2010年9月30日木曜日

2010.09.26 鹿沼フィルハーモニー管弦楽団第26回定期演奏会

鹿沼市民文化センター大ホール

● 26日(日)は鹿沼フィルハーモニー管弦楽団の年に一度の定期演奏会があった。場所は鹿沼市民文化センター。行ってきました。去年は,ここで聴いたドヴォルザークの8番にあてられて,しばらく家でもドヴォ8ばかり聴いていたものだ。今回はチャイコフスキーの6番「悲愴」なんだけど,さてどういうことになるか。

● が,今回は演奏がどうのこうのというよりも,客席がひどすぎた感あり。
 一曲目が終わったあとに入ってきた爺さん。60歳代の前半だろうか。市役所か県庁を定年退職したような感じの人。こりゃやるなと思っていたら,案の定だ。座ってからデジカメを取りだして数回シャッターを押した。フラッシュ撮影はダメだってのはプログラムにも目立つように書いてあるのだけど,プログラムなんか見やしないからねぇ,この種の人は。
 休憩時間にスタッフに注意されていた。その様子を見ていると,決して悪い人じゃないわけですよ。要は,マナーを知らないだけなんだけどねぇ。
 今度はケータイをいじりだした。演奏再開の直前までいじってた。さすがに演奏が始まる前に閉じたんだけど,電源は切らないままだ。
 こうまで細かく観察しているぼくもぼくだが,とにかく気になってしようがない。演奏に気持ちを向けることがなかなかできなくなってしまう。非常に困る。

● しかも,この手のオヤジは,前の方に席を取る。マナーの悪いのが前に並ぶ結果になる。居眠りをしている者もいれば,椅子に浅く腰かけて腕組みして天井を睨んでいる者もいれば,しじゅうガサゴソ音を立てている者もいる。

● 団員が広報用に写真を撮る。こちらはフラッシュをたかないで撮影しているし,趣旨と必要性は理解できるのだが,しかし,最小限であって欲しい。「フラッシュ撮影は演奏の妨げになる」のであるが,同時に鑑賞の妨げにもなるのであって,それは撮影する側が団員であっても同じである。
 彼は与えられた役割を果たそうとしているだけなのだと思う。だから,役割に過剰に忠実であってはいけないと教えてほしい。

● 文句から入ってしまったけれど,今回は次の3曲。
  チャイコフスキー 幻想序曲「ロミオとジュリエット」
  ハチャトゥリアン 組曲「仮面舞踏会」
  チャイコフスキー 交響曲 第6番「悲愴」
 ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」は昨年,鹿沼高校の管弦楽団が演奏した。さすがに大人のオケはちゃんとまとめてくる。
 チャイコフスキーは「悲愴」より「ロミオとジュリエット」の方が印象に残った。「ロミオとジュリエット」って,ストーリーはつまらないものだと思うんだけど,これを曲にしているのはチャイコフスキー以外にも複数いる。
 それほど作曲家にインスピレーションを与える作品なんだろうか。一度,ちゃんと読んでみないとね。

2010.09.12 栃木県交響楽団特別演奏会


栃木県総合文化センター メインホール

● 9月12日。総文センターで栃響特別演奏会があったので出かけてきた。前年度のコンセール・マロニエの1位入賞者をソリストに招いてのお披露目コンサートだ。今年はピアノの小瀧俊治さんとフルートの井坂実樹さん。
 小瀧さんは細面のイケメンで,オバサンたちから人気が出そうなルックスの持ち主。井坂さんは2位だったのだが,1位入賞者が辞退したのかもしれない。芸大の3年生でまだまだノビシロがあることを感じさせる。1年前より女っぷりがあがったような感じも。

● まず,栃響がJ.シュトラウスの喜歌劇「こうもり」序曲を演奏。次いで,井坂さんが登場。モーツァルト「フルート協奏曲 第2番二長調」を。最後の終わり方がやや残念だったか。
 休憩のあと,ベートーヴェン「ピアノ協奏曲 第4番」。ぼくの席から小瀧さんの指の動きがよく見えたのだけれど,まさしく繊細というか,鍵盤を慈しむかのように,けれども素早く,彼の細い指が踊り続けた。
 最後は,栃響だけでブラームスの「大学祝典序曲」を演奏して終わった。

