東京文化会館 大ホール
● ベートーヴェンの9つの交響曲を,1番から9番まで順番に演奏するこの演奏会,8年連続で8回目の拝聴。今年で最後にしようと2,3年前から思っている。が,できないで今年も来ましたよ,と。
この日,小ホールでは「ベートーヴェン弦楽四重奏曲演奏会」も行われているのだ。こちらはさすがに全曲とはいかないけれども,2年続けて行けば全曲を聴くことができるはず。
こちらの方が通っぽいじゃないか。交響曲は華やかだけれども,その華やかさに惹かれてしまうのは,どこかにミーハーの気配を残すじゃないか。
● 開演は13時。終演はたぶん来年。指揮者(小林研一郎)とコンマス(篠崎史紀)は不動。管弦楽は岩城宏之メモリアル・オーケストラ。メンバーは毎年入れ替わっている。
今回の席は3階左翼の2列目(B席)。昨年は4階右翼の1列目(C席)だった。そっちの方が良いと思う。このC席はかなりお得。
ただし,この席を取るには,スマホかPCをスタンバイさせておいて,発売開始と同時に申し込まないといけない。3時間後では遅い。今回,ウッカリしてしまったのだ。
とはいえ,B席でも1万円なわけで,この演奏会を1万円で聴けるとは,タダ同然といっていいかもしれない(S席でも2万円なのだ)。あまり席のことで文句を言ってはいけない。
● 1番と2番を続けて演奏して,休憩を挟んで3番,さらに4番。こういうのを聴かされると,今年でやめようと思ったところで,そうもいかないよなぁと思う。
この演奏会は,演奏する側にとってもお祭りの気味合いが多少なりともあるのではないかと思う。プロ野球のオールスターゲームと一緒で,真剣にやっていないわけではないけれども,ペナントレースと同じ構えではないだろう。それぞれが所属するオーケストラの定期演奏会に臨むときとは違うはずだ。
何がいいたいのかというと,リラックスしているんだろうなってこと。だからいけないというのではない。逆だ。リラックス効果というものがあるような気がする。
● ただね。この演奏会の客席の水準はそんなに高くないよ。おまえが言うなって話だけど。演奏中にプログラム(別売,2,000円)を見るバカがいるし,プログラムを落とすヤツもいるしね。
さすがに楽章間の拍手はない。ほんのちょっとしかない。電波が遮断されるので,ケータイの着信音がなることはない。
● 4番が終わった後に主催者の三枝成彰さんの話があった。「日本(アジア)と欧米における文化評価の違いについて」というタイトルになっていたが,それはまぁそれとして,この演奏会のコストの話があった。ぼくはこちらの方に興味がある。
チケット収入ではとても賄えない,と。トヨタをはじめ協賛企業の資金提供があればこそ。当然そうだろう。例年,チケットは完売になるのだが,そもそも破格に安いわけだから。
出演者には4回分のギャラを払っている。そうだったのか。付帯経費を含めると,相当な額になる。
● ということは,セコい話だけども,聴かなきゃ損ということ。チケット代の半額(かどうかは知らないが)補助を受けているようなものだから。
協賛企業が全額負担して,自社の社員を客席に派遣するなんてことになったら,コンサートは成立しない。客席にはどんな動機であれ,聴きたいからここに来たという人がいなければならない。だから,あまり遠慮しないでゴチになったらどうか。
● ここで45分の中休止。館内のレストランではビールやワインも商っている。もちろん,悪いことではない。まともなホールならバーコーナーくらいはある。
リラックスして聴けるし,それが楽しみだという人も少なくないだろう。自分は演奏を楽しむために来ているのだ,勉強しに来ているわけじゃない,と。
それぞれなりの楽しみ方をすればいいのだと思うが,それでもアルコールはどうなんだと思うのだ。昨年,自分もそれでだいぶ損をしたと思っているので。
● 楽しみ方は人それぞれだとしても,全員に共通する前提がある。「聴く」がそれだ。「聴く」を妨げるような要素は排除した方がいいのでは。
その「聴く」にもいろいろあるだろうと言われれば,それはそのとおりだと返すしかないのだが。耳をすますのではない聴き方もたしかにあると思うので。子守唄がわりに聴くというのだってありだと思うし。
でも,コーヒーにとどめておいた方がいいのでは,と思ってしまうのだ。ぼくらはお金を払ってチケットを買った,サービスを受ける側の人間であることに間違いはないのだけれどもね。
● 中休止のあと5番。例年,5番と7番で熱く盛りあがるというふうになる(もちろん,9番は別格)。演奏者も聴いてる側も同じなのだから,曲そのものの然らしめるところと解する他はない。
冷静に(?)そう解してみても,皮膚がビリビリするような感触を味わうのだ。マイクで拾ってアンプで増幅してるわけじゃない。生音でこの音量。多彩な音の粒が巨大なひとつの塊になる。オーケストラって凄いなと思うわけだよね。
● 6番はやや退屈と感じたこともある。が,同じ旋律にバリエーションをつけて巨大な構築物にする手法は,5番より徹底しているかもしれず,その構築物ができあがってゆく過程を堪能すればいい。
要所要所で存在感を示すオーボエが素晴らしい。音色の明晰さが非常によくわかる。
● 6番が終わった後は90分の大休止。夕食タイム。当然,レストランでビールやワインを嗜む人も多い。が,先に申しあげたような理由で,アルコールは終演まで我慢するのが吉かと存ずる。
客数に比してテーブル席は圧倒的に少ないので,ワイングラスを片手に立って喋っている人も多い。ピッと背筋を伸ばしていると,文句なくカッコいい。
あ,見られることを意識しているな,こいつ,とか思う。エッへへへ,だから来てるんじゃないか,って。いや,気持ちはよくわかる。
ロビーからレストランに至る石の階段に腰をおろしている人はもっと多くいる。でもって,おにぎりとか食べてる。堅実派。これまた,気持ちはよくわかるっちゃわかる。
ぼくは朝のうちに1日分のカロリーを摂取しちゃってるんで,夕食は抜き。
● 大休止の後に7番と8番。7番はやはり盛りあがった。終演後,立ちあがって拍手するヤツが出る。気持ちはわからんでもないが,すこぶる目障りだ。座っていることがなぜできぬ?
