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2024年11月23日土曜日

2024.11.23 第15回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 昭和音楽大学・東京藝術大学・桐朋学園大学

ミューザ川崎 シンフォニーホール

● 音大フェスの1日目。昭和,藝大,桐朋。15時開演。
 昭和はバルトーク「管弦楽のための協奏曲」。指揮は時任康文さん。この曲はこのフェスでもしばしば取りあげられる。
 藝大はベートーヴェン「レオノーレ2番」と三善晃「焉歌・波摘み」。指揮は下野竜也さん。これは逆に音大フェス初登場。音大フェス以外でも,生で聴くのは,ぼくは初めてだ。

● 桐朋はシュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」。指揮は沼尻竜典さん。
 このフェスで強烈に印象に残っている演奏が2つある。1つは2013年のストラヴィンスキー「春の祭典」。もう1つは2018年のホルスト「惑星」。
 いずれも桐朋が演奏したものだ。今回の「ドン・キホーテ」も然りだろう。ただし,聴く人が聴けば,ということになる。

● 3つとも,とてつもないものを聴いているというのはわかる。が,聴けたかどうかはわからない。
 情報量(という言葉を安易に使ってしまうのだが)はプロオケの演奏よりずっと多いと思える。届くものが違う。それをちゃんと受領できてるかどうか。われながら心許ない。

● まぁ,しかし。これを聴かないですますというのはあり得ないと思っている。指揮者も錚々たる人たちが勢揃いする。
 ハロウィンとクリスマスの間の最大イベントですよ。ハロウィンもクリスマスもなくていいんだけれども,これがないのは困る。

● 首都圏まで聴きに行くのは減らして,地元に沈潜しようと画策してるんだけど(数年前から画策してるんだけども上手く行かない),これは別ね。千里の道も遠しとしないで出かけていきますよ(千里も離れてないんだけどさ)。
 今回も通し券を買っている。来年3月には選抜チームの演奏会もあるので,開演前にそのチケットも買いましたよ。

2018年11月30日金曜日

2018.11.24 第9回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 東京藝術大学・武蔵野音楽大学

ミューザ川崎 シンフォニーホール

● 死ぬ間際に,どれかひとつだけ食べられるとなったら,何を選ぶだろうか。豚肉と野菜のハウスバーモントカレーか,永谷園のお茶漬け海苔か,納豆ご飯か,子供の頃に母親が作ってくれた醤油味の焼き飯か。寿司とかラーメンにはならないような気がするが,けっこう迷って決められない。
 しかし,音楽のコンサートをひとつしか聴けないとなったら何を選ぶか。これに関してはほとんど迷いがない。このコンサートにすると思う。厳密には4回あるんだけれど,まとめてひとつということで。

● 音楽を専攻する若き学生たちの,1回に込める思いの質量の絶対的な大きさが,ヒリヒリするような緊張感に満ちた演奏を生む。
 通し券を買っていたこともあるんだけど,4回全部を聴くことは,ぼくのような暇人にも難しい。が,今年は,たとえ行けない回があろうとも,通し券を買ってしまおうと思う。

● 8月26日にミューザに行ったので,音大フェスの通し券を購入。1回1,000円のところ,通し券だと750円になる。が,通し券用の席はあまりいいところは用意されていないようだ。
 たぶん,1回券を買った方がトータルではお得かもしれない。ということを,前にも言ったような気がする。ま,気は心というやつで,通し券を買っておこうと思ったわけだから,それでかまわないと思っているんだが。

● さて,今日はその1日目。開演は午後3時。
 客席はほぼ満席。空席はそれなりに見受けられたのだが,たぶんチケットは買ったものの,都合がつかなくなった人がそれなりの数いたのだろう。その程度の空席。
 このフェスティバルは,首都圏の音大生が渾身をこめて演奏するし,わが国を代表する錚々たる指揮者が指揮をするし,会場はミューザと芸劇だ。演奏,指揮,会場と3拍子揃っているわけで,それでいてチケットはたったの1,000円なのだ。
 とりあえずチケットは買っておくかという人がいて当然。万難を排して都合をつける価値がある演奏会だと思うのだが。