● コンセールマロニエ入賞者のお披露目だ。できるだけ多くのお客さんに来てほしい,というわけかどうかわからないけれども,入場は無料だ。整理券は必要なのだが,短時日でなくなってしまうので,受付開始日に申し込んでおいた方がいい。
 つまりは,人気の演奏会で,総文センターのメインホールがほぼ満席になる。したがって,賑々しいお披露目になる。
 
● 指揮は荻町修さん。定期演奏会では東京からプロの指揮者を招いて演奏するのだが,この特別演奏会と12月の第九は,団員の荻町さんが指揮する慣わしになっているらしい。
 指揮者コンクールがあるくらいだから,指揮ぶりは外から判定できるものなのだろうが,指揮の上手下手は,ぼくにはまったくわからない。
 けれど,一生懸命にやっていることはわかる。真面目な感じを受ける。斜に構えていない。愚直に指揮に向き合っている。団員からの受けも悪くなさそうだ。
 プログラムのプロフィールによれば,宇大の教育学部音楽科で学んだ。指揮法,作曲,ピアノ,声楽を大学で習っている。定期演奏会ではクラリネットを吹いているのだが,若いときに一定以上に深く音楽の何かを勉強した人は,少しの努力でどんな楽器でもこなせちゃうんだろうね。
 卒業後,イタリアとドイツで1年間修行した。が,この程度で喰っていけるほどこの道は甘くない。県立高校の教員になって,アマチュアオーケストラの指揮者になった。
 けど,ぜんぜん悪い人生ではないよなぁ。本人はどう思っているか知らないけれど,ぼくには立派な成功者に見える。留学までして自分の人生を賭けた音楽をちゃんと掴まえていて,演奏する側に廻っているんだもんなぁ。

● チェロ奏者のひとりが,次の演奏が始まるまでの短い待ち時間の最中,ステージで欠伸をしていた。集中を切って,次の集中に入るまでの短いリラックスタイムだ。酸素を補給しておきたくなるだろうし,ふっと気を抜きたくもなるだろう。
 もっとも,聴いているぼくの方も居眠りが出そうになったからね。前の晩,きちんと寝ておかないといけないねぇ,お互いに。

2010.09.05 那須フィルハーモニー管弦楽団「名曲コンサート」

那須野が原ハーモニーホール 大ホール

● 5日に上野行きをやめた理由はもうひとつあって,この日は那須野が原ハーモニーホールで那須フィルハーモニー管弦楽団の「名曲コンサート」があった。チケットを買っていたのだ。
 といっても,わずか5百円のチケットだから,捨ててしまっても惜しくはない。事実,昨日までは捨てて,藝祭を択るつもりでいたんだから。
 でも,前に書いたような次第で,5日の午後は北に向かった。開演は午後5時。

● で,那須フィルハーモニー管弦楽団の「名曲コンサート」なんだけど,演奏したのは,前日も聴いたエルガーの行進曲「威風堂々」第1番。モーツァルトの交響曲第29番。サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。
 休憩を挟んで,ヴェルディ「歌劇ナブッコ」とマスカーニ「歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ」から,合唱部分を含む一節を。最後はチャイコフスキーの「荘厳序曲1812年」。

● 那須フィルは,この4月から音楽監督兼指揮者に大井剛史を,コンサートマスター兼弦楽器トレーナーに執行恒宏氏を招聘している。大井さんは芳賀町出身の36歳。芸大院から海外で修行。現在は山形交響楽団指揮者,聖徳大学音楽部の講師も務める。
 執行さんも芸大の出身で,山形交響楽団のコンサートマスターを務めた。現在はフリー奏者で37歳。
 今回も指揮者が演奏の前に曲解説をするという親切さ。モーツァルトの29番では楽章ごとに演奏をとめて,解説をはさんだ。こういうやり方は親切なのかお節介なのか微妙なところがあるが,大井さんの話しぶりは活きが良くてポンポン飛ぶような感じ。決して邪魔にはならなかった。

