宇都宮市文化会館 小ホール
● “ザ・メトロポリタンミュージック”の演奏会を聴くのはこれが2回目。2年前に一度聴いている。このときは,玉川克(チェロ),佐久間聡一(ヴァイオリン),桑生美千佳(ピアノ)のピアノ・トリオだった。
そのときも今回も,財団の理事だという人の挨拶があったのだが,可能ならばこういうものはない方がよい。単純に邪魔だからだ。財団の都合もあろうから,あくまで可能ならという留保を付けておくが。
● 3日に同じ宇都宮市文化会館で行われた「ブラームスはお好き?」の演奏会で,このチラシを見て開催を知った。即,チケット(3,000円)を購入した。
文化会館のサイトに行けば載っているはずなのだが,どうもそうした情報収集に熱心ではなく,見過ごしてしまうことが多い。自戒しておく。たぶん効果はないだろうが。
開演は18時30分。終演は21時近かった。宇都宮で平日の夜の開催だ。お客さんの入りはこんなものかと思えるもの。
● 今回は2部構成。まずプログラムを書き写しておく。
渡邊響子(ヴァイオリン)
モーツァルト ハフナー・セレナードよりロンド
サラサーテ ツィゴイネルワイゼン
市橋杏子(ピアノ)
リスト メフィストワルツ第1番 村の居酒屋での踊り
相田しずか(チェロ)
ドヴォルザーク 森の静けさ
シューマン アダージョとアレグロ
渡邊響子 市橋杏子 相田しずか
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番(第1楽章のみ)
林峰男 宮地晴彦 玉川克 三森未來子
レモ・ジャゾット(アルビノーニ) アダージョ
カサド(フレスコバルディ) トッカータ
パッヘルベル カノン
ポッパー 演奏会用ポロネーズ
チャイコフスキー 舟歌
バッハ シャコンヌ
● 最も印象に残ったのは最後のバッハ「シャコンヌ」。5mくらい後方に吹っ飛ばされた気分。チェロ4本による「シャコンヌ」の破壊力たるや。抑制の効いた破壊力というかな。
無伴奏ヴァイオリン曲。しかし,この曲の編曲版は数え切れないほどにある。ぼくが最も数多く聴いているのは,齋藤秀雄編の管弦楽版だ。下野竜也&読響のCD。
何で聴いてもハズレはないと思うんだけど,チェロ4本だとこうなるということだなぁ。曲目解説によれば,ラースロー・ヴァルガによる編曲とのこと。と言われても,まったく知らない人だけどね。
● パッヘルベル「カノン」も。カノンってこういうことかというのがよくわかる。いやいや,それは聴く前からわかってろよ。
単純に同じ旋律で異時間スタートというわけでもないんだよね。
● 渡邊響子さんの「ツィゴイネルワイゼン」は超絶技巧の嵐で,よくヴァイオリンを取り落とさないものだと思う。何もここまでにせんでもと,サラサーテに言いたい。が,聴いてる分にはすこぶる面白い。
Wikipediaによれば,ツィゴイネルワイゼンとは「ジプシー(ロマ)の旋律という意味である」らしい。哀愁と言いたくなる色調があるのはそういうことかと安直に納得しておく。
モンティ「チャルダッシュ」もそうだけれど,ジプシーが伝えてきた旋律というのは,何だか染みてくるよねぇ。日本人と相性がいいような気がする。何の根拠もなく言っているのだが。
● 市橋杏子さんはリスト「メフィストワルツ第1番」を演奏。といって,伴奏も務めていたわけなので,ずっと出ずっぱり。最後は肩で息をする状態だったのではないかと思う。最後のメンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲」では客席から気を揉んだほどだが。
聴いている分にはやはり「ツィゴイネルワイゼン」の伴奏が面白かったんですよね。と言われるのは本人には不本意かもしれないけれども,しようがないですね,ここはね。「ツィゴイネルワイゼン」の魅力なんですよね。
● 相田しずかさん。音大ではない普通の大学を卒業してOLをやっていた,と本人が語ってた。OLを辞めて,桐朋に入学し,今は桐朋の学生。
音大に進むか一般大学にするか悩みに悩んで,結局,将来の生きやすさを考えて一般大学にしたのだろうと勝手に推測する。しかし,音楽への思い,やみがたく。
