文京シビックホール 大ホール
● このホールに来るのは2回目だ。JR水道橋駅から歩く。けっこうな距離を歩くことになる。途中に遊園地(東京ドームシティ アトラクションズ)があったりするから,かなりの混みようになる。すなわち,歩きづらい。
それなのに,水道橋には各駅停車しか停まらない。
● 日本IBM管弦楽団は前から気になっていた楽団だ。なぜ気になっていたかというと,かなり水準の高い企業オケだと聞いたことがあったからだ。いずれは聴きに行かなきゃと思っていた。
で,今日,それを果たすことができた。
● 開演は午後2時。チケットは2,000円。アマオケとしては強気な値付けではないか。当日券を購入して入場。
指揮は曽我大介さん。曽我さんを指揮者に迎えることができるのは,それに相応しい演奏をするからに違いない。
● 曲目は次のとおり。
リムスキー=コルサコフ スペイン奇想曲
ムソルグスキー(リムスキー=コルサコフ編) 交響詩「はげ山の一夜」
ボロディン 歌劇「イーゴリ公」から「だったん人の踊りと合唱」
リムスキー=コルサコフ 交響組曲「シェエラザード」
かなりとんがった選曲だよねぇ。とんがった選曲ができるというのは,実力がある証拠だよ。
● そこで,結論を先に書いておこう。聞いていたとおりだった。つまり,上手が集まっている楽団だった。これなら2,000円は強気な値付けではない。納得の料金だ。
いくつかのパートで団員募集中だけれど,ここに入ってやっていくとなると,それ相当のレベルが求められる。単純に大学でオケをやっていたというだけでは,尻込みしたくなるだろう。
● 「シェエラザード」ではコンマスのソロが何度も出てくる。そのソロが圧巻の巧さ。この人,何者だ? 本当にIBMの社員なのか。アマチュアとは思えなかったね。コンクールの入賞歴もあるんじゃないのかな。
他にも,木管はどれも相当なものだったし(特筆すべきはファゴット),要するにどのパートも巧い。
● 曽我さんは指揮台に上がるや,すぐに棒を振り始める。準備はいいかい,がない。プロっぽくなるね。
アマチュアだからという容赦はないように思えた。テンポにおいても場面転換においても。テンポは速め,場面転換は瞬時。つまり,オケは気を抜くことを許されない。
● 「だったん人の踊りと合唱」で登場した「一音入魂合唱団」もIBM社員が運営しているらしい。管弦楽と合唱の両方を社内で賄えるところはそんなにないのじゃないか。
一音入魂とは営業方針をそのまま名前にしたものか。
● アンコールは,ケテルビー「ペルシャの市場にて」。市場は世相の縮図というより,世相の極端なところが集まる傾向があるんじゃないかね。
人と金が集まるんだから,それを求めて物乞いも集まる。その物乞い役で登場したオジサンがいたんですよ。これが非常にいい味で。
ワイシャツの下のボタンを外して,腹が見えるようにして。視線をユラユラさせて。なかなかの芸達者。真剣にかつユッタリと物乞いの役を演じていた。
● このオジサン,ひょっとするとこの楽団の後援会長を務めているIBMの小出常務だったりする? そうだとすれば(そうであってほしいのだが),IBMって素敵な会社だ。
こういうときこそ,役員が平社員のサーバントになって場を盛りあげるのは,じつに理にかなっているぞ。
● これまで聴いたことのある企業オケは,JR東日本,新日鐵,マイクロソフト,リコー,日立。そして,今回がIBM。理系の企業が多い感じ。
音楽って,医学を含む理系と相性がいい感じがある。音楽を理解するために最も必要なセンスというのは,おそらく数学的なものだと思う。数式をパパッと理解できるセンス。
● 今はlenovoに移譲しているけれども,IBMが製造販売していたThinkPadは,憧れのノートパソコンだった。黒くて無骨な四角い箱。いかにも頑丈な道具といった趣を漂わせていた。
初めてThinkPadを所有したときの嬉しさは,今でも憶えている。以後,パソコンはThinkPad一筋。
