那須野が原ハーモニーホール 大ホール
限定200席でも当日券があった。それを当て込んで来たわけだけれども,一抹の不安はあった。ソールドアウトで入れないんじゃないかって。
けれども,200席でも売れ残りが出てしまう。栃木県はごく短期間,緊急事態宣言が出たことがあったが,総じて言えばまぁ穏やかな波だった。それでも,こういうことになる。コロナって,ブルドーザーのように何でもなぎ倒して行くよね。
● 開演は午後3時。まずレクチャーがあった。率直に申して,ベルギー出身のメルカールトさんの日本語は決して上手ではない。たどたどしい。
草稿を準備して,それを読むようにしている。アルファベットでふりがなを付けているのかもしれない。
いや,待てよ。そもそも日本語の草稿を自分で作ったんだろうか。フラマン語かフランス語かドイツ語でまず草稿の草稿を書いて,それを誰かに日本語に訳してもらって,さらにそれにふりがなを付ける,と。
のだが,伝えようという意思はビシビシと伝わってくる。特に女性はそういう態度を評価するのではないか。彼がたどたどしい日本語でレクチャーをするたびに,彼のファン(オバちゃんだけど)が増えていく。そういう図式はあるかも。好感度が高いということだね。
● もうひとつ。話材がドイツのロマン派であることだ。流暢に喋られたって,ぼくらにはわかるかどうかという分野だ。
流暢であってもたどたどしくても,ぼくらに伝わってくるものはほとんど変わらない。だから,たどたどしさにイライラすることがない。
● 講義の後に演奏。演奏された曲目は次のとおり。
メンデルスゾーン ソナタ第3番
ブラームス 装いせよ,おお愛する魂よ
わが心の切なる願い
レーガー ベネディクトゥス
リスト バッハの主題による幻想曲とフーガ
● メルカールトさんが言うには,この時期のドイツの作曲家でオルガン曲に本格的に取り組んだ人はほとんどいない。例外は,自身もオルガニストだったブルックナーだが,メルカールトさんは彼のオルガン曲に見るべきものはないと斬って捨てた。この件は聞いていて小気味良かった。
でも,レーガーのような例外がいる。今日聴いたのは,オルガンで演奏される機会の多い曲なんでしょう。
● なぜ彼らがオルガン曲の作曲に向かわなかったのかといえば,当時のオルガンは楽器として彼らの創作意欲を刺激しなかったのだろう,今のこのような立派なオルガンならば違っていたかもしれない,と。
出せる音域や音色が昔のオルガンと今のオルガンではかなり違うらしい。今のオルガンは精密機械の権化のようなもので,電子オルガンに近いものになっているんだろうか。オルガンの演奏台にはいろんなツマミがあって,さながら航空機のコックピットのようだ。
● このホールでオルガンを聴く機会は何度か得ている。天から降ってくるような音に包まれたいなら前方に座るのがよいのかもしれないが,基本,どこの席でも音の聴こえ方にさほどの差はないような気がする。
少なくとも,ぼくの耳だと,席を選ぶ必要はないという結論になっている。
● 今回が Vol.3 だから,バロック,古典派と来て,ロマン派なんでしょうね。Vol.1 で演奏したであろうバッハを聴き逃したのは,少々残念。
6月26日にはメルカールトさんじゃないオルガニストのコンサートがある。そのチケットは買った。
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