● となると,やはりあのとき,音大に進んでいればと思ってしまうのだろうか。ものごとにはそれをやるべき時季がある。その時季を逸してしまったという後悔。
しかし。人生に無駄なことなどひとつもない,それもこれも必要だったから起きたのだ,という言われ方を信じていたい。なぜなら,根拠なくそれを信じてしまった方が得だからだ。過去は巻き戻せないのだから。
● 医師を辞めて音大に入り直した人もいるもんね。収入は激減することはわかっていたはずだが,それでもそちらに方向を向ける。他の職業を捨てさせてまで,彼女や彼を惹きつける魅力を発するのは芸術と呼ばれる分野に限られる。とりわけ音楽。
何というのかなぁ,選ばれし者の栄光と悲惨というやつかな。音楽に翻弄される人生。選ばれなければそんな目に遭わないですんだのに。選ばれてしまったんだよなぁ。
● 相田さんの初々しい佇まいがとても新鮮なものに映った。トリオで演奏したときの渡邊さんのヴァイオリンを気にする仕草とか,客席に投げる視線の様とか。
来年はもうこの初々しさは消えているのだろう。初々しさをいつまでも残しているようでは,ちょっと困る。というわけなので,ぼくらは貴重なものを見れたかもしれないんだよね。
● ところで,3人の演奏を聴きながら(観ながら),ショーガールという言葉が浮かんできた。彼女たちはアーティストに違いないのだ。パフォーマーでもある。
しかし,ステージで演奏する以上,否応なく“受ける”ことを考えざるを得なくなるだろう。演奏以外の立居振舞の問題。
その点でいうと,「林峰男と仲間たち」の三森未來子さんが他のメンバーと交わす愛嬌たっぷりのアイコンタクトは,ショーガールの模範と言うべし。
約2時間のコンサートが終了した直後の満足感は,他のものでは代替できません。この世に音楽というものが存在すること。演奏の才に恵まれた人たちが,時間と費用を惜しまずに技を磨いていること。その鍛錬の成果をぼくたちの前で惜しみなく披露してくれること。そうしたことが重なって,ぼくの2時間が存在します。ありがたい世の中に生きていると痛感します。 主には,ぼくの地元である栃木県で開催される,クラシック音楽コンサートの記録になります。
2019年11月13日水曜日
2017年10月20日金曜日
2017.10.14 ザ・メトロポリタンミュージック創立四周年記念演奏会
栃木県総合文化センター サブホール
● 今日はダブルヘッダー。総文センターでもうひとつ。ザ・メトロポリタンミュージック創立四周年記念演奏会。開演は午後6時15分。チケットは2,500円(前売券)。
こちらは,完全なるプロのピアノ・トリオ。玉川克(チェロ),佐久間聡一(ヴァイオリン),桑生美千佳(ピアノ)の3人。
● ザ・メトロポリタンミュージックとは,そも何者? 名前からすると東京にある音楽事務所かと思いきや,若い演奏家の支援を目的とする栃木ローカルの財団法人らしい。
「音楽を通じた社会貢献を目的とし,次世代を発掘(コンクール等),育成(セミナー講演等),支援するための活動に取り組み,真のクラシック音楽普及を目指しています」とある。
● 以下,小理屈を捏ねる。
クラシック音楽を普及させることは「社会貢献」になるか。ならない。なるわけがない。クラシックを聴く人が増えたからといって,それで社会の何が変わるのか。
社会貢献などと言わないで,こう言えばいいのだ。
もしそうなら,演奏する側にいる人たち,音楽を教える立場にいる人たち,ザ・メトロポリタンミュージックを運営する側にいる人たちは,一人残らず豊かな情操をまとっているはずだ。
実際にはどうか。そっち側にいる人たちがよくわかっているとおりだ。笑っちゃうほどそんなことはないではないか。音楽と無縁に過ごしてきた人と比べて,まったく違いはない。
ま,情操っていう言葉が意味曖昧なまま使われているので,以上の言い方にはけっこう以上の反論があるかもしれないけどね。
● 結局,操作主義なんでしょうね。音楽や美術をやれば情操が伸びるはずだ,ではこの子の情操を伸ばすために音楽を聴かせよう,楽器を習わせよう,というのは操作主義。操作主義と褌は向こうから外れるとしたものでしょ。