こういうのってどうでもいいことなんだけど,そのどうでもいいことが日本IBM管弦楽団の演奏会に足を向けさせる理由のひとつになっているわけだ。
ミューザ川崎 シンフォニーホール
● 今年で7回目になる音楽大学オーケストラ・フェスティバル。首都圏の9つの音楽大学の競演(あるいは協演)。4回に分けて行われる。会場は東京芸術劇場とミューザ川崎が受け持っている。ぼくは4回目から拝聴している。
過去3回は通し券を買っていた。1回あたり750円という驚愕の安さ。もっとも,1回券でも1,000円なので,1回でも行けない日があると,通し券の旨味(?)は消し飛ぶことになる。セコい話で申しわけありませんがね。
で,ぼくは栃木の在から出かけていくわけで,4回とも行けることはあまりないってのが体験してみてわかった。ので,今回は通し券は買っていない。
● ということではない。今回は,たぶんこの日しか行けそうにない。じつは,この日も行けるかどうかわからなかった。要するに,家庭の事情というやつだ。
今までは,そういうものを相方に押しつけて,自分は気楽にコンサートに出かけていくといった図式を貫いてきたんだけど,そうしたお気楽をいつまでも続けるわけにも行かない。
● でも,今日は相方のお許しが出たので,一路,川崎へ。途中,自治医大駅で下車して,「休日おでかけパス」を購入。
上野東京ラインができて,川崎は宇都宮から乗換えなしで行けるようになった。たかが乗換えなんだけど,その“たかが”を省略できるのはとてもありがたいのだった。
● クラシック音楽の消費の旺盛さという点で世界一なのは,ドイツでもオーストリアでもイタリアでもフランスでもなく,極東のわが日本ではないかと思うことがある。
カラヤンの全盛期に,日本はカラヤン帝国の忠実な植民地だと揶揄する人がいたようだ。つまり,カラヤンのCDが最も売れるのが日本だったから。
しかし,それだけのCDを買う人がいたという事実の重さをこそ,思うべきだろう。誇らなくてもいいけれども。
● のみならず,夥しい数のコンサートやリサイタルが催されていて,その多くにかなりのお客が入っている。
その夥しい数のコンサートの中でも,この音楽大学オーケストラ・フェスティバルはかなり美味しいコンサートではないかと思う。
● まず,演奏水準が素晴らしく高い。数あるプロオケにはたぶん技術では及ばない。しかし,1回の演奏にかける時間と“思い”の質量はプロオケの比ではないだろう。それが演奏に現れる。音大生が今の年齢だからこそできる演奏というのもあるはずで,その演奏を聴ける貴重な機会となる。
指揮者もこの国を代表する錚々たる人たちが登場する。秋山和慶,高関健,下野竜也,井上道義さんなど。
それなのに,チケットは1,000円。ほとんどタダみたいなものだろう。したがって,万難を排してでも聴きに行くべきものだと,ぼくは思う。
● わが家に関していえば,排すわけにもいかない事情があってね,という煮えきらない態度になってしまうんだけど。
個別事情と一般論は合致しないことがしばしばある。合致しない場合は,必ず個別が一般に勝つ。
● ともあれ。今日は桐朋学園大学と昭和音楽大学。
桐朋は,モーツァルト「ディヴェルティメント ニ長調 K.136」とバルトーク「管弦楽のための協奏曲」。昭和音大は,チャイコフスキーの5番。
指揮は桐朋がジョシュア・タン。中国系シンガポール人。昭和音大は渡邊一正さん。
● モーツァルトのディヴェルティメントをこれだけの人数で演奏しても,音にブレが出ない。
あまり技巧に走るところもないし,多くの人に知られている曲だから,逆にごまかしが利かない。妙なネタの仕込み方をすると,すぐにバレる。直球勝負で行くしかない。
桐朋なればこそ,こういう演奏ができる。
● プログラム冊子の解説によれば,バルトーク「管弦楽のための協奏曲」の初演は1944年,ニューヨーク。その初演は大成功だったらしい。この曲が初演で成功を収めたとは,少々意外だ。
と思ってしまうのは,ぼくが“クラシック音楽=古典派的調和”を前提にしてしまっているからで,ピカソの抽象画を訳がわからないものと受け取ってしまうのと同じだろう。
