2021年5月31日月曜日

2021.05.15 オルガン・レクチャーコンサート Vol.3 ドイツ・ロマン派のオルガン音楽

那須野が原ハーモニーホール 大ホール

● 超絶久しぶりの那須野が原ハーモニーホール。このホールの専属オルガニストのコンサートを聴きに来た。ジャン=フィリップ・メルカールトさんの演奏だ。
 限定200席でも当日券があった。それを当て込んで来たわけだけれども,一抹の不安はあった。ソールドアウトで入れないんじゃないかって。
 けれども,200席でも売れ残りが出てしまう。栃木県はごく短期間,緊急事態宣言が出たことがあったが,総じて言えばまぁ穏やかな波だった。それでも,こういうことになる。コロナって,ブルドーザーのように何でもなぎ倒して行くよね。

● 開演は午後3時。まずレクチャーがあった。率直に申して,ベルギー出身のメルカールトさんの日本語は決して上手ではない。たどたどしい。
 草稿を準備して,それを読むようにしている。アルファベットでふりがなを付けているのかもしれない。
 いや,待てよ。そもそも日本語の草稿を自分で作ったんだろうか。フラマン語かフランス語かドイツ語でまず草稿の草稿を書いて,それを誰かに日本語に訳してもらって,さらにそれにふりがなを付ける,と。

● これ以上,下衆の勘ぐりを続けても仕方がない。要するに,彼の日本語はたどたどしい。ので,何を言っているのかわからないところもあった。
 のだが,伝えようという意思はビシビシと伝わってくる。特に女性はそういう態度を評価するのではないか。彼がたどたどしい日本語でレクチャーをするたびに,彼のファン(オバちゃんだけど)が増えていく。そういう図式はあるかも。好感度が高いということだね。

● もうひとつ。話材がドイツのロマン派であることだ。流暢に喋られたって,ぼくらにはわかるかどうかという分野だ。
 流暢であってもたどたどしくても,ぼくらに伝わってくるものはほとんど変わらない。だから,たどたどしさにイライラすることがない。

● 講義の後に演奏。演奏された曲目は次のとおり。
 メンデルスゾーン ソナタ第3番
 ブラームス 装いせよ,おお愛する魂よ
       わが心の切なる願い
 レーガー ベネディクトゥス
 リスト バッハの主題による幻想曲とフーガ

● メルカールトさんが言うには,この時期のドイツの作曲家でオルガン曲に本格的に取り組んだ人はほとんどいない。例外は,自身もオルガニストだったブルックナーだが,メルカールトさんは彼のオルガン曲に見るべきものはないと斬って捨てた。この件は聞いていて小気味良かった。
 でも,レーガーのような例外がいる。今日聴いたのは,オルガンで演奏される機会の多い曲なんでしょう。

● なぜ彼らがオルガン曲の作曲に向かわなかったのかといえば,当時のオルガンは楽器として彼らの創作意欲を刺激しなかったのだろう,今のこのような立派なオルガンならば違っていたかもしれない,と。
 出せる音域や音色が昔のオルガンと今のオルガンではかなり違うらしい。今のオルガンは精密機械の権化のようなもので,電子オルガンに近いものになっているんだろうか。オルガンの演奏台にはいろんなツマミがあって,さながら航空機のコックピットのようだ。

● このホールでオルガンを聴く機会は何度か得ている。天から降ってくるような音に包まれたいなら前方に座るのがよいのかもしれないが,基本,どこの席でも音の聴こえ方にさほどの差はないような気がする。
 少なくとも,ぼくの耳だと,席を選ぶ必要はないという結論になっている。

● 今回が Vol.3 だから,バロック,古典派と来て,ロマン派なんでしょうね。Vol.1 で演奏したであろうバッハを聴き逃したのは,少々残念。
 6月26日にはメルカールトさんじゃないオルガニストのコンサートがある。そのチケットは買った。