それからブラボーの専門家もいる。こいつのブラボーが早すぎるんだな。一拍置けと言いたくなる。こういうバカを摘みだす方策はないものか。
場内放送で言ったらどうかね。下品なブラボーは他のお客様のご迷惑になりますので・・・・・・
● 音楽とは何の関係もない話なんだけど,女子奏者にはドレス着用を義務付けてほしい。稽古着なのかよく知らないけど,レオタードみたいなのは困る。体の線がくっきりでる。
それでなくても演奏中の奏者はセクシーなのだ(演奏中だけセクシーなのだが)。どうしても見てしまうのだ。見るなというのは酷である。よろしくご配慮をお願いしたい。
● 8番が終わった後,指揮の小林さんが客席に話しかけた。これだけの音は超一流じゃないと出せないと思うんですよ・・・・・・。
で,客席がヤンヤの拍手。そっか,その超一流の演奏に,今,俺は立ち会っているんだ,やったぜ。オーケストラへの称賛というより,その満足感の方が勝っていたように思えた。
どんだけ根性がひん曲がってんだ,おまえは,と言われますかねぇ。
● ここでまた45分の中休止。そうして「第九」となる。日本で1年の最も遅い時間帯に演奏される「第九」だ。この時間に声を出さなければならないのも大変だと思う。
ソリスト陣は昨年と同じく,市原愛(ソプラノ),山下牧子(アルト),笛田博昭(テノール),青戸知(バリトン)の諸氏。合唱はこれまた不動の武蔵野合唱団。
● 何というのか,ぼくの耳には,完璧以上。何ものかを孕みつつある混沌を描いたかのような第1楽章からして,どこに飛んでいくのかわからないほどに,ダイナミックでワイルド。が,フォーメーションは1mmも崩れない。
低弦部隊もヴァイオリンも木管も金管も打楽器も,そして合唱陣も,それぞれの役割を果たして,何というのか空白がないという感じ。いやはや,何とも。
● 会場を出たときには年があらたまっていた。年なんかどうだっていいと思った。
さて来年(いや,今年)はどうするか。9回連続にするか,弦楽四重奏曲演奏会にするか。
ベートーヴェンにあやかって9回は聴くかな。そうしてから,小ホールの客になるか。そのあたりがまとまりのいい結論っぽいな。
東京文化会館 大ホール
● 7年連続7回目の拝聴。もう今年でやめようかと思ったことは以前にもあった。が,今回もこうして聴きに来た。
っていうか,チケットは7月に販売開始されるんだけれども,その発売初日に“ぴあ”で買っている。要するに,聴く気まんまんだったわけだ。
● 過去6回のうち,4回はヤフオクでチケットをゲットしている。大晦日のことなので,7月時点では行けるかどうかわからない。不確定要素が多い。ので,12月になってからヤフオクでという流れ。正規料金の倍を出してC席を買っていた。
あとの2回は正規にA席を購入した。やはり12月近くになってからのことなので,その時点ではS席とA席しか残っていないのだ。
● が,今回は発売初日にC席を買ったよ,と。行けなけりゃ行けないでいい,行きたいのならチケットは買っておけ。
4階右翼席の1列目。C席はおおよそ4階の左翼・右翼席が充てられている。ここは2列あるんだけれども,1列と2列では天国と地獄ほども違う。両方とも経験して,そう思う。
昨年は3階席の3列目だった。ここはA席になる。それをモノサシにすると4階右翼の1列目がC席なのは,すこぶるお得だ(この演奏をこの席で5千円で聴けるのは,ほとんどタダに近い)。ゆえに狙い目。ただし,発売初日の,しかも早い時間帯に売れてしまうのじゃないか。
● というわけで,ぼくのチケットは5千円。開演は午後1時。
指揮は今年も小林研一郎さん。管弦楽は「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」。今日1日だけの臨時編成のオーケストラ。コンマスは篠崎史紀さん。この布陣は,ぼくが聴きはじめた7年前からまったく変わっていない。
● この演奏を聴く度に思う。自分はこの演奏を聴くに値する人間だろうか。この演奏を聴いていいだけの1年間を過ごしてきただろうか。
この問いにイエスと答えられたためしはない(自分だけではないと思いたい)。そんなヤツは家でCDでも聴いとけ,とわれながら思わぬでもない。のだが,年に一度の分に過ぎた贅沢を自分に許してもよかろう,と,ウダウダと考えている。
● だが,今回はどうも乗れなかった。29日,30日と都内のホテルで過ごした。自宅よりもよほど高価で寝心地のいいベッドだったにもかかわらず,どうも眠りが浅かった。少しボーッとしている。
加齢の然らしめるところかと思うけれども,この状態が4番が終わるまで続いた。ステージと自分の間に一枚の幕が下がっているような感じ。隔靴掻痒感。何度も聴いているはずなのに,初めて聴く曲のような。
4番が終わったあと45分の休憩があったのだが,それでやっと幕がはずれてくれた気がした。
● そのような状態だったのだが,1番は9つの交響曲の中で最もたおやかというか,女性的というか。ベートーヴェンって両性具有だったのかと思ったりね。
3番は葬送行進曲が染みた。自分の葬儀のとき,この楽章を流してくれるように遺言しておこうか。いや待て,自分は死んでいるんだから,聴くことはできないじゃないか。それ以前に,自分の葬儀があるかどうかもわからないではないか。孤独死になるやもしれぬじゃないか。
● 三枝成彰の今回のトークは,長調と短調について。といっても,どちらかというとベートーヴェンの以前と以後の作曲家の話の方がメインだった。
ベートーヴェン以前の作曲家は職人で,世襲される職業だった。作曲は技術だった。だから,たくさんの曲を作ることができた。
ベートーヴェン以後は,作曲は芸術になった。定型をはずして,今までになかったものを生みだすことが重視されるようになった。ベートーヴェン以後,父親も作曲家だったという作曲家はひとりもいない。聴衆も先が読めない音楽になった(われわれはCDで聴けるからその先がどうなるかを知っているけれども,当時の聴衆はそうはいかない)。それがロマン派の特徴。ま,そういう話だった。
● この演奏会では,9番を別にすれば,5番と7番が熱演になることが多い。曲の性質がそうさせるのかもしれないけれど。
で,その5番だ。45分の休憩でこちらの体調も整った。どんな演奏をしてくれるのか。
やってくれるものだ。アタッカでなだれこむ第4楽章冒頭の爆発。圧倒的な爆発なのに,音がいささかも乱れない。はぁぁぁと思うしかなかった。
● 6番は曲そのものがあまり面白くない。というと,自らの未熟を晒すようなものかもしれない。しかし,面白くない。
● このあと90分の休憩。これがまずかった。アメ横の「モツ焼き大統領」でハイボールを飲んでしまったのだ。しかも,ダブルで2杯。われながら何をしているのかと思うんだが。
ほんと,何をしているんだろう。こんなことをしてたら,このあとの7~9番は捨てたも同然ではないか。いかん,いかん。
● 会場のロビーでもワインやビールが売られている。このコンサートの聴衆は日本全国からやってくる(のだと思う)。S席は2万円なのだ。オペラほどではないにしても,会場には華がある。“そのコンサートを聴きに来ている私”を演出するのに,華やかな人たちがごった返すロビーで,ワイングラスを傾けたくなる気持ちはわからないでもない。
けれど,やめておいた方がいいと思う。ここは演奏に酔う場であって,アルコールはその妨げにしかならないだろう。
と,先の45分間の休憩のときに思ったのだよ。にもかかわらず・・・・・・よりによって「モツ焼き大統領」だよ。
● それでも,7番は何とかアルコールを退けて聴けたかもしれない。いや,ダメだったか。素晴らしい演奏だ。それはわかる。
が,わかったその先に自分がいない。ふぬけている。ダメだ,ダメだ。アルコールは全然ダメだ。
● 8番になる頃は,アルコールが暴れだした。ベートーヴェンの中でも8番は独特の味わいがあるのだ。タッタラタララァン,タララララララン,なのだ。
「モツ焼き大統領」のおかげで,それが台なしになった。しかも,言っちゃなんだけど,ここのモツ焼き,さして旨いわけでもないぞ。って,自分が悪い。何といっても,自分が悪い。
● 45分の休憩のあと,9番。合唱は例年どおり武蔵野合唱団の皆さん。ソリストも昨年と同じ。ソプラノは今年は市原愛さん,アルトは山下牧子さん,テノールは笛田博昭さん,バリトンは青戸知さん。
この時間帯に声を出すのは,なかなか大変だろうと思う。のだが,結果はそんなものを吹っ飛ばしてくれる。
オケのスタミナは何ごとか。憑かれたように,飛ばしに飛ばす。飛ばすけれども,精緻さが損なわれることはみじんもない。
クソッたれが。飲んでさえいなければ。
● いや,飲んで神経を鈍くさせたうえでの,音楽の楽しみ方もあると思うのだ。いろんな聴き方があっていいのだ。
まるでステージと対峙するような,あるいは演奏を批評しようとするかのような,ギラギラとした聴き方だけが音楽の聴き方ではないのだ。神経を研ぎ澄ませるばかりが能じゃない。少し酔ってユラユラと聴くのもありなのだ。
ただ,それをするには,ぼくはいささか以上に貧乏性のようだ。そんな聴き方は死ぬまでできないだろう。
● つかぬことを伺いたいのだが,この演奏会って練習はどうしてるんだろう。まさかGPはやらないと思うんだが,年末の忙しい時期に,練習の時間が取れるんだろうか。かといって,ぶっつけ本番でもないと思うんだけど。少なくとも合唱とは合わせなくちゃいけないだろう。
当日の午前中にすべての練習をやるんだろか。とすると,合唱団は数十分の出番のために,朝から深夜まで拘束されているのか。