こう来たんだから次はこうなるという予測を裏切ってくれる。そのうち,予測じたいが立てられなくなる。振り回されるという感じになる。その振り回され方が小気味いいから聴いていられる。
● 演奏する側にとっても,バルトークのこの曲はかなり難易度が高いと思われる。しかし,そこは演奏するのが桐朋学園オーケストラだからね。乱れがないとか安定感があるとかそういう水準を超えて,こういうふうに演奏したい,ここはこう表現したいという,オーケストラの意思が感じられる。
まぁ,こちらの思い入れがそう思わせる部分があるのかもしれないけれど。
指揮者とオケの関係も良好。学生にしてみれば,ジョシュア・タン氏は兄貴のような存在なんだろうか。
● 桐朋学園の演奏が終わったところで帰る人がいる。一方,それを見計らったように入ってくる人もいる。それぞれの大学の関係者,あるいは演奏者の友人なのだろう。
ぼくは全部聴かないとチケット代がもったいないと思ってしまうケチな性分だし,栃木の在から来ているわけだから,途中で席を立つことはあり得ない。
が,自由な聴き方でいいよね,とは思う。おいおい,全部聴いてから帰れよ,などどは思うまい。
● チャコフスキーはこうすれば聴衆は喜ぶだろう,こうすれば聴衆の腑に落ちるだろう,ということをよくわかっていて,そのとおりに曲を仕上げていったのではないかと思うことがある。
こうなってくれたら嬉しいなと思っていると,実際にそのとおりになっているという感じなんだよね。
● 演奏したのは昭和音楽大学管弦楽団。さらに洗練させる余地があると感じた。それはそうだ。音大といえど学生の時点でその余地がないまでに洗練されていたら,それは伸びしろがないということにもなりそうだ。
彼らの多くは普通の企業に就職していくのだろう。ずっと演奏に携わる道に行く人は少数派に違いない。4年生なら,音楽三昧の日々を送れるのはあと少しだ。
● その思いをぶつけるような,迸りと言いたいほどの勢いを感じさせる演奏だった。奏者にも出し切った感があったのではないかと推測する。
チャコフスキーの5番は,とにかくポピュラーだ。それもあってのことと思うけれども,ブラボーッの声が何度も客席にこだました。
● というわけで,幸せな時間を過ごすことができた。やはり,音楽大学オーケストラ・フェスティバルは可能な限り出かけていくべきだなぁ。
もうひとつ。ミューザ川崎のホールスタッフのホスピタリティーが素晴らしい。これもまた,幸せ度をあげる要因のひとつになっている。
宇都宮市立南図書館 サザンクロスホール
● 県内にクラリネットやフルートのアンサンブルがあることは知っていたけれど,サクソフォンもあったのか。しかも,今回が3回目だという。迂闊なことだった。
開演は午後2時。入場無料。
● プログラム冊子に載っていた紹介によると,LINE-TのLINEは“つながり”で,Tは“手塚正道”。手塚正道つながりということらしい。
では,その手塚正道とはそも何者? これがよくわからないんだけれども,ともかく,手塚正道さんが中心になっているユニットであるようだ。
● 約90分のコンサート。2部構成。演奏された曲目は次のとおり。
第1部
マゼリエ ファンタジーバレエ
ピエルネ 民謡風ロンドの主題による序奏と変奏
村松崇継 生命の奇跡
第2部
ゴスペル・メドレー-アメージング・グレース,アイ・ウィル・フォロー・ヒム
スタジオジブリ・メドレー-海の見える街,風の通り道,人生のメリーゴーランド
和泉宏隆 宝島
フォスター Winter Games
● 以前,管弦楽の演奏を聴いていて,サクソフォンの音をクラリネットと間違えたことがある。その程度の耳の持ち主が,まぁ,あまりアレコレと言わぬが身のためだ。
● サクソフォンって,対応域が広いというか,単独でもかなり多様な表現ができる楽器だと思う。ソプラノサックスからバリトンサックスまであるわけだから,それらをすべて使えばそれこそミニオーケストラ的にもなる。アルトサックスだけでもいろんな音を吹き分けることができそうだ。
