● 今年も大晦日の今日,東京文化会館で「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2012」が開催される。
昨年はヤフーオークションでC席チケットを落札して聴きに行った。が,せっかくの演奏会がC席だと隔靴掻痒以上に残念な結果になる。ここはやはりS席でなければならない。
S席は2万円。この演奏会なら2万円は納得できる。むしろ安い。
● 何度か東京に出ているので,ついでに買える機会はあった。が,見送ってきた。
もし大晦日に別の用事ができたらどうしようとか思ったりもしてね。代わりに行ってくれる人がいればあげちゃってもいいんだけど,ぼくの回りにはそんな人は見あたらないし。クラシック音楽なんてタダでもパスってのばっかりだから。
でも,それは言い訳でしてね。要は2万円が工面できなかったんですねぇ。
● で,どうしたかというと。またヤフオクに頼ったんですね。しかも,同じC席。何も学習してないじゃないか,アホかおまえ。どうぞ誹ってやってください。
こういう状態のとき,行かないっていう決断をスパッとできないんですよねぇ。未練を残してしまう。で,最悪の選択をしてしまう。
● とはいえ。ラッキーなことに4階左翼の最前列。とりあえずは,オケの全体が見えるのではないかと思ったのが,入札した理由でしてね。そうでなかったら行かなかったと思うんですよ。
ただね,昨年も4階の左翼だったんですよね。最前列だったかどうかまでは憶えていないんだけど(たぶん,最前列ではなかったと思いたいんだけど。といっても,4階左翼は3列しかないんだよな)。
ステージから遠すぎて「指揮者の小林研一郎さんの後ろ姿が,骸骨の操り人形のように見えた」し,ステージの「左側の一部が切れてしまう」のだった。それは今回も変わらないかもしれない。
だんだんイヤな予感が増してきたんだけど。
● というわけで,2012年の大晦日も東京に出かけていった。
ステージの陣容は昨年と変わらない。指揮者は小林研一郎さん。オーケストラは「岩城宏之メモリアル・オーケストラ」(メンバーの入れ替えは当然あるだろう)。コンサートマスターを務めるのは,N響の篠崎史紀さん。
● 席はですね,昨年よりも左より。ということは,視野から切れる部分が増えるってことですよ。
しかぁし。最前列の効果は抜群。左よりでもちょっと身を乗りだせばステージはすべて見える。そもそも,ステージとの距離も昨年よりずっと近くなった感じ。ほぼ,ストレスなし。わずか1列前か後かでこれほど違うのかぁ。
今回はオペラグラスを持参したんだけど,結局,ほとんど使わなかった。ちょうどいい具合にステージがそっくり視野に収まる。肉眼でOKだった。
● 昨年はS席で聴いてこそと思ったんだけど,撤回します。最前列なら4階席でも大丈夫。
ごめんなさい。武士に二言があってはいけないんだけど,町人や農民だったら,二言,三言は許されていいでしょ。ぼくの先祖は町人か農民だったと思うんですよ。
C席で5,000円(ぼくはヤフオク経由なので,その5割増しになっているんだけど)。チケット発売開始後,早々に買うことができる人ならば,ここは狙い目のような気がする。貧乏人の味方だ。
モノを買うために行くリアルのショップは,スーパーとコンビニと百円ショップだけになっている。家電量販店にも行くけれど,まず何も買わないもんね。時々,乾電池とかの消耗品を買うくらいでね。
呑みにも行かなくなった。旅行もしなくなった。そうなっているのはぼくだけじゃないと思うんですよね(いや,おまえだけだよ,ってか)。不景気なのも当然だよなぁ。
● 開演は午後1時。チケットは完売。
きちんとよそゆきの服装で来ている人もいれば,普段着の人もいる。ぼくは普段着派。
