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2018年8月29日水曜日

2018.08.18 九大フィルハーモニー・オーケストラ 特別記念演奏会2018

サントリーホール

● この演奏会を知ったのはだいぶ前。チケットも3月末には購入していた。“ぴあ”でね(便利だね,“ぴあ”って)。3月時点で8月の予定なんかわかるわけがない。年度をまたいでいるんだし。
 が,行きたいと思ったコンサートのチケットは,たとえ行けなくなることがあろうと,とにかく買っておけという方針だ。根拠なしに申しあげるんだけれども,そうした方が行ける確率が高くなるような気がする。

● ということはつまり,この演奏会を知ったときに,行くぞと即行で決めたということ。九大フィルハーモニー・オーケストラの演奏を聴くために福岡まで行くっていうのは,まったく非現実的だからね。相手方が東京まで出張ってくれるんだから,この機を逸すべからず。
 ソリストが上原彩子さんだってのもあった。彼女のピアノが聴けるんだったら,それだけで元がとれるぞ的な。

● そういうこと以前に,ぼくは若い人たちの演奏が好きなのだ。
 どういうわけのわけがらか,プロのオーケストラよりも,大学オケの方が聴いていて幸せな気分になる。ほんと,どういうわけなのか。

● ということで,5ヶ月間チケットを温めて,東京に出てきたのだ。“青春18きっぷ”が使える時期だしさ。
 開演は午後2時。席はS,A,Bの3種で,それぞれ,3,500円,2,500円,1,500円。先に少々偉そうに啖呵を切ったんだけども,ぼくが持っているチケットは一番安いB席なのだ。あしからず。

● コンサートのタイトルに“2018”とあるくらいだから,この楽団は何度か東京公演を催行しているのだろうと思っていた。が,戦前戦後を通じて初の東京公演らしい。
 となると,楽団のみならず大学当局も乗りだしてくる。熱の入れ方も違ってくるのだろう。新キャンパス(伊都キャンパス)への移転の仕上げの時期にもあたっているらしかった。

● 開演前に九州大学の総長が登壇して挨拶を述べた。東京公演を人寄せパンダにして,という言い方は語弊があるか,この演奏会を契機に首都圏に在住している卒業生を集めたいということのようだった。
 卒業生に新キャンパス移転をアピールしなければならないし,子弟に九州大学を受験させてもらいたいし,もっというと寄付のお願いもしたい。
 演奏会のあとはレセプションも用意されていた。この演奏会を機に卒業生の旧交を温めましょうという。

● が,演奏会のステージには演奏以外のものを載せない方がいいとは思った。総長あいさつはプログラム冊子に載っているのだから,それで充分。わざわざ口頭で繰り返すことはない。
 なぜ,演奏会のステージに演奏以外のものがあってはならないのかといえば,たとえそれが何であれ,場を冷やしてしまうからだ。
 総長の出番はレセプションで作れば良かったのではないか。いや,そういうわけにはいかない,観客の多くは九州大学にゆかりのある人が多いんだから,総長が出ないわけにはいかないんだよ,というのもよく理解できるんだけれどもね。

● ともかく開演。曲目は次のとおり。
 ブラームス 大学祝典序曲
 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調
 ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調
 中村滋延 九大百年祝典序曲(2018年改訂版)

● 指揮は鈴木優人さん。彼の指揮には一度接している。2年前の麻布学園OBオーケストラの演奏会で。
 あと,NHK-FMの「古楽の楽しみ」を聴いている。朝の放送を出勤中の車中で。わが家から職場までは45分で着くんだけど,始業1時間前には着いていることをモットーにしている(?)ので,ちょうど放送時間と出勤時間が重なるのだ。
 というわけだから,鈴木さんとは知り合いの気分だ。もちろん,彼はぼくをまったく知らない。

● 団員にとっては初の東京公演。どうせやるならサントリーホールでということか。そのサントリーホールのステージ。
 とすれば,熱くなって当然かと思われるのだが,中にはいるんだろうかね。せっかくの夏休みなのに,なんで東京くんだりまで行ってなくちゃなんねーんだよ,ザケんなよ,やってらんねーよ,っていう人。
 いてもいいと思うんだけども,ま,いないでしょうね。勇躍,東京に乗りこんできたに違いない。

● が,熱さの罠には落ちていない。冷静だ。当然といえば当然。東京でやろうとするくらいだから,腕に覚えはあるのだと思う。こちらもそれを期待している。
 「大学祝典序曲」でその腕前は了解した。いや,ここまでとは思っていなかった。芸のない言い方で申しわけないけれども,かなり巧い。