● という次第だった。こうして2017年は終わったのだ。まるで今年の自分を象徴するような凡ミスを繰りだしてしまったのだった。
クラシック音楽を生で聴くのが,ささやかな趣味。今年は65回。ひと頃よりだいぶ減っているが,これでもまだ多すぎると自分では思っている。
アマオケ中心なんだけど,どうしても東京に引き寄せられる。が,来年はできるだけ地元(栃木)に沈潜したい。
聴きたい欲を100%は満たさないように自分を抑えたい。ここでも腹八分目がいい。貪ってはいけない。
東京文化会館 大ホール
● ベートーヴェンの9つの交響曲をまとめて全部演奏して聴かせましょうという,おそらく世界に類例のない企画。
今回で6年連続6回目の拝聴となる。
● 開演は午後1時。終演して会場を出たときは,2017年になっていた。
11時間に及ぶ長丁場の演奏会だけれど,実際には長めの休憩を多めに入れていくので,(観客は)さほどに疲れることもじつはないんだけどね。
● チケットはヤフオクで落とすことが多かったんだけど,今回はA席を正規に購入。15,000円。3階席の3列目。ところが,ステージは正面に見えるものの,だいぶ遠い。
去年はC席で4階右翼席の1列目だった。その4階右翼席がすぐ近くにある。C席は5,000円なんだけど,これで1万円の差があるとはねぇと,セコいことを考えてしまった。
今回のA席は限りなくB席に近いA席だったのかもしれない。ただ,ヤフオクだとC席でも倍の値段じゃないと落札できないのでね,仕方がないでしょうね。
● セコい話をさらに続けると,何年か前に東京文化会館のカウンターでC席を買ったことがあったんですよ。そのときは4階左翼席だった。ただし2列目。1列目でも2列目でも同じCなんだけど,1列目か2列目かで天地の差が生じる。
けっこう早い時期に買ったんだけどね。それでも2列目しか買えない。安い席は早々に売れていくんでしょうね。
正規料金で2列目になるよりは,倍出しても1列目がいいと思いましたね。つまり,ヤフオクで1列目のC席を狙おう,と。ところが,今年は倍額でもC席チケットを落とせなかったんでした。
● ま,ともあれ。とにかく,今年もこの演奏会を聴くことができる。自分にこの演奏会を聴く資格があるのかと思わせられる出来事が今年はあった。けれども,とにかく。この演奏会を聴くところまで漕ぎつけた。
場内ロビーは例年と同じ華やいだ雰囲気だ。これほどの華やぎのあるコンサートというのは,オペラなんかではあるのかもしれないけれども,管弦楽では他にあるのかどうか。
ちなみに,毎年,チケットは完売する。
● 指揮は今年も小林研一郎さん。管弦楽は「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」。今日だけのオーケストラだ。主催者によると,「日本を代表するオーケストラで活躍するコンサートマスターや首席奏者クラスによる特別編成です」とのこと。
コンサートマスターは篠崎史紀(NHK交響楽団第1コンサートマスター)さん。これも例年と同じ。
● 奏者は大半が男性で女性は6人。ヴァイオリンとヴィオラが2人ずつ。あと,オーボエとフルート。
何せ長丁場になるから,女性はちょっと参加しずらいのかもしれない。
● 1番が始まってすぐに,この演奏のすごさというか,水準の高さというか,圧倒される思いがした。この演奏に対してああだこうだと言うのは,ぼくには百年早いだろう。
もしこの演奏でもダメだと言うなら,ベルリンかウィーンにでも行くしかない。といっても,ベルリンでもウィーンでも,“全交響曲連続演奏会”はやってないだろうけどね。
● 開演は終演の始まりでもある。1番が終わり,2番も終わってしまうと,あぁこれで9分の2が終わってしまったという,淋しさのようなものを感じる。
夏休みが始まったばかりなのに,あと何日とカウントダウンを始めてしまうのは愚の骨頂だ,と小学生のときに思ったけれど,同じことを大人になってからもやってきた。
老境にさしかかった今も,また同じことを。
● 4番が終わったあと,三枝茂彰さんの「お話」があった。おおよそ次のようなものだった。
1 ヨーロッパの音楽には,ソナーレ(器楽)とカンターレ(声楽)という互いに相容れない2つの流れがある。ソナーレは厳密な形式によって成立するのに対して,カンターレは言葉によって自由に感情を表現する。その両方で成功した作曲家は,モーツァルトを唯一の例外として,存在しない。
2 ベートーヴェンは交響曲を完成させた作曲家であると同時に,交響曲を終焉させた作曲家でもある。9番において合唱を持ちこんだ。これは交響曲の形式を破壊するものであり,現代音楽につながる礎石となるものだ。
3 演奏のスピードが年々速まっている。この演奏会でも昨年より数パーセント,演奏時間が短くなっている。カラヤンの頃は,第九は1時間10分程度をかけて演奏していた。ところが,最近では1時間を切る演奏のCDも出ている。
● ぼくには「3」が興味深かった。人って,あらゆるところでスピードを好む生き物なんだろうか。速いということに惹かれる。
それはなぜかというと,究極の理由は二足歩行の遅さにあるのかも。自力では速くは移動できないというところ。ライオンや虎に狙われたら,丸腰では絶対に助からない。
新幹線に慣れたら在来線には戻れない,というのとはまた別の話になるんだろうけど,いろんな局面で速さを追求することがブレイクスルーにつながる?
● 3番が最初の山であることは間違いない。次に5番,7番とあって,最後に9番という史上最高峰がやってくる。
この演奏会を聴いた方々のブログは自分も読むことにしている。たいてい,5番と7番が絶賛される。過去には神降臨と書いている人もいた。
ただ,それらは演奏というよりは曲に内在しているエネルギーが解放されたことによるものだろう。曲自体が持っている力が奏者を動かして客席を支配するのだと解しておく。
● それで行くと,今年は7番ということになるだろう。が,ここであえて8番だったと言ってみたい。8番を,7番と9番に挟まれた貴婦人と評したのは誰だったか。
が,ここで聴く8番は決して貴婦人という言葉から連想される楚々としたものではなく,うねって押し寄せては退いていく,躍動する8番だった。
● が,それも9番を除けばという話になる。合唱は例年どおり武蔵野合唱団の皆さん。9番が始まるのは23時に近い時刻だ。この時間帯に声が出るのかと心配になるんだけど,その心配は杞憂なんでした。
ソプラノは今年は市原愛さん,アルトは山下牧子さん,テノールは笛田博昭さん,バリトンは青戸知さん。バリトンを除くと,ソリストは一新された。
● 19世紀後半から20世紀前半に生きた指揮者のフェリックス・ワインガルトナーが,「第九交響曲を毎年何度もよくない演奏で聴くよりは,十年に一度よい演奏を聴いたほうが,はるかに有意義である」と言ったらしい。
ぼく一個はこの言い方には疑問を持つけれど,たとえそうだとしても,10年に一度どころか,1年に1回は「よい演奏」を聴いてきたのだな,この6年間は。
● というわけで,今回も素晴らしかった。C席なら5,000円ですむ。それでこうやって大晦日を過ごせるなら,めっぽうコストパフォーマンスのいい,充実した大晦日の過ごし方になると思う。
ディズニーランドのカウントダウンというのは,ぼくは立ち会ったことがないんだけど,あれはおそらく若い人たちに相応しい催事のように思える。30歳を過ぎているのなら,TDLより東京文化会館の方が似合うのではないか。
● 楽章間で拍手をするようなお客さんはいない。が,1曲の演奏が終わるか終わらないかのときにブラボーを叫ぶ馬鹿はいる。まだ音が残っているのに,聞きたくもない肉声を発するヤツ。
あまつさえ,前列に座っているのに立ちあがる大馬鹿もいる。当然,視界をさえぎる(まぁ,全員が立ってしまえばいいのではあるが)。その手の大馬鹿はえてしてデブであることが多い。困ったことに。
そうした行為はカタルシスをもたらすのではあろうけれど,その誘惑に抗し得ないというのは情けない聴き手である。
● 昨今,フライング拍手について何とかしようとする動きがあると聞く。が,そんなものより,フライングブラボーの方が喫緊の対策を要する問題ではないか。
“大馬鹿”については対策はない。そこまでの馬鹿は放っておく以外にない。
● スタンディングオペレーションが由緒正しい賛辞の呈し方であることは知っている。が,東京文化会館の座席は前後左右の余裕がなく,立ちあがるのは危険だ。
それ以前に,日本においてはスタンディングオペレーションが成り立つ素地がまだ未成熟のように思える。当分は未成熟のままだろう。そんなものは「のだめカンタービレ」の中にとどめておけばよい。
東京文化会館 大ホール
● この壮大かつ破天荒なイベントを4年連続で聴きに行っている。今年はどうするか。じつのところ,気がすんだ感もある。
同じ日に同じ会場の小ホールではベートーヴェンの弦楽四重奏曲の演奏会が,これまた毎年行われている。さすがに16曲を一気に演奏するわけではないけれども,連続2回ですべてを聴くことはできるはずだ。
● ぼく的には弦楽四重奏曲ってハードルが高い感があって,そろそろそっちに動いて,“ハードル高い感”を払拭しておかないといけないなと思ったりもして。どっしようかなあ,と。
結局,決められないまま12月を迎えた。
● 席はS・A・B・C・Dとあって,S席が2万円。あとは5千円きざみ。C席が5千円となる。D席は2千円。
過去4回のうち,3回はヤフオクでチケットを入手している。今回も否応もなくヤフオクに頼った。C席を1万円でゲット。ヤフオクを通すとだいたい,こんなものになる。
