう考えると,ちょっと楽しくなってきた。

2012年10月28日日曜日

2012.10.27 第17回コンセール・マロニエ21 本選


栃木県総合文化センター メインホール

● 昨年は行けなかったが,今年はコンセール・マロニエ21のファイナルを聴きに行くことができた。開演は12時半。終演は17時15分。
 観客はメインホールにしてはあまりに少ないのだが,主催者はこのイベントの会場をメインホールから動かすことはない。案内は今回もプロのアナウンサーに来てもらったようだ。

● とはいえ,2年前に比べると,多少は(観客が)増えていた。2年前は雨だったのに対して,今回は秋晴れだったせいもあるかも。
 ただね,増えればそれでいいかといえば,そういうものでもなくてね。演奏中に席を立つ人もいたし,演奏が始まっても私語をやめない人もいたのでね。2年前にはこれはなかったから。
 どういうわけか,そういう人って前の方に座るんですな。であるからして,後部座席に座った方がいいかもしれない。
 以上は,自分を勘定に入れない話ですけど。

● コンクールとはいえ,栃木でこれだけの水準の演奏を聴ける機会ってそんなにない。しかも,たっぷり半日。会場はまず文句のない総合文化センター。それでもってガラガラに空いているわけだから。聴く側の環境とすれば申し分ない。
 けれども演奏する側にとっては緊張の舞台のはず。と思いきや,さほどの緊張感は伝わってこないのだった。わりとリラックスしてる感じ。ま,こちらはお気楽極まる客席側の人間だ。出場者とは賭けているものがまるで違う。要は,こちらの感度が鈍いだけなのかもしれないんだけど。

● 今年度は弦と声楽。弦では7人,声楽では6人がファイナルに残った。
 弦の内訳は,チェロが3人,ヴィオラが2人,コントラバスとヴァイオリンが1人。ヴァイオリンが1人というのは少ないか。全員が男性。
 弦部門の演奏曲は「演奏時間が15分以上20分程度の自由曲」となっている。

● トップバッターはヴィオラの松井直之さん。国立音大を卒業。ウォルトンのヴィオラ協奏曲を演奏。
 ピアノ伴奏は草冬香さん。彼女が可愛らしい人で,一生懸命にヴィオラに合わせようとしていた。文字どおり女房役に徹しようってね。
 自分が鑑賞者として欠陥商品であるのを,こういうときに自覚する。伴奏者が可愛らしいってことに気が行ってしまうってのがねぇ。

● ウォルトンのヴィオラ協奏曲を聴ける機会なんてまずないし,CDは持っていてもやはりそうそうは聴かないから,ピアノ伴奏といえども生で聴けるのはありがたい。
 せつなそうな表情で演奏する。松井さんに限らず,皆さんそうだ。集中を高めようとすれば,自ずとそうなるのでしょうね。

● このコンクールは「新進音楽科に発表の機会を提供し,今後の活躍を奨励する」ために開催される。したがって,参加資格には年齢制限がある。16歳以上32歳未満ということになっている。
 松井さんはギリギリでセーフなのだけれど,30歳を過ぎている出場者が第1位を取るのはほとんどないのではないかと思う。審査員の先生に訊けば,そんなことはない,問題は演奏の中身だ,と仰るに決まっている(と思う)が,審査の基準に将来性ってのも入っているだろう。どうしたって年長者には不利に作用する。
 松井さんは新進というよりは,すでに演奏家として完成の域に達しつつあるという感じ。文句なしに巧いんだけど,読響に属するプロ奏者だし,すでに最優秀の受賞歴がいくつもあるわけで,今さらこのコンクールに出てくるような人ではないと思った。

● 山澤慧さん。チェロ。芸大院を修了。演奏したのはカサドの無伴奏チェロ組曲。
 今回の出場者の中で唯一,緊張していることが客席からわかった人。この程度には緊張していた方が印象点が良くなるんじゃないですかねぇ。けれども,演奏を始めてしまえば,集中が緊張を蹴散らすわけでね。
 チェロの音色の多彩さを知ることができましたね。意外に高音も出せる楽器なのだっていう初歩的なことも含めて。ありがたかったです。当然,奏法も色々あるわけですね。

