2018年6月13日水曜日

2018.06.03 鹿沼ジュニアフィルハーモニーオーケストラ 第29回定期演奏会

鹿沼市民文化センター 大ホール

● 前回,初めて拝聴して,予想していなかった水準の高さに驚いたものだが,その驚きは一度しか味わえない。今回は,それは所与の前提になってしまっている。
 開演は午後2時。入場無料。

● 今回の曲目は次のとおり。
 ヴェルディ 歌劇「アイーダ」より“凱旋行進曲”
 サン=サーンス 組曲「動物の謝肉祭」
 サン=サーンス 交響曲第3番 ハ短調「オルガン付」
 何というか普通だ。何せこのジュニアオケは,マーラーの5番やショスタコーヴィチの5番,ベルリオーズの幻想交響曲まで演奏しているのだ。それに比べれば,今回はまぁ普通。

● 指揮は益子和巳さん。鹿沼東中オーケストラ部の顧問の先生ではなかったか。
 このジュニアオケは,東中と西中の卒業生が,卒業後も演奏活動を続けたいと考えたことから始まっているらしい。栃木県内の中学校で管弦楽部があるのは,この両校だけだし,高校でも管弦楽部があるところは少ない。両中学校の卒業生が演奏活動を続けようとすれば,そういう形を選ばざるを得なかったのだろう。
 現在では中学生も増えているらしいのだ。

● となると,ジュニアオケの活動に中学校の教師が関わらざるを得なくなるということだろうか。本来は学校とは関係のない楽団なのだから,運営も活動も責任の所在も,学校からは独立しているべきなのだろうが,なかなかそうもいかないのだろう。
 現状だと学校側の負担が過重になっていないか。少々気になるところではある。本来なら,ジュニアオケと指導者・指揮者は契約を結び,正当な報酬を受け取るのがあたりまえなのだろうが(ただし,公立中学校の教師が金銭を受け取れるかとなると,現行法制ではおそらく不可),現実は学校側がおんぶに抱っこの状態のように思われる。
 学校側といっても,学校が学校として対応しているとも思えないから,実際は顧問の教師個人の負担になる。

● その状態で29回も続いてきたのだとすれば,それ自体がほとんど奇跡のようなものだ。が,ではこれからもそのまま行けるかとなると,そこは何とも言えない。
 教師の熱心さ,無償の情熱に寄りかかっているのだとすると,基盤は脆弱だ。なぜなら,教師には人事異動があるからだ。

● メインはサン=サーンスの3番。第3楽章(ということにしておく)冒頭の,何事が起こったのだと思わせる緊迫感のある旋律に接するのが,この曲を聴く醍醐味のひとつだと思う。その旋律を懸命に奏でるヴァイオリン奏者の動作が美しい。
 管弦楽は視覚でも楽しめるのだ。だから目を閉じて耳だけをすますのはもったいない。しっかと目を見開いて,ステージが発するもののすべてを受けとめる(見届ける)のがいい。と,自分にも言い聞かせているのだが。

● オルガンはもちろんパイプオルガンではない。天から降ってくるような,それでもってオケ全体を包みこむような,ふくよかというかまろやかというか,そういう音色ではない。
 鋭角的な,主張のある,形を持った音色になるんですね,電子オルガンだと。電子オルガンには電子オルガンの良さがあるに違いないのだが。

● 「オルガン付」もさることながら,最初のヴェルディ「アイーダ」の“凱旋行進曲”が印象に残っている。冒頭のトランペットに限らない。演奏しているのは本当にジュニアなのかと思わせるほどの,見事な完成度の高さ。
 惜しむらくは,今回は(次回以降も)それが驚きの対象にならない。やっぱりねという確認事項になってしまうことだ。

● アンコールは「カルメン」前奏曲。サン=サーンス絡みでフランスのビゼーを持ってきたのか,他に理由があったのかはわからないけれども,とにかく「カルメン」前奏曲がアンコール。
 これも聴きごたえがあった。何でもできちゃう感じね。次回はオール・ラヴェルではどうだろうか。このジュニアの演奏で「ボレロ」を聴いてみたい。

● ジュニアとは言いながら,ステージ上には大人も奏者もけっこういる。ヴァイオリンには大久保修さんもいたりする。
 でね,これは本題とはまったく無関係の話なんだけども,生物としての造形の美というのを思った。つまりね,生物としては大人よりジュニアの方が美しいんだよね。これはもう文句なく圧倒的に。
 成熟した,開ききった大人の体型は,生物としては終わっているという印象になる。男も女も。何でかね。
 生物としてのヒトは,終わったあとに長く生きることになるんだけど,これはどういう理由によるものなんだろうか。ひとつは子育てのためだろうけど,子育てを終えたあとも長く生きるよね。何の故あって?

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