栃木県総合文化センター メインホール
● たぶん,お客さんの多くは,森麻季さんのソプラノを聴きに来たんだと思う。横山さんは名手とはいえ,今回は森さんの伴奏を務めるんだろう,と。ぼくもそうだった。
のだが。横山さんのピアノに驚愕。
正直,ピアノってあんまり好きじゃなかった。っていうか,メジャーなのによくわからない楽器だった。何度か聴いてはいるんだけれども,どうも頭の上に霧がかかっているような感じでね。
● その霧が晴れたっていうか。頭の中のモヤモヤがサーッと消えていく感じを味わった。いや,完全に晴れたわけじゃないのかもしれないけど。つまり,錯覚かもしれないから。
前半のリストの2曲(リゴレット・パラフレーズ,メフィスト・ワルツ第1番)でオォッと思い,後半のショパンの2曲(幻想即興曲,ポロネーズ第6番)でピアノに対する見方が変わった。ちょっと大げさなもの言いですけどね。
● ともあれ。このリサイタル,開演は午後3時。全席指定で料金は一律3,000円。チケットは早めに買っておいたんだけど,席のチョイスを誤った。聴くのはほとんどオーケストラだから,オーケストラ基準で席を選んでしまうんですよねぇ。
オーケストラだとあんまり前に座ってしまうとけっこう辛いことになるんだけど,小規模な演奏会のときは,前の席がいいですな。
● 森麻季さん,1曲目はグノーの歌劇「ファウスト」から「宝石の歌」。
したたるような美貌。失礼ながら40歳をいくつか過ぎていらっしゃると思うんだけど,スレンダーでメリハリのある体型は完全に維持されている。
こういうのって,基本,持って生まれたもの。なんだけど,生まれたあとにそれを維持していくのも,並の苦労じゃなさげだ。彼女の場合は,無数の視線にさらされ,たくさんの拍手を浴びて,形づくられてきたもの。筋金の入り具合が違うんでしょうね。
歌唱については,ぼくが口を出してはいけない。指揮者の朝比奈隆が,まだ駆けだしだった彼女に期待を表明しているのを,なんかで読んだ記憶がある。
● この後,横山さんが上記のリスト2曲を演奏。
ピアニストって,演奏しながら思い入れたっぷりに表情を作る人が多いでしょ。切なそうにしてみたり,遠くを見るような目になったり。
こういうのに知性の欠落を感じることはありませんか。あるいは,たしなみの喪失を感じたりしない? ありていにいえば下品さを感じることってありません?
べつに悪いことじゃないと思うんですけどね。それで集中できるんだったら,それはそれでけっこうなんだけど。
横山さんはポーカーフェイスで淡々と弾く。これじたいが何だか新鮮でさ。で,ピアノから飛びでてくる音は,とんでもなく表情豊かで。
● 再び,森さんが登場して,デュパルクの「旅への誘い」「悲しき歌」「フィデレ」の3つを。作品の大半を自ら破棄したというデュパルクのエピソード(というには,少々シリアス過ぎる話だが)を森さんが披露。
彼女,喋りはあまり得意じゃない感じ。何から何まで巧いってんじゃなぁ。人間離れしすぎだもんね。
● 20分間の休憩ののち,今度は日本の歌曲を。越谷達之助「初恋」,山田耕筰「からたちの花」,久石譲「スタンド・アローン」。
NHKの「坂の上の雲」はすべてリアルタイムで見てるんだけど,エンドクレジットは見てなかったかも。だから,「スタンド・アローン」もちゃんと聴いたのは,今回が初めてかも。バカだねぇ。
● このあと,横山さんのピアノソロ。自作の「バッハ=グノーの“アヴェ・マリア”の主題による即興」と先に書いたショパンの2曲。
幻想即興曲も英雄ポロネーズも何度も聴いている。今まで聴いたのとは何かが違う。その何かとは何なのかがわからない。
横山さん,ほとんど間をおかずに,パパッと次の曲に手をおろす。職人の矜持のようなものを発散させていた。悪いけど,オレ,プロなんだよ,間合いなんていらないんだよ,っていう感じでね。
● ここから何の脈絡もない連想。
木村拓哉主演の「ロングバケーション」っていう人気ドラマがありましたね。若き木村君演じる主人公の瀬名がそのまま順調に育っていれば,ちょうど今の横山さんのようになっていたのかなぁ,と。
瀬名はグレン・グールドに憧れていたんだけど,横山さんもグールドをお好きかも。ご自身はそういうタイプじゃないようなんだけど。
● ピアノソロのあとは,森さんがプッチーニの歌劇から2曲。「ジャンニ・スキッキ」から“私の愛しいお父さん”,「ラ・ボエーム」から“私が街を歩くと”。
これでプログラム本体は終了。
● 「バッハ=グノーの“アヴェ・マリア”の主題による即興」を聴いたときに,いかに横山さんのピアノが歌っていても,“アヴェ・マリア”は森さん,歌ってくれないかなぁと思いますな。
最後の最後にちゃんと歌ってくれて,スッキリした感じで会場をあとにできた。
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