● ヴァイオリンの戸原直さん。芸大の2年生。イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタの3番と2番を演奏。これまた,滅多に聴く機会のない曲を聴けたことになる。
 唐突なんだけど,弦の音は一切受け付けないって人が世の中にはいるはずだ。「はずだ」と言っておきながら何なんですけど,じつはウチのヨメがそうでしてね。ガラスを引っ掻くような音だというわけです。どんな名人名手でも弦を弓で擦るんだから,「ガラスを引っ掻くような音」と言われてしまうと,何とも。

● 続いて,ヴィオラの七澤達哉さん。芸大4年。演奏したのはウォルトンのヴィオラ協奏曲。
 どうしたって松井さんの演奏と比較することになってしまうわけだけど,同じウォルトンでも,こちらは直線的というかダイナミックな感じ。
 理由はふたつあって,ひとつはピアノ伴奏の違い。ピアノは森下唯さんが務めた。女性名だけれどじつは男性。彼のピアノがガンガン行く感じだったんですね。もうひとつは,途中でチューニングの間を入れなかったこと。

● 藤原秀章さん。チェロ。芸大附属高校の3年生。ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調の2楽章と3楽章を演奏。ピアノ伴奏は日下知奈さん。
 最年少の出場者。一芸に秀でた人って,高校生でもすでに大人オーラを出しているものですな。いい意味でふてぶてしい。普段は違うんだと思うんだけどね。自分のフィールドに入るとそうなる,と。
 次の休憩のときに,彼がチェロ(もちろんケースにいれて)を提げて会場の外を歩いていくのが見えたんだけど,格好良かったなぁ。若様が通るって感じでね。

● コントラバス。廣永瞬さん。国立音大の4年生。演奏したのはヒンデミットの「コントラバス・ソナタ」。ピアノ伴奏は山崎未貴さん。
 これも聴ける機会はごく限られていると思われる曲で,それを聴けるのがこの「コンセール・マロニエ」のありがたいところ。

● 最後はチェロの山本直輝さん。芸大4年。演奏したのは,ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調の1楽章と3楽章。ピアノ伴奏は鳥羽亜矢子さん。
 伸びやかで艶がある。しっとりと聴かせる感じといいますか。文句のつけようがなくて,弦楽器部門の第1位は山本さんで決まりでしょ。ぼくの耳だからあてにはならないんだけどさ。 (→1位はヴァイオリンの戸原さんで,山本さんは3位だった。めったなことは書くものではない)

● 続いて声楽部門。ソプラノが5人でメゾソプラノが1人。男声のファイナリストはなし。エントリーからしてソプラノが圧倒的に多くて,他は少ない。
 こちらは「演奏時間が10分以上20分以内の2曲以上の自由曲」となっている。

● こちらのトップバッターは前川依子さん。武蔵野音楽大学大学院を修了。ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」より“あたりは沈黙に閉ざされ”。プーランク「ティレジアスの乳房」より“いいえ旦那様”。ピアノ伴奏は長町順史さん。彼女の先生なんですな。
 4年前のこのコンクールにも出場しているらしい。表情豊かで聴いているとほっこりしてくる感じ。

● 谷垣千沙さん。芸大博士課程1年。ヘンデル「エジプトのジュリアス・シーザー」より“もし私にあわれみを感じでくださらないのなら”とデラックァ「牧歌」。ピアノ伴奏は中桐望さん。
 器楽以上に声楽はわからない。巧いなぁという以上の感想はなかなか持てないんですよね。そこを無理に書くと,谷垣さんの声は柔らかくてふくよかさがある。
 前川さんもそうなんだけど,体型はスレンダーなんですね。声楽家っていうと豊満な体型っていう思いこみがあるんだけど,これは修正しないとね。体型がスレンダーだから声まで痩せているなんてことは全然ないんだ。

● 谷原めぐみさん。芸大院修了。マイアベーア「アフリカの女」より“さらば,故郷の岸辺よ”。ヴェルディ「椿姫」より“ああ,そはかの人か~花から花へ」。ピアノ伴奏は高木由雅さん。
 谷原さん,たしか2年前にも出場していた。実力派。けれども,松井さんと同じで,新進の域は脱しているのじゃないだろうか。すでに活躍している人ですよね。