● ぼくの席は,ステージの(客席中央から見て)左側。1st.Vnの奏者の背中を見る感じのところ。指揮者の表情や動きはよく見える。
 こういう席も悪くはない。というか,こういう席があるホールはそんなに多くない。ミューザの他にはサントリーホールくらいしか知らない。“みなとみらい”もそうだったか。

● 藝大はバルトーク「管弦楽のための協奏曲」。指揮は梅田俊明さん。
 迫真の演奏というか。この曲はわりと演奏される機会が多いが,これほど真に迫った(という言い方は変か)演奏を過去に聴いたことがあったろうかと,記憶をまさぐってみた。うぅん,あったかもしれないのだが,記憶にはひっかかってこない。

● 何なんだろうかなぁ,空気をパリーンと凍らせるようなというか,呼吸をするのも許さないというかなぁ,そういう緊張がステージから発し,あっという間にホール全体を覆ってしまう。
 音楽の楽しみ方って,揺り椅子でくつろぎながらというものではないんだよねぇ。いや,そういうのもあるんだろうけど,それだけじゃない。
 そんな聴き方をしたんじゃ,こちらが呑まれてしまう。客席でこちらも演奏に対峙するというか,迎え撃たないと,“楽しむ”こともできない。
 でもって,そういう聴き方を強いられることにも,ある種の快感がたしかに存在するのだと思わされる。

● 武蔵野音楽大学は「第九」を持ってきた。指揮は北原幸男さん。ソリストも当然,自前。合唱団も同じだろう。
 難しさに満ちていると思われる緩徐楽章も,さすがは音大と思わせる仕上がり。こういうふうにやればいいのか。って,頭ではわかっても実際にやれるかというとね。

● おばちゃん(おじちゃん)とお婆ちゃん(お爺ちゃん)がいない合唱団は,それだけでとてもいい。何もしないで立っているうちから,見た目の美しさが違う。ということを,お爺ちゃんのぼくが言ってはいけないのだが。
 「第九」を聴くのは今年2度目なんだけど,こういうのを聴くと,今年は「第九」はもういいかなぁと思ってしまう。満たされた。「第九」のシーズンはこれからなんだけど,今年はもういいか,と。

● ところで。北原さんは暗譜で振っていた。「第九」ではそれが普通なんだろうか。って,そんなことはないと思うんだけど。
 とまれ。1日目から美味しかったよ。大満足で,千里の彼方にある自宅を目指したんでした。

2017年11月21日火曜日

2017.11.18 第8回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 東京藝術大学・桐朋学園大学

東京芸術劇場 コンサートホール

● 「音楽大学オーケストラフェスティバル2017」。今日から計4日間の日程。開演は午後3時。チケットは1,000円。
 今日は藝大と桐朋が登場。初日で両横綱が顔を合わせてしまった。

● 藝大はストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」。桐朋はプロコフィエフ「ロミオとジュリエット」(もちろん抜粋)。
 もちろん偶然だろうけれども,バレエ音楽が並ぶことになった。

● 粛然として襟を正さしめる何ものかを,ステージ上の音大生は放っている。四の五の言わせない,強い何ものかを。
 その何ものかを充填しているのが,彼ら彼女らがここまで来るのに払ってきた,膨大な時間であることはハッキリしている。一点に費やしてきた膨大な時間。それはまた,その一点以外の可能性を排斥するものでもあった。
 彼ら彼女らには,今このステージ上に立っているという以外の生活があり得た。客席にいてこの演奏を聴いている人生もあったはずだ。
 が,その一点以外の可能性をすべて捨てて,その結果,今このステージにいるという,圧倒的な事実。

● 息をするのも憚られるような濃密な緊張感が,客席を支配する。その何ものかに圧倒される快感というのがたしかにある。

● まず,藝大。指揮はラースロー・ティハニ氏。ハンガリーの人。
 藝大でも奏者の多くは女子。が,数は少ないながら,男子もしっかりとそこにいる。男子がしっかりとそこにいることの安心感のようなものがある。何だろうね,これ。