2021年5月12日水曜日

2021.05.09 作新学院高等学校吹奏楽部 フレッシュグリーンコンサート2021

宇都宮市文化会館 大ホール

● 黄金週間中に吹奏楽の定期演奏会を開催する高校が多いから,ぼくが聴くのもこれが3回目になる。3回とも会場は宇都宮市文化会館の大ホールなのだが,今回は1席おきではなく全席にお客を入れた(ただし,3階席を除く)。それでもみっしりと席が埋まった。
 ぼくの隣にも少年たちのグループがいた。高校で吹奏楽をやっている少年たちのようだった。作新のこの演奏会は,彼らにとっても聴いておくべきものなのだろう。

● 開演は午後3時。入場料は1,500円。2019年までは1,000円だったから,今年から値上げということ。
 が,それでもこれだけ入るのは,提供されるコンテンツがそれに見合っているかそれ以上の内実を備えているからだ。おそらく,2,000円にしてもお客は同じ数だけ入るのじゃないか。

● 今回の演奏を聴いての最終的な感想から言ってしまえば,現在の栃木県の高校吹奏楽は作新一強。追随できるところはない。ひょっとしたらと思わせる学校の演奏を聴いたことはある。それから数年経つが,残念ながらそういう状況には至っていない。
 もちろん,追随する必要もないのかもしれない。何も競争しているわけではない。それぞれが楽しく充実していると思える活動ができていれば,それでいいわけだ。コンクール至上主義には批判も多い。
 が,ある程度の高みに到達して初めて味わえる楽しさや充実感もあるはずだ。というより,ほとんどの習い事や稽古事はそういうものだ。勉強や運動だってそうだろう。波打ち際でチャプついていたのではそれだけのことで,沖まで出られるようになって初めて海の面白さがわかる。

● 最初に1年生だけで清水大輔「ネバーランドの冒険物語」を演奏した。46名の1年生が入部したらしい。それだけで他校の全学年の部員数より多い。質を担保するには一定の量があることが必須だ。
 しかも,その1年生の演奏が呆れるほど上手い。今の状態で県のコンクールに出ても金賞までは行く。
 これほどの新入生を預かるとあっては,指導陣もウカウカしてはいられない。彼らをさらに伸ばし,結果をだしてやらなければ,「あなた方はアホですか」と言われてしまう。水準の高い生徒たちが指導陣を刺激し,その結果が生徒に帰ってくるという好循環もあるんでしょう。

● 出身中学校を見ると,もちろん宇都宮が多く,宮の原中が9人,泉が丘中が8人,高根沢町の阿久津中が8人という具合だけれども,黒磯,大田原,矢板,日光,烏山,真岡,小山,佐野など県内の各地から集っている。
 さらに,茨城,埼玉,秋田といった県外からも作新吹奏楽部の門戸を叩いた生徒がいる。こういう生徒たちは吹奏楽をやるために高校に進学したのであり,そのために作新学院を選んだのだ。
 それだけの実績と指導陣容を作新は作ってきた。顧問が1人ですべてを見るというのじゃなくて,パートごとに(コントラバスやハープまでも)指導者がおり,マーチングやダンス,カラーガードまで指導者がついている。
 こうなると,作新に追随できるところがないのは不思議ではない。しかし,つけ入る隙きはないものか。ダンスではいえば大阪の登美丘高校は府立なんだけどね。

● Ⅰ部とⅡ部で演奏した曲目は次のとおり。その一々についてぼくが語っても仕方がない。間然するところがないと申しあげれば,それで終わりだ。
 鈴木英史 自由の鐘は空に渡る
 宮下秀樹 吹奏楽のための「エール・マーチ」
 真島俊夫 富士山-北斎の版画に触発されて

 B.ヒーレイ ファンタズミック!
 真島俊夫編 シャンソン・メドレー~モンマルトルの小径
 和泉宏隆 宝島
 C.コリア スペイン

● Ⅲ部は例年どおりドリル。今回は「作新の風-Our Beautiful Days」と題して,高校生活を素材にした。もちろん,リアルではない。きれいに仕上げている。
 ラインの動きなんか惚れ惚れする。曲から直へ,円から方へ,散から集へ。コーチがデザインしているのだろうが,コーチの頭の中にあるものを過たずステージで表現するのは部員の高校生たちだ。見事という以外の言葉が見あたらない。

