● コンセール・マロニエ21のやり方が今回から大きく変わった。前回までは,声楽,ピアノ,弦,木管,金管の5部門を,2部門ずつ開催してきた。
したがって,本選は正午から始まって,終了は18時を過ぎるというロングランだった。
● 今回から1部門開催になった。奏者の持ち時間を増やしてきたようではあるけれど,13時に始まって15時30分に終了した。時間も半分になった。
その代わり,表彰式までステージでやるようにした。従来は会場内のレストランでやっていたようなのだが。
● プログラム冊子に載せている審査員長の沼尾雄司さんの「ご挨拶」の文章を読めたことが,今回の一番目の収穫だ。
芸術を採点し,順位をつけることなど本来できません。そこには様々な尺度があり,ひとつのひとつの基準を設定することは不可能です。もしもひとつの基準だけになってしまったら,それはもはや芸術ではない何か別のものだと言わざるをえないでしょう。ではなぜ,コンクールが存在するのか。参加者にとっての意義,審査員や聴き手にとっての意義を述べている。
聴き手や審査員にとっても,コンクールは自らの音楽経験を振り返る,大変よい機会になります。まだ世の中には出ていない若い演奏家たちと出会い,一体,自分が彼らの「何を」「どのように」評価し得るのだろうと問うてみることは,間違いなく聴き手を成長させるものでしょう。● とはいえ,世間は実も蓋もないところがあって,1位者に仕事をさせたがる。彼には仕事の依頼が殺到し,2位以下の者には依頼が来ない。
コンセール・マロニエがそこまでの影響を持つコンクールかというのは別にして(っていうか,1位になってもなかなか仕事が来ないというのが,実際のところなのかもしれない。現実はかなり厳しい),それでも結果の数字が一人歩きを始めることは,ごく普通にある。
● 次なる収穫は,コンクールでしか聴けない曲を聴けるということだろうか。特に金管部門に顕著だけれど,普通のコンサートではまず舞台にかからない曲を聴くことができる。
ぼく一個にとっては,演奏者が世に出ているかいないかはどうでもいいことだ。コンクールのファイナルに残るほどの人たちの演奏だ。まずもって不満のあろうはずがない。
おそらくだけれど,四半世紀単位で過去を振り返ると,このクラスの演奏水準は相当に切りあがっているのではないかと思う。今の普通は昔の普通ではない。
● ともあれ。今回は声楽。トップバッターは陳金鑫さん(バリトン)。中国の黒竜江省の出身で,現在は藝大の院で学んでいる。歌ったのは次の3曲。ピアノ伴奏は奥千歌子さん。
R.シュトラウス 「8つの歌」より“8.万霊節”
ジョルダーノ 歌劇「アンドレア・シュニエ」より“祖国の敵”
グルック ああ私のやさしい熱情が
● あたりまえのことを感じた。歌うのは日本人である必要はないのだ。音楽に国境はないという事実。
同時に,それはヨーロッパ生まれのヨーロッパ育ちの音楽だという事実も。ヨーロッパの普遍性のようなものも,癪だけれども思わないわけにはいかない。
● 陳さん,漢民族ではなく,モンゴル系の人ではないか。だからということではないのだけれども,懐かしい声だ。そう,懐かしい。かつてどこかで聴いたことがあるような。
素朴さを感じた。素朴である分,間口が広い。聴衆を選ばない。
● 次は和田しほりさん(ソプラノ)。2年前のこのコンクールに出ていた。歌ったのは次の3曲。ピアノ伴奏は矢崎貴子さん。
R.シュトラウス 「6つの歌」より“3.美しい,けれど冷たいのだ天の星たちは”
レオンカヴァッロ 歌劇「道化師」より“鳥の歌”
ドニゼッティ 歌劇「アンナ・ボレーナ」より“わたしの生まれたお城”
● 「道化師」も「アンナ・ボレーナ」も,オペラとしてはわりとマイナーなのではないか。そうしたオペラのアリアもまた,生で聴ける機会はそうそうないとしたものだ。