● まずはエルガーの「威風堂々」。前日聴いたばかりの芸大生の演奏と比べてどうか。って,比べるものじゃないんでしょうね。
 モーツァルトの29番はもう何十回も聴いているので,すっかり馴染んでいる。モーツァルトが18歳のときに作曲したことは今日まで知らないできたけれど。
 サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」は執行さんがソリストを務めた。ヴァイオリンの名手でもあったサラサーテが自分の腕を見せびらかすためにこの曲を作ったとは,大井さんの解説。

● 那須フィルは週に一度,このホールで練習しているのだが,執行さんによれば,こういう音響のいいホールで練習できるなんてかなり恵まれている,プロオケでもなかなかないんじゃないか,と。たしかにねぇ。しかも,大井さんや執行さんを招聘できちゃうのも,県内ではたぶん那須フィルだけだろう。
 これにはカラクリがあって,那須フィルの団員は,ホールを運営する那須野が原文化振興財団が主宰している「那須野が原ハーモニーホールオーケストラ養成講座」の受講生でもあるのだ。
 つまり,週1回の練習は財団が実施している「オーケストラ養成講座」というわけだ。

● この「名曲コンサート」じたい,那須フィルではなく財団主催の行事になっている。チケット販売やら当日のモギリやらも財団のスタッフがやってくれる。真岡市民交響楽団鹿沼フィルに比べたら,どれだけ恵まれているか。
 財政状況によってはそろそろ独り立ちしてよってことになる可能性もあるんだろうけど,今のところはとても良い環境を与えられているのだ,那須フィルは。

● 執行さんはまた,那須の空気のうまさについて語った。それ以外にほめるところがないってことかもしれないんだけどね。
 けれども,那須という言葉のイメージが昔と比べるとだいぶ良くなっているのかもしれないと思いながら,彼の話を聞いた。空気のうまい田園地帯にとてもいいホールがあって,活発に音楽活動が行われている。そんなイメージができつつある?

● 後半は助っ人が2つ入った。那須野が原ハーモニーホール合唱団と大田原中学校吹奏楽部だ。合唱団のメンバーの平均年齢はかなり高い。女子には若い子もいたが,男子は年寄りばかりだ。求む若者ってところでしょうね。
 しかし,彼らの合唱が加わったお陰で,後半の2曲はかなりツヤがでた。合唱のみでは敬遠したくなるが,器楽に声楽が加わるのはとてもいい。
 大田原中吹奏楽部からはラッパ担当の女子生徒が数人。「1812年」の最後に彼女たちの出番があった。

● 大ホールが満席になった。演奏する方も気持ちよかったに違いない。しかも,県北の人たちは礼に厚い。客席のマナーは一にも二にも拍手を惜しまないことだ。巧かったから拍手する,そうでもなかったから拍手しないっていうんではなく,とにかく拍手を惜しまないことだ。そのマナーを忠実に守るのだ,このホールの観客は。
 特に,大田原中吹奏楽部の生徒たちは,これほどの拍手を受けるのは初めてのはずで(いや,毎年経験しているのかも),晴れがましい体験になったのではあるまいか。拍手を受けることの誇らしさや気持ち良さを味わえたに違いない。
 合唱団も同じだ。合唱団は合唱団でコンサートも開いているのだが,たぶん,これだけの集客力はない。したがってこれだけの拍手を浴びる機会も滅多にはない。彼ら,彼女らがこれからも活動を継続する動機付けになるのじゃないかと思う。

● 那須フィルのメンバーに高校生がいた。パーカッションとフルート。3人はいたと思う。年齢に関係なく色んな人がいるっていいね。演奏技術にあまり差があってはまずいだろうけど,メンバーの属性(年齢,職業,収入,性別,音楽以外の趣味など)はバラエティに富んでいるべきだ。
 高校生団員はいい経験をしている。しかも,大井,執行という一流のプロの指導を月に一度は受けることができるんだから。高校での生活と那須フィルでの活動の落差が,彼らを賢くしてくれるといい。

