すみだトリフォニーホール 小ホール
● ベートーヴェンが築いた大きな山脈はいくつもあるが,弦楽四重奏曲はその代表。弦楽四重奏曲に親しまなければベートーヴェンを聴いていると言ってはいけない。
しかし,聴く機会はそんなにない。交響曲はいくらでもあるのだが,ピアノ協奏曲になるとグッと減り,弦楽四重奏曲になるとさらに減る。ひょっとすると,あってもぼくのアンテナがピンと立ってなくて,キャッチできないだけかもしれないのだが。
● もしアンテナがピンと立っていないのだとすると,その理由ははっきりしている。どこかで避けているからだ。
なぜ避けるのかというと,聴いても歯が立たないというトラウマ(?)があるからだ。どうにも歯が立たない。つまり,自分の気持ちが音の響きにほとんど反応しない。錆びついているようだ。
● 対処法は1つ。聴き続けること。
ので,少し前から意識して拾うようにしている。今回の演奏会もそうして情報をキャッチした。
開演は午後2時。入場無料。曲目は次の2つ。
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調
ハイドン 十字架上のキリストの最後の七つの言葉
● ジェイソン・カルテットのメンバー,どこかで見ている。しかも,複数回見ている。豊洲シビックセンターあたりか。
この四重奏団,アマチュアとはいえ,水準は相当なもので,プロだと言われれば信じるだろう。その演奏で聴いても,ベートーヴェンの10番がわかるかというと,どうにも心許ない。こちら側の精進があまりに足りないということ。弦楽四重奏曲の醍醐味というのは何なのだ。
● ハイドン「十字架上の七つの言葉」は初めて聴く。CDでも聴いたことがない。聴き手として全然ダメか。
序奏から始まって7つの“ソナタ”と終曲,併せて9曲。合間に朗読という形での場面説明が入る。その朗読は篠原英和さん。ヴァイオリン奏者なのだけども,こういう活動もやっているらしい。
● 場面はともかく緊迫するところだ。イエスの最期を音楽によって描写しようというわけだから。思いっきり緊迫させればいいというのなら,ハイドンにとっても楽勝だったのかもしれないが,この曲はそうではない。
緊迫のみでイエスの最期を描いてしまうのは,キリスト教のお約束ごとに反するのかもしれない。よくわからんけどね。
● 当然だけれど,朗読なしで,つまり音楽だけで場面を想像できるかといえば,そんなことのできるはずもない。朗読はありがたい。あるいは,予めある程度詳しい曲目解説を読んで頭に入れておく必要があるだろう。
ハイドンはたくさんのパーツを予め用意していて,場面に相応しいパーツをはめ込んでいくという曲の作り方をしていたんだろうか。そんな印象をちょっと受けた。ここ,曲ごとに乾坤一擲のベートーヴェンと違うところ。
● とはいえ,これは弦楽四重奏の大曲。演奏する側は相当に大変だ。演奏中にもそれは感じられたが,終わったあとのホッとした様子が印象的だった。ずっと息を詰めていたんだろうからね。
入場は無料なんだけども,カンパ制ということになるのだろう。募金箱が置かれていた。ここまでの演奏を聴かせてもらえば,やはりいくばくかのお金は置いてくることになるだろう。けっこうな数の人が募金箱にお金を投入していたと思う。
演奏の才があって,若いときから(あるいは,幼いときから)長い時間をかけて技を磨いてきた人たちの,その上澄みを披露してもらうのに,タダでいいということにはならない。
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