宇都宮市文化会館 大ホール
● 4年連続で4回目の拝聴。ぼく的には,黄金週間の定例行事になった感がある。
開演は午後1時半。チケットは800円(前売券の自由席)。
● 生徒さんたちが全力でステージを作っていることは,直截に伝わってくる。これはもう,ビンビンと言っていいほどに。
ならば。
こちらも全力で聴き,全力で観なければならない。耳と目をカッと見開いて,入ってくる情報のすべてを受けとめなければならない。
自分にそれができるかどうかは別問題だ。現に,現時点ではできていない。
が,心構えはそうありたい。
● 恒例の3部構成。
まず,第1部。プログラムは次のとおり。
ショスタコーヴィチ 祝典序曲
久石譲・木村弓 Spirited Away
ストラヴィンスキー バレエ組曲「火の鳥」より“序奏”,“王女たちのロンド”,“魔王カスチェイの凶悪な踊り”,“子守唄”,“終曲”。
● 選曲に衒いや小細工はない。演奏もまた同じ。
直球勝負の「祝典序曲」で客席を掴む。高校生がちょっと背伸びをして(していないのかもしれないけど)大人の演奏をする。自分が聴きたいのはこういう演奏なんだと気づかされる。
● 「火の鳥」ではホルンの1番奏者(という言い方をしていいんですか)が印象的。捌きの見事さ,見た目の美しさ。
終演後,指揮者もまっ先に彼女を立たせて,客席に紹介した。むべなるかな。
● 「火の鳥」って,相当に難易度が高いと思うんだけど,きっちり形にしてくるのはさすがというべきでしょうね。
以上を要するに,北高クォリティは健在である,と。
● 第2部はマリンバの安倍圭子さんを招いて,安倍さんが作曲した「The WAVE」(独奏マリンバと吹奏楽の為の小協奏曲)を演奏。
安倍さんが語ったところによると,この曲を作るにあたって念頭にあったのは,世界で進んでいる自然破壊であったらしい。このままでは地球はダメになる,と。それに心を痛めていた,と。
● ではどうすればいいか。人間の叡智を信頼して,次世代に託す。
ん? それって,解決を放棄して,問題を先送りしようってこと?
といっても,市井の人間に具体的に何ができるのかってことになると,祈ることしかできないというのは,しごくまっとうな結論ではある。国内ならともかく,よその国のことであればなおさら。
ともかく,その祈りを曲にした,ということだった。
● 曲の動機になったのは,そうした思いであったとしても,動機とできあがった作品は別物だ。問題は作品であって,作曲者の動機や思いではない。
でね,動機はありふれたものであったとしても,そこから素晴らしい作品をものするのが,芸というか才能というか。
● 安倍さん,かなりの御歳と見受けられるんだけど,彼女の演奏が始まったとたん,そこから目を離すことができなくなった。
というと,不遜な言い方になるかもしれない。目を離すことを許さないという感じね。一流とはこういうものかっていう,オーラというのか気迫というのか,それがドバーッっと放出される。
ぼくの小賢しい理屈など一発で吹き飛ばされる。
● ところで。安倍さんにインタビューした女子生徒がアナウンサーばりの声の持ち主だった。プログラムノートにも「口を開くと見た目を裏切るアナウンサーのようなvoiceが飛び出します」と紹介されているんだけど,まったくそのとおり。
声だけじゃなくて,発声の流れも天然なのか研究したのか,アナウンサーのそれ。いろんな生徒がいるんだねぇ。
● 第3部は,今年は「サウンド・オブ・ミュージック」。自分たちも楽しみながら,観客を楽しませようということですか。
「自分たちも楽し」んでいるように見えたんだけど,そう見せるのも芸のうちなのかなぁ。
● トランプ大佐役の女子生徒がどうしたって人目をひく。男装の麗人的なイメージ。
宝塚だって,娘役より男役のほうが人気がでるんでしょ。これ,わりとお得な役回りだよね。
● この演奏会の特色のひとつは,他校の生徒がかなりの数,聴きに来ていること。ぼくの後の席にも,宇都宮市内の女子高の生徒が何人か座っていた。
彼女たちの口は休憩ということを知らないね。それこそ休憩時間はずっと喋りっぱなし。何だかね,恐怖に似たものを感じてしまったんですけどね。絶対,俺,勝てねえぞ,っていうね。
● この学校の演奏会は,いきなり演奏から始まる。演奏で終わる。演奏以外のものはステージに登場しない。
演奏会には演奏以外のものはあってはならないとぼくは思っているんだけれども,なかなかそうもいかないという事情があるだろう。
が,ここは演奏以外の雑音(たとえば,校長あいさつ)はステージに乗せない。演奏にすべてを語らせる。その潔さがいい。もって範とすべき例ではないかと思う。
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