● 次は定期演奏会。3月13日だ。昨年は「那須野が原ハーモニーホール開館15周年記念事業」と称して歌劇「カルメン」を演奏会形式で上演した。豪華なソリストを揃えて,チケットは千円。あっという間に完売となって,ぼくは聴くことができなかったんだけど。

2010.09.04 藝祭2010:東京芸術大学

● 4日も同じ電車に乗って上野に向かった。この日は10時から始動。
 まずは生田会(生田流箏曲)の演奏(6ホール)。前日の奏楽堂の大演奏会に比べると小規模の演奏だった。学年ごとにひとつずつ演奏した。1年生は「飛鳥の夢」(宮城道雄),2年生は「五段帖」(光崎検校),3年生は「春の詩集」(牧野由多加),4年生は「松竹梅」(三ツ橋勾当)。
 全部で約70分の演奏だった。

● 法学部や経済学部,医学部,工学部など普通の学部の学生は,大学受験までは普通の勉強しかしていない。専門の勉強は入学後にゼロから始める。
 しかし,彼ら芸大生は,普通の勉強のほかに,入学後に学ぶはずの器楽や声楽や舞踊についても,相当以上の研鑽を積んでいる。そうじゃないと合格できない。ということは,普通の勉強以外のことをやった分だけ,充実した少年・少女時代を過ごせたってことになるだろうか。
 実際には,高校時代は野球ばかりしていたっていう法学部生もいるだろし,将棋三昧に明け暮れたっていう医学部生もいるだろうから,ひとり芸大生だけが普通+αの暮らしをしてきたってことではないけれど,大雑把にいえば入学するまでの暮らしぶりのユニークさでは,芸大生が他大学の学生に優っているだろう。

● ぼくのような普通だけでアップアップしていた者からすると,彼らの来し方が羨ましくもあり,妬ましくもある。また,一芸を選んだ彼らの潔さが眩しくもある。

● さて,次は奏楽堂で演奏される「フィガロの結婚」を見る予定にしていた。3年生によるオペラ公演とプログラムには書かれている。が,入場することができなかった。10時から整理券を配っていて,それがないと入場できないということだった。しかも,整理券は予定枚数の配布を終了している,と。
 であれば,それもプログラムに載せておいて欲しいぞ。何度も来ている人にとっては常識なのかもしれないが,今年初めて来たという人(ぼくのこと)には寝耳に水になってしまう(ただし,こちらが見落としていただけかもしれない)。
 3日間で最も楽しみにしていたのがこれだったので,残念感も大きい。気持ちを立て直すのにちょっと時間がかかってしまった。

● しかし,「ラ・フォル・ジュルネ」芸大版である。代替はある。6ホールに戻って,三味線音楽自主演奏会を聴くことにした。そのあとは,日本舞踊の自主公演。
 集団舞踊というか,大勢が一緒にひとつの踊りを踊るのだろうと予想していたのだが,実際の演目は長唄に合わせる踊りだったり,清元や常磐津だったりした。踊りながら演じる,演じながら踊るという類のもの。
 演目名を挙げておこう。「舌出三番叟」「落人」「粟餅」「鞍馬獅子」「寿万歳」の5本。バックの唄や三味線,囃子はテープのこともあれば,本物が付くこともある。

● 最初の「舌出三番叟」が終わったあと,ぼくの後ろにいた親子(母親と息子)が巧いねぇ,さすがだねぇと感想をもらした。そうか,これは巧いのか,とぼくは思った。
 お客さんもクラシック音楽のコンサートホールに足を運ぶ人たちとは違う。何というのか,こういうものを好む人たちの顔ってあるでしょ。お客の中には興業主もいるのではないかと思われた。ひょっとしたら学生たちの親かもしれない。
 この2日間で邦楽のシャワーをたっぷり浴びた。自分を揺さぶれたとは思わないし,自分の中の何かが変わったとはさらに思わないが,なにがしかの満足感が残ったのも事実だ。

