栃木県総合文化センター メインホール
● 客席にいると,ステージに対して,批評家や評論家,審査員になりがちだ。ちゃんとした評論家や審査員なら,それに相応しい技能や資質を備えているはずだが,観客の多くは,ぼくをはじめとしてだけれども,そうではない(ように思える)。
ビールを呑みながらテレビでプロ野球を観戦して,監督の采配にあれこれ言っているお父さんと同じ水準かと思われる。その水準での評論モドキや審査モドキだ。
● プロ野球でも球団がファンサービスに努めるように,プロ・アマ問わず演奏する側は客席にいろんなサービスをする。ぼくはあまり好きじゃないんだけど,演奏前に行う指揮者トークとかね。
何といっても需要が伸び悩んでいる。霞を食べて生きていくわけにはいかないんだから,需要喚起・集客に努めなければならない(一方で,フライング拍手に対する啓発とかもしなきゃいけないんだから大変ですな)。要するに,観客を甘やかせてあげないといけない。
● 客席にいればお客さんだ。お客は強いものだ。何を言っても,相手方が強く反論してくることはない。安全地帯に身を置いていられる。安心してなんでも言える。
だからこそ,客席側としても,評論家モドキや審査員モドキに墜ちることを回避する努力をすべきなのだと思う。
プロ野球の監督なんかとても務まらないのに,現役監督の采配の結果が出たあとに,だから言わんこっちゃないっていうような,後出しジャンケン的なみっともない所業は慎まなければならない。
● 評論家や審査員の立場に自らを置くことには快感がある。上から目線で語る快感を味わえる。地面すれすれの実力しかないのに,他者を批判すると,その他者の高みまで昇ったような錯覚に浸ることができる。
簡単にその錯覚に行かないようにしたいと思う。大人だろ,おれたち。
● というようなことを時々考える。
今回はコンクールだ。れっきとした審査員がいるわけだ。彼らはぼくら観客とは違って,それぞれ専門家だ。
その専門家と観客では鑑賞眼はもちろん違うとして,それ以外に見方そのものが違うはずだ。審査と楽しみでは,自ずと聴き方が変わる。
だから,公表された審査結果に対してオヤッと思うこともあるんだけれども,これはそのような理由によるもの。
● 問題は,こうしたコンクールだと,ぼくらまでいっそう審査員の目線になりがちなこと。こういうときにこそ,審査員の目線から離れて,若き演奏者が紡ぎだす音楽を楽しみたい。
どこまでそれに徹することができるか。大げさにいえば,それが自分との勝負だと思っている。ま,勝負っていうと,その時点で固くなりすぎていると思うけど。
● 開演は正午。今回はピアノと金管。このコンクールはピアノ,声楽,弦,管を2つずつ開催している。管は木管と金管を相互にやっているので,木管と金管は4年に一度ということになる。
このコンクールを聴くのはこれが6回目になるんだけど,前回の金管は聴き逃している。
会場はメインホール。審査する側ではメインホールでの響きを確認したいんだろうから,会場をサブホールに変えることは考慮の外であるはずだ。
● 終演は午後5時。無料でタップリ聴ける。しかも,普段は聴く機会がない曲を聴ける。考えようによってはかなり美味しいわけで,そのせいかどうかは知らないけれども,年々,観客が増えているように思う。
以前はほんとにチラホラとしかいなかった。ここ2年ほどはガラガラではあるんだけどチラホラではない。
● まず,ピアノ部門。出場者は5人。
トップバッターは久保亮太さん。シューマン「ピアノ・ソナタ第1番」の第1楽章と,ラヴェルの「クープランの墓」より“1.プレリュード”“5.メヌエット”“6.トッカータ”。シューマンからラヴェルに移ったときの印象が鮮烈。当然,これは曲調によるもの。ラヴェルの絵画的なっていうか,ラヴェルだとすぐにわかるポンポンと弾むようなっていうか,シューマンとの対比がくっきりしてて,それも選曲の理由かと思った。が,これは穿ちすぎというものでしょうね。
まだ18歳。曲と対話しているというか戯れているというか,誤解を恐れずにいうと楽しそうに弾いていたのが印象的。
● 次は木邨清華さん。藝大の4年生。曲はプーランクの「ナゼルの夜会」。こういう曲を聴けるんだから,このコンクールは観客的にも美味しいわけだ。
ピアノだから,奏者を側面から見ることになる。そのラインが美しい人だった。見栄えがする人だと思った。
● 中島英寿さん。桐朋の2年生。ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」の主題による15の変奏曲とフーガ。それとバルトークの「戸外にて」から“4.夜の音楽”“5.狩”。
ベートーヴェンさん,こんなんでいかがでしょう,よろしいでしょうか,と言っているかのような演奏。
これまでの3人もそうだったし,これから登場する人たちもすべてそうだったんだけど,コンクールで緊張しているといった様子はうかがえない。普段どおりというか落ち着いているというか。むしろリラックス。
たいしたものだと思うが,いまさら平常心を失うのは困難なほどに,こうした場数は踏んできているんでしょうね。評価される場に慣れているようだった。