● 茂木美樹さん。芸大院を修了。唯一の地元出身者。ドニゼッティのオペラから3つ。「シャモニーのリンダ」より“ああ,この心の光”と「ドン・パスクワーレ」から“この眼に騎士は”。それと,「ランメルモールのルチア」より“あたりは沈黙に閉ざされ”。ピアノ伴奏は久住綾子さん。
 茂木さんは「20歳から声楽を始める」と紹介されている。スタートが普通より遅かったってことですね。大学も一流大学の文学部を出てから芸大に入り直している。異色の経歴。

● 秋本悠希さん。ただひとりのメゾソプラノ。芸大院1年。ショーソンの「ナニー」と「蜂雀」。マスネの「ウェルテル」から“手紙の歌”。ピアノ伴奏は羽賀美歩さん。
 彼女もスレンダーで,フルートの高木綾子さんに似た美人。こう書くあたり,鑑賞者として欠陥商品だよな。
 腕前は文句なし。圧倒された。

● 最後は飯塚茉莉子さん。武蔵野音楽大学大学院を修了。リスト「ペトラルカの3つのソネット」より“平和を見いだせず,さりとて戦をすることもわたしはできない”とシャルパンティエ「ルイーズ」より“その日から”。ピアノ伴奏は清水綾さん。
 お隣の群馬県の出。そう思ってみるせいか,なにがなし親近感が湧く。

● 秋本-谷垣-前川と予想しておくが,まったく自信がない。さてさて,結果は? (→3位は飯塚さんだった。予想屋の真似事はやめよう)
 一芸に賭けている人たちの存在感ってやっぱりすごくて(あるいは,すごいと思いたくて),それがために出かけているのかもしれない。今回もその欲求は満たされて,満足してわが陋屋に帰還した。

2012年10月15日月曜日

2012.10.13 慶應義塾大学医学部管弦楽団第36回定期演奏会


川口総合文化センター・リリア メインホール

● この日のふたつめは,慶應義塾大学医学部管弦楽団開演は午後6時。
 チケットは1,000円だとぼくは思ってて,当日券の売場を探したんだけど,そんなものはない。皆さん,どんどん入場していく。ぼく,指をくわえてそれを見ていた。
 ま,受付で訊けばいいやと思って入ってみたら,プログラムを渡してくれて,そのまま通過できた。つまり,入場無料だったわけですね。
 こういう勘違いが最近ちょっと増えている。年のせいというより,私生活がややバタバタしているからだと思っている。バタバタしてていいことなんか何もないってことですね。

● 会場の川口総合文化センターリリアは初めて。巨大なホールだった。メインホールのステージは呆れるほど広い。どんなに大規模なオーケストラでも問題なく乗せることができる。
 これだけ広いと,バレエやオペラを上演するんでも,自由にレイアウトを描けるでしょうね。

● 医学部管弦楽団といっても,医学部の学生だけで構成されているわけではない。他学部や他大学の学生もいる。っていうか,数はそちらの方がずっと多い。
 それでは,看板に偽りありかというと,そんなこともない。構成割合で見れば,他学部や他大学のどこよりも慶応医学部の学生が多いから。

● 週に3回練習しているそうだ。熱心な学生は自主練習もしているだろう。
 ぼく,大学時代は行きつけの喫茶店のマスターから「旗本退屈男」と呼ばれていた。とにかく暇だった記憶しかない。その暇さかげんを全身で発散してたんだと思う。
 けれども,医学部の学生は,講義,実験,実習で相当忙しいだろう。その合間をぬって週に3回の練習に参加するのは,かなり大変なのじゃないか。

● この楽団,楽器ごとにトレーナーを付けている。普通,トレーナーって管・弦・打で一人ずつってところが多いよねぇ。
 練習環境には恵まれているといっていいんでしょうね。そこに惹かれてこの楽団に参加している他学部・他大学の学生もいるんじゃないのかなぁ。
 ぼくなんぞは慶応医学部っていうと,逆差別の目で見てしまいがちになる。どうせお金持ちのボンボンなんだろうって。実際,そういう眼を感じることがしばしばあるのじゃないかと推測する。それってけっこう辛いかもしれないね。普通だよって返したくなるだろうなぁ。
 でも,楽器ごとにトレーナーを付けられるって,ねぇ,すごくない? やっぱり,お金持ちなのか。

