● 開演は13時30分。曲目は次のとおり。指揮は米津俊広さん。
グリエール 序曲「フェルガナの休日」
イッポリトフ=イワノフ 組曲「イヴェリア」
リムスキー=コルサコフ 交響組曲「シェエラザード」
● ロシアしか取り上げないこの楽団ならではのプログラムでしょ。「フェルガナの休日」も「イヴェリア」も,ぼくは音源を持っていない(ネットには転がっている)。
フェルガナはウズベキスタンの東部,キルギスとタジキスタンの国境近くにある街らしい。キルギスとタジキスタンの国境には未画定区間があったようで,武力衝突も起こっている。昨年,一応,国境は画定したらしいのだが,これで安泰というほど楽観はできないのだろう。
そのトバッチリをフェルガナも受けざるを得ない。昔は知らず,現在は地政学的に厄介なことになっているようだ。
● 「イヴェリア」は「コーカサスの風景」第2番とも言われるのだが,「コーカサスの風景」のCDは持っている。ただし,聴いたことはない。聴きたいと思った記憶もないから,何かと抱き合わせになってるのを入手したのだと思う。
今日の演奏会で「イヴェリア」を聴いたことによって,「コーカサスの風景」も聴くことになるかな(ならないかな)。
● 以前は,聴いたことがない曲を生で聴く機会があると,音源を手当しなきゃと思ったものだ。が,最近では諦めムードだ。キリがないからだ。
数多ある楽曲の中で自分が聴いたことのあるものなど,ほんのひと握りに過ぎない。永遠に生きられるならともかく,寿命の残りがリアルに感じられるお年頃になると,諦めるべきは諦めなきゃしょうがないと思うようになった。
● 女性奏者はカラフルなドレスをまとって登場。華やかで,文字どおり花が咲いたようになる。
が,私はそんなのイヤだ,演奏するのにそんな恰好はしたくない,という人が一人くらいはいてもよさそうなものだ。ひょっとして,それを許さない同調圧力がこういうところでも効いてしまうのかと思ってたんですけどね。
ちゃんといましたよ。黒の演奏服(?)の女性奏者が二人いた。
● 「シェエラザード」を取りあげるのは,今回が二度目になるそうだ。10年前の第10回定演で演奏している。
そのときのアクシデントをコンミスが紹介している。直前に弓が折れてしまったこと。“号泣” したとあるのだが,弓が折れたことよりも号泣したことからの立て直しの方が大変だったのではないか。
と,思うのは凡人の浅はかさのようで,ステージで待機している団員を待たせながら「舞台袖の鏡でマスカラが落ちていないか入念にチェックしていた」というのだから,相当な大者だ。それとも,女性はだいたいそんなものか。
ちなみに,その演奏会はぼくも聴いたのだが,そんなアクシデントがあったことは,もちろん髪の毛一本ほども感じさせなかった。
● 演奏の水準は相当なもの。あまたあるアマチュアオーケストラの中でも,この楽団の水準は相当上位と思う。であればこそ,北関東の田んぼの村から川崎まで聴きに来ようとなるわけだ。
ロシアを専ら取りあげるのは他にもあったと思うが,その代名詞的存在はこの楽団ということになる。
● こうした演奏を聴くというのは,単に耳で聴くにとどまらず,眼で観るものでもあるし,皮膚で感じる要素もある。
“聴く” だけを取りあげても,CDで聴くのと生演奏を聴くのとでは,働く神経細胞と神経回路の数がかなり違ってくるように思うが,そこに眼や皮膚も加わるとなると,そもそもライヴとCDは並べるものではないのだろう。
● あとどのくらい自分の身体をホールに運んでいくことができるのか,と考えることがあるようになった。そういうお年頃。
無理をすると他の観客に迷惑をかけることになる。これ以上は無理だと思う少し手前で退きたいと考えているが,願わくば,その時期が少しでも遅からんことを。
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