● 中村淑美さん。東京音大の4年生。曲はラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番。この曲をそっくり聴けるというわけだ。
スッとやってきて,サラッと弾いて,いかがでしたかという風情でサッと去って行く。ファインプレーをファインプレーに見せない技術の持ち主。
● 最後が井村理子さん。出場者の中では最年長。シューベルトのピアノ・ソナタ第19番の1,2,4楽章を演奏した。
技術はもちろん,表現力というんだろうか,演技力といってもいいのかもしれない,客席への差しだし方まで一点の隙もないほどに考えているという感じ。群を抜いていたように思う。
が,このコンクールは彼女にはそぐわないようにも思えた。ここの1位を狙いに来るような人ではないのじゃないか。
● 次は金管部門。ファイナルに残ったのは8人。ホルン2,トランペット3,チューバ3。
まず,ホルンで森井明希さん。東京音楽大学3年。演奏したのはF.シュトラウスの「ファンタジー」。
この曲もそうだけれども,以後に出てくる曲はすべて今回初めて聴くものだった。そりゃそうだ。金管がメインの曲を普通のコンサートで聴くことはまずもってないわけだから。それぞれの楽器分野では超有名な曲なんだろうけど,ぼくにはまったく不知の世界。
森井さん,ドレスではなく練習着(?)で登場した。ぜんぜんOKだと思う。ただ,ドレス効果というのはあるんだね。愛くるしいお嬢さんという印象だったけど,これがドレスだったらきちっとレディに見えたはずでね。
● トランペットの椎原正樹さん。桐朋の2年生。ピアノ伴奏は岩瀬成美さん。ひょっとして桐朋の同級生だったりするんだろうか。
トランペットって金管における百獣の王,ライオンのようなものなんですか。まっすぐに音が届いてくる。
● 続いてトランペット。刑部望さん。男性。今年,早稲田の文学部を卒業したらしい。一方で,桐朋のカレッジディプロマコースにも在籍中。
演奏したのは,J.ギイ・ロパルツ「アンダンテとアレグロ」,V.ブラント「コンサートピース」。はぁ,こういう曲もあったんですかって思う程度の聴き手なんだな,こちらは。
ピアノ伴奏は刑部佳子さん。ひょっとして彼のお母さんなのかもしれない。
● チューバの西部圭亮さん。東京学芸大音楽科の2年生。ヤン・クーツィール「チューバとピアノ小協奏曲」。ピアノは渡辺悠莉子さん。
チューバという楽器。ドがつくほどの迫力があるということはわかった。が,それしかわからなかった。
西部さんは,とにかくイケメンで,それが際立っていたものだから,そっちのほうに気が行っちゃってましたね。羨ましいなぁ,と。これをあと10年20年と保てたら,すごいことになるんじゃないか。
● ホルンの江村考広さん。クロール「ラウダーツィオ」,グリエール「ロマンス」,フランセ「ディヴェルティメント」。
ホルンは難しい楽器だと推測はつく。名手はその難しい楽器を使って安定した音を出すのだ。そのあたりまではわかるんだけど。
● トランペットの鶴田麻記さん。藝大の3年生。テレマン「トランペット協奏曲」とジョリヴェ「トランペットとピアノのためのコンチェルティーノ」。ピアノ伴奏は下田望さん。
彼女,子供の頃はヒダリマキッと呼ばれてからかわれたんじゃないかと,まったく関係のないことを思った。マキって名前の子がいて,ぼく自身,そう呼んでからかっていたからな。ある程度の年齢になってからならいいけれど,あんまり小さい頃からそう言われたんじゃ傷つくよなぁ。
素直な演奏だと思った。トランペットと仲がいいといいますか。
● チューバの田村優弥さん。今回の出場者の中で唯一の地元出身者。現在は藝大の院に在籍しているけれど,作新学院吹奏楽部の出身で,今月12日の作新学院吹奏楽部の定演にゲスト出演していた。
そのときに彼が語ったところによると,陽西中でチューバを始め,高校は作新に行くと決めていたらしい。作新で吹奏楽をやりたい,と。
藝大は入るのも大変だけれども,入ったあとも大変で,藝大といえどもプロとして立っていけるのはごく一部だから,という話をされていた。そうなのだろうなと納得。
演奏したのは,ペンデレツキ「無伴奏チューバのためのカプリッチョ」とウジェーヌ・ボザ「チューバのためのコンチェルティーノ」。
後者のピアノ伴奏は大川香織さん。
● 最後は,小沼悠貴さん。国立音大を卒業して,自衛隊の音楽隊の隊員になっている。演奏した曲は田村さんと同じ,ボザの「チューバのためのコンチェルティーノ」。
ピアノは松岡亜希子さん。
● すでに審査結果は出ていて,主催者のホームページに公表されているはずだ。ぼくも予想を述べたくなるが,やめておく。こんな聴き手が審査の真似事をするのは厳禁だ。
出場者はよくわかるのだろう。あ,こいつは自分より巧いや,とか,自分のほうが少しいいかな,とか。
● が,ぼく的に最も印象に残った奏者は,ピアノでは中島英寿さん,金管では鶴田麻記さんだった。
この程度は申しあげても許されるのではないかと思う。
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