つまり,何が言いたいかというと,ぼくがサックスをクラリネットと間違えたのも,無理からぬところがあるんじゃないかってことなんだけどね。いやいや,間違えないだろ,普通,ってか。
● 出演者の中に「ご来場のみなさまにお楽しみいただけますよう,私自身が全力で楽しみたいと思います」と書いている人がいた。
“楽しむ”という言葉を独特の意味で使う人がいる。SMAPの木村拓哉君だ。木村君は「今を全力で楽しむ」という言い方をする。ドラマで主役を演じているときも,ステージで歌っているときも,「SMAP×SMAP」でコントをやっているときも,全力で楽しんでいるのだろう。
つまり,木村君のいう“楽しむ”を日常用語の楽しむと受け取ってしまっては,微妙に間違えることになりそうだ。
● 今回の出演者の「私自身が全力で楽しみたい」というのも,たぶん同様だろう。正真正銘,自分が楽しんでしまっては,聴き手を楽しませることはできない。
練習だってそうだよねぇ。楽しい練習をしちゃったんじゃ,上達しないのじゃないかと思う。楽しくない練習を楽しみながらする,という達人の境地を目指すというならわかるんだけど。
聴き手を楽しませるために自分が楽しんでいるフリをする,そのようにして客席を盛りあげる,というのは大いにありそうだ。そういう意味での言葉だと受け取っておくべきでしょうね。
● そうしてそれは達成されていたようだ。つまり,楽しい演奏会だった。
手塚さんのキャラクターによるものだろうか。チームワークが非常にいい。チームで閉じていないで,外に向かって開かれているようでもある。
演奏水準がどうこうという以前に,こういったところが誘引力になるのではないかと思わせる。後味のいいコンサートになった。
● 第2部では宇都宮工業高校吹奏楽部の生徒さんたちも登場。若さっていうのは,それだけで力を持っている。それがうまく出ると,強力なアシストになれる。
LINE-Tの側が高校生をノセることに成功したというべきなのかもしれないけれど,どっちにしても,高校生が存在感を発揮していた。
さくら市ミュージアム エントランスホール
● 開演は午後2時。入場無料。ただし,さくら市ミュージアムの入場券は買わなくてはならない。その入場券が300円。
● ハイクラッド(Hyclad)とは,ギターの伊藤芳輝さんとヴァイオリンのYuiさんのユニット。結成は2012年。
配られたプログラムノートにProfileが掲載されているのだが,それによれば,Yuiさんは「2010年より,以前から興味のあったフラメンコ音楽に傾倒し」,「フラメンコギタリストの伊藤芳輝と共にジプシークラシックをテーマにDUOユニット『Hyclad』を立ち上げ」とある。
● フラメンコ,ジプシー。お二人の嗜好というか,やりたいこと,あるいは自分はこういう佇まいでありたいという指向性,それを伝えるキーワードなのだろな。
演奏した曲目は次のとおりだ。
ファリャ スペイン舞曲第1番
サティ ジュ・トゥ・ヴ
ピアソラ オブリヴィオン(忘却) リベルタンゴ
ラフマニノフ メロディー
ビゼー 「カルメン」より4曲
モンティー チャルダッシュ
ブラームス ハンガリー舞曲第5番
● ピアソラはジプシーとはあまり関係ないと思う。のだけれど,ジプシー音楽と親和性が高い。どういうわけだろうね。アルゼンチンのタンゴとヨーロッパのクラシック音楽を融合したといえば聞こえはいいけれど,どちらにも定住できなかったところから来る何ものかが,ジプシーの民と通底するんだろうか。
ぼくは「リベルタンゴ」は演歌じゃないかと思うことがあった。辛い渡世だねぇ,人間って悲しいねぇ,っていう訴えを感じてしまうものだから。
まぁ,演歌っていうのはちょっと違うよね。でも,漂白の民で,どこにいても自分はよそ者と感じつつ生きるのがジプシーだとすれば(これって,たぶん,浅薄すぎる理解でしょうけど),演歌=ジプシー=ピアソラ,というメチャクチャな等式を強引に成立させてしまうこともできるのじゃないか(できないか)。