● 曲目は次のとおり。
 ベートーヴェン レオノーレ序曲第3番
 ショスタコーヴィチ 交響詩「十月革命」
 チャイコフスキー 交響曲第5番

● 「学生オケらしい熱い演奏を来てくれた皆さまに届けられるよう精一杯演奏します」という言葉に嘘はなし。集中,集中。懸命さは客席にも届いていた。大げさにいうと,その様は神々しいほど。
 演奏の水準も並みの学生オケをはるかに凌駕するもので,高校生のときから,あるいはそれ以前から,楽器に触ってきた団員が多いのではないかと思われた。木管が巧かったとか弦の響きが素晴らしかったとか,個々のパートがどうのこうのではない。オケとしての全体水準が高い。
 ということはつまり,下手がいないってことですね。最も下手な奏者のレベルが下手という範疇ではない,っていいますかね。

● チャイコフスキーの5番はわずか数時間前にマグノリアオーケストラの演奏で聴いたばかり。比べるものではない。このオケにはこのオケのチャイコフスキーがあるということ。
 きっちりと仕上げてきた。コントラバス8人の陣容はダテじゃない。底から盛りあがってくるような迫力。
 コンマスは一曲ごとに交替。どのコンマスも懸命にオケを引っぱったが,この曲のコンマスもコンマスとして大健闘。絵になるコンマスでしたね。

● 指揮者は佐藤雄一さん。指揮者もパフォーマーのひとり。っていうか,最も目立つ位置にいるわけだからね,指揮者の指揮ぶりって重要ですよね。これでぜんぜん印象が違ってくるものな。
 で,佐藤さんの指揮ぶりも見所のひとつだった。大いなる満足感を持って帰途につけたんだけど,その理由のひとつは佐藤さんの指揮ぶりにあり。
 飄々とした方なんですかね。客席にもユーモアを振りまくんだけど,オケに鞭を入れるときの動作にはさすがに力があって,それがピッとオケに伝わる小気味よさを味わえた。それも,オケが優秀なればこそなんだけどさ。

● アンコールはハロウィンの乗りで。学生オケならではですかねぇ。当然,客席に和みを提供することになる。
 その和み効果も,本番での演奏がペケだったらオイオイってことになってしまうかもしれないよね。もちろん,この楽団はそんなことにはならなかったわけですけどね。

● 開演前,来場者の世間話を聞いていると,オレは千葉から,オレは名古屋からっていう声が聞こえてきた。ぼくも栃木から来てるわけだけど,名古屋ってのはちょっと驚き。
 医学部どおしのつながりのようなものがあるんだろうか。あるいは,この楽団の名声が遠くまで届いているってこと?

2012年10月14日日曜日

2012.10.13 マグノリアオーケストラ第9回定期演奏会

大田区民プラザ大ホール

● 昨年はこの時期にマロニエ交響楽団の創立記念演奏会があった。年に一度は定期演奏会を開催するのかと思っていたら,次回は来年の予定だという。
 となると,今月は地元(栃木)で管弦楽の演奏を聴くことができない。厳密にいうと,28日に足利市民交響楽団の定期演奏会があるんだけれども,足利はあまりに遠い。心理的には東京よりもずっと遠い。行けるかどうか。

● というわけで,13日に東京に出た。困ったときの東京頼み。東京に行けば,必ず何かあるからね。
 わざわざ東京に出るからには,ふたつは聴いて帰りたいというケチ根性。この日もふたつの演奏会を聴くことができた。

● ひとつめは,マグノリアオーケストラ。「東京学芸大学附属高校音楽部のOB・OGが中心となって活動しているアマチュアオーケストラ」とのこと。
 この学校から東大を卒業した人が,知り合いにいるんだけど,その人は,高校の方が大学より面白かったっていう。つまり,高校の友だちの方が東大の友だちよりすごい人たちだったってこと。
 勉強そっちのけで音楽にのめりこんでいたのに,楽勝で東大に合格したとか,受験勉強なんか歯牙にもかけないで,好きな分野を原書で勉強していたとか,そういった型破りな人がけっこういたのかなぁと推測してるんですけどね。
 つまりですね,育った環境から何から,ぼくとは全然違う人たちのはずなんですね。ぼくに言わせれば雲の上の人たちね。彼らがどんな演奏をするのか。