よそゆき派の中には,泊まりがけで来ている人もかなりいるんじゃないかと推測する。ぼくも栃木の田舎から出張っているんだけど,新幹線とか飛行機で来ている人もいるんじゃないのかなぁ。
年齢を問わず男女を問わず,ひとりで来ている人がけっこう多いのも特徴。ぼくもそのひとりなので,おぉ同士よ,っていう気になる。話しかけてみたくなったりもするんだけど,それも迷惑だろうしな。
ホール内の売店もレストランも普段どおりに営業しているわけで,ここにいると大晦日という感じはまったくしない。休憩時間に,着飾っているご婦人方がコーヒーカップやワイングラスを片手ににこやかに話している様子はなかなかいいものだ。
ぼくはホールの外に出て,自販機で缶コーヒーを買ってるわけですけど。
● 昨年は,開演時には空席がけっこう目立ったと記憶している。今回はかなり埋まっていた。第1番から第9番まですべて聴かなければいけないという法はない。自分が聴きたいものだけを選んで聴くことの何が悪い。
それはそうなんだけれども,これだけのオーケストラで第1番から順に演奏するわけだから,全部聴かなきゃもったいないと思うし,通して聴いてこそわかる何ものかがあるとも思う。
● 昨年よりいい環境で聴けたことも大きいと思うんだけど,ステージからもらったものは,今回の方がずっと多かった。
第1番が始まってすぐに体が熱くなった。体の芯がジワーッとではなくカッと熱くなる感じ。着ぶくれていただけだろ,っていうツッコミはなしでお願いしたい。
● 第3番。ちまたの曲目解説には,壮大であるとか,力強いとか,美しいとか,巨大な山とか,いろんなことが書かれている。だけど,いまいちピンと来てなかった。もちろんCDでは何度も聴いているし,アマチュアオーケストラの演奏も何回かは聴いているんだけど。
それが,今回の演奏を聴いて初めて腑に落ちたっていうか。そうか,こういうことだったのか,って(錯覚の可能性が高いけどね)。
クリアでノイズのない演奏を生で聴けたからこそだと思う。
● 第4番が終わったところで,三枝成彰さんと樋口裕一さんのトーク。
樋口さんは「第九」のCDを272枚持っているとのこと。ご本人は長い間に溜まったものだからとおっしゃっておられたけれども,それにしても272枚。住んでる世界が違う。音楽を聴くことに費やした時間と労力とお金が,ぼくなんぞとはまるで違う。
世間にはとんでもない人がいるものだ。こういう人がいるんだから,ぼくなんかが「第九」について講釈を垂れてはいけないよなぁ。
オタク王と呼びたくなったが,ご本人にすればそう呼ばれることは心外かもしれないね。
● 三枝さんによれば,ベートーヴェンの曲はオフビートなのだ。音の裏側にアクセントがある。それがベートーヴェンの躍動感の秘密だという。
で,実際に,オフビートを口ずさんでくれたんだけど,それを聴いてもぼくの頭の中は???。馬の耳に念仏だった(笑ってやってください)。
● 圧巻は次の第5番。ステージから放出されるエネルギーは凄まじかった。もちろん秩序だっているわけだから,秩序あるエネルギーの奔流と形容しておきたい。
正直,ぼくには受けとめ切ることができなかった。受けとめ切ることができないと,涙が出てくるんですね,これ。
老人性涙腺失禁だろうっていうツッコミはなし,ということでよろしく。涙が出るんですよ,ほんとに。受けとめ切れていないからだと,思っているんです。受けとめ切れないうちが華だという思いもあります。
● 第6番「田園」では,第2楽章以降にフルートのソロが何度か登場。そのフルートを担った美貌のフルーティストに注目。
● ここで90分間の大休憩。この間に夕食をすませることになる。ホール内のレストラン,この時間帯はもちろん予約制になっているはずだ。
迷わず,上野駅に入った。駅構内にある「ほんのり屋」でおにぎりを3個,購入。あと,自販機で熱いお茶。これでいいじゃないですか,ねぇ。絶対に間違いのないチョイス。