● 歌舞音曲は女のものという風潮というか色合いというか,それは今でもあるのか。それとも過去のものになったのか。
 どうも今でもあるのじゃないかと思う。が,楽器を操る男子がひと頃よりは増えているようにも思える。
 それって,男が女に取り込まれている(男女差がなくなってきている。ただし,女寄りの方向に)からで,歌舞音曲は女のものという命題が否定されつつあることの証左にはならないように思う。
 という埒のないことを思ったりしたんだけど。

● 次は桐朋。女子比率は藝大より高い。もちろん,だからダメということではまったくない。何というのかなぁ,東正位の貫禄というのかなぁ,確信のようなものを感じるんですよ。
 これでいいんだ,自分たちのやってきたことは間違っていないんだ,っていう確信。臆せず,グイグイ前に出る迫力。
 この音大フェスは何度か聴いているんだけど,桐朋から感じるのはこのことだ。

● 指揮は中田延亮さん。経歴が面白い。筑波大学の医学部(筑波では学部とは言わないらしいのだが)を途中で飛びだして,音楽の世界に転んだ。医師免許は放棄したのだろう。
 世間一般からすればモッタイナイの典型例。しかし,やむにやまれぬ大和魂。
 ときどき,いるよね。勉強もできちゃったから医学部に行ったけど,やっぱり自分のいるところはここじゃないと気づいて(という言い方でいいんだろうか)音楽の世界に飛びこむ人。

● チケットの1,000円は,このイベントを開催するのに必要な装置と労力を考えれば,ほとんどタダに近いだろう。無料というのも何だから,いくらかいただくことにしましょうか,という感じなんでしょうかね。
 いや,奏者は学生なんだし,指揮者も手弁当なのかもしれない(日本を代表する指揮者が登場するんだけど)。だとすると,チケット収入だけで賄えているはずだ。
 が,その場合は,演奏する側がボランティアということになるわけで,いずれにしても,ぼくらはそのおこぼれに与っている。

● 電車賃が4千円かかるんだけど,これはそれでも聴きに行きたい演奏会。
 来年から東京に出向くのは抑制しようと思っている。最低でも半分にしたいのだけど,どうしても残ってしまうものがあって,これはそのひとつですね。

2015年11月17日火曜日

2015.11.15 第6回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 上野学園大学・東京藝術大学

東京芸術劇場 コンサートホール

● 「首都圏9音楽大学と2つの公共ホール(東劇とミューザ)が連携して行う音楽大学オーケストラ・フェスティバル」の今回は2回目。開演は午後3時。

● まずは,上野学園大学。指揮は下野竜也さん。
 曲目は次のとおり。いずれも「死者の追悼のために書かれた」もの。
 ストラヴィンスキー 管楽器のためのシンフォニーズ(1947年版)
 ペルト カントゥス-ベンジャミン・ブリテンの思い出に
 ブリテン シンフォニア・ダ・レクイエム

● 木管と金管だけが入って,「管楽器のためのシンフォニーズ」。プログラムノートの楽曲紹介によれば,「ドビュッシーを追悼して」という副題が付されている。
 静かに時が過ぎていく。

● 「カントゥス-ベンジャミン・ブリテンの思い出に」もまたしかり。「三和音の純粋な響きと単純な旋律の反復」なんだけど,奏者は気を抜けない。
 「弦楽合奏の清冽な響き」とは楽曲紹介に出てくる言葉の引き写し。そのとおりで,清冽という言葉がじつにピッタリくる。

● 下野さんの指揮ぶりはどう表現すればいいだろう。かつて将棋で,中原は自然流,米長は泥沼流,谷川は光速流と言われた。そのひそみに倣えば,火の玉流とでもいうか。
 内に秘めて,秘めたところを表現するのではなく,ありったけを外に出す。出してオケにぶつける。同時に,奏者に気にするなとか,そうそうそれでいいんだという,指示や評価も示す。