● 開演は午後2時。入場無料。曲目は次のとおり。
 J.シュトラウス 「こうもり」序曲
 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
 チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調
 
● 指揮者は山中一宏さん。学芸大学附属の50期生。昭和62年生まれにあたるそうだ。25歳ってこと。若いねぇ。現在は東大の大学院で原子時計の研究をしている。とはプログラムの紹介による。
 「こうもり」序曲の途中で楽譜を落とすってハプニングがあったんだけど,平然と指揮を続けた。何度も練習してるから,自然に暗譜してるんでしょうね。

 ヴァイオリン協奏曲のソリストも卒業生。巽大喜さん。こちらは51期とのこと。6歳からヴァイオリンを始めた。やはり東大院で菌根菌の研究をしているそうだ(菌根菌って何だ?)。
 というわけで,指揮者もソリストも自前。したがって,仲良し同好会的な雰囲気を醸すことになる。手作り感が濃厚だと表現してもいい。
 団員も若い人が多かったようだ。平均年齢は間違いなく20代。若い人たちが和気藹々とやっているっていう印象でしたね。
 30代以上は企業や役所の中枢で忙しくしているんでしょうね。練習する時間も取れなくなるんだろうな。

● この演奏会に行こうと思ったのは,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴けるから。この曲はあまりに有名だけれども,初めて生で聴いたのは3年前。田口美里さんのヴァイオリンだった。鳥肌がたつ思いがした。
 ただし,あのときはピアノ伴奏だったし,第1楽章だけだったので,ちゃんとした管弦楽でフルに聴くのは今回が初めてだ。

● しかぁし。あろうことか,演奏の途中で寝てしまったんですよ。短い眠りだったけど断続的に。前夜は職場の呑み会があって,けっこう呑んだような。遅くまで起きてたんだけど,朝は早くに目が醒めてしまう年齢になってしまったような。
 要は,体調管理がまったくなってなかったってこと。もったいないし,演奏者に失礼だし,何をしてんだかまったく。
 演奏する方は,年に1回のこの演奏会に照準を合わせてくる。すべての練習は今日のためにあったというのに,聴く側が客席で居眠りするとは。失礼という言い方では足りない。そういうときには出かけないという戒律を自分に課すべきなんですけどね。
 この曲が終わった後の客席の拍手は,ブラボー成分が濃いものだった。しかし,ぼくの印象はそんなわけで,非常に散漫なものになってしまった。本当にごめんなさい,です。

● これで意識がスッキリしたんで,チャイコフスキーの5番は普通に聴くことができた。
 木管から始まるし,2楽章ではホルンの独奏が続き,クラリネットやファゴットが絡んでいく。だからこの曲については演奏の出来を決めるのは管である,というほど単純ではないんだろうけど,その管が安定してて,こちらも安心して聴いていられた。
 っていう言い方はじつは失礼であって,要するに相当以上に巧いのです。急停止も急発進もピタッと揃うしね。
 そんなに練習時間は取れないはずだと思うのでね,少ない練習時間を効果的に使っているってことになるんだけど,それ以前に,効果的に使えるだけの技量を持っているってことですよね。

● もちろん,客席からはブラボーの声が飛んだ。これ,ステージ側には嬉しいらしいね。そりゃそうだよな。
 でもね,ぼくは,このブラボーは禁止すべしという意見だね。4楽章が終わったその刹那にブラボーと叫ばれると,余韻まで吹っ飛ばされてしまうものな。ほんの2秒か3秒,余韻に浸っていたいじゃないですか。それを許さないのがあのブラボーなんだな。
 よろしく禁止すべし(どうやって?)。ブラボーの思いは拍手に込めればいいじゃないか。

● 高校生がまとまって聴きに来ていた。この学校の音楽部の現役生だろうか。これだけまとまって先輩の演奏を聴きに来るんだねぇ。求心力が強いのかなぁ,この学校。あるいは音楽部の特徴なのか。
 高校生以外にも観客の多くは,この学校に何らかの関係がある(あった)人たちのように思われた。