C席は4階の左右両翼席がメインになるようなのだけど,1列目と2列目では天地の差になる。たとえ倍払ってもいいから,1列目に座りたい。ヤフオクにその出物があれば,倍額覚悟で取りにいく。
● えっ,だったら,正規にB席を取った方がいいんじゃないですか,って。そりゃそうだ。「チケットぴあ」でも扱っているんだから,発売開始日にパソコンかスマホにはりついて,正規料金でCの1列目を狙えばもっといいのだと思う。
ま,今回は最後まで迷っちゃったもんだから。
● でね,会場に着いてしまえば,何で迷っていたんだろう,来る一手だったじゃないかと思うんですよね。大晦日の午後から深夜まで,これ以上はないと思える豪華メンバーの演奏で,ベートーヴェンの交響曲を1番から9番まで聴けるのだ。
日本を代表する音楽ホールのひとつであろう東京文化会館にしても,今日ほどの華やぎを見せるのは,年に何度もないのではないかと思われる。その華やぎの中に自分を滑りこませる快感っていうのも,たしかにある。
● ともあれ。結局,5年連続5回目の拝聴とあいなったわけね。開演は午後1時。陣容は,ぼくが聴き始めた2011年からまったく不動。
指揮は小林研一郎さん。管弦楽は「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」で,コンマスはN響の篠崎史紀さん。奏者の入替えはあるのだろうけど。
● C席とはいえ,1列目だから視野をさえぎるものがない。邪魔な他人の頭もない。ステージからの距離は少々あるけれども,S席の最もしょぼい席よりはこっちのほうがいいんじゃないかなぁと思う。
たしかなことはわからないけどね。S席なんて座ったことがないんだから。
今まではずっと左翼席だったんですよ。それが今回は初めての右翼席。コンマスの篠崎さんをはじめ,ヴァイオリン奏者が正面に見えることになる。この光景も新鮮だった。
● こんなブログを書いていると,演奏や指揮についてああだったこうだったと,まぁ,あれこれ書かなくちゃと思うものだから,それ前提で聴いてしまうことになる。
で,今回はそんなことを書くのはやめようと思った。これほどの演奏について素人が小賢しいことを書いても仕方がない。
ただ聴こう,心をむなしくしてたんに聴こう。そう思った。
● 1番の第1楽章。ヴァイオリンが正面に見えることの効果。弓を扱う腕の動きのきれいさ,敏捷さがストンと伝わってくる。
さらに,気持ちの乗せ方,あるいは自分の解釈の表現の仕方といったもの。
まぁね,ここまで言ってしまうと,それは君の勘違いか思いこみだよ,と自分で突っこみたくもなるんだけどね。
● 第3楽章に入ったところで,1万円の元は取れた感じがした。このあと,1番の第4楽章から先は,そっくりぼくの利潤になる。
2番の第1楽章を聴いているとき,ぼくの左目からツーッと涙が流れたのがわかった(右目からは流れなかったな)。どう処理していいのか,ぼくの脳が対応できないとき,こういう身体反応が出るんだと思う。
でもね,2番の第1楽章ですよ,どう考えても泣くところじゃないでしょ。自分の身体反応ながら,理解に苦しむところだ。ただし,こういうときって,身体反応が正しくて,理解なんてどうでもいいんだろうなとも思うんですよ。
● コンマスの篠崎さんの貫禄というか,ありゃあ凄いね。指揮者も彼を立てて,彼を通してオーケストラに対峙していこうとしているように見えた。
彼が入ってくるとき,先に待機しているメンバーはゴッドファーザーのテーマを奏でてもいいんじゃないですか。彼の所作とゴッドファーザーのテーマはピッタリはまって,客席は大いに沸くに違いない。
● でも,あれだ,このオケが常設だと仮定して,メンバーが篠崎コンマスの言うことを聞くだろうか。たぶん,聞きやしないね,このメンバーは。
チューニングのときの“音くれ”の合図や,終演後の“全員立て”の合図にはしたがうだろうけど,それを越える指示に対しては,無視をもって応えるんじゃないかな。
無視はしないか。反論するだろうね。言葉をもって言いたいことを言いそうな感じだな。
いやいや,もちろんわかりませんよ。わかりませんけど,そんな感じなんだな。
● 4番が終わったあとに,主催者の三枝さんが登壇。プログラム,2,000円するんだけどさ,面白いこと書いといたよ,役に立つと思うからさ,よかったら買ってよね,という口上。
今までは,この他に,奏者を呼んでインタビューしたりっていうのもあったんだけど,今回はそれだけにとどまった。
● あとは,小休止,中休止,大休止をはさみながら,淡々と進んでいく。1番から4番までが1部,5番と6番が2部,7番から9番までが3部,という感じ。
人によっては,9番を4部とする向きがあるかもしれないけど。
● 自分は今とんでもない演奏を聴いているのだぞ,と言い聞かせてみる。淡々と進むから,あるいはチケット代がかなり抑えられた価格だから,どうもありがた味が上昇してこないきらいがあるけれども,今聴いている演奏は凄いんだぞ,と。
指揮者もオケの演奏に付いていくように棒を振っていると思われるところもあったし。
● 最後は「第九」。「第九」の陣容も昨年と変わらず。合唱は武蔵野合唱団。ソリストは,森麻季(ソプラノ),山下牧子(アルト),錦織健(テノール),福島明也(バリトン)の諸氏。
唯一,バリトンの青戸知さんが体調が悪くなったらしく,福島明也さんがピンチヒッターに立った。
管弦楽も合唱団もソリストも,もう何も言うことがない。素晴らしいとはこういうことだ。
● 今回は年明けに10分ほど残して,年内の終演になった。
このあと,ロビーコンサートがある。ヨハン・シュトラウスのワルツをいくつか。
どんだけサービス精神に富んでいるんだか。っていうか,サービス精神だけではここまでやれないと思うので,やらせるだけのドーパミンが出ているはずだよな。
● じつはロビーコンサートまで聴いたのは,これが初めてだった。2016年の大都会の空気を吸いながら,大晦日の定宿になっているホテル(ただし,カプセルホテル)に向かった。
東京文化会館 大ホール
● 4年連続で4回目の拝聴。同じ日に同じ会場の小ホールで,ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の演奏会もあって,今年はこちらにしようかとも思った。
ベートーヴェンって交響曲だけじゃないし。交響曲はけっこう聴く機会があるし。弦楽四重奏曲を聴いてきたんですよと言う方が通っぽいような気がするし。
● が,やはりこの魅力に抗しきれずという次第。それと,下世話ながら,内容に比してチケットが安い。これも誘因になった。
開演は午後1時。指揮は小林研一郎さん。オーケストラは全国選抜の「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」。コンマスはN響の篠崎史紀さんで,指揮者とコンマスはこの4年間は不動(それ以前のことは知らない)。
● 過去3回はいずれもC席で聴いた。昨年は文化会館で購入したので,正規の5,000円。ただし,安いD席(2,000円)とC席はすぐに売れてしまうらしく,このとき買えたのは4階左翼席の2列目だった。これは正直,かなり辛い席で,同じC席でも1列目とは天地の差になる。
一昨年はその1列目をヤフオクで購入していた。落札価格は8,000円とか9,000円とか,場合によっては10,000円になってしまうんだけど,それでも1列目が取れるんだったら,その方がいいかなと思って,今年は最初からヤフオク狙い。
● ところが,その1列目の出品に10,000円で応札しても,落札できなくてね。また出てくるのかもしれないけれども,時間も迫っているしというわけで,もう何でもいいやと思って。
で,オークション終了30分前の時点でA席が11,500円のオファーがあった。これに,正規料金の15,000円で応札。結局,その値段で落札できてね。
S席とA席は,その時点でまだ正規チケットも残っていたけど,まずは良しとしなければならないよね。
● というわけで,今回は初めてA席で鑑賞することになりましたよ,と。1階の左翼席だった。
で,どうだったかというと,4階席とは届く情報量がまるで違うんでした。
まず,小林さんの指揮ぶりが見える。4階席の奥の方から見ると,彼の左手が風に吹かれてブラブラしているように見えた。1階で見ると,意思が通っているという当然のことがわかる。
奏者の表情もわかる。それがどうしたと問われれば,存在が身近に感じられるぞと答えておけばいいだろう。
● 1番からさすがはプロの集中力。といっても,ストイックな集中ではない。たぶん,奏者にとってもこの催しはお祭りなのだと思う。ゆえに,肩の力が抜けているというか,リラックスしているというか。そのうえでの集中。
とはいえ,後半になると指揮者も奏者も入れ込む度合いが高くなる。お祭りじゃなくなる。そうなればなったで,別の凄みが出てくるわけだけれども,そうなる前の3番が今回の白眉だったと言ってみたい。5番でも7番でもなく,3番(あと,4番も)。
● どういう日本語をあてはめればいいか。ケレン味がないというか。起伏の多いこの曲を平明に表現したといいますかね。
力みがない。こちらの感度さえ良ければ,まっすぐに直截に受け取れるはずの演奏だと思えた。
ぼくがそのように受け取れたかとうかは,したがって別の問題。
● しかし,入れ込んだ後も聴きごたえがあったのは言うまでもない。7番の第4楽章の音のうねり,跳躍。呆然としながら聴いていた。
いや,呆然とするしかないでしょ。これ聴いて,呆然としなかった人って,客席の中にいたのか?