● 藝大はR.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を持ってきた。指揮は山下一史さん。
 一言もって評すれば,しなやかな演奏だった。そう,しなやか。二十歳をいくらか超えたくらいの年齢の若者たちのオーケストラだからこそ,と思えた。
 いやいや,それにしたってこうまでしなやかな演奏はそうそう聴けるものではないように思う。

● それを典型的に体現していたのがコンミスで,ぼくはもう呆れてしまった。
 こういう演奏を見せられると,さすがに藝大の底力はすごいという印象になる。

● こうして,音大フェスティバルの前半が終了。次回は所を替えて,ミューザ川崎で11月28日。

2014年11月17日月曜日

2014.11.16 第5回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 昭和音楽大学・東京藝術大学

ミューザ川崎 シンフォニーホール

● 今年から上野学園大学が加わって,首都圏9つの音大の共演となった。今日はその1回目。開演は午後3時。

● まず,昭和音楽大学管弦楽団。ブラームスの2番。指揮は大勝秀也さん。
 どの大学も同じだけれども,女子学生が圧倒的に多い。昭和音大も,ヴァイオリンなんか1stと2ndをあわせても,男子学生は一人しかいなかったんじゃないか。
 が,だから何か支障があるのかといえば,そういうことは何もない。

● 第4楽章の怒濤のうねりの場面においても,力強さに欠けるなんてことは1ミリもなかった。ヴァイオリンの厚さと強さが印象的。
 ひと頃,ハンサム・ウーマンという言葉が流行ったことがあったけれども,そのハンサム・ウーマンの女子学生たちが見事に支えきって終曲。

● この音大フェスは全4回で,ぼくは通し券を買っている。3,000円だ。1回あたり750円。それでここまでのブラームスを聴けるんだから,タダ同然と言っていいだろう。

● ぼくの場合だと,電車賃が5,000円かかる。新幹線の特急料金まで出すのは少々以上に厳しいので,在来線を利用している。
 栃木の田んぼの村から川崎まで移動するとなると,ドラえもんの“どこでもドア”が欲しくなる? いや,あれはもしあっても要らないね。移動じたいがけっこう好きなんで。
 瞬間的にどこにでも行けるのは,インターネット上の“情報”だけでいいんじゃないですかね。

● さて,次は東京藝大シンフォニーオーケストラ。チャイコフスキーの5番。指揮は尾高忠明さん。
 冒頭のクラリネットが重要。難しくもあるんだと思う。音をどこまで絞ればいいものやら。このクラリネットを聴いて,期待が膨らんだ。
 第2楽章のホルン。くっきりとした航跡を残しながら,ひとり天空を行く。その航跡はしかし,はかなく消える。“くっきり”が消えていく。その消え方が素晴らしい。
 あとに続くオーボエもエネルギーを込めてか細さを出す。お見事という以外にない。

● 厚みがすごい。音が厚みをまとったまま,右に左に動き,宙を舞い,地に潜る。そうした印象を作る要因のひとつは,金管のキレの良さだったろう。
 すべてが聴かせどころといっていいこの曲でも,どうしたって第4楽章。じつに変幻自在。

● おそらく。俊才揃いの彼ら彼女らにとっても,今回の演奏は快心の一作になったのではあるまいか。そうした演奏に立ち会えた喜びが全身に充ちてきた。
 5,000円のモトを取って,多額のお釣りまでもらった感じ。即物的な言い方で申しわけないけれども。

● ライヴを聴くことは,イオン交換をするようなものかもしれないと思った。自分の体内のイオンを奏者のイオンと入れ替える。あるいは,温泉に浸かるようなものかもしれない。熱交換。
 どちらも,交換後の効果がいつまでも続くわけではない。本を読むのだって,人に会うのだって,みんなそうだ。影響は受けるけれど,永続はしない。若いとき(子どものとき)なら知らず,ぼくの年齢になってしまえばいっそうそうだ。
 が,時々は入れ替えたくなるし,一時的であってもその一時的な効果はある。

● 9大学の合同チームによる演奏会は来年3月に開催される。28日(ミューザ川崎)と29日(東京芸術劇場)。29日のチケットを買って,帰途についた。