● プログラムに掲載されている曲目の演奏がすべて終了してから,作新ならではの本番(?)が始まる。野球応援編。
 これは甲子園常連の作新じゃないとできないもの。「栄冠は君に輝く」ロックバージョン(と彼等は呼んでいる)を歌う女子生徒には毎年感心する。吹奏楽部の部員は多芸多才じゃないといけないようだ。
 野球部の部員がワイルドに反応するわけだが,それゆえ3階席は彼らを隔離するために確保してあった。感染対策。といって,彼らは基本的には礼儀正しい。期待される反応を期待どおりに行っているだけのようにも見える。
 この野球応援編は作新のものだけれども,すでに作新1校の枠を超えて,栃木県の重要無形文化財の域に達していると思うのも,いつものことだ。

● 作新吹奏楽部の演奏会で,もうひとつ特徴的なことがあって,それは何かといえば物販だ。過去の演奏会のCDを1,000~2,000円で販売している。
 つまり,演奏会は必ず録音している。販売してコストを回収するためというよりは自分たちの振返りのためだろうが,こういうところまで抜かりがない。あるいは,ぼくが知らないだけで他校でもやっているのかもしれないが。
 他にも,タオルやTシャツを販売する。ありていに言えば,タオルやTシャツを買うことは寄付をすることなのだが,あからさまに寄付を募るよりは,物販という商行為に仮託する方が品がいいとぼくは思う。

2021年5月11日火曜日

2021.05.08 オーケストラ・ノット 法人化記念演奏会

ティアラこうとう 大ホール

● 灯火管制(?)をかい潜って,東武電車で緊急事態宣言下の東京に向かっている。
 わが町からもワクチン接種の通知が届いているが,まだ収束は先の話。当分はコロナと共存していかなければならない。

● 緊急事態宣言が出ているのに通常運転を続けるホール。それをいいことに予定どおりに開催を強行するオーケストラ。
 ・・・・・・素晴らしい。これまでの約1年間で得られた知見に照らして,これこそが理に適うひと筋の道。というわけで,ティアラこうとう。オーケストラ・ノットの演奏会。

● 開演は午後2時。チケットは1,500円。事前予約制。【teket】で事前に電子チケットを購入しておく。
 この楽団では入場時にチケットのQRコードを読み取らない。ということは,チケット購入者のうち誰が来て誰が来なかったかはわからない。入場者数を確定できない。
 しかし,それで困ることがあるのかというと,おそらく何もない。連絡の必要があれば購入者全員に連絡してしまえばいい。チケット販売時にメールアドレスは取得しているのだから,連絡手段は確保されている。
 手を抜けるところは抜けばいい。というより,抜いた方がいい。見識だと思う。

● プログラムは次のとおり。指揮は藝大院に在学中の山上紘生さん。
 ヴィエニャフスキー ヴァイオリン協奏曲第2番
 シベリウス ヴァイオリン協奏曲
 シベリウス 交響曲第7番

● ヴィエニャフスキーのヴァイオリン協奏曲はCDを含めても初めて聴く。狭く浅くの聴き手であるなぁ。今日,ともかくも聴いたわけなので,さて,あとは音源を整えよう。ネットにもあるはずだけれども,まぁCDでしょうね。
 ヴァイオリン独創は去川聖奈さん。昭和音大の学部生。昨年10月のアンサンブル・ノット演奏会でグリーグのヴァイオリンソナタ第3番を演奏している。ぼくの耳だとプロ奏者と区別がつかない。
 去川さんのアンコールはハイドン(クライスラー編)の「オーストリア国歌」。オーストリ国家をおまえは知っていたのかと言われるか。知っているはずがない。なぜわかるのかと言えば,司会者が曲名をアナウンスしてくれたからだ。