わが子を情操豊かに育てるための手立ては,親には与えられていないんですよ。祈ることしかできない。というか,祈ることはできる。祈ってください。
● さて。このコンサートは2部構成だった。まず,プレ・コンサートがあった。宇短大附属高校音楽科からこの春,芸大に進んだ早川愛さん(ソプラノ)と,同高校3年の大野紘平さん(ピアノ)のミニコンサート。主催者としてはこちらを聴いてもらいたかったのかも。
トスティ 薔薇
木下牧子 竹とんぼに
小林秀雄 すてきな春に
バルトーク ルーマニア民族舞曲
ドニゼッティ オペラ「連隊の娘」より“さようなら”
プッチーニ オペラ「ジャンニ・スキッキ」より“私のお父さん”
● 「ルーマニア民族舞曲」のみ,大野さんのピアノソロ。あとは,大野さんの伴奏で,早川さんが歌う,と。
二人ともすでにこういう場には慣れしている。観客の捌き方は堂に入ったものだ。早川さんの歌唱もさることながら,大野さんのピアノに注目。この先,プロとして立っていくためには,なお峻険を極める道が待っているんだろうけど,ここまでに費やしてきたものの大きさは充分にうかがうことができた。
● 幸あれと祈るしかないのだが,平坦とは無縁の10年間をこれから味わうことになるんだろうか。彼や彼女が自分の子どもじゃなくて良かったというか,親御さんは気がかりだろうねぇ。
しかし,どの道を行くかは本人が決める。しかも,どんな道かは見通せないままに決める。
彼らほど先鋭ではなくても,ぼくらは誰もがそうして生きてきた。そうして多くの人は諦念か後悔の中にいる。つまり,それが人生というものだと達観するしかないのだろうね。
● 19時から玉川さん,佐久間さん,桑生さんによるピアノ・トリオ。桑生さん,キュートな人。チラシの写真より美人。ひじょうに珍しい事例ですなぁ。
曲目は次のとおり。
ハイドン ピアノ・トリオ第39番
ブルッフ コル・ニ・ドライ
サラサーテ 序奏とタランテラ
スーク エレジー
ベートーヴェン ピアノ・トリオ第7番「大公」
● スーク「エレジー」は初めて聴いた。いや,過去に聴いたことがあるのかもしれないけれど,憶えていない。
しかし,以後,この曲を忘れることはないだろう。日本人にもスッと入っていける。ジンワリ染みてくる。もっとも,名手が弾けばこそだろうけど。
念のために確認してみたんだけど,CDはどうやら持っていない。しばらくはネット(YouTube)のお世話になるか。
● 「大公」は大曲にして難曲。3人は何度も演奏経験があるんだろうけど,何度やってもこれはと思うんだろうかなぁ。自分のものにできたっていう感想を持つことがあるんだろうか。
聴く方もこれは大変でしょ。ドッと疲れが来た。
● ベートーヴェンってとんでもないヤツだよねぇ。「第九」を聴いてもそう思うし,ヴァイオリンのクロイツェルソナタを聴いてもそう思うし,ピアノコンチェルトの3番を聴いてもそう思うし,弦楽四重奏曲の14番を聴いてもそう思う。まったく,とんでもないヤツだよ。
ということはつまり,ベートーヴェンの作品がない世界に生きているとしたら,だいぶ味気ないんだろうなぁ,と。ぼくらはそのことに感謝しないといけないんだろうな,と。
● 同時に思うことは,ベートーヴェン以後の作曲家はすべて,ベートーヴェンとの格闘を余儀なくされてきたのだろうなってことですよね。
9つの交響曲を始め,とんでもない量の作品があって,しかもそれらが越えがたい壁,というより山脈を形成しているもんね。ため息をつくしかない思いにかられるんだろうな。
● 今日はダブルヘッダー。総文センターでもうひとつ。ザ・メトロポリタンミュージック創立四周年記念演奏会。開演は午後6時15分。チケットは2,500円(前売券)。
こちらは,完全なるプロのピアノ・トリオ。玉川克(チェロ),佐久間聡一(ヴァイオリン),桑生美千佳(ピアノ)の3人。
● ザ・メトロポリタンミュージックとは,そも何者? 名前からすると東京にある音楽事務所かと思いきや,若い演奏家の支援を目的とする栃木ローカルの財団法人らしい。
「音楽を通じた社会貢献を目的とし,次世代を発掘(コンクール等),育成(セミナー講演等),支援するための活動に取り組み,真のクラシック音楽普及を目指しています」とある。
● 以下,小理屈を捏ねる。