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さくら市ミュージアムの入場券 |
● お二人の喋り(MCというのか)も面白かった。伊藤さんはどこからでもジャブを繰りだせる人のようだ。あえて繰りださないで相手の出方を待つところもあって,そのあたりは当意即妙という言葉そのもの。
Yuiさんも,頭の回転が速い人のようで,伊藤さんのジャブを軽く受けてひょいと返す。
もっとも,お二人はずいぶん活発にライヴ活動を重ねている。演奏のみならず,喋りについてもキャッチボールの体験は充分すぎるほどにあるのだろう。
● 絵的にも様になる。美男美女といってよいでしょうね。しかも,一癖ある美男美女。
文学的美男美女と言っておこうか。いよいよ,どういう意味なのかわからなくなってくるけどね。
● さて,演奏だけれども,これを無料で聴いていいのか,とまず思った。さくら市はだいぶ太っ腹だ。どういう交渉をしたのだ? ハイクラッドの二人が折れたのかもしれないけどさ。
ギターはジワーッと染みてくる。ヴァイオリンは自在に動く。地に潜り,空を飛ぶ。ぼくは最前列で聴けたんだけど,ずーっとゾクゾクしていた。
● 二人はサービス業に徹している感があった。芸術ってこういうものだよと高みから教えを垂れるのではなく,ステージ=教師,客席=生徒,という関係を作るのではなく,音楽というサービスをお客さんに届けることに一意専心。
お客の質が高ければ高いなりに,そうでないならそうでないなりに,ともかくお客を楽しませること。
自分たちはそれで食べているんだという覚悟のようなものを感じた。
● もちろん,それを支える技術がなければ,覚悟は覚悟だけで終わるだろう。が,この二人はプロなんでした。もの作りができる人たちなんでした。
● ところで。このコンサートを知ったのは,JR氏家駅に置かれていたチラシでだった。じつに幸運だった。電車に乗ることがなければ,知らずに過ぎたろうからね。
たぶん,さくら市のホームページにも告知はあったんだろうけど,ぼくには見つけることができなんだ。
栃木県総合文化センター メインホール
● 5月にフレッシュグリーンコンサートがあり,7月に東京農大二高とのジョイントコンサートがあった。わが家にも諸般の事情ってやつがあって,いずれも聴きに行くことができなかった。
三度目の正直,定期演奏会だけは聴きに行かないと。作新学院吹奏楽部,栃木県吹奏楽界(社会人も含めて)の,おそらく最高峰だろう。
● 開演は午後6時。チケットは800円(当日券は1,000円)。前売券を買っていた。
そうしておいた方が,間違いなく,会場に自分の身体を運んでいくことになるから。800円がもったいないっていうセコい発想でね。
● 第1部。コンクール・ステージとでも言えばいいのか。吹奏楽のコンクールでよく取りあげられる楽曲を演奏。
結論を先に書いておく。どのパートにも穴はない。パート間の連携にも綻びはない。鉄壁の守備を誇る。
吹奏楽の何たるかを知りたかったら(感じたかったら),作新学院吹奏楽部の定期演奏会の第1部を聴けばよい。
● 曲目は次のとおりだった。真島さんの曲が多いのは,4月に亡くなった真島さんへの作新吹奏楽部のオマージュであろうか。
真島俊夫 ナヴァル・ブルー
R.ミッチェル 大草原の歌
ヤン・ヴァン・デル・ロースト カンタベリーコラール
森田一浩編 ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
真島俊夫 吹奏楽のための交響詩 波の見える風景
真島俊夫 富士山
● どれか1曲だけもう一度聴かせてやると言われれば,「波の見える風景」かなぁ。
基本的には風景を描写した曲と考えていいんだろうけど,“折りたたみ”が凄いんですよね。重層的というのか。右から描いていたかと思うと左からの描写になり,また右に戻り,という。
それでいて,華やかで聴衆にアピールする。つまり,大衆性も併せ持っている。小説にたとえれば,芥川賞と直木賞のどちらにもノミネートされそうな曲だ。