● シベリウスの協奏曲は当然ながら何度か聴く機会を得ている。今回は吉本萌慧さん(藝大院)のヴァイオリン。ねぇ,もうプロの演奏と何も変わるところはないですよねぇ。
 吉本さんのアンコールは,バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番」より「ラルゴ」。

● オケの演奏はシベリウスの7番。現役の音大生あるいは音大を卒業した社会人がかなりの部分を占めているのだろう。凡百のアマオケとは違う。私たち,好きだからやってます,というそれだけではない。
 この楽団の演奏を初めて聴いたのは昨年2月だが,今日が4回目となる。うち,1回はオケではなく少人数のアンサンブルだったのだけども,活動の頻度が並ではない。この時期に開催するのも,ブルドーザーのような推進力を備えた人がいないと無理としたものだろう。
 組織は多数決で動くことはない。誰かの熱がエンジンとなって動くものだ。

● 曲目解説に「この曲の神髄は,有機的に融合した交響曲の各要素を,凝縮された音の中で表現しきったことにあります」という一文があるんだけれど,“有機的に融合” と “凝縮された音の中” の意味が了解できない。どういうことなのか。
 ま,そういう細かいことはどうでもよろしいか。オケのアンコールは,シベリウス「悲しきワルツ」。

2021.05.05 宇都宮北高等学校吹奏楽部 第35回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 昨年の定演は中止になった。チケット代金の払戻しとか,いろいろと面倒な後処理が発生したろう。
 今年だってどうなるか,当日を迎えるまで見通せない状況だったろう。1月半ばから2月初旬までは,栃木県も緊急事態宣言下に置かれていたのだ。
 それかあらぬか,今回は入場無料になった。その分,(学校側では負担しないだろうから)保護者あるいは主催者であるOBOG会の負担が増えたろう。

● 聴く側としては無料なのはありがたいのだが,こうした状況はやはり好ましいものではない。
 コロナが収束した後もリモートワークは定着するだろうから,都心のオフィス需要は減り,したがって地価も下落し,人の流れも変わる。個人的にはそれらは望ましい方向への変化だと思っているけれども,今回のこのような部分は速やかに元に戻したいものだ。
 今年中にはワクチンも行き渡って,コロナとの共存はずっと続くとしても,コロナに狂騒するのは今年で終わるのだと思いたい。

● 開演は14時。1日の宇都宮中央女子高校の演奏会と同様に,自由席だけれども,使える座席は半分に抑えてある。
 3部構成で,第1部は大人ステージ(?)。
 J.ミラー Next generation Fanhare
 佐藤信人 龍潭譚
 プッチーニ 歌劇「ジャンニ・スキッキ」より “私の優しいお父さん”
 サン=サーンス 歌劇「サムソンとデリラ」より “バッカナール”

● 「龍潭譚」はやっぱり泉鏡花の原作を読んでおいた方がいいんですかねぇ。プログラム冊子の曲目解説は読んでいなければ書けないもののように思える。ぼくは読んだことがない。
 で,後日,青空文庫で読んでみたんだけども,結論は読んでいてもいなくても,同じように聴けるだろうということ。おそらく,この曲目解説を書いた生徒さんも読んでいないと推測してみる。

● プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」が舞台にかかることはあまりないと思うのだが,“私の優しいお父さん” を聴く機会はけっこうあった。それを吹奏楽でやるとこうなるのか。
 “バッカナール” は迫力充分。第1部で最も印象に残ったのはこの曲。

● 第2部は「えんとつ町のプペル」を朗読劇に翻案して,そこに生演奏のBGMを付けたもの。台本の朗読は演劇部の女子生徒2名が担当。
 この年代の若者にしか出せない類のエネルギーがある。最近(といっても,かなり以前からだが)の高校生は,大ホールという舞台でこれだけの観衆を前にしても,動じるということがない。緊張のあまりアガルという言葉が以前はよく使われたものだが,今の高校生にはそのアガルがないのかもしれないと思うほどだ。思うさま,エネルギーを発散してくれる。
 ここでもそのとおりの展開。ただ,惜しむらくは声が割れてしまって,語っている内容が聞き取れないことがあった。少ぉし,マイクが近すぎたか。