● 15時まで邦楽シャワーを浴びて,30分後に「トロンボーン科夏の祭典」というのを聴いた。要は,トロンボーンのアンサンブル。トロンボーンのみで演奏会(1時間弱)を構成できるのも芸大ならではだと思う。
 プログラムに奏者の出身地まで載っている。北海道,京都,宮城,秋田,福岡,千葉なぞ全国に散っているが,大半は地方出身者で東京者は少ない(というか,いない)。東京には日本の1割の人間が住んでいるんだから,ひとりやふたりは混じっていてもいいんじゃないかと思うけど,パワーは地方から生まれるってか。

● 最後は17時からのオルガンコンサート(奏楽堂)。2時間半にわたって,パイプオルガンの音色を聴いた。もちろん,初めて聴く音色だ。
 音じたいが宗教音楽的。神とつながるための音,神を呼ぶための音って感じ。とんでもなく響くから,楽曲の違いを音が吸収してしまうところがある。何を聴いても同じに聞こえる。演奏の巧拙も感知しにくい。
 何より,ちょっとの量でお腹が一杯になってしまう。2時間半も聴くのは,途中に休憩があったとしても,けっこう忍耐を要する。9本の演奏のうち,ひとつはサクソフォンと,ひとつは管弦楽との共演になったが,オルガン以外の音が入るとホッとした。
 管弦楽がバックに入ったのは,エルガーの「威風堂々 第1番」。わずか数分の演奏のためにオーケストラを用意できるのも芸大だからこそだろうねぇ。指揮者は学部5年生の女子学生。院ではなく学部5年というのがいいね。

● こうして2日目も充実のうちに終わった。東京との接点がひとつ増えた気がする。上野といえばアメ横だったけれど(子どもが小さかったときには動物園も),これからは芸術の街としての上野ともお付き合いができるかもしれない。
 しかし。栃木の自宅を7時に出て,夜の10時半に帰宅するのを2日続けると,けっこう疲れる。

● 藝祭は明日(5日)にも開催され,プログラム的には3日目の5日が最も充実しているっていうか,楽しみにしてもいた。ただし,芸大の方針として日曜と祝日には奏楽堂の使用は認めないらしい。5日は奏楽堂を使えないので,混みあうだろうなと予想できる。3日も4日も,各ホールとも満員御礼で立見客が出ていたからね。あんまり混みあうのもなぁと思ってしまった。
 3日連続で自分の楽しみのためだけに東京に出るのも,ヨメに対して憚るところがあった。ぼくが半日でもいれば一緒に買物にも行けるはずだ。
 つまるところ,3日目は上野行きをやめた。5日の午前中はヨメの買物につきあって過ごした。

2010.09.03 藝祭2010:東京芸術大学

● 芸大の学園祭,藝祭に行ってきました。9月3日(金)から3日間の日程で開催。去年も行くつもりでいたんだけど,前日になっても公式ホームページに開催内容が表示されなくて,それだけが理由ではなかったのだけれど,結局,行きそびれてしまった。
 今年は,かなり前からホームページに日程が公開されたので,自分なりにこれを聴こうと予定を立てることができた。これ,大事なことだね。予定を立てるところから,ぼくの中でお祭りは始まっているのだから。
 会場は奏楽堂のほか,3つのホールが使用された。同時に複数の催事(演奏)が開催されるので,すべてを聴くことはできない。それゆえ,事前に内容を想像しながら,これを聴いて,次はこれと,スケジュールを考えることになる。これも楽しいわけだ。

● この時期,「青春18きっぷ」が使える。これがありがたい。2,300円で上野まで往復できるんだからねぇ。普通に切符を買うとほぼ倍になる。新幹線で往復すると4倍になる。学生にとっては,夏休みを返上して準備にあたることになるわけで,少しく気の毒ではあるけれど。
 上野駅公園口を出て少し歩くと,さっそく藝祭と出会った。学生たちが作りあげた様々な意匠の御輿が上野の商店街を練り歩くのだ(彼らは「渡御」と呼んでいる)。女性の裸体あり,深海魚あり,孔雀あり,それあり,これあり。男女学生が担いでいるが,けっこうな重量があるようだ。
 それらを見送ってから,いよいよ大学の構内に入った。