● 8番もその勢いで,最後は「第九」。
ソリストは森麻季さん(ソプラノ),山下牧子さん(アルト),錦織健さん(テノール),青戸知さん(バリトン)。合唱は武蔵野合唱団。この布陣も昨年と同じ。
よく鍛えられた合唱団。男声をこれだけ集められるってところに,ぼくなんぞは都会を感じてしまうんだけどね。
ソリストについては名前だけでひれ伏す感じ。
● けれども,肝はやはり管弦楽だ。疲れていないはずはない。疲労困憊だったと思うんだけど,寸毫も集中を切らさない。
っていうか,「第九」が始まる前の休憩時間にも練習している音が聞こえてくるわけですよ(確認作業だったんでしょうね)。なんなんだ,こいつら,っていうね。
じつに使い減りがしないというか。いや,プロとはこういうものかと思いましたよ。
● どのパートがどうのこうのという世界じゃないけれども,ぼくにはオーボエの音色が染みた。
しみじみと染みてきた。あぁ,オーボエっていいなぁ,っていう。
● 指揮者もしかり。70歳をこえてこれだけ身体が動いちゃうんだからね。
しかも,大晦日の午後1時から始まって,終演は年明けという長丁場。途中,休憩はもちろんあるものの,とんでもない運動量だし,それ以上に根をつめなきゃいけない作業なわけで。凡人にとっちゃ,それだけで驚異。
でも,若手の指揮者にしたら困るでしょうね。これだけ頑張られちゃ,自分に席が回ってこないよ,と。サラリーマンなら,60歳になればいやおうなしに退場させられるけれども,この世界にそれはない。
● コンマスの篠崎さんの存在感も印象的。オーケストラを完全掌握。「まろ」というのは,言い得て妙でありますな。
● ステージは素晴らしい。が,客席はどうかというと,ごく普通だ。
下品きわまるブラボー屋がいるし,演奏中にプログラム冊子を読んでいる鶏頭もいる。このあたりは宇都宮で地元のアマオケの演奏会を聴いているのと,雰囲気は何も変わらない。
ただし,子どもはいない。大人だけだ。演奏時間帯からして子どもがいちゃまずいんだけど,子どもがいないってのは,かなりの快感だ。
● 会場はずっと東京文化会館。ここ,席が狭いのが難。左右も前後もかなり手狭。その分,収容人員を多くしていると思われる。約2,300人を容れることができる。
主催者とすれば,それを満席にしないと催行は覚束ないのだろう。席が狭いことくらい,我慢しないとしょうがない。
● 年末の「第九」は日本の風物詩かと思っていたんだけど,最近では外国でも見られるようになりつつあるらしい。
けれども,ベートーヴェンの交響曲の全曲を1日で演奏するなんてのは,たぶん,日本だけでしょ。しかも,この水準ですからね。
したがってこのコンサートはよく知られている(と思われる)。遠くから飛行機や新幹線を使ってわざわざ聴きに来ている人もいるようだ。
東京文化会館 大ホール
● この壮大な,っていうか破天荒な,イベントに3年連続3回目の参加。
過去2回はヤフオクでチケットを入手していたんだけど(正規料金の5~8割増しになった),今回は発売後まもない夏場に会場のカウンターで購入した。なので,正規料金で入場。
C席で5,000円。この時点で20,000円を投じてS席にしていれば,これ以上はない特等席を確保できたかもしれない。が,惜しんでしまった。で,これまた3年連続のC席。
● この演奏会のD席,C席チケットのヤフオク出品状況を見ていると,最初からヤフオクに出すつもりでまとめ買いするプチ・ダフ屋がいるっぽい。プチ・ダフ屋から買ってでも行きたいと思わせる演奏会だってこと。
これを消滅させるには,演奏水準を落とすか,チケットを値上げするかだ。どちらも嬉しくない。
● ぼくは栃木県のアマオケを中心に聴いているけれども,ベートーヴェンが演奏される回数がダントツで多い。次いで,チャイコフスキーとブラームス。この3人がトップスリーになっている。栃木に限らないでしょうね。
CDで聴くのもやっぱりベートーヴェンが多い。「ひとり全交響曲連続演奏会」を催行することも,何度もある。といっても,歩きながら(あるいは電車に乗っているときに)イヤホンで聴いてるだけですけどね。
● ちなみに,同じ曲についていくつものCDを聴き比べるってのを,ぼくはやらない。絶対やらないと決めているわけではないけれども,結果的にあまりやったことがない。たまたま手にしたCDをずっと聴いていく。基本,そのような営業方針(?)で臨んでいる。
で,「ひとり全交響曲連続演奏会」を催行するときに用いているCDは次のとおりだ。
1~3番:スクロヴァチェフスキ,ザールブリュッケン放送交響楽団
4番,9番:カラヤン,ベルリン・フィル
5番,7番:クライバー,ウィーン・フィル
6番:ネヴィル・マリナー,アカデミー室内管弦楽団
8番:小澤征爾,サイトウ・キネン
● では,ベートーヴェンの何がそんなにいいのか。ベートーヴェンの代名詞にもなっている「苦悩を通して歓喜にいたる」のコピー効果? 起伏がクッキリしていて,ストーリーを仮託しやすい? ひょっとするとベートーヴェンっていう名前じたい?