● プペルの映画はぼくは見ていない。が,絵本はネットに公開されているので,どんな話なのかは知っている。
 ゴミ人間のプペルと煙突掃除屋のルビッチの2人物語だ。テーマは,“1人になっても信じぬく”。
 真っ黒な煙が空を覆っているが,そこを抜ければ無数の星がまたたいている。プペルがルビッチを誘ってその星を見に行く。鉄製の船に風船をたくさん括りつけて船を浮きあがらせるという方法で。ここが大事なところだ。
 そこで感動するかシラケるかは,人によるだろう。

● 第3部は「空と海の旅」と題してのマーチング。マーチングを北高がやるのは初めて(たぶん)。今まではミュージカル的なもの(つまり,台詞や歌はなかったので)を用意するのが常だった。
 どちらがいいかという議論には意味がない。聴き手の好みによる。それ以外の結論はない。
 この学校の定演をずっと聴いていた人に限れば,ミュージカルを楽しみにしていたのに,と言う人の方が多いだろう。人は昔に引きずられるものだからだ。古き時代は良き時代になりがちだ。

● 現有勢力を目一杯使ってステージを作っている。第2部,第3部には工夫の跡がいくつもあり,企画を疎かにしては勝負にならないことを教えてくれる。
 さはさりながら,奏者の数が足りない。かなりの数のOB・OGの賛助出演を仰いでいる。
 が,1年生は19名入部したようだ。例年より多い。この1年生部員がすでにかなりの技量の持ち主であるようだから,この先が楽しみではある。

● 今回は開演前に学校長の挨拶があった。過去にはなかったのだが。OBOG会が主催とはいえ学校の行事なのだから学校長が挨拶するのは当然だ,などというのは,昭和チックな古い定跡だと思うがな。そうした古いものが残りがちなのが教育界だと言われれば,そうなのですかと言うより仕方がないが。
 言いたいことがあるのなら,プログラム冊子に載せておけばいい。と思ったら,ちゃんと載ってるんだよねぇ。なら同じことを喋っても意味がない。開演前に情報量ゼロの数分間を作るべきではない。
 演奏会は演奏会としての質感を高めるべきで,それを削いでしまうのが,こうした余計なものを付加することだ。
 って,今回は無料で聴かせてもらっているので,あまりこうした文句を言っちゃいけないんだけどね。

● 創部時の顧問でもあった岩原篤男さんがコーチにあたるようになったらしい。部活は教師が見るのではなくて外部に委ねるのが公式的な流れでもあるようだ。それに沿った動きなのだろう。
 岩原さんは石橋高校でも指導にあたっているのではなかったか。真岡市でも何かやっていたのでは? 指導力のある人は少ないから,どうしてもそうなる。
 彼の薫陶を受けた生徒たちがコンクールでぶつかることもあるんだろうな。これはもう,仕方がないことでしょうねぇ。

● 今の教師は忙しすぎるのだ。余裕があるのは大学の教師くらいのものだ(彼らは彼らで,論文のノルマや学生の就職のアシストがあって,と言うに決まっているが,小中高の教師に比べれば,忙しさのレベルが数段低い)。
 仄聞するに,雑務的なもので忙しいようなのだな。必要のある忙しさならまだしも,やらなくても本当は誰も困らないという業務で忙しい。最も消耗するのがこのパターンだ。