クラシック音楽を普及させることは「社会貢献」になるか。ならない。なるわけがない。クラシックを聴く人が増えたからといって,それで社会の何が変わるのか。
社会貢献などと言わないで,こう言えばいいのだ。
いやぁ,私ねぇ,クラシックが好きなんですよぉ,こう見えてもね。でね,私が好きなものを多くの人たちに聴いてもらいたいなと,こう思うわけなんですよ。ついては皆さん,私の好きなものに付き合っていただけませんかねぇ。付き合っていただけると,めっちゃ嬉しいんですけど。よろしくお願いしますよ。● よく言われるのが,クラシック音楽は情操を培うというものだ。バカなことを言ってもらっては困る。そんなことはない。どのくらいないかといえば,髪の毛一本ほどもない。
もしそうなら,演奏する側にいる人たち,音楽を教える立場にいる人たち,ザ・メトロポリタンミュージックを運営する側にいる人たちは,一人残らず豊かな情操をまとっているはずだ。
実際にはどうか。そっち側にいる人たちがよくわかっているとおりだ。笑っちゃうほどそんなことはないではないか。音楽と無縁に過ごしてきた人と比べて,まったく違いはない。
ま,情操っていう言葉が意味曖昧なまま使われているので,以上の言い方にはけっこう以上の反論があるかもしれないけどね。
● 結局,操作主義なんでしょうね。音楽や美術をやれば情操が伸びるはずだ,ではこの子の情操を伸ばすために音楽を聴かせよう,楽器を習わせよう,というのは操作主義。操作主義と褌は向こうから外れるとしたものでしょ。
わが子を情操豊かに育てるための手立ては,親には与えられていないんですよ。祈ることしかできない。というか,祈ることはできる。祈ってください。
● さて。このコンサートは2部構成だった。まず,プレ・コンサートがあった。宇短大附属高校音楽科からこの春,芸大に進んだ早川愛さん(ソプラノ)と,同高校3年の大野紘平さん(ピアノ)のミニコンサート。主催者としてはこちらを聴いてもらいたかったのかも。
トスティ 薔薇
木下牧子 竹とんぼに
小林秀雄 すてきな春に
バルトーク ルーマニア民族舞曲
ドニゼッティ オペラ「連隊の娘」より“さようなら”
プッチーニ オペラ「ジャンニ・スキッキ」より“私のお父さん”
● 「ルーマニア民族舞曲」のみ,大野さんのピアノソロ。あとは,大野さんの伴奏で,早川さんが歌う,と。
二人ともすでにこういう場には慣れしている。観客の捌き方は堂に入ったものだ。早川さんの歌唱もさることながら,大野さんのピアノに注目。この先,プロとして立っていくためには,なお峻険を極める道が待っているんだろうけど,ここまでに費やしてきたものの大きさは充分にうかがうことができた。
● 幸あれと祈るしかないのだが,平坦とは無縁の10年間をこれから味わうことになるんだろうか。彼や彼女が自分の子どもじゃなくて良かったというか,親御さんは気がかりだろうねぇ。
しかし,どの道を行くかは本人が決める。しかも,どんな道かは見通せないままに決める。
彼らほど先鋭ではなくても,ぼくらは誰もがそうして生きてきた。そうして多くの人は諦念か後悔の中にいる。つまり,それが人生というものだと達観するしかないのだろうね。
曲目は次のとおり。
ハイドン ピアノ・トリオ第39番
ブルッフ コル・ニ・ドライ
サラサーテ 序奏とタランテラ
スーク エレジー
ベートーヴェン ピアノ・トリオ第7番「大公」
● スーク「エレジー」は初めて聴いた。いや,過去に聴いたことがあるのかもしれないけれど,憶えていない。
しかし,以後,この曲を忘れることはないだろう。日本人にもスッと入っていける。ジンワリ染みてくる。もっとも,名手が弾けばこそだろうけど。
念のために確認してみたんだけど,CDはどうやら持っていない。しばらくはネット(YouTube)のお世話になるか。
● 「大公」は大曲にして難曲。3人は何度も演奏経験があるんだろうけど,何度やってもこれはと思うんだろうかなぁ。自分のものにできたっていう感想を持つことがあるんだろうか。
聴く方もこれは大変でしょ。ドッと疲れが来た。