後付けの理屈はいろいろ付けられそうなんだけども,これだよヤマちゃん,っていうのはどうも掴まえられない。
● 上野公園は普段の休日よりずっと閑散。動物園も休園だ。帰省する人たちは帰省し,海外に遊びに行く人たちは遊びにいっているだろうから,これが大晦日らしさだといえばいえる。
が,会場内に年の瀬の雰囲気はない。館内のショップは通常どおり営業しているし,レストランでは夕食の予約受付で大忙しだ。今日は大晦日で,明日は元日? どこの国の話? ってなもんだ。
● ともあれ。開演は午後1時。指揮は今回も小林研一郎さん。管弦楽も「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」で,コンマスはN響の篠崎史紀さん。奏者の入替えはあるにしても,構成は昨年,一昨年とまったく同じ。
ベートーヴェンの交響曲を1番から9番まで順番に演奏していくという,何の衒いもない内容だ。衒いがないんだから,ごまかしも効かない。球種は直球のみ。日本を代表するプレイヤーの集団である「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」が演奏する意味もこのへんにあるんでしょ。
● 出入り自由になっている。全部を聴かなくてもいい。何せ長丁場だ。聴きたい曲だけつまみ喰いするのもOKだ。が,お客さんの多くは全部を聴いていく。ぼくもその中のひとり。
これだけの演奏を一部でも聴きのがしてはもったいない。チケット代ももったいない。栃木から来ているんだし。
● まず,1番と2番を続けて。せっかく来たんだから一音も聴きのがすまいと思ったりもしちゃうんだけど,それってあんまり感心しない聴き方ですよね。ゆったり味わえばいい。音はむこうから飛びこんでくる。
2番がシンシンと味わい深かった。そうなんですよね,2番ってこういう曲なんですよね,っていう。
● 30分の休憩のあと,3番。第2楽章冒頭のオーボエが奏でる旋律の甘美さはたとえようがない。
全交響曲を演奏するんだから,体力も要るだろう。それもあってか,奏者は圧倒的に男性が多い。女性はヴァイオリン,ヴィオラ,オーボエ,フルート,ファゴットに一人ずつ。弦はずっと同じ奏者が演奏するけれども,管は交代制。
まぁさ,こんな酔狂なことは男に任せとけばいいよね。
● 3番のあとに,主催者代表の三枝成彰さんのトークが入った。演奏会には演奏以外のものはない方がいいと,とりあえずは思ってるんだけど,これだけ長いとサービスしたくなるんだろう。それを求める声も多いだろうし。
ホワイエにベートーヴェンの自筆の楽譜が展示してあるから,その説明も要るし,東日本大震災で被災した子どもたちへの支援活動も行っているから,そのPRも。
● 三枝さんのお話は次の3点に要約できる。
ひとつは,自筆の楽譜は読めないところがあって,それを演奏できるように写した写譜屋さんは偉いということ。
2番目は,小さな動機を積み重ねて曲を「構築」していくベートーヴェンの手法。5番にしろ6番にしろ,短い一つか二つの旋律を繰り返す。それでくどさを感じさせないのはすごいこと,というような話。
3番目は,オフビート。弱泊にアクセントがある。これがベートーヴェンの躍動感の理由だ。
2番目と3番目は前にも聞いている(ような気がする)。けれども,オフビートの話なんかは,ああそうなのかと思って,それで終わる類のものだね。なぜって,ではオフビートで作曲すれば,誰でもベートーヴェンのような曲を作れるのかといえば,そんなことはあり得ないだろうからね。
● 4番のあと,60分の休憩をいれて,5番,6番と続けて演奏。
5番は素晴らしい演奏だった(と思う)。ただ,昨年の圧倒的な緊迫感に満ちた演奏の記憶が残っている。それと比較してしまうんですね。
今年は何が違ったのか説明しろといわれても,うまくいえない。ひょっとすると,記憶じたいが変容を受けているかもしれない。自分で勝手に美化しちゃってるみたいな。
あるいは,こちら側の構えが,昨年ほどのテンションを欠いていたからかもしれない。
● むしろ6番が記憶に残る演奏だった。特に,第4楽章と第5楽章。これほどスケールが大きい「田園」は聴いたことがないよ,って感じ。
弦の厚みがすごいから,スケールの大きさに奥行きが加わる。
● ここで90分の大休憩。
なんでこんなに休憩するんだとスタッフに喰ってかかっている馬鹿がいた。オレには終電があるんだぞ,どうしてくれるんだ,的なね。還暦はすぎているんじゃないかと思われる爺さん。
どうしても出てしまうのかねぇ,どうやったらここまで馬鹿になれるんだと考えさせる手合い。
こちらはそうした馬鹿とは関わらないことができるけれども,スタッフは仕事がら,相手をしなくちゃいけない。ここまでの馬鹿の相手をさせられる分は,たぶん,彼女の給料には含まれていないと思うんだけどね。
● その大休憩のあと,7番と8番を続けて演奏。
7番も素晴らしい演奏だった(と思う)。ただ,昨年のスリリング極まる演奏の記憶が残っている。それと比較してしまうんですね。
ここでも,むしろ8番がぼく的には印象的で,この曲を聴いていると,夏目漱石の「則天去私」という言葉を連想してしまう。変な聴き方をしてるんだと思うんですけどね。
● オーケストラがここまでの水準だと,指揮者の作用領域はそんなに広くはないと思われる。奏者がそれぞれ,自分の中に指揮者も育てているだろう。
したがって,基本,オケ任せでいいんでしょうね。指揮者がオケを称揚する場面が頻繁にあった。オケも指揮者を立てている。両者の関係は良好(なんだと思う)。
● 「第九」の準備が整うまでの時間,今度は三枝さんが各パートの主席にインタビュー。どうしても弾けない音符があるとか,フレーズが長いのでブレスコントロールに気を遣う(管楽器の場合)とかの話があった。
● で,最後は「第九」。ソリストは,森麻季(ソプラノ),山下牧子(アルト),錦織健(テノール),青戸知(バリトン)の諸氏。合唱は武蔵野合唱団。ソプラノとアルトは変わっていたけれども,あとは昨年と同じ。
結局,今回はこの「第九」が際だっていましたかね。その功績の約半分は合唱団にある。この合唱団がここまで巧かったことに気づかなかった。昨年,一昨年は何を聴いていたんだか。
● ただ,この時間帯になると,目がかすんできましてね。去年まではそんなことはなかったんだけどね。
それと,ソリストが左側にいたので,ぼくの席からだと,視界から切れちゃうんですね。これが何とも残念で。
さらにいうと,前列のお客さんが身を乗りだすようにすると,彼の頭でステージの半分が隠れちゃう。森麻季さんを見たいのはわかるんだけど。
それに応じてこちらも身をかがめたりするんだけど,そうすると後列のお客さんの視界をぼくが遮ることになるんだと思うんですよ。
このあたりがね。いい席を取ればいいだけの話なんですけどね。
● 演奏会が終了したのは,2014年に入ってから。大晦日はJRが終夜運転を行うから(大休憩のときにスタッフにあたっていた爺さんは,このことを知らなかったのかも),泊まる必要はない。そのまま帰れる。過去2回はそうした。
ただね,終夜運転は宇都宮までのことでしてね,宇都宮から先は通常運転になる。なので,宇都宮で3時間ほど時間をつぶさなくちゃいけない。2時半から5時半までの3時間。めっちゃ寒いわけですよ。
● 宇都宮って駅前は真っ暗だからね。その時間帯に営業しているお店なんかぜんぜんないですから。二荒山神社まで歩くしかないわけね。ここまで来るとさすがに人影がある。初詣に来た人たちを相手に仕事を始めている露店もあるしね。
この時間に初詣に来てるのは,ほぼ若いニーチャンとネーチャンたち。束の間,彼らが場を支配している。それぞれ家庭の事情を抱えながら,がんばって生きているんだと思いますよ。それを見てるのも面白いっちゃ面白いんだけど,なにせ寒いからね。
近くの飲み屋に入り込んで,熱燗をやりながら,黒磯行きの始発を待つことになるわけです。
● でもね,寄る年なみってやつでね,これがけっこうきつい。今年は泊まることにして,上野にホテルを予約しておいた。
といっても,5,000円でお釣りがくるカプセルホテル(朝食付きのプラン)。どうも,このあたりが落としどころっていうか,財布と相談するとこうなるしかないっていうか。
● 不満はないんですよ。寝れりゃいいんだから。おっきなお風呂にも入れるし,とびきり旨いというわけではないにしても,普段は食べることのない朝食をゆっくり喰えるんだし。
何より,始発を待ちながら宇都宮で飲んでるよりは安くつくうえに,体はずっと楽なんだから。
でもなぁ,この年になってカプセルホテルかぁ,オレの人生,こんなもんだったのかぁ,という気分も,若干だけれども,ないこともない。
東京文化会館大ホール
● 今年も大晦日の今日,東京文化会館で「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2012」が開催される。
昨年はヤフーオークションでC席チケットを落札して聴きに行った。が,せっかくの演奏会がC席だと隔靴掻痒以上に残念な結果になる。ここはやはりS席でなければならない。
S席は2万円。この演奏会なら2万円は納得できる。むしろ安い。