● ぼくは不幸な高校時代を過ごしてしまったので(誰のせいでもなく,自分がそうしてしまったんだけど),高校に関しては愛校心ゼロ。同窓会など行ったこともないし,これからも行かないだろう。部活も何もしてなかったから,友人も少なかったし,その少なかった友人とも今では行き来が絶えている。
 それでいいと思ってるんだけど,こうして卒業後も学校を軸にした活動を続けている人たちを見ると,何だかちょっと複雑な気持ちにもなってくる。正直,羨ましさも混じりますな。

● 今回は開演までにだいぶ時間があったので,下丸子駅から多摩川まで歩いてみた。天気も良かったしね。
 河川敷のグラウンドでは少年野球の試合が行われていた。堤防はサイクリングロードになっているんでしょうね(その業界の人は多摩サイって呼ぶんだったかな),ロードバイクが何台も行き交う。走っている人もいる。歩いている人もいる。思い思いに土曜の昼を過ごしている。目に入ってくる風景は,何もかもが平和だった。
 音楽を演奏する人もいれば,それを聴く人もいる。自分もまたその平和な光景の一点なのだろうなと思った。

2012年10月9日火曜日

2012.10.08 作新学院吹奏楽部第47回定期演奏会

宇都宮市文化会館大ホール

● 作新学院高校の吹奏楽部の定期演奏会に行ってきた。5月に宇都宮北高校の演奏会を聴いて大いに感心した。機会があれば他校の演奏会も聴いてみたかった。
 ほとんどの高校に吹奏楽部はあると思う。公開演奏会も多くの高校で行っているはずだと思うんだけど,なかなかアンテナにひっかかってこない。こちらの情報収集の仕方に問題があるんでしょうけどね。

● そんな中で,宇都宮市文化会館のサイトを見てたら,この作新学院の定期演奏会があることを発見。開演は午後3時。チケットは当日券が1,000円(前売券だと800円。ぼくは当日券を購入)。OB・OG会,父母会の主催となっている。

● プログラムには「作新学院吹奏楽部の2012年の活動について」と題するレポートが載っている。これを読むと高校の吹奏楽部が何を目標にしているのかがわかる。「普門館への出場」なんだね。この全国大会に出場するためには,県,東関東のコンクールを勝ち抜かなければならない。
 「東関東支部は全国一レヴェルの高い激戦区」で,「たいていは150~200人,最低でも100人以上の部員がいる団体が出場する中で,初心者を含めわずか70人の我がバンドが挑戦するのですから,それなりの努力と覚悟が求められます」ということ。そのため「休日を返上し,連日早朝から遅くまで,ひたすら練習に打ち込みました」とある。

● ぼくはね,自分が何かに打ち込んだという経験を持たないものだから,打ち込みましたと言われると無条件で平伏してしまう。すごいねぇ,と。いや,実際ね,部員たちは得難い経験をしたんだと思いますよ。
 高みを目指して長期間集中して取り組むって経験は,誰にでもできるものじゃないからね。それを経験できる資格を備えていないとね。彼ら彼女らはその資格を備えていたわけですよねぇ。

● 結果は東関東吹奏楽コンクールで金賞。金賞=第1位=全国大会出場,かというと,そういうわけではないようで,残念ながら作新学院吹奏楽部は全国出場の枠(3つ)には入れなかった。
 県のコンクールでは,作新のほかに,真岡,石橋,宇都宮北の4校が金。東関東の出場枠は3つで,作新,真岡,石橋の3校が出場した。
 東関東で作新は金。真岡と石橋は銅だった。ということはつまり,只今現在,栃木県内の高校吹奏楽部のトップはこの作新学院ということ。
 コンクールで力量のすべてを掬えるのかといえば,もちろんそうではないんだろうけどもね。

● 開演後しばらくは,場違いなところに来てしまったかなと思った。
 校内行事なんですよね,これ。作新学院の関係者には馴染みのある雰囲気なのだと思うんだけど,部外者にはちょっと違和感があるなぁ的な。一般公開して入場料も取ってるんだから,もうちょっとユニバーサルにしてくれないかなぁ的な。

● けれども,3曲目の「CLARINETICS」を聴くに及んで,そんな気分も吹っ飛んだ。個々の技量の確かさがよくわかった。
 クラリネットはもちろん,フルート,サックス,トランペットなどなど,どの奏者も伸びやかに音を出しているんでした。メリハリもある。こなれている。けれども,弛みはない。ピンと張りつめているんだけれど,固さはない。
 理想的じゃないでしょうかねぇ。練習の裏打ちも伝わってくる。並みじゃここまでできない。