● ベートーヴェンってとんでもないヤツだよねぇ。「第九」を聴いてもそう思うし,ヴァイオリンのクロイツェルソナタを聴いてもそう思うし,ピアノコンチェルトの3番を聴いてもそう思うし,弦楽四重奏曲の14番を聴いてもそう思う。まったく,とんでもないヤツだよ。
ということはつまり,ベートーヴェンの作品がない世界に生きているとしたら,だいぶ味気ないんだろうなぁ,と。ぼくらはそのことに感謝しないといけないんだろうな,と。
● 同時に思うことは,ベートーヴェン以後の作曲家はすべて,ベートーヴェンとの格闘を余儀なくされてきたのだろうなってことですよね。
9つの交響曲を始め,とんでもない量の作品があって,しかもそれらが越えがたい壁,というより山脈を形成しているもんね。ため息をつくしかない思いにかられるんだろうな。
2015年8月17日月曜日
2015.08.15 Auras trio 玉川克の室内楽コンサートvol.10
栃木県総合文化センター サブホール
● ピアノ三重奏曲の演奏会。Auras trioのメンバーは,桑生美千佳さん(ピアノ),佐久間聡一さん(ヴァイオリン),玉川克さん(チェロ)。
開演は午後2時。チケットは3,000円。当日券を購入。
● 曲目は次のとおり。
モーツァルト ピアノ三重奏曲 K.564
ショスタコーヴィチ ピアノ三重奏曲第2番
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番
● このメンバーの演奏でこの曲を聴いて,何もこちらに響いてこなかったら,非は全面的にこちらにあることになるだろう。
ステージから届く音の連続を聴きながら,こちらは勝手に遊べばよい。
● で,ショスタコーヴィチを聴きながら,ぼくの頭に浮かんできたのは次のようなイメージだった。
第1楽章では月世界でウサギたちが運動会のようなお祭りに興じている。なにやら楽しそうにやっている。第2楽章で別の大型獣が登場する。が,ウサギたちに悪さをしかけるわけではない。ただ,不穏な空気は漂っている。
第3楽章はウサギたちの運命を予告するような葬送曲になる。第4楽章でその予告が現実になってしまった。
● というね。われながらお粗末な一席だと思うけれども,こういうのは聴き手の力量がそのまま出るからね。仕方がないんでしょうな(でも,もう少し何とかならんかね)。
● メンデルスゾーンの曲は,質量がぎゅっと圧縮されて詰まっている感じ。これを演奏という形にして聴衆に届ける作業は,手練れの彼らにしてもけっこう消耗するのではないか。
下手がやると曲の圧に吹っ飛ばされそうだ。
● アンコールはエルガーの「愛の挨拶」。最後は穏やかに。
● この日のメインホールではAKB48のコンサートがあった。何だこの人出はと思った。60歳を過ぎていると思われる(70歳に近いかもしれない)オッサンがひとりで来てたりする。これならぼくがひとりで行っても,まったく違和感がないな。
でも,彼も立ちあがって両手を上にあげて身体を揺らすんだろうか。自分にそれができるか。できなそうな気がする。そういう自分をつまらないヤツだと思うけれどもねぇ。
● ピアノ三重奏曲の演奏会。Auras trioのメンバーは,桑生美千佳さん(ピアノ),佐久間聡一さん(ヴァイオリン),玉川克さん(チェロ)。
開演は午後2時。チケットは3,000円。当日券を購入。
● 曲目は次のとおり。
モーツァルト ピアノ三重奏曲 K.564
ショスタコーヴィチ ピアノ三重奏曲第2番
メンデルスゾーン ピアノ三重奏曲第1番
● このメンバーの演奏でこの曲を聴いて,何もこちらに響いてこなかったら,非は全面的にこちらにあることになるだろう。
ステージから届く音の連続を聴きながら,こちらは勝手に遊べばよい。
● で,ショスタコーヴィチを聴きながら,ぼくの頭に浮かんできたのは次のようなイメージだった。
第1楽章では月世界でウサギたちが運動会のようなお祭りに興じている。なにやら楽しそうにやっている。第2楽章で別の大型獣が登場する。が,ウサギたちに悪さをしかけるわけではない。ただ,不穏な空気は漂っている。
第3楽章はウサギたちの運命を予告するような葬送曲になる。第4楽章でその予告が現実になってしまった。
● というね。われながらお粗末な一席だと思うけれども,こういうのは聴き手の力量がそのまま出るからね。仕方がないんでしょうな(でも,もう少し何とかならんかね)。