● 道路を挟んで,音楽学部と美術学部のキャンパスがある。音楽学部のキャンパスについていえば,建物と通路しかない。樹木は多いのだけど,通路以外の空き地がない。
 東大は部外者に開放されていて,誰でも中を散歩できたけども,芸大はそれを許していないようだ。許されたところで,歩きたくなるような構内ではない。すぐそばに上野公園があるわけだから,わざわざ芸大の構内を歩くこともない。ちょっと以上に手狭な印象だ。

● 東大の五月祭は多くの来場者でごった返していた。ホームレスまで歩いていて,それに何の違和感もなかった。が,藝祭はそうではない。何も用事はないけれど来てみたっていう人は少ないようだ。ぼくもそうだが,芸大ならではの演奏や作品を鑑賞するために来ている人が多いのだろう。
 芸大生だからといって,一見して変わった学生が多いわけじゃない。見た目はごく普通の学生たちだ。その学生たちが若さを発散させて躍動している。模擬店に張りついている学生は,声をからして呼びこみをしているし,来場者に何か訊かれると,じつに丁寧に説明している。

● 5百円で藝祭のパンフレットを買った。公式ホームページをそのまま印刷したようなものだ。ホームページをチェックして予定を立てているので,ないと困るものでもないのだが,ここはカンパするつもりで購入した。

● 奏楽堂。正面にパイプオルガンを設置したコンサートホール。これだけのホールはそんなにあるものじゃない。さすがは芸大。しかし,芸大にはこれくらいのホールはあって欲しいとも思う。
 GEIDAI祝祭管弦楽団なるにわか作りのオーケストラがチャイコフスキーを演奏してくれた。歌劇「エフゲニー・オネーギン」のポロネーズと交響曲第5番。
 芸大の2年生か3年生だろうか。指揮者ももちろん学生(男子)で,演奏終了後にメンバーを観客に紹介するそぶりが初々しくてよかった。あどけなさを残していた。
 演奏はさすが芸大というところか。突出して巧いのかどうかぼくにはわからないけれど,安心して演奏に身を任せることができた。
 問題は客席だ。「芸大ならではの演奏や作品を鑑賞するために来ている人が多いのだ」としても,そこはお祭りの席だし,タダで入れる席だ。演奏の最中に入ってくるやつ,出ていくやつ。フラッシュをたいて写真を撮るやつ。学生の親や親類や友人も多いのだろう。
 通常のコンサートと比べてはいけないのだが,ホールはとても立派だし,演奏も充分な水準に達しているのに,客席がそれに見合っていないのは残念だ。しかぁし,大学祭なんだからこれはこういうものなのでしょう。

● 東大生のオーケストラも充分に上手だ。東大オケのメンバーは授業は二の次三の次で,一番長い時間をオケの部室や練習場で過ごしているに違いない。しかし,そうであっても,彼らにとっては音楽は余技にすぎないはずだ。卒業すれば,官僚になったり,銀行員になったり,医者になったり,エンジニアになったり,設計技師になったりして,それぞれの仕事について収入を得て,生活していく。
 しかし,芸大生は音楽を本業にしている学生たちだ。彼らにとって,卒業後のことは考えたくない問題かもしれない。とにかく今に賭けている。自分の手技を恃んでいる。そこまで思い詰めてもいないだろうけれど,退路を断っているという潔さがある。

● 1時間でこの演奏は終わり,次はクラリネットアンサンブルを聴きに行った。会場は「2ホール」。学生の練習場なのだろう。クラリネット科の学生が学年ごとに演奏し(芸大では1年,2年とは言わないで,C年,D年という言葉を使う。AではなくCから始める。その由来は何なのだろう),最後に全員が勢揃いしての演奏になる。
 テーマは「小動物の謝肉祭」。1年生はネズミを取りあげたらしい。ディズニーメドレーである。2年生以降も動物に因む演奏を披露した。
 最後の全体演奏はさすがに圧巻だった。クラリネットだけでこれほどの人数になるのは藝祭ならではだろう。約90分の演奏。