● “働き方改革” を受けての部活の外部化なのだが,本当は “働かせ方改革” をしなくちゃいけないんだよね。
 教師の側に改革できる余地はあまり(というより,ほとんど)ない。与えられたものを処理しようとすれば,夜を日に継いで手当のつかない残業をしなくちゃいけない。小手先の技術でそれを解消するのは不可能だ。
 それで部活まで見なくちゃいけないのでは,明らかに過重負担だ。そのしわ寄せはおそらく教師の家庭に行っている。夫婦ともに教師ならば,彼らの子供たちがそのしわ寄せを一身に引き受けているはずだ。
 仕事の与え方に問題はないのか。そこに手を付けずに,教育の理念だの使命感だのという精神論を押しつけるしか能のなかった経営側をどうにかしないと。

● 学校の部活というのがこれからどうなっていくのかといえば,1校で完結することが難しくなる。数校で1つの運営体にならざるを得ない。
 少子化はこれで終わりじゃない。これからさらに目に見えて減っていくのだ。部活を支えるには最低限の生徒数が必要になるが,いかに学校の合併統合を繰り返そうと,その数を維持するのは無理だ。
 そうなると移動時間が発生する。部活に充てられる時間は減る。コストは増える。

● 結果,そもそも部活は必要なのかという議論が出てくる(議論自体はもう出ていると思うが)。部活でメシを喰っている業者その他がいるはずだが,彼らにとっては死活問題になる。迫真の議論が展開されるだろうが,趨勢には敵わない。
 放課後にたとえばサッカーをやりたい人は,地元か近隣のチームに入ることになるだろう。最終的には部活は学校から完全に切り離されて,全き意味で外部化すると思う。

2021年5月10日月曜日

2021.05.03 現代の箏曲 名倉明子作品を集めて ギャラリー×ホール コラボディ2021コンサート

宇都宮美術館 講義室

● 絵を見に来たのではなくて,吉澤延隆さんの箏を聴きに来た。
 宇都宮市には宇都宮エスペール賞というのがある。どういうものかというと,「本市にゆかりのある芸術家のうち,芸術の創造活動が特に顕著で今後の活躍が期待できる方1名に対し贈るもの」なのだが,そのエスペール賞受賞者のコンサートを宇都宮市が企画した。定例的なものではなく,単発企画であるらしい。
 今回は作曲家の名倉明子さん(2005年にエスペール賞受賞)と吉澤さん(2011年にエスペール賞受賞)が登場。

● 主催者(つまり,宇都宮市)は聴きたい人は事前にメールで申込むようにと言っているので,仰せのとおりにして聴きに行ったのだが,そんな人は数人しかいないようだった。美術館に来て,そこで知って聴いてみることにしたという人が多いようだ。
 それはそうだろう。市が出した情報はほとんど拡散していなかったろうから。

● 宇都宮美術館では「森のコンサート」と題するミニコンサートも開催していて,こちらは往復ハガキで申込むようになっている。けれども,こちらも同じかな。
 当日来ても入れそうな気がするね。正規の手続きを踏んでいないからダメだなんて,間違っても言われないだろうしな。

● 開演は13時。50分のミニコンサート(無料)。名倉明子さんが作曲した箏曲を吉澤さんが演奏する。次の3曲。
 答えのない花 ~十七絃箏のために
 一叢芒(ひとむらすすき)
 さくらはじめてひらく

● 「答えのない花」は2014年3月に開催された「吉澤延隆 箏リサイタル-つなぐ」で初演されているので,たぶん,これが2回目の演奏になるのだと思う。「さくらはじめてひらく」は今回が初演。
 箏曲にも当然ながら現代曲がある。現代曲は聴き手を選ぶ。ぼくは選ばれなかったかもしれない。というのが,今回のとりあえずの結論。

● 演奏の合間に吉澤さんと名倉さんのトークが入る。吉澤さんが問い,名倉さんが答える。曲を作るときの動機だとか過程については,本人も答えられないことが多いだろうなと思う。自分で意識している部分よりも無意識で対応しているところが大きいのではないか。
 そのことは本人もわかっている。であっても,無意識を探る作業はなかなか以上に難しいだろう。