● 何度か東京に出ているので,ついでに買える機会はあった。が,見送ってきた。
もし大晦日に別の用事ができたらどうしようとか思ったりもしてね。代わりに行ってくれる人がいればあげちゃってもいいんだけど,ぼくの回りにはそんな人は見あたらないし。クラシック音楽なんてタダでもパスってのばっかりだから。
でも,それは言い訳でしてね。要は2万円が工面できなかったんですねぇ。
● で,どうしたかというと。またヤフオクに頼ったんですね。しかも,同じC席。何も学習してないじゃないか,アホかおまえ。どうぞ誹ってやってください。
こういう状態のとき,行かないっていう決断をスパッとできないんですよねぇ。未練を残してしまう。で,最悪の選択をしてしまう。
● とはいえ。ラッキーなことに4階左翼の最前列。とりあえずは,オケの全体が見えるのではないかと思ったのが,入札した理由でしてね。そうでなかったら行かなかったと思うんですよ。
ただね,昨年も4階の左翼だったんですよね。最前列だったかどうかまでは憶えていないんだけど(たぶん,最前列ではなかったと思いたいんだけど。といっても,4階左翼は3列しかないんだよな)。
ステージから遠すぎて「指揮者の小林研一郎さんの後ろ姿が,骸骨の操り人形のように見えた」し,ステージの「左側の一部が切れてしまう」のだった。それは今回も変わらないかもしれない。
だんだんイヤな予感が増してきたんだけど。
● というわけで,2012年の大晦日も東京に出かけていった。
ステージの陣容は昨年と変わらない。指揮者は小林研一郎さん。オーケストラは「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」(メンバーの入れ替えは当然あるだろう)。コンサートマスターを務めるのは,N響の篠崎史紀さん。
● 席はですね,昨年よりも左より。ということは,視野から切れる部分が増えるってことですよ。
しかぁし。最前列の効果は抜群。左よりでもちょっと身を乗りだせばステージはすべて見える。そもそも,ステージとの距離も昨年よりずっと近くなった感じ。ほぼ,ストレスなし。わずか1列前か後かでこれほど違うのかぁ。
今回はオペラグラスを持参したんだけど,結局,ほとんど使わなかった。ちょうどいい具合にステージがそっくり視野に収まる。肉眼でOKだった。
● 昨年はS席で聴いてこそと思ったんだけど,撤回します。最前列なら4階席でも大丈夫。
ごめんなさい。武士に二言があってはいけないんだけど,町人や農民だったら,二言,三言は許されていいでしょ。ぼくの先祖は町人か農民だったと思うんですよ。
C席で5,000円(ぼくはヤフオク経由なので,その5割増しになっているんだけど)。チケット発売開始後,早々に買うことができる人ならば,ここは狙い目のような気がする。貧乏人の味方だ。
● ちなみに,そのオペラグラス(Nikonの3倍率)もヤフオクで購入。何だかねぇ,たいていのものはヤフオクですませちゃってるんですよ。パソコンと周辺機器はほとんどそうだし,サプリメントとかもそう。パソコン以外の電気製品もしかり(ぼくが個人で使う電気製品はということです。ヨメは中古品なんてモッテノホカっていうタイプ)。そのうち,ケータイもそうなるんじゃないかと思う。
モノを買うために行くリアルのショップは,スーパーとコンビニと百円ショップだけになっている。家電量販店にも行くけれど,まず何も買わないもんね。時々,乾電池とかの消耗品を買うくらいでね。
呑みにも行かなくなった。旅行もしなくなった。そうなっているのはぼくだけじゃないと思うんですよね(いや,おまえだけだよ,ってか)。不景気なのも当然だよなぁ。
● 開演は午後1時。チケットは完売。
きちんとよそゆきの服装で来ている人もいれば,普段着の人もいる。ぼくは普段着派。
よそゆき派の中には,泊まりがけで来ている人もかなりいるんじゃないかと推測する。ぼくも栃木の田舎から出張っているんだけど,新幹線とか飛行機で来ている人もいるんじゃないのかなぁ。
年齢を問わず男女を問わず,ひとりで来ている人がけっこう多いのも特徴。ぼくもそのひとりなので,おぉ同士よ,っていう気になる。話しかけてみたくなったりもするんだけど,それも迷惑だろうしな。
ホール内の売店もレストランも普段どおりに営業しているわけで,ここにいると大晦日という感じはまったくしない。休憩時間に,着飾っているご婦人方がコーヒーカップやワイングラスを片手ににこやかに話している様子はなかなかいいものだ。
ぼくはホールの外に出て,自販機で缶コーヒーを買ってるわけですけど。
● 昨年は,開演時には空席がけっこう目立ったと記憶している。今回はかなり埋まっていた。第1番から第9番まですべて聴かなければいけないという法はない。自分が聴きたいものだけを選んで聴くことの何が悪い。
それはそうなんだけれども,これだけのオーケストラで第1番から順に演奏するわけだから,全部聴かなきゃもったいないと思うし,通して聴いてこそわかる何ものかがあるとも思う。
● 昨年よりいい環境で聴けたことも大きいと思うんだけど,ステージからもらったものは,今回の方がずっと多かった。
第1番が始まってすぐに体が熱くなった。体の芯がジワーッとではなくカッと熱くなる感じ。着ぶくれていただけだろ,っていうツッコミはなしでお願いしたい。
● 第3番。ちまたの曲目解説には,壮大であるとか,力強いとか,美しいとか,巨大な山とか,いろんなことが書かれている。だけど,いまいちピンと来てなかった。もちろんCDでは何度も聴いているし,アマチュアオーケストラの演奏も何回かは聴いているんだけど。
それが,今回の演奏を聴いて初めて腑に落ちたっていうか。そうか,こういうことだったのか,って(錯覚の可能性が高いけどね)。
クリアでノイズのない演奏を生で聴けたからこそだと思う。
● 第4番が終わったところで,三枝成彰さんと樋口裕一さんのトーク。
樋口さんは「第九」のCDを272枚持っているとのこと。ご本人は長い間に溜まったものだからとおっしゃっておられたけれども,それにしても272枚。住んでる世界が違う。音楽を聴くことに費やした時間と労力とお金が,ぼくなんぞとはまるで違う。
世間にはとんでもない人がいるものだ。こういう人がいるんだから,ぼくなんかが「第九」について講釈を垂れてはいけないよなぁ。
オタク王と呼びたくなったが,ご本人にすればそう呼ばれることは心外かもしれないね。
● 三枝さんによれば,ベートーヴェンの曲はオフビートなのだ。音の裏側にアクセントがある。それがベートーヴェンの躍動感の秘密だという。
で,実際に,オフビートを口ずさんでくれたんだけど,それを聴いてもぼくの頭の中は???。馬の耳に念仏だった(笑ってやってください)。
● 圧巻は次の第5番。ステージから放出されるエネルギーは凄まじかった。もちろん秩序だっているわけだから,秩序あるエネルギーの奔流と形容しておきたい。
正直,ぼくには受けとめ切ることができなかった。受けとめ切ることができないと,涙が出てくるんですね,これ。
老人性涙腺失禁だろうっていうツッコミはなし,ということでよろしく。涙が出るんですよ,ほんとに。受けとめ切れていないからだと,思っているんです。受けとめ切れないうちが華だという思いもあります。
● 第6番「田園」では,第2楽章以降にフルートのソロが何度か登場。そのフルートを担った美貌のフルーティストに注目。
● ここで90分間の大休憩。この間に夕食をすませることになる。ホール内のレストラン,この時間帯はもちろん予約制になっているはずだ。
迷わず,上野駅に入った。駅構内にある「ほんのり屋」でおにぎりを3個,購入。あと,自販機で熱いお茶。これでいいじゃないですか,ねぇ。絶対に間違いのないチョイス。
おにぎりってのはすばらしい発明品で,冷えても旨いってのはすごいぞ(もちろん,冷えてない方がいいんだけどさ)。海苔でくるむってのは誰が考えたんだろうねぇ,偉大だぁ。
● 大休憩のあと,第7番。ぼくにもわかるほどテンポに緩急をつけていた。第3楽章で特にそれを感じましたね。バーッと行くところと,テンポを落として音をはっきり刻ませるところと。
若干,ほんの少し,集中を欠いた瞬間があったように思われた。瑕疵ではない。いかな名人上手といえども,人の子だ。一気にベートーヴェンの全交響曲を演奏するわけだから,それはあって当然だ。
ぼくら観客は,チケットを買って,当日,自分の身体を会場まで運び,あとはずっと柔らかい椅子に座っていればいい。それが仕事のすべてだ。ステージで演奏する方はそうはいかない。
● この1年間,ベートーヴェンの交響曲はCDで何度となく聴いてきた。で,第8番が引っかかってきたのが収穫といえば収穫。第7番と比較して,女性的だとか優美だとか言われることがあるんだと思うんだけど,なかなかどうして。
CDでは小澤征爾指揮,サイトウキネンオーケストラの演奏をもっぱら聴いている。キレイすぎ,整いすぎという印象も受けるんだけど,別段の不満もない。
その第8番の生をこのオーケストラで聴けることが,今回の楽しみのひとつだった。で,聴き終えたときには背中にうっすらと汗をかいていた。
● 最後は「第九」。ソリストは,岩下品子さん(ソプラノ),竹本節子さん(アルト),錦織健さん(テノール),青戸知さん(バリトン)。合唱は武蔵野合唱団。これも昨年と同じ。