● チャイコフスキーのピアノ協奏曲。当然,上原さんのピアノを聴きたいわけだ。ぼくの席はP席に近い。金管が最も近くにいる。ので,音の聴こえ方はいつもと多少違うっちゃ違う。が,上原さんの指遣いはよく見える。神の指,だよね。
 それよりも,オケにしばしば視線を送り,しばらくその視線を固定していたのが印象的。私に付いてらっしゃい,というのではなく,自らオケに寄り添っていこうという感じね。あるいは,オケを気遣っている感じ。

● で,そのオケはといえば,かなりリラックスしているようなのだ。もちろん,集中しているし,張りつめている。しかし,ベースにリラックスがあって,ほぼ理想的な状態でやれているのではないかと思われた。
 今どきの若者はこのあたりがすごい。“あがる”という言葉をたぶん知らないんじゃないかと思うほどだ。

● 協奏曲というのは,(もちろん,曲によるんだけれども)ソリストが3割で管弦楽が7割だと思っている。演奏の出来不出来を決めるのはつまるところ管弦楽だ。っていうか,ソリストにはこれ以上はないというピアニストを迎えているのだ。
 ここまで仕上げてくれば大したものだと思う。文句ない。妙な言い方になるが,仕上げすぎていないのもいい。ここで筆を置くという,その置き際がいいというか。指揮者の功績だろうか。
 特に印象に残ったのは,フルートとオーボエの1番奏者。

● ので,次のドヴォルザークは,そのフルートとオーボエの1番奏者に視線をほぼ固定した。
 音大に行こうと思えば行けたよねぇ。それを選ばず,九大に進学した。どちらが良かったのかなぁ。彼女たち以外にもそういう人,けっこういそうだ。
 ほんと,どちらが良かったのかなぁ。って,結論ははっきりしている。これで良かったのだ。自分が選んだ選択肢が常に必ず正解なのだ。そういうものだ。

● という,かなり埒のないことを考えながら聴いた。熱さより清々しさが勝っていた。後味が相当にいい。
 終演後もしばらく立たずに余韻を味わっていたかったけれども,そういうわけにもいかない。いったん,ホールを出て,近くの公園のベンチに座って,終えたばかりのコンサートのあれやこれやをボーッと反芻した。

● 上原さんのアンコールは,ラフマニノフ「プレリュード」。しっとりと聴かせる聴衆サービス。元が取れたどころではない。
 オケのアンコールはチャイコフスキー「トレパック」。

サントリーホール
● ところで,サントリーホールは,今でも特別なホールなのだろうか。使い勝手や音響を取りあげれば,サントリーホールよりも優れているホールがありそうだ。
 が,やはり特別なのだろうな。それはホールがある場所の力(場力=バリキ)によるものかと思われる。
 東京芸術劇場を出ると,ビッグカメラと居酒屋とカラオケの看板が目に入る。すみだトリフォニーを出ると,カプセルホテルの看板がどっと視野を占める。ミューザ川崎も一歩外に出れば,街の雑踏に紛れる感を味わうことになる。
 が,このホールだけはそれがない。雑踏から隔離されている。余韻を味わうにはいいホールだ。

2016年8月25日木曜日

2016.08.20 麻布学園OBオーケストラ 特別演奏会2016

東京芸術劇場 コンサートホール

● 山下洋輔さんが登場する。これは聴きに行こうかなというわけで,ネットでもってチケットをゲットしておいた。
 セブンイレブンで代金引換で受け取れるんだからね。便利な時代になった。
 ただし,システム使用料なんぞという名目で,540円ほどむしり取られる。

● 座席はS席とA席の2種。Sが2,500円でAが2,000円。であれば,Sにしとけってことになる。ぼくは3,040円を払ってS席チケットを買っておいたわけだ。
 実際には当日券もあった。いくつの区画が空いていた。おそらくA席だろう。それでかまわなければ,当日券の方が予定というロープに縛られずにすむという利点もある。

● 開演は午後1時半。プログラムは次のとおり。
 藤倉大 ホルン協奏曲第2番 Part1
 ガーシュウィン ラプソディ・イン・ブルー
 ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調

● ぼくはだいぶ早めに着いてしまっていた。が,それで正解だった。指揮者の鈴木優人さんと山下さん,ホルン独奏の福川伸陽さんによるプレトークがあったから。
 鈴木さんと山下さんは麻布学園のOB。このプレトークが面白かった。