● メンデルスゾーンの曲は,質量がぎゅっと圧縮されて詰まっている感じ。これを演奏という形にして聴衆に届ける作業は,手練れの彼らにしてもけっこう消耗するのではないか。
下手がやると曲の圧に吹っ飛ばされそうだ。
● アンコールはエルガーの「愛の挨拶」。最後は穏やかに。
● この日のメインホールではAKB48のコンサートがあった。何だこの人出はと思った。60歳を過ぎていると思われる(70歳に近いかもしれない)オッサンがひとりで来てたりする。これならぼくがひとりで行っても,まったく違和感がないな。
でも,彼も立ちあがって両手を上にあげて身体を揺らすんだろうか。自分にそれができるか。できなそうな気がする。そういう自分をつまらないヤツだと思うけれどもねぇ。
2014年4月13日日曜日
2014.04.12 昴21弦楽四重奏団那須野が原公演
那須野が原ハーモニーホール 小ホール
● プログラムによれば,「昴21弦楽四重奏団」は2002年に桐朋の学生だった4人で結成された。三又治彦さん(ヴァイオリン),佐久間聡一さん(ヴァイオリン),御法川雄矢さん(ヴィオラ),玉川克さん(チェロ)。
日本を代表する中堅どころにさしかかっている人たち。
● 開演は午後3時。チケットは全席指定で2,000円。当日券があった。
玉川さんが,お花見に行かずに,このコンサートに来てくださってありがとうございます,と挨拶した。
しかし,だ。花見に行くようなノリでこのコンサートに来た人もけっこういたと思うぞ。観客(ぼくも含まれる)のテンションはあまり高いとはいえなかったように思うね。
● ともあれ,曲目は次のとおり。
ハイドン 弦楽四重奏曲第74番 ト短調
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲〈大フーガ〉変ロ長調
ボロディン 弦楽四重奏曲第2番 ニ長調
● 弦楽四重奏というと,玄人好みというか,ぼくには少々敷居が高い。以前ほどではないと思いたいんだけど,まだまだ身構えてしまうところがある。
CDでもネットに転がっている音源でも,交響曲や協奏曲だけで聴ききれないほどある。その間隙を縫って弦楽四重奏曲まで聴くとなると,言うは易く行うは難し。なかなか聴けないでいる。
● CDを聴かないから生演奏を味わえないなんてことはまったくないはずだけど,馴染みが薄いという気配が濃厚に(ぼくの場合は)ある。
せめてベートーヴェンの四重奏曲くらいは聴こうよというわけで,複数のCDを取り揃えてはみたものの,ひとつをひと通り聴いただけで,頭の中に霞がかかったような気分になった。
● そういう人間が〈大フーガ〉を聴くんだからね。正直,味わえるところまで行っていませんね。
この曲はベートーヴェンの作品中,最もヘンテコリンなものという紹介もあったんだけど,昔は否定一色だったでしょ。今は先駆的なものと評価されているようだけど。
ぼくにわかるわけはないよなぁと,妙に納得している。
● ただね,弦楽四重奏はアンサンブルの精妙さが命だろうとは思うわけですよね。そこを味わえればいいかなぁ,と。
で,そこのところはね,こちらから味わいに行かずとも,ステージから勝手に届いてくるわけでね。
● 〈大フーガ〉に比べると,ボロディンの方がずっと聴きやすい。とっつきやすい。こういうところから入っていけばいいかなぁと思った。背伸びしてベートーヴェンにとっかからなくてもいいかなぁ,と。
● アンコールはシューマンの「トロイメライ」ほか3曲。最後のアイネ・クライネ・ナハトムジーク変奏曲(?)は大変なサービス。この弦楽四重奏団の水準の高さが最もわかりやすく伝わってきた。
アンコールになると客席もグッとくだけてきた。いい意味でね。柔らかくなった。
自分に引き寄せて,これでいいんだよなと思いましたね。わかるとかわからないとか,堅苦しく構えるなよ,まずは楽しめる曲を聴こうよ,って思いましたよ。
● 演奏ぶりを見ながら,四人それぞれの性格を推測してみるのも楽しいものだね。たいてい外れるんだろうけどさ。別に個人的にお付き合いするわけじゃないから,こいつはこんな性格だなと勝手に決めつけるって,けっこう面白いもので。