このあたりが聴き手にとってのコンクールの功徳であるわけだ。
● ところで,その聴衆なんだけど,回を追うごとに増えているように思う。ガラガラという範疇での話だけれど,前はほんとにパラパラだった。それが,けっこう入るようになっている。
理由はわからない。コンクールのお得さがだんだん認知されてきたんだろうか。
● 佐藤亜理沙さん(ソプラノ)。藝大の院生。
ドボルザーク 「ジプシーの歌」より
“1.私の愛の歌が再び響く”
“2.ああ,私のトライアングルは何て美しく響くの”
“3.あたりの森は静まり返り”
“4.老いた母が教えたまいし歌”
“5.弦の調子に合わせて”
“6.幅広い袖とゆったりとしたズボン”
“7.鷹に金の鳥籠を与えても”
プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」より“ひとり淋しく捨てられて”
「ジプシーの歌」をこれだけ聴ける機会も,たぶんこの先ないのじゃないかと思う。ピアノ伴奏は木邨清華さん。
● 佐藤さんに限らないのだけれども,声楽の人たちって登場するときからにこやかだ。声楽家特有のサービス精神が若い頃から身についてる。
そこから出発した方が声が出やすいんだろうか。
● ヴィタリ・ユシュマノフさん(バリトン)。ロシアはサンクトペテルブルクの出。すでにCDもリリースしているなど,実績のある人ですね。
ジョルダーノ 歌劇「アンドレア・シュニエ」より“祖国の敵”
トスティ 「アマランタの4つの歌」より“1.私をひとりにしてくれ!息をつかせてくれ”
ヴェルディ 歌劇「ドン・カルロ」より“私の最後の日が参りました”
● この人の凄さは,ピアノの伴奏でアリアを歌っているのに,オペラ全体の場面,つまり舞台の設えや登場人物の配置など,を彷彿とさせるところだ。役になりきることが上手いというか,スッと没入できるゆえかもしれないと思った。
山田剛史さんのピアノもそれを助けていたかもしれない。攻めの伴奏という感じでね。
● 飯塚茉莉子さん(ソプラノ)。ピアノ伴奏は原田園美さん。
R.シュトラウス 「4つの歌」より“2.チェチリーエ”
ドニゼッティ 歌劇「アンナ・ボレーナ」より“わたしの生まれたお城~邪悪な夫婦よ”
● 安心して聴いていられる。安定感がある。すでに相当な場数を踏んでいるのだろう。
● 上田純子さん(ソプラノ)。今回,唯一の地元出身者。ピアノ伴奏は矢崎貴子さん。
ラフマニノフ 「6つの歌」より“4.歌わないでおくれ,美しい人よ”
モーツァルト 歌劇「イドメネオ」より“お父様,お兄様たち,さようなら”
グノー 歌劇「ファウスト」より“宝石の歌”
● カルメンのミカエラ役が似合いそうな人。これは見た目の印象。
細密な声質の持ち主。細密な声質というのも妙な言い方だけれども,声が粒の集合だとすると,その粒が小さく,その代わり数が多いという感じ。
● 山下裕賀さん(メゾ・ソプラノ)。ピアノ伴奏は奥千歌子さん。
ブラームス 「ダウマーによるリートと歌」より“8.風もそよがぬ生ぬるい空気”
ブラームス 「5つの詩」より“5.エオリアンハープに寄す”
ドニゼッティ 歌劇「ラ・ファヴォリータ」より“ああ,私のフェルナンド”
● 圧倒的な声量と音圧が客席を圧倒した。スター誕生。歌うために生まれてきた人なんだなと思った。
● 以上で終了。このあとすぐに表彰式があるとのアナウンスがあったけれども,表彰式は見ないで会場をあとにした。結果(順位)は知らない方が,このブログを書きやすいので。
この種のコンクールって運もあるね。今回の入賞者はかなり水準が高かったのじゃないか。
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