● 公演中,なかなか面白いこともあった。爺さま(80歳近いか,あるいは80歳を超えていたか)が途中で席を立ってドアまで歩いていった。そういう年齢なので,白い眼を向ける人はいない。
 ところがドアが開かない。吉澤さんがスタッフに開けてくださいと頼んでいた。
 もし外から施錠していたのだとすると(違うと思うが),軟禁になってしまうかもしれないね。

2021.05.02 【無観客ライブ配信】新国立劇場バレエ団『コッペリア』

● コロナ(緊急事態宣言)で公演中止となったのを無観客で舞台上演し,ストリーミング配信(無料)。リアルタイム配信のみで,見逃し配信はなし。
 キャストを替えて4回上演する。今日はその1回目。米沢唯のスワニルダ。管弦楽は東京フィル。指揮は冨田実里。

● 12.5インチ画面のノートパソコンに外付けスピーカーをつないだだけの貧弱な装置で視聴しているのだが,コロナが収束すれば,新国立劇場(の情報センター)が公演記録映像上映会で取りあげてくれるだろう。大きい画面で観客の1人になって観ることができるだろう。

● コロナでこうしたネット配信が増えているが,その多くはスルーしている。生公演に比べれば,CDやDVDに近いからだが,第一にはこの装置の貧弱さゆえかな。
 ミニシアターを家の中に作りたいとはまったく思わないけれども(そんなお金もない),大きい画面とまともなスピーカーを備えたデスクトップパソコンに買い替えようとは思っている。
 仕事を辞めるとノートパソコンの利点は消えるわけだし。リモートワークが普通になれば,辞めなくてもノートパソコンのメリットは消えるでしょ。

● ネット配信は特等席でもあるわけだが,パソコンの画面に1人で拍手することのなんと間抜けなことよ。ステージと客席が一緒になって2時間限定のコミュニティを作るという快感も生演奏だからこそだ。
 無観客上演になったからこそ,こうしてストリーミング配信を愉しめているわけだけれども,やはり生に勝るものはない。仮に催行されていればS席が13,200円,D席(数席しかないんだろうけど)が3,300円だった。もっと高いのかと思っていた。

● 「コッペリア」って,展開がコミカルでマイムもわかりやすいから,初心者でもついていきやすい。そのコミカルさを鮮やかなダンスで表現していくのを愉しめばいいものだ。
 スワニルダの純情と機転,コッペリウスが特に終盤で醸しだす老いの哀しみのようなものは,コミカルさを味わうための隠し味だ。この劇に深遠な(?)テーマを求めるのはコミカルさを愉しむよりもむしろ安直な方向だ。

● スッタフ,キャストを新国立劇場のサイトから転記しておく。

【振付】ローラン・プティ
【音楽】レオ・ドリーブ
【芸術アドヴァイザー/ステージング】ルイジ・ボニーノ
【美術・衣裳】エツィオ・フリジェーリオ
【照明】ジャン=ミッシェル・デジレ

【スワニルダ】米沢 唯
【フランツ】井澤 駿
【コッペリウス】中島駿野

【指揮】冨田実里
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団


(2021.05.04 追記)

 今日も You Tubeで新国立劇場バレエ団「コッペリア」。振付も舞台装置も2日のと同じ。管弦楽も東京フィル。
 キャストだけが違う。木村優里のスワニルダ,福岡雄大のフランツ,山本隆之のコッペリウス。生で見ると絢爛さがまるで違うだろうな。

2021.05.01 宇都宮中央女子高等学校吹奏楽部 第19回定期演奏会

宇都宮市文化会館 大ホール

● 初めての拝聴。なぜ今まで聴く機会がなかったのか。開演は午後2時。入場無料。こういう時節なので,入場時に検温,手指消毒,氏名と連絡先の記載が義務づけられる。
 自由席だけれども,座れる席は半分。1席おきに,使用不可と書かれたタスキ(?)が席の背もたれにかけられている。

