栃木県総合文化センター メインホール
● ウィーン・フィルが来日中。サントリーホールでの公演は,S席が35,000円。D席で13,000円。ぼくには無縁の天上界のできごとだ。
昔に比べればだいぶ安くなってはいるんだと思うんだけどね。世の中にお金持ちはいるもので,サントリーホールはおそらく連日満席だろう。
やっかみ混じりにいえば,普段はまったく音楽なんて聴かないよっていう人たちが,何割かは紛れこんでいるだろうと推測する。普段は聴かないけど,ウィーン・フィルだったら聴く。それがいけないことかと問われれば,ぜんぜんまったく悪くないと答える。
むしろ,その物見高さ,野次馬根性の旺盛さは,称賛されてしかるべきだ。人間,それを失ったらおしまいだからね。
● というわけで,ウィーン・フィルの演奏は聴きにいけないけれども,ウィーン・フィルの首席チェロ奏者が宇都宮に来るというので,聴いてみることにした。
といっても,じつのところ,ちょっと迷った。理由は二つある。
演奏は文句のつけようがないに決まっている。問題は,どうしたってこちらの鑑賞水準ってことになる。演奏の良さが自分にわかるのかっていう不安ですね。
リサイタルの類は客を選ぶ。オーケストラの規模になれば,とっかかりはいくらでもあるけれども,演奏規模が小さいほど,そのとっかかりが少なくなる。単楽器の演奏(ピアノの伴奏はあるけど)となると,間口が狭くなる分,深く味わえないと退屈なだけになる。ま,通じゃないとなかなか,ね。
で,自分が通じゃないってことは,自分でよくわかっているわけでしてね。
● 理由の二番目は会場が1,600人収容の大ホールだったこと。これでもし後ろの方の席だったら,少し以上に辛すぎるでしょ。リサイタルはできれば近くで聴きたいからさ。
でも,自由席。早めに行って並べばいいか。
というわけで,行ってきましたよ,と。
● 主催者は宇都宮音楽芸術財団。最近できた法人。
活動の趣旨は,音楽大学を卒業しても演奏で身を立てられる人はわずかしかいないという厳しい状況の中で,それでも技術を磨くべく精進している人たちがいるから,そうした人たちを助けよう,ということ。具体的にはきちんとした経済的見返りの保証がある演奏の場を提供しよう,と。
その原資は,聴く側に負担を求める。会員になってもらって,会費を負担してもらう。それだけでは足りないだろうから,企業にも協賛してもらう。今回は足利銀行が共催している。
● その初回の演奏会。今回は財団のお披露目のためでしょうかね。
開演は午後7時半。非会員はチケットを購入。3,000円。
● 使用されたのは1階席のみだった。非会員にあてられたのは左右のサイド席。あとは会員席になっていて,その会員席がそれなりに埋まっていたのは,正直,意外。
新幹線で来たと話しているグループもいた。自分でもチェロを弾く人たちが勉強のために聴きに来てたんでしょう。東京の音大の学生もいたようだ。
● プログラムは次のとおり。
シューマン アダージョとアレグロ
グリーグ チェロソナタ
ポッパー ハンガリー狂詩曲
リゲティ 無伴奏チェロソナタ
ブラームス ソナタ ホ短調
アンコール:ラフマニノフ ヴォカリーズ
● 休憩時間にお客さんのひとりが,深いねぇと言っているのが聞こえた。深い,かぁ。
今まで何人かの日本人チェリストの演奏を聴いたことがあるけれど,それらと比べて違うのか違わないのか,違うとすればどこがどんなふうに違うのか。
違うような気もする。だけど,違わないかもしれない。わからない。
音色に透明感があって,音に伸びやふくよかさを感じたってことは言えるんだけど,それって何も言っていないに等しい。
● で,そんなことに気を取られていると,一番肝腎な,演奏で遊ぶっていう観客の特権を置きざりにする結果になる。
● いやいや,素晴らしい演奏でしたよ。アンコール曲なんか,溶けてしまいそうな感覚を味わった。
話になんない。いったい,どんだけの表情を持ってんだよ,っていいますかね。千変万化。微妙なビブラートの効果。微差が大差。
どうしたらここまでになれるのか。ちょっと想像がつかない。技術を極めるとこうなるのか,それともプラスαが要るのか。プラスα込みで技術なのか。
こういうのって,ほとんど言葉の遊びでしょうね。そういうものは才能だよってことにしておくのが,一番穏当なんでしょ。
● 曲のアラを探さない人なのかもしれない。練習の仕方ひとつにしても,細かい工夫を重ねているに違いない。ブルドーザーよろしく力業で勝負するようなことはしないよね,たぶん。
クールで頭がいい。そんな印象の人でした。
● ピアノ伴奏は浅野真弓さん。ブラームスのソナタなんか,ひょっとして主役はピアノかと思いたくなる。浅野さん,気持ち遠慮があったかもしれないけど,それを含めて芸なんでしょうねぇ。
それと,譜めくりの女の子。以前も見たことがあるような。姿がよくて,彼女も演奏に花を添えていた。
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