● ずっとティンパニを担当していた女子部員にも注目。残響を消すための鼓面を払うしぐさが格好よかった。ティンパニってこれがあるから,けっこう目立つんですよね。
 そのしぐさが美しい人は技量も優れているものだと,ぼくは単純に思いこんでいる。
 もっとも,彼女に限らず,パーカッションのレベルの高さは,このあとにもたっぷり味わう機会があったんですけどね。

● 演奏前に部員が曲を紹介する。こういうものはプログラムに掲載して,プログラムに語らせればいいと思う。この水準の演奏をするのであれば,余計なことはさせないで演奏に集中させた方がよかったのではないか。
 と思ったりもしたんだけど,観客サービスですな。部員たちのサービス精神は旺盛で,随所にそれは発揮された。喜ぶ人もいるだろうし,うるさいと感じる人もいるだろう。が,喜ぶ人の方が圧倒的に多かったから,彼らのやり方は正しかったのだ。
 っていうか,吹奏楽ってどこでもそうなのかもしれないね。それが吹奏楽の風土なのかもしれない。

● 第2部はポップスステージ。そっくり観客サービス。ディズニーメドレーとかカルピスソーダ学園応援曲とか。
 その演奏を聴きながら,これでジャズをやったら面白いのになぁと思っていたら,「ビッグバンド・ショーケース」と称して懐かしのジャズナンバーをメドレーで演奏してくれた。そうだよね,たいていジャズは入れますよね。
 気持ちよさそうに吹いてたなぁ。ジャズ,好きなんだろうなぁ。

● これだけの技術と表現力を持っているバンドであれば,それを使って今度は何をしようかと考えるのは楽しいだろうね。
 そのひとつの答えがこれ(ポップスステージ)なんだけど,これはこれでいいとして,ほかにもいろんなことができそうだ。

● 第3部は「屋根の上のヴァイオリン弾き」メドレー。ステージドリルショーとあるけれども,さてステージドリルとは? 鼓笛隊にして動きを入れる。人のラインを作り,そのラインの変化を楽しませるもののようだ。
 パーカッションのレベルの高さをたっぷり味わったのは,この第3部。

● 最後に部員代表があいさつ。気持ちのこもった立派なあいさつだった。最後まで感心させられた。
 ただ,ちょっと長すぎたかも。もっと言葉を刈りこんだ方が,かえって伝わるものが多くなるのでは。
 って,こういうダラダラした文章を垂れ流しているぼくが言っちゃいけないな。

● ZARDの「負けないで」を合唱して終わった。部員たちの客席への入り方が上手でスマート。またまた感心。

● に,しても。この水準でも東関東を突破できなかったとなると,「普門館への出場」を果たしたところはいったいどんな演奏をするのだろう。
 これに大差をつけている演奏というのは,ぼくの頭ではイメージできない。おそらく僅差のはずだと思うんだけどね。

2012年10月8日月曜日

2012.10.07 第8回学生邦楽フェスティバル

宇都宮市文化会館小ホール

● 今年で8回目になるこの邦楽フェスティバルに,初めて出かけてみた。どうしてか自分でもわからないんだけど,県文(栃木県総合文化センター)が会場だと思いこんでいた。ので,県文に寄り道。
 開演は午後1時だったのだけど,ちょっと遅れてしまった。泡を喰った。入場無料。

● ステージで演奏したのは,宇都宮市立石井小学校こと部,宇都宮市立西小学校にじいろ琴クラブ,宇都宮市立城山西小学校,宇都宮海星女子学院中学校箏曲部,同高等学校箏曲部,ライオンズクラブ邦楽合奏団,宇都宮ユース邦楽合奏団,和久箏ジュニアアンサンブル,柿の木坂芸術学校,鹿沼商工高校日本音楽部。
 最後に「邦楽ゾリスデン」がゲスト演奏。