● 内容は3部構成。第1部は何だろ,真面目ステージとでも呼んでおこうか。
 P.スパーク ザ・バンドワゴン
 宮川彬良 僕らのインベンション
 宮下秀樹 吹奏楽のための「エール・マーチ」
 B.アッペルモント ブリュッセル・レクイエム

● 「僕らのインベンション」と「吹奏楽のためのエール・マーチ」は吹奏楽コンクールの課題曲。この課題曲というのが部外者にはよくわからないところがあるんだけれども,長年続いている。必要だから,あるいは何らかのメリットがあるから,続いているんでしょうねぇ。
 輝度が高い演奏だと感じた。輝度が高いと華が生まれやすくなる。しかも,女子校だとわかって聴いているので,聴く側にも華を感じようとする心的機序が働く。

● 第1部の司会進行は福嶋真理子さん。プロのアナウンサーだし,自身も宇都宮北高校で吹奏楽部に属していたのではなかったか。宇都宮短期大学の音楽科を卒業している。要するに,音楽に関する薀蓄もハンパない。
 ゆえに任せて安心。状況を見て機転を効かせ,万事良きに計らってくれるんだろうな。

● 第2部はドリル(ステージマーチング)。演しものは Cats。
 ドリルの構成や動きも部員たちが考えたらしい。それも含めて,実力派の演奏ということ。安心して聴いていられる。
 女子の猫マネといえば,広瀬すずのチャルメラのCMが頭に浮かぶ。女子と猫マネは相性がいいよね。猫マネには媚態を作るという部分が入り込むからですかねぇ。

● 第3部は弾けましょうステージ。
 A.ニューマン 20世紀FOXのファンファーレ
 J.ウィリアムズ 「スター・ウォーズ」組曲
 L.ハーライン 星に願いを
 星出尚志編 ジャパニーズ・グラフィティⅫ
 和泉宏隆(真島俊夫編) 宝島
 A.ハモンド 他 青春の輝き

● 吹奏楽ってどんな曲でも演奏しちゃうんだよねぇ。それを言うなら管弦楽だって何でも来いだし,ピアノだって1台でたいていのことはやってのけるんだけども,吹奏楽ほどその曲を籠絡できる形態はないかもしれないなぁ。
 スター・ウォーズもディズニーもカーペンターズもまとめて面倒看ちゃえて,なおかつそのいずれにおいても吹奏楽としての輪郭をクッキリと保っているってねぇ。
 吹奏楽の「青春の輝き」とカーペンターズが歌う「I Need To Be In Love」は,まるで毛色が違う。まるで違うんだけれども,でも同じっていう,絶対矛盾的自己同一(?)みたいなさ。

● 宇都宮中央女子高校は来年度から男女共学になる。で,ぼく的に気になっていたのは制服まで変わっちゃうんだろうかってこと。
 宇中女の制服って,セーラー服以外の制服としては,全国屈指の傑作でしょ(全国の女子高生の制服を知ってるわけじゃないんだけど)。あの制服を着たいから宇中女に行きたいと思っている女子中学生,絶対いるよね。
 残って欲しいよなぁとか思っていたわけですよ。でも,変わるらしい。これってアレですか,来年度の新1年生だけじゃなくて,2年生も3年制も新しい制服に移行するってことですか。

● とすると,宇中女制服のリカちゃん人形が出るな。今は亡き烏山女子高校や氏家高校のセーラー服のリカちゃん人形は出てるもんね。高さが22センチあって,夏服と冬服の着せ替えができる。
 ただし,けっこう高くて6,800円。つまり,買えないんだけど。っていうか,ぼくが買ったら変態だけど。

● 宇都宮市文化会館では昨年4月から明保野公園に面した出入口は閉鎖している。来るんじゃないよという意思表明?
 今日のように大ホールで公演があるときも閉めたままだから,終演後に正面出入口で人が滞留しがちだ。かえって拙いんじゃないか。主催者に感染対策をさせておきながら,ホール側がこれでは,その効果を減殺してしまうのでは?
 それとも,あえてここを閉めておく必要性が別にあるんだろうかね。