● こちらにも家庭の事情や個人の事情がいろいろあって(たいしたもんじゃないんだけど),その「いろいろ」が雑念になって押し寄せてくる。
それを払いのけて聴くことに注意を集中させようとするんだけど,今日はそれがうまくいかなかった。せっかく演奏してくれてるのに,申しわけない。
そういうところを含めて,演奏を聴くという単純なことが十全にはできていない。修行が足りない。
● プログラムによれば,「昴21弦楽四重奏団」は2002年に桐朋の学生だった4人で結成された。三又治彦さん(ヴァイオリン),佐久間聡一さん(ヴァイオリン),御法川雄矢さん(ヴィオラ),玉川克さん(チェロ)。
日本を代表する中堅どころにさしかかっている人たち。
● 開演は午後3時。チケットは全席指定で2,000円。当日券があった。
玉川さんが,お花見に行かずに,このコンサートに来てくださってありがとうございます,と挨拶した。
しかし,だ。花見に行くようなノリでこのコンサートに来た人もけっこういたと思うぞ。観客(ぼくも含まれる)のテンションはあまり高いとはいえなかったように思うね。
● ともあれ,曲目は次のとおり。
ハイドン 弦楽四重奏曲第74番 ト短調
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲〈大フーガ〉変ロ長調
ボロディン 弦楽四重奏曲第2番 ニ長調
● 弦楽四重奏というと,玄人好みというか,ぼくには少々敷居が高い。以前ほどではないと思いたいんだけど,まだまだ身構えてしまうところがある。
CDでもネットに転がっている音源でも,交響曲や協奏曲だけで聴ききれないほどある。その間隙を縫って弦楽四重奏曲まで聴くとなると,言うは易く行うは難し。なかなか聴けないでいる。
● CDを聴かないから生演奏を味わえないなんてことはまったくないはずだけど,馴染みが薄いという気配が濃厚に(ぼくの場合は)ある。
せめてベートーヴェンの四重奏曲くらいは聴こうよというわけで,複数のCDを取り揃えてはみたものの,ひとつをひと通り聴いただけで,頭の中に霞がかかったような気分になった。
● そういう人間が〈大フーガ〉を聴くんだからね。正直,味わえるところまで行っていませんね。
この曲はベートーヴェンの作品中,最もヘンテコリンなものという紹介もあったんだけど,昔は否定一色だったでしょ。今は先駆的なものと評価されているようだけど。
ぼくにわかるわけはないよなぁと,妙に納得している。
● ただね,弦楽四重奏はアンサンブルの精妙さが命だろうとは思うわけですよね。そこを味わえればいいかなぁ,と。
で,そこのところはね,こちらから味わいに行かずとも,ステージから勝手に届いてくるわけでね。
● 〈大フーガ〉に比べると,ボロディンの方がずっと聴きやすい。とっつきやすい。こういうところから入っていけばいいかなぁと思った。背伸びしてベートーヴェンにとっかからなくてもいいかなぁ,と。
● アンコールはシューマンの「トロイメライ」ほか3曲。最後のアイネ・クライネ・ナハトムジーク変奏曲(?)は大変なサービス。この弦楽四重奏団の水準の高さが最もわかりやすく伝わってきた。
アンコールになると客席もグッとくだけてきた。いい意味でね。柔らかくなった。
自分に引き寄せて,これでいいんだよなと思いましたね。わかるとかわからないとか,堅苦しく構えるなよ,まずは楽しめる曲を聴こうよ,って思いましたよ。
● 演奏ぶりを見ながら,四人それぞれの性格を推測してみるのも楽しいものだね。たいてい外れるんだろうけどさ。別に個人的にお付き合いするわけじゃないから,こいつはこんな性格だなと勝手に決めつけるって,けっこう面白いもので。
● こちらにも家庭の事情や個人の事情がいろいろあって(たいしたもんじゃないんだけど),その「いろいろ」が雑念になって押し寄せてくる。
それを払いのけて聴くことに注意を集中させようとするんだけど,今日はそれがうまくいかなかった。せっかく演奏してくれてるのに,申しわけない。
そういうところを含めて,演奏を聴くという単純なことが十全にはできていない。修行が足りない。
登録:
投稿 (Atom)