おにぎりってのはすばらしい発明品で,冷えても旨いってのはすごいぞ(もちろん,冷えてない方がいいんだけどさ)。海苔でくるむってのは誰が考えたんだろうねぇ,偉大だぁ。
● 大休憩のあと,第7番。ぼくにもわかるほどテンポに緩急をつけていた。第3楽章で特にそれを感じましたね。バーッと行くところと,テンポを落として音をはっきり刻ませるところと。
若干,ほんの少し,集中を欠いた瞬間があったように思われた。瑕疵ではない。いかな名人上手といえども,人の子だ。一気にベートーヴェンの全交響曲を演奏するわけだから,それはあって当然だ。
ぼくら観客は,チケットを買って,当日,自分の身体を会場まで運び,あとはずっと柔らかい椅子に座っていればいい。それが仕事のすべてだ。ステージで演奏する方はそうはいかない。
● この1年間,ベートーヴェンの交響曲はCDで何度となく聴いてきた。で,第8番が引っかかってきたのが収穫といえば収穫。第7番と比較して,女性的だとか優美だとか言われることがあるんだと思うんだけど,なかなかどうして。
CDでは小澤征爾指揮,サイトウキネンオーケストラの演奏をもっぱら聴いている。キレイすぎ,整いすぎという印象も受けるんだけど,別段の不満もない。
その第8番の生をこのオーケストラで聴けることが,今回の楽しみのひとつだった。で,聴き終えたときには背中にうっすらと汗をかいていた。
● 最後は「第九」。ソリストは,岩下品子さん(ソプラノ),竹本節子さん(アルト),錦織健さん(テノール),青戸知さん(バリトン)。合唱は武蔵野合唱団。これも昨年と同じ。
合唱の迫力と質感だけは生で聴かないと味わえませんよね。合唱が巻き起こす空気の震えのようなものは,CDからは伝わってこない(現在の録音技術ならできるのか)。
今回は管弦楽がマーラー版だった。三枝さんが,これを聴けるのはたぶんこれが最初で最後だと言っていたんだけど,その貴重な機会を得ることができたのはラッキーだった。マーラー版はCDでも聴いたことがないので。
管弦楽が百人の大編隊。だけども,違いがよくわからなかった。こういう場でも限界効用逓減の法則が働くのかもしれない。楽器を増やせば増やしただけの効果があるというわけでもなさそうだと,ぼくには思えた。
● この全曲演奏会はベートーヴェンの交響曲を順番に演奏しているだけで何の演出もないわけだけど(休憩時間のトークは別だけど,演奏そのものについてはね。演出のしようもないしさ),最後が「第九」っていうのは効果的だよねぇ。
それあればこそ,この演奏会も企まざる演出効果をまとうことができる。
● というわけで,今回は堪能できた。大晦日にベートーヴェンのすべての交響曲を,こうまですばらしいオーケストラと指揮者で聴けるのは,日本に住んでいることの役得ではないかと思えてきた。
家でテレビなんか見ている場合じゃないぞ。ディズニーランドでカウントダウンなんかしている場合じゃないぞ(ぼくは長らくそっち側にいたんだけど)。海外旅行もダメだ。
この演奏会を聴かないと損をするぞ。お金のある人はS席で,ない人はC席の最前列で。大晦日はこれに限ると断言してしまおう。
明けましておめでとうございます。
返信削除このベートーヴェン交響曲全曲演奏会は、一度は現場に立ち会ってみたいコンサートです。3年前でしたか、マゼールが振った時にUstreamで生中継を拝見して、この途轍もないイベントに魅了されました。
座席選びは本当に微妙で、仰る通り1列違っただけで全然聴こえ方が違いこともありますね。
今年も更新を楽しみにしています。
ありがとうございます。
削除私のおちゃらけた文章ではとても伝えきれていないと思うのですが,途方もなく素晴らしかったです。
指揮者,オーケストラは言うに及ばず,関係者の皆さまに感謝あるのみです。
今後とも楽しみに読ませていただきます。よろしくお願いいたします。