● たとえば,興味を持ったものは徹底的にやるのが麻布精神だと山下さんが言えば,徹底的にやってすぐに飽きてしまうのも麻布精神,と鈴木さんが続ける。
 日本は貧富の差が少ない例外的な国だということは以前から言われている(小泉政権以来,格差が拡大しているとも言われているけれど)。差がないのは貧富だけじゃなくて,こういう何とか精神というのも,あまり差がないのじゃないかね。徹底的云々,すぐに飽きる云々というのも,わりと多くの学校で言われているのではないか。特に男子校では。
 山下さんと鈴木さんの話を聞いて,自分の学校も同じだと思った人が,けっこういたのじゃないかと思う。

● この演奏会はもちろん外に開かれた演奏会で,チケットさえ買えば誰でも入場できる。麻布学園の関係者でなければならないということはない。
 ただ,だいぶ,その,同窓会行事的な色彩が濃厚だ。最後には校歌を演奏して,麻布学園の関係者やOBは立って歌う慣わしのようだ。
 聴衆の過半は立っていたんじゃなかろうか。麻布学園は男子校のはずだが,立って歌っている人の中には女性もけっこういた。在学生あるいは卒業生の母親だろうか。たぶん,誇らしいのだろうな。

● さて。一曲目は藤倉大さんのホルン協奏曲。ホルン独奏は福川伸陽さん。N響の主席。世界初演とある。二度目はあるんだろうか。
 「ホルンがフォルテでカッコよく吹くのに加え,それが調性音楽となると,仮病を使ってでも聴きに行きたくない」という人が作った曲だ。不思議なテイストの曲だ。

● 言い方はいろいろできると思うんだけど,ぼくはディズニーシーのマーメイドラグーンにいるような気分になった。ポワン,ポワン,ポワンという金属音(?)がマーメイドラグーンなんだよねぇ。
 ただ,演奏する側は少々以上に厄介だったのではないだろうか。吹いてる側がポワン,ポワンとしているわけにいかないもんね。

● 「ラプソディ・イン・ブルー」で山下さん,登場。ぼくの席は2階の右翼バルコニーだったので,彼の肘打ちや拳打ちの様は見えなかったんだけど,オーラが違うというかね,客席をガッと掴む感じがね,気持ちいいくらい凄い。
 あざとくはないんだよね。あざとくはないのに,一瞬で客席を掴む。

● 「ラプソディ・イン・ブルー」はピアノだけでは成り立たない。管弦楽が支えなければならない。で,このオーケストラの腕前がかなりのものなんですよ。
 麻布の卒業生ってみんな東大に行くというイメージでしょ。それでもって,これだけ巧いのはなんで?
 賛助に入ってた奏者の中にはプロもいた。プロじゃなくても,音大出身者ばかりだったろう。であっても,賛助だけが巧くて本体が普通なら,ここまでの演奏はできない。
 東大オケも相当に巧いものね。あまり深くは考えず,こういうこともあるのだと思うことにしよう。

● 正直なところ,山下さんの「ラプソディ・イン・ブルー」が聴きたくて,栃木の在からやってきた。これを聴けば帰ってもいいと思っていた。
 だけど,この水準の管弦楽が演奏するラフマニノフの2番を聴かないで帰るのは,大馬鹿野郎のすることだとすぐに気がついた。

● その前に山下さんのアンコール。ハロルド・アーレン「オーバー・ザ・レインボー」。山下さんのピアノに福川さんのホルンが絡んでいく感じか。
 山下さん,福川さんに気を遣ってか敬意を表してか,わりと絡みやすくしていた感あり(していなかったかもしれない)。
 この短い演奏だけでも,チケットの元は取れたかと思うくらいだ。

● では,ラフマニノフの2番。福川さんもホルンの列に加わっていた。豪華なオーケストラだ。
 これほど激しいラフマニノフを聴いたことがあったろうか。この曲は生だけでもかなりの回数,聴いていると思う。その中でここまで動きの大きい演奏を聴いたことがあったかどうか。
 いい悪いの問題ではもちろんなく,こういうラフマニノフもあるのかと単純に驚いただけだ。

● 第3楽章ではセクシーさを感じた。緩徐とはセクシーという意味なのか。セクシーというよりエロティック。エロスを感じたと言い直してみるか。
 そこをもう少し細かく砕いて言ってくれないかと言われたって困る(言われないだろうけど)。きれいなプロポーションの乙女の寝姿を見ているような感じなんですよね。
 きれいなプロポーションの乙女だよ。こちらはずっと見ていたいわけだよ。終わるな,ずっと続け,と思っていた。

● 4楽章ではまた大きな動きと大きなうねり。ここに世界が凝縮しているような。今,ここを読み解ければ,世界を解釈できたことになる,みたいな。
 もちろん,そんなのは錯覚なんだけど,聴く者をしてそう思わせるのは,作曲家の力業なのか,演奏の巧みなのか。