合唱の迫力と質感だけは生で聴かないと味わえませんよね。合唱が巻き起こす空気の震えのようなものは,CDからは伝わってこない(現在の録音技術ならできるのか)。
今回は管弦楽がマーラー版だった。三枝さんが,これを聴けるのはたぶんこれが最初で最後だと言っていたんだけど,その貴重な機会を得ることができたのはラッキーだった。マーラー版はCDでも聴いたことがないので。
管弦楽が百人の大編隊。だけども,違いがよくわからなかった。こういう場でも限界効用逓減の法則が働くのかもしれない。楽器を増やせば増やしただけの効果があるというわけでもなさそうだと,ぼくには思えた。
● この全曲演奏会はベートーヴェンの交響曲を順番に演奏しているだけで何の演出もないわけだけど(休憩時間のトークは別だけど,演奏そのものについてはね。演出のしようもないしさ),最後が「第九」っていうのは効果的だよねぇ。
それあればこそ,この演奏会も企まざる演出効果をまとうことができる。
● というわけで,今回は堪能できた。大晦日にベートーヴェンのすべての交響曲を,こうまですばらしいオーケストラと指揮者で聴けるのは,日本に住んでいることの役得ではないかと思えてきた。
家でテレビなんか見ている場合じゃないぞ。ディズニーランドでカウントダウンなんかしている場合じゃないぞ(ぼくは長らくそっち側にいたんだけど)。海外旅行もダメだ。
この演奏会を聴かないと損をするぞ。お金のある人はS席で,ない人はC席の最前列で。大晦日はこれに限ると断言してしまおう。
東京文化会館大ホール
● 大晦日の「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2011」に行ってきた。
午後1時の開演だったのだが,9時前に家を出た。余裕を見過ぎるというか,慎重過ぎるのがぼくの通弊。わかっているんだけれども,ここは治らない。
ヨメが「青春18きっぷ」を用意しておいてくれた。普通に切符を買った方がちょっと安いんだけれども,ありがたく使わせてもらうことにして,11時に上野に着いた。
● 昼食を入れておこうと思ってウロウロしてみたのだが,立喰い蕎麦スタンド以外の店には入れなくなっている自分を発見。もともと,知らない店にブラッと入っていくのはあまり得意な方ではなかったけれども,年とともにその傾向が増している。
外食もほとんどヨメと行くようになっていて,しかもぼくは彼女のあとをついて行くというスタイルだから,自立度が落ちているのだと解釈している。ヨメへの依存度が高くなっているといっても同じことだ。
結局,改札を出て,駅前の立喰い蕎麦スタンドでカレーとかけ蕎麦のセットを食べた。あぁぁ,ですね。
● 東京文化会館に入るのは初めて。栃木の総合文化センターや那須野が原ハーモニーホールも素晴らしいホールだと思うけど,東京文化会館はさすが老舗のドッシリ感があった。昔からステージの音や客席の拍手,ロビーのざわめきを吸い込んできたのだなぁと思わせる。殿堂といった趣がある。日本の音楽文化を担ってきたのだっていう。
ぼくは地元沈潜を目指してきたけれども,こうして都会のホールの空気に触れてみると,時々は東京に出なきゃダメだよなぁとも思ってしまうねぇ。
● さて,「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏2011」。その名のとおり,ベートーヴェンの交響曲を1番から順に演奏していくもの。
座席はC席(5千円)。ヤフーオークションで9千円で落とした。2万円のS席はまだ空席があったのに,お金を惜しんでそのようにしたわけだが・・・・・。
これは失敗だったことにすぐに気がついた。指定された席は4階の左翼。ステージから遠すぎた。奏者の表情や細かい動きがわからないのだった。したがって,奏者が音を紡ぎだす様子が窺えない。目を閉じて音だけ聴いているのとあまり変わらない。かくもあるかと思ったので,オペラグラスを持ってくるつもりでいたのだが,見事に忘れてしまった。
指揮者の小林研一郎さんの後ろ姿が,骸骨の操り人形のように見えた。糸で吊されていて,カクカクと動かされているといった印象になる。しかも,ステージのすべてが視界に入るわけでもない。左側の一部が切れてしまう。これはけっこうなストレスになる。
● ここは大枚をはたいてS席を取るべきだった。演奏する「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」は全日本選抜チーム,あるいはオールスターチームだ。国内で望みうる最高水準の演奏であるはずだ。
であれば,S席で聴いてこそ。その方が格安感を味わえるはずだ。でなければ一番安いD席(2千円)でいい。中間のA,B,Cは選択肢に入れないことだ。
● 当日はすべてのチケットが完売になったらしく,当日券はなかった。しかし,S席にもけっこう空きがあった。チケットは買ったものの,都合が悪くて来られなかった人がこんなにいるのか,大晦日だものなぁ,にしてももったいないなぁ。2万円をパーにするんだからねぇ。
が,時間の経過とともに,空席が減ってきた。5番,6番の演奏が始まる頃には空席はグッと少なくなっていた。マイナーな初期作品はパスして5番が始まる頃にやってくるのだろう。その辺の勝手がわかっているんだから,リピーターなんでしょうね。そうだとしてももったいないと思うけど。
それでも最後まで空いたままの席もあった。あぁ,あそこに移りたい。ダメだけどね。
● 男女を問わず,ひとりで来ている人が多かった。ぼくの両隣もひとりで来ていた男性。さらにその隣も。若者も多かった。
文字どおりの半日のコンサート,しかも大晦日に開催されるコンサートにわざわざ足を運ぶのは,究極のクラシックファンなのかもしれない。
のだが。居眠りしているのもいるんですよ,けっこうね。これも空席と同じで,時間の経過とともに減ってきたけれどもね。
● プログラムは別売で2千円。迷った末に購入(迷うってのが情けない)。A4で75ページの堂々たるプログラム。
この演奏会にはトヨタをはじめ12社がスポンサーになっている。それでも,これだけの演奏会をやるには資金不足なのだろう。チケットを値上げするのが本筋だと思うが,それをやって観客が減ってしまっては困る。主催者は色々と考えを巡らせているはずだ。プログラムも収益をあげる手段のひとつ。
休憩時間にプロデューサーのひとりである三枝成彰さんのトークや奏者の苦労話なども披露された。これもプログラムの販促のためといっては嫌味が過ぎるだろうか。ぼくも半ばは寄付のつもりで購入した。
● とにかく,ベートーヴェンの交響曲を全曲演奏するのだから,演奏する側も途中で人の入替えがあるのだろうと思っていた。が,ないんですね。楽器にもよるが,ほとんどの奏者はずっと出ずっぱりで演奏する。とんでもないスタミナ。
● 演奏は素晴らしいに違いない。のだが,困ったことに,演奏が上書き保存されてしまうんですよ。2番を聴くと,それが1番の上に上書き保存される。1番は消去されてしまう。3番を聴くと2番が消去される。
というわけで,最後に聴いた9番しか憶えていないことになる。ま,これは極端に言っているわけだけれども,9つ聴いて,9つの記憶が脳内に並列することはない。
もちろん,だからダメというのではない。2番にしろ3番にしろ,それを聴いている時間は間違いなく至福を味わっているわけで。
● 再び次回はS席にしようと思った。これだけの演奏を聴きながら,心が飛んでいかないのだ。ずっと客席に張りついたままなのだ。ステージとの距離がありすぎるからだと思う。ステージの臨場感をたっぷり感じられる席がいいと何度も思った。
● 休憩時のトークについて上に書いたけれども,そこで誰かが言っていたこと。この長丁場を演奏できるのは,奏者もベートーヴェンから元気をもらっているからだ,と。なるほど。そういうことはあるに違いない。
それと,ナマは静かな場面が印象に残るということ。これも言葉にされるとその通りと頷きたくなる。CDとナマの違いはまずはここにあるのだろう。CDで聴くと,静かなところ(たとえば6番の出だし)はたんに静かなだけだが,生演奏だとその静かさがくっきりとした味わいになる。
● すべての演奏が終わって上野駅に向かう途中で日付が変わった。静かなものでしたねぇ,新年を迎えたときの上野界隈。閑散としていた。歩いているのは東洋系の外人。寛永寺に初詣に向かう人の流れができているかと思いきや,そんな気配は微塵もなかった。上野公園にある清水観音堂もまた然り。
● 日が経つごとに,この「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会」はほんとに凄かったなと思えてくる。今年の暮れもぜひ行きたい。何度も書いたが,今度は2万円を払ってS席で。
大晦日の夜は教育テレビでN響の「第九」が放送される。その後はこの1年間の音楽界のニュースも。ベルリンフィルの定期演奏会を指揮した佐渡さんのインタビュー放送もあるようだった。
正直言うと,わざわざ東京まで出かけるよりこのテレビ番組を見ている方が利口なのじゃないかとも思った。今のテレビは大画面だし。
けれども,実際に行ってみれば,テレビなど吹っ飛ぶ。途方もないコンサートなのだった。