● 次は15時からなので,ここでしばらく時間が空いた。何か食べておこうと思う。当然,いくつもある模擬店で適当なのを食べればいいわけだ。が。ひとりでそれをすることができない性格だ。
 考え過ぎちゃうんですね。学生にしてみればぼくのような年寄りより若い来場者を相手にしたいだろうとか,自分は場違いなところにいるとか,いろんなことをね。
 で,あろうことか,上野駅の改札を通って,駅構内の蕎麦屋で冷たい蕎麦を食べて,再び,芸大に戻るという情けなさを発揮してしまった。こういうときは,わずかなお金であっても,芸大に落とすべきだよねぇ。

● 15時からは奏楽堂で「邦楽科大演奏会」。時間も2時間半に及んだ。ここでもプログラムは有償だった。5百円で購入。これもカンパのつもり。が,5百円程度じゃカンパにもならないかも。
 まずは日本舞踊。演目は「とっぴんしゃん」。蔭囃子のついた本格的なものだ。続いて,尺八。演目は「竹彩々」。
 演奏の巧拙などぼくにわかるはずもない。日本の楽器の音色が自分に染みこんでくれるかどうかを探るっていうか,こういうものに対して自分がどう反応するのか,それを確かめたいと思っていた。
 邦楽はこれまで二度聴いた。一度は宇大音楽科教員による演奏会で。もうひとつは,今年の2月に総文センター主催の演奏会で。しかし,あれで邦楽に接した気になっていたのは間違いだったか。
 藝祭のこの演奏会は圧巻というか,芸大でしか聴けないというか,とんでもなく贅沢かつ貴重なものを聴かせてもらっているというか,このためだけに藝祭に来る価値があると思った。

● 次は山田流箏曲「萩三番叟」。三味線に囃子が付く。総勢24名。さらに,生田流の箏曲「琉球民謡による組曲」。十七絃と尺八を併せて32名の演奏。
 最後は長唄「俄獅子」。これも三味線と生の囃子が加わった。舞台転換のため休憩も何度かあったのだが,2時間半も本格的な邦楽のシャワーを浴びたのは初めてで,少し酔ってしまったかもしれなかった。
 にしても,芸大は奥が深い。ここまでカバーしているのか。って,こんなことで驚いているぼくが世間知らずってことなんだろうけどね。
 この子たち,何で邦楽に自分の身を投じたのかなぁ。幼い頃に邦楽に接して魅せられたのか。あるいは,親がそうした商売をしていて,他に選択肢が与えられなかったのか。

● 18時からは短い(30分)室内楽を聴いた(6ホール)。木管五重奏+ピアノ。2年生の小グループの演奏。顔のちっちゃい小生意気そうな感じの女の子がいて,なかなか良かった。

● 最後は「ミュージカル・エクスプレス」。同じ時間帯に「仮装的欧米管弦楽曲熱烈大演奏会」というのがあって,予定ではそちらを聴くつもりでいたんだけど,これがディズニーランドのビッグサンダーマウンテン並みの長い行列ができていて,すぐに諦めてしまった。「ミュージカル・エクスプレス」の方がまだ短い行列だったので,こちらに並んだ次第。
 ミュージカルというのを初めて鑑賞する機会を得た。学生の手作りだし,メンバー全員に平等に出番を作るようになっている。そのためか,流れが悪い。言葉も荒削りだ。演技力もまだまだ。
 けど,一生懸命さは伝わってくる。一緒に楽しむように努めるのが観客側のマナーだと思う。

● 19時半にこの日の予定は終了。芸大,すごいです。これが初日の率直な印象。
 「ラ・フォル・ジュルネ」が日本でも開催されるようになっているけど,藝祭は規模は小さいながら,「ラ・フォル・ジュルネ」芸大版だ。いくつもあるコンサートの中から自分の好きなのを選んで,聴きに行けばいい。
 しかも,どのコンサートも無料だ。「ラ・フォル・ジュルネ」はプロの演奏ではあるけれど,すべて有料になる。格安ではあっても,1日楽しめば万札が何枚か出ていくだろう。藝祭は,プロではないけれどその卵たちが演奏する。1日楽しんでもタダだ。これほど社会貢献度が高い大学祭はないんじゃなかろうか。