2014年4月20日日曜日

2014.04.19 スプリング・オルガンコンサート

那須野が原ハーモニーホール 大ホール

● 昨年落成した那須野が原ハーモニーホールのパイプオルガン。何やかやで聴く機会を逸してきた。やっと今日,聴くことができた。
 開演は午後1時。奏者は高橋博子さん。チケットは格安の500円。

● チラシには「チケット完売のおそれがありますので,早めのご予約等をおすすめします」とあったけれども,実際はけっこう空席があった。
 こけら落としの演奏会は満席だったらしい。ご祝儀もあったということか。一度で気がすむってこともあるし,飽きやすいのがお客さんだし。

● ところで,オルガンを聴くときはホールのどの辺に席を取るのが正解なんだろうか。まっすぐ届く音を聴くんだったら2階席がいいような気がするし,上から降ってくる音を聴きたいんだったら1階席の前方がいいだろうし。壁際がいいよっていう話も聞いたことがあるんだけど。
 でも,ぼくの耳じゃどこだって同じだろうと思い直して,1階席のやや後方の中央あたりに座った。

● 開演前に演奏時間は約1時間だとのアナウンスがあった。オルガンを最も長い時間聴いたのは,2010年9月の藝大の学園祭(藝祭)のときだった。途中で体が拒否反応を示したことを憶えている。響きがすごい分,少しでお腹がいっぱいになる。
 たしかに,1時間程度が頃合いかもしれないと思った。

● 演奏曲目は次のとおり。
 コッター スペイン風舞曲
 フレスコバルディ トッカータ第4番
 ラインケン フーガ ト短調
 バッハ トッカータとフーガ ニ短調
 サン=サーンス 即興曲(op.150-4)
 ヴィエルヌ 朝の歌(op.55-1)
 ラングレ “フレスコバルディへのオマージュ”より第7曲「主題と変奏」,第8曲「終曲」
 ヴィドール トッカータ(オルガン交響曲第5番第5楽章)

 以上はプログラムから引き写しているわけで,すべて初めて聴く曲だ。

● 1曲ごとに演奏前に高橋さんの解説が付いた。同時代の絵画と絡めての解説は工夫なんだろうけど,うぅーん,これ,どうだったかな。
 音楽も美術も時代の空気に影響される。でも,生半可な感想なんだけど,影響のされ方は音楽と美術じゃけっこう違うような気がしてて。音楽の方が時代からの独立性が強いっていうか。作曲家の個性が画家と比べてどうのこうのじゃなくて,表現形態の違いが然らしめるところかなぁと思ってるんだけど。ま,でも,自信はないですね,ぜんぜん。
 解説が邪魔ということはまったくなかったし,教えられたことが多かった。何より解説者が可愛かったから,何を言っても許しちゃおうってことになるんですけどね。

● 一番聴きたかったのは,ベタで恥ずかしいんだけど,やはりバッハ。この曲の管弦楽版は先月,聴いたばかりなんだけど,元祖をナマで聴きたかったからね。
 単純に,オルガンの性能を目いっぱい引きだしているのはバッハだねと感じてしまうんだけど,たぶん,違うんだろうな。オルガンもだんだんスペックが向上してきたんだろうから。コッターにしてもフレスコバルディにしても,その時代のオルガンの性能を駆使してるんだろうね。
 でもバッハ,音の詰めこみ方がすごいですよね。奏者に求められる水準も前の時代とはだいぶ違うんじゃあるまいか。

● ステージに大きなスクリーンが2枚用意されていた。1枚は手が鍵盤を押さえる様子を,もう1枚は足元の様子を映しだす。これがあると,高橋さん本人ではなく,スクリーンに目が行ってしまう。つまりは臨場感が損なわれることになる。
 でも,そのスクリーンが伝えてくれる情報量は多くてね。鍵盤が3段になっていることや,足元にも鍵盤(というか,バー)があって,低音はその足鍵盤を使って出すのだなということがリアルにわかった。
 ヴィエルヌ「朝の歌」の後半は足鍵盤のみでの演奏になるんですな。その足の動きたるや,アクロバティック。つま先で押して,次の瞬間,ふたつ先のバーを踵で押して,っていうね。向きも自在に変化。めまぐるしい。
 奏者が座る椅子が滑りやすくできている理由もよくわかった。滑ってくれないと,足先が届かないこともありそうだ。

● でも,体には不自然な動きを強いることになりますよね。上半身は左を向いてるのに,下半身は右に向けてるとか。しかも,滑りやすいんだから,バランスを取るのも大変そうだ。
 腰にきませんか,これ。ひょっとすると,オルガニストの職業病は腰痛なんてことはないのかなぁと思った。
 客席からは優雅に弾いているように見えてたんだけど,アヒルの水かきという言い方があったことを思いだした。

● というわけで1時間が経過。なんか,もっと聴いていたい気もした。
 が,1時間というのは,聴き手にとっての限界じゃなくて,奏者にとっての限界かと,終演後に思いいたった。あの姿勢で1時間を超えて弾き続けるのは少々過酷と思える。もっと聴いていたいとは気楽すぎる感想だろう。

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