● 第2部はポップス・ステージ。というより,お楽しみステージ。演奏した曲目は次のとおり。
真島俊夫 スウィングしなけりゃ意味がない
鈴木英史編 糸
真島俊夫 スペイン
三宅裕人編 栄冠は君に輝く
星出尚志編 モヒート
真島俊夫 夢-岩井直溥先生の思い出に
星出尚志編 ジャパニーズ・グラフィティⅩⅩ
星出尚志編 塔の上のラプンツェル・メドレー
● ここでも真島さんの曲が3つ入っている。「夢-岩井直溥先生の思い出に」は第1部の方が場としては相応しいかもしれない。が,そういう細かいことはどうでもいいね。
ここでも,この生徒さんたちの技術に舌を巻くことになった。どんな曲でも弾きこなすし,ノリもいい。
● 「スペイン」で初めてダンスが入った。当然,部員たちによるダンス。なかなか演奏ほどの切れ味というわけにはいかないんだけれども,客席から見て左端に登場した“男装の麗人”が一番目立ったね。美味しい立ち位置だよね。客席の視線を独り占めできるはずだ。
ここは男になりきって踊るのが吉。それでも現れてしまう女の部分が,客席にアピールするわけだから。宝塚の男役も同じだろうね。
まだ男になりきっていないところがあったから,そこが少し残念。って,そこまで気を入れないといけない場面ではないのかもしれないけれど。
● ここからしばらくは甲子園の話題。応援の様子を再現。もちろん,ミニチュア版での再現になる。
作新野球部は甲子園の常連だ(今年で6回連続か)。初めてこの演奏会を聴いたときにも,これがあった。あ,この演奏会は校内行事なんだなと思った。
ところが,今年は優勝しちゃったからね。そうなるとひとり作新学院にとどまらず,栃木県全体のビッグイッシューになる。今回に限っては校内行事的色彩は払拭されることになった。
● 「ジャパニーズ・グラフィティⅩⅩ」は小林亜星作品集。小林亜星といえば,はるかな昔のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」に主演して,息子役の西城秀樹と劇中でしょっちゅう喧嘩をしていたのが記憶に残っているんだけども,本職はそちらではなくて,作曲家。
魔法使いサリーとか,ひみつのアッコちゃん,「まんが日本昔ばなし」の主題歌「にんげんっていいな」も彼の作だったのか。一方で,都はるみが歌った「北の宿から」も。大変な才能だったんだねぇ。
● 第3部はドリル。ライオン・キング・メドレー。このステージは作新学院吹奏楽部の独壇場でしょうね。追随できるところはないのじゃないかと思う。
この演出とラインの取り方は誰が考えるんだろう。イチから設計していたのではとても間に合わないだろう。基本的なパターンがいくつかあって,あとはその組み合わせってことになるんだろうか。
● 小道具や衣装は「保護者の方々の手作り」ということなんだけど,衣装なんかかなり本格的で驚く。
凧鳥(と,勝手に命名)もよくできていた。こういう方法もあったのかと,見せられて初めて気がつく。
● あとは,パーカッションのレベルの高さ。これなくしてドリルはありえない。
最後まで手抜きはなかった。当たり前と言えば当たり前なんだけれど,この当たり前を当たり前のようにできるところが,作新学院吹奏楽部の凄さであるわけだ。
● 以上でプログラムは終了。が,その後もお楽しみが続くのが,この演奏会の恒例だ。
まず,部長挨拶。毎年そうなのだが,この挨拶には感心させられる。ひとつには,自分の言葉で語っていること。それから,気持ちが乗っていることだ。
今回の挨拶は,苦労話はミニマムにして(これだけの演奏会を現出するんだから,キャプテンに苦労がなかったはずはないのだ),顧問の先生をはじめ,関係者と観客に感謝申しあげます,というのをメインにした。抑制の効いた立派な挨拶だったと思う。
● さて,今回の演奏会で最も印象に残ったのは何かというと,じつは開演前のプレ演奏だった。ステージの左側(客席から見て)でサックス部隊が「情熱大陸」を演奏したんだけれども,そのサックスが素晴らしかった。
これだけで,チケット代の元は取ったぞと思った。