● 学校の部活,放課後児童クラブの活動,社会人のサークル,かなり専門的な集団,と様々な団体が出場したわけだけれど,共通項がひとつだけある。それは,指導者。
 いずれも和久文子さんが指導している。栃木県邦楽界の第一人者,というより唯一人者なんですね。見ようによっては,和久文子ワンマンショーでもある。
 また,このフェスティバルの実行委員長も和久さんで,栃木県邦楽界は和久さんを中心に回っている。いい悪いの問題ではない。和久さんは栃木県邦楽界のために献身している。それは自ずと伝わってくる。

● 約4時間,箏の音色を浴び続けた。ピアノは長く聴いていると飽きてくる(ぼくの場合)。聴くのが苦痛になってくる。が,箏はそのようなことはなかった。ずっと聴いていられた。
 箏というと,つま弾くものだと思っていた。間違い。多彩な演奏の仕方があるのだね。それを実地に教えてもらえた。様々な音を出せることも。いろんな表情を持っている楽器なんですな,箏って。
 音量において和楽器は洋楽器に対抗できないと思っていたんですよ。これも間違い。箏って相当な音量を出せるんでした。いくつも並べてアンサンブルを奏でれば,迫力あふれる演奏だってできる。
 基本的なところで蒙を啓いてもらった感じですね。

● 圧巻だったのは海星女子学院高校箏曲部。演奏したのは沢井忠夫作曲の「ファンタジア」。この曲をひっさげて全国大会に乗りこみ,ベスト8に入った。創部は平成10年と決して古くはないものの,和久さんの指導よろしきを得てか,実績は華々しい。
 どこが圧巻だったのかといえば,大きく3つある。といっても,ぼくの耳だからね,あまりアテにはならないからね。
 ひとつは,音が澄んでいたこと。ピュアというか透明度が高いというか。ふたつめは,音の粒が立っていたこと。同じ音量でもこれなら遠くまで届くだろうと感じられた。

● ここまで来るのは容易じゃなかったはずだ。石井小学校や西小学校で箏を始めた児童のうち,筋のいいのが海星に入学するっていうルートなのかなぁ。
 高校から始めてここまでになるってのは,ぼくの想定の外になるけれど,ひょっとしたらそういう生徒もいるのか。だとしたら,相当に筋が良かったんでしょうね。そのうえで,とんでもなく練習したんだろうな。

● みっつめは,姿が美しかったこと。音を消して,舞台上の彼女たちの動きだけを見ていても,鑑賞に耐えるのじゃないかと思えた。身体芸術として成立しちゃってる感じね。
 演奏が始まる前の座り姿。演奏中の上半身の屈伸,腕の動き,そして弦をつま弾く指先の動きですね。指先のさらにその10センチ先まで神経が通っているかのような。
 その指先の動きが,ほとんど舞いを見ているようでね。きれいな動きでしたねぇ。柔らかくてしなやかで。繊細で上品で。女性の上質さを煮つめて,その上澄みを使って絵を描けばこうなるのだろう,っていうような。
 これね,ひょっとすると,彼女たちにとっても10代後半の今しかできない動きなのかもしれないね。筋肉も骨も瑞々しい今だからこそ,なのかもしれない。

● 登場頻度が最も高かったのは,尺八の福田邦智さん。複数の団体に所属しているし,ヘルプの要請も多いしってことだと思うんだけど,今回のフェスティバルで最も印象に残ったのは,箏ではなくて,じつは彼の尺八なんですよねぇ。
 今までね,尺八よりはクラリネットとかオーボエがいいなぁと思ってたんですよ。ごめんなさい。あまりに無知でした。というか未熟すぎました。比べるもんじゃないねぇ。
 福田さん,堂に入った吹きっぷり。自在闊達に音を出す。柔らかくて心地いい音色ですねぇ。こちらの神経にすぅっと溶けこんでくる。

● 司会は斉藤美貴さん。「邦楽ゾリスデン」の「つるのおんがえし」では朗読も。彼女の司会がステージをふくよかにした。

● というわけで,邦楽について実地にわかったことも多かったし,邦楽アンサンブルの魅力にも触れることができた。
 間違って県文に行ってしまったときは,間違えた自分に腹を立てて,帰っちまおうかと思ったんだけど,気を取り直して行ってよかったですよ。
 プログラムも立派なもので,これで無料とは申しわけない。このうえは,枯れ木も山の賑わいだ。県内邦楽の催しに足を運んで,客席のひとつを枯れ